チョコレートを貴方に。
良かった。バレンタインに何とか間に合いました!
2月になれば、寒さは増し、息はより白く染まる。それなのに、街はなんだか、暖かい色で覆いつくされるのだ。
コンビニに入れば、デパ地下に行けば、可愛い飾りが目に入る。ピンクや赤、黄色。そんな色で飾り付けられたハートの中には、『大好きな彼へ』『想いを伝えよう』という文字が躍っている。これが、お菓子会社の政略だとわかっていながら、それでもみんな、そのイベントに便乗するのだ。
寒い中、息を白くして外に出て、甘い匂いのする箱の前で想いを巡らす。
バカみたいだ、と高木咲弥は思った。けれど、すがりたくなるのだ。その気持ちが痛いほどわかってしまう。
正直に言えば、まだ、好きなのかよくわからない。けれど、誰かのものになってほしくない。それが、「好き」だと思うから、咲弥は深呼吸をしてから、一つの箱に手を伸ばした。
返ってきたばかりの数学のテストを見つめ、咲弥はため息をついた。
「…咲弥、これやばくない?」
友人が、覗き込み、言った。若干顔が引きつったように見えるのは、気のせいではないだろう。
友人の言葉に、咲弥はもう一度テスト用紙を見つめた。
不正解であることを示すレ点のような赤い線が所狭しと記されている。右上には15という赤い文字。100点満点中の15点なのだから、おそらく「やばい」のだろう。しかも、クラスの平均点は、64点。
「…美香。どうしよう」
「いや、どうしようって言われても…今更だし」
美香のもっともな言葉に、咲弥は肩を落とした。
「補習確定だよね?」
「これで補習じゃなかったら奇跡だよね?」
咲弥の学校では、学年平均の半分以下の点数だった場合、補習を受けることになっている。クラス平均は学年平均よりも高いとはいえ、そう変わるはずもない。それを考えて場、確かに美香の言う通りなのだが、あまりの即答に咲弥は頬を膨らませた。
「美香~つめたい」
「だって、あのテストでこの点数って…」
「…美香は頭がいいからわかないんだ」
「というかさ、一緒に勉強したところがちょうど出たじゃん。一緒に勉強したのに、この点数って…そりゃつめたくもなるでしょ」
「見たことあるとは思ったよ?でも、一気に飛んじゃったんだもん」
「おいおい、すごいな!15点かよ!」
美香との会話に急に乱入してきた低い声。それと同時に、目の前のテスト用紙が奪われる。
「ちょっ!」
目の前から消えていくテスト用紙に伸ばした咲弥の手は簡単にかわされた。
「15点とか補習確定だろ!」
「…吉田!点数連発すんな!!」
咲弥はテスト用紙を頭上でひらひらさせながら、片頬を上げ笑っている吉田和真を睨みつけた。
「だって事実なんだし。仕方なくないか?」
「仕方なくないでしょ!」
「だって、こんな面白い点数、みんなに教えたくなるじゃん」
和真の言葉に、我に返って咲弥は周りを見渡した。そして、頭を抱えたい衝動に襲われる。クラスメイトのほとんどがこちらを見ていた。
「久保田くんもこっち見てる…」
咲弥が秘かに憧れていた人物の苦笑いに消えそうな声で呟いた。
「ふ~ん、久保田ね」
そう言いながら和真は咲弥の肩に手を回した。
「何、この手」
「お前には無理じゃね?」
「は?」
「黒縁メガネが似合う秀才の久保田はお前みたいなおバカさんに興味ねぇぞ」
自分だけに聞こえるように耳元で囁かれる声。その近さと内容、2つの意味で、咲弥の顔は赤くなった。
「うるさい!余計なお世話だっ!!」
肩に回った腕を振り払いながら叫ぶ。
「親切に教えてやったのに」
そう心底楽しそうに言う和真を咲弥はもう一度睨みつけた。
「…というか、あんたは?」
「ん?」
「あんたは何点なの?」
「92点だけど?」
「…」
茶色く染められた髪。腰履きのスラックス。校則違反のシルバーのアクセサリー。それでも吉田和真は学年で常にトップ10に入っていた秀才だったことを咲弥は思い出した。
「人って見かけによらないよね」
「お前、何気に失礼だからな、それ」
黒い髪を2つで結び、校則に則った無地のハイソックスを履いている。スカートだけは少し短めにしてあるが、黙認される程度の長さだ。自分の格好を改めて思い出し、咲弥はため息をついた。
「勉強教えてやろうか?」
「…何、急に」
「だって、真面目な格好してるのに、バカって恥ずかしくないか?」
にやにやした笑いを浮かべる和真。そんな和真に暴言を吐こうとした時だった。
「和真。食堂に行こうぜ」
教室の扉に手をかけ、数人が和真を呼ぶ。和真は軽く手を上げ、それに応えた。
「じゃあな。ちゃんと勉強しろよ?」
そう言って咲弥の頭をぽんぽんと叩く。
「うっさい!さっさと行け!」
咲弥は対抗するように、頭をぶんぶんと横に振った。そんな咲弥の姿に和真は笑いながら教室を出てく。
和真が出ていくと一瞬教室には沈黙が流れ、しかしすぐにいつもの騒がしさに戻った。
「相変わらず仲がいいですね」
クラスメイトの騒がしい声に交じって、美香の声が咲弥の耳に届く。
「仲がいい?どこが?」
「ん~?全部、かな?」
「全然。天敵だもん」
「1年の時から、咲弥たちこんな感じだよね」
「知らないよ。あいつが勝手に絡んでくるんだもん」
「私さ、吉田くんは、咲弥のこと好きだと思ってたんだよね」
「…は?何それ。ありえない」
咲弥の心底わからないというような表情に美香は苦笑を浮かべた。
「ほら。好きだからいじめたくなるってやつ」
「小学生じゃないんだから。もう、高2だよ?」
「ま、それはそうなんだけどね。でも、吉田くんってあんまり女子と話さないのに、咲弥には自分から絡んでいくからさ」
「それは、あいつが私のことからかって楽しんでるからだよ」
「でも、もうあんまり絡んでこなくなるかもよ?」
「…え?」
思いもよらなかった美香の言葉に、咲弥の時は一瞬止まった。
「吉田くん。2組の北川さんといい感じなんだって」
咲弥はため息を一つついた。美香がどうしたの?と尋ねるように顔を覗き込む。
「…運が良いんだか、悪いんだか」
「何が?」
「この寒い中、2組と合同体育なことが!」
「良かったんじゃないの?見たかったんでしょ?北川愛莉」
美香が頭を動かす。それに合わせて、咲弥も視線を向けた。
ウェーブのかかった肩まである髪。小動物のように、小さい顔に、大きい目。足は細く、スタイルがいい。可愛いとも綺麗だとも表現できてしまう容姿に咲弥はもう一度ため息をついた。
そして、咲弥の視線の先には、愛莉の他にもういる。和真だ。
談笑している2人の姿は、美男美女でお似合いのカップルに見えた。咲弥は改めて和真を見つめる。
整った顔に、高い身長。加えて頭はよく、運動はできる。咲弥にとっては、ただの天敵だが、客観的にみれば、女子が和真の周りに集まるのも頷けた。
しかし、いつもの彼ならば、女子とほとんど口を利くことがない。それなのに、咲弥の視線の先にいる和真は愛莉と楽しそうに笑っていた。周りもあまりにお似合いな雰囲気に、遠巻きに見ていることしかできないようだ。
「…」
「悔しい?」
「え?」
突然の美香の言葉に、咲弥は首を傾げた。けれど、とこかで、今の気持ちに当てはまる言葉のようにも感じていた。
「盗られちゃったみたいで悔しいんじゃない?」
「……」
違う、と言うことができなかった。そんな自分に咲弥は驚いた。
「素直になったら?」
「…そういうのじゃないし。だって、吉田は、すぐに私のことからかうし、バカにするし。それに私たちはいっつも、口喧嘩ばかりで、…あんな風に笑い合ったことないもん」
勝てないと思った。そう思ってすぐに、どうして勝つ必要があるのかと自問した。
咲弥と和真は一年の頃から、今と同じような関係を続けている。そこには甘さの欠片もない。まず、和真をそういう対象としてみたことがなかった。咲弥のタイプとはかけ離れていたから。咲弥が好きなのは、メガネの似合う落ち着いた人。間違っても、いつも自分につかかってくるような人ではないはずだ。
それなのに、胸が苦しくなるのはなぜだろう。和真の肩に置かれた愛莉の手を振り払いたくなるのはなぜだろう。
「認めちゃった方が楽だと思うよ?」
「…次、私たちの番みたい。美香、行こう!」
美香の言葉を振り払うように、少し大きめの声でそう言った。
咲弥の頭の中で、美香の言った言葉が繰り返される。もう一度、談笑している和真と愛莉を盗み見た。
認めた方が楽。確かにそうかもしれない。けれど、もう遅いのだろう。
終業を知らせるチャイムが鳴った。帰りのSHRも終わり、咲弥は一人家路につく。
「いらっしゃいませ」
なんとなく入ったコンビニ。数人の店員の明るい声と営業スマイルで迎えられた店内は、程よい温かさが保たれていた。
漫画でも立ち読みしようと足を進めるが、咲弥の足は雑誌コーナーではなく、レジの真ん前に向かう。少し前から盛大に主張されている一角。明日が過ぎれば撤去されてしまうその場所には、様々なチョコレートが置かれている。
咲弥はその中で、一つの箱に手を伸ばした。
『素直な気持ちを』
値段の書かれたプレートに飾られているハートの文字に、思わず反応したのだ。
思い浮かべるのは憎たらしい顔。
笑ったり、すねたり、怒ったり。そういえば、色んな顔を見てきたなと咲弥は思った。それでも、まだ2年しか一緒に過ごしていないのだ。しかも、学校でしかあったことがない。
不意に、もっといろんな顔が見てみたいと思った。隣にいたいと。
あんな風に穏やかに談笑なんてできないかもしれない。いつものように、からかわれて、言い返しての繰り返しかもしれない。けれど、それでも、きっと楽しいから。
隣にいたいのだ。隣にいる人は自分でなければ嫌なのだ。
和真のことを思うと、心臓がぎゅっとして、苦しくて、でも、それでも一緒にいたいと思う。それが恋でなくて、なんというのだろうか。
もう、手遅れなのかもしれない。和真の隣は、彼女のものになってしまったのかもしれない。
けれど、明日だけは素直になろう。そう思い、手にした箱をレジのカウンター前に置いた。
「ハッピーバレンタイン!」
声に振り向けば、美香が笑っていた。
「おはよう。…ってチョコ?」
「そう。友チョコ」
「…ごめん!私、買うの忘れた」
「大事な方のチョコは買った?」
「……うん」
「なら、いいよ。とりあえず、これあげる」
「ありがとう。じゃあ、ホワイトデーにお返しするね」
「楽しみにしてます~」
「うん」
「ところで、いつ渡すの?」
「…いつがいいかな?」
「和真。お前、すごいな!」
耳に入ってきた名前に、咲弥は頭を動かした。
教室に入ってきた和真は数個の包みを抱えている。2月14日にもらう包みの中身など決まっている。
「まあな」
「…っ!」
そう笑う和真と目が合い、咲弥は思わず顔を逸らす。
「お前、顔逸らすとか、いい度胸じゃん」
咲弥の反応に気づいた和真が、咲弥の机の前に来た。覗き込むように顔を近づける。その近さに咲弥は動揺した。
「…別に、逸らしてないし」
「思いっきり逸らしてただろ」
「朝からうるさい」
「…何、お前。機嫌悪いの?」
「……そんなことない」
「うわ~、お前、嘘下手だな」
「…」
「もしかして、俺がモテるからって嫉妬してんの?」
「は、はぁ?な、何言ってんの?」
「マジかよ?へぇ~、嫉妬ね~」
そう言いながら楽しそうに笑みを浮かべる和真を睨みつけた。けれど、効果はないようで、和真の笑みはさらに濃くなる。
「で、お前は?」
「は?」
「チョコ」
「…ないよ。誰が、吉田なんかにあげるかっ!」
「へぇ~じゃあ、皆にもらいまくるぜ?」
どこか真剣な表情を浮かべる和真に、咲弥は一瞬ひるむ。けれど、口は止まらなかった。
美香が呆れた表情を浮かべている。
「勝手にすれば?というか、もらいまくるとか、ホント自惚れすぎじゃない?」
「言っとくけど、俺、モテるからな」
「自分で言うとか、どんだけ自意識過剰なの?」
「本当にお前、可愛くないよな」
「……」
ため息交じりに言われた言葉。そんな言葉は言われ慣れていた。言われ慣れているはずだった。
それなのに、うまく言い返すことができない。咲弥は無意識に俯く。
反応のない咲弥を不思議に思ったのか、和真は咲弥の顔を見ようとさらに近づく。その顔を手で押しのけ、咲弥は消えそうな声で呟いた。
「言われなくたって、知ってるし。あの子みたいに可愛くないないよ、どうせ!」
泣きそうになるのを必死に堪えて、クラスから出た。戸惑うような和真の声が聞こえる。けれど、振り返る強さはなかった。
ひとまず冷静になろうと、トイレに向かう。その途中で咲弥は2組のクラスの前を通りかかった。
「ねぇ、愛莉」
耳に入った名前に、思わず足を止める。
「ん?」
「それって、手作り?」
「うん」
「和真くんにだよね?ねぇ、2人って付き合ってるの?」
「ううん。…でも、今日、告白するつもり」
可愛らしく頬を染める愛莉がいた。その素直な笑顔に、咲弥は唇を噛む。
トイレに行き、鏡を見れば、走ったせいで乱れた髪が映った。可愛さなんてどこにもない。あんな風に、優しく笑うこともできない。
敵わないと思った。あんな風に可愛く笑うことも素直になることもできない自分を好きになってくれるわけないと。
どうして自分は可愛くないんだろう。どうして、素直になれないんだろう。
堪えていた涙が頬を伝った。
どうして、今まで気が付かなかったのだろうと咲弥は思った。
こんなに好きなのに。
いつから好きだったなんてわからない。けれど、きっとずっと前から好きだったのだと思う。
不意に、咲弥の頭に温かさ加わった。
「大丈夫だよ」
優しい声が降ってくる。顔を見なくても、それが誰なのかわかった。
「美香…。なんで、素直になれないのかな?あいつの隣にいたいのに」
「うん」
「…でも、私はどうしたって、北川さんみたいに可愛くなれないし、素直になれないよ」
「そっか」
「…どうすればいいの?」
「渡そうよ。勇気を出して買ったんでしょ?…好きなんでしょ?」
この前は答えられなかった問い。
「うん。好きだよ」
けれど、今度は答えられた。その答えを聞いた、美香は優しく微笑んだ。
しかし、咲弥は俯いたままだった。
廊下をゆっくりとした足取りで歩く。隣を歩く美香を心配させないようにと咲弥は必死で話をした。
応援してくれているのがわかった。当たって砕けても帰る場所があることも知っていた。
それでも怖かった。結果がわかっている勝負に挑むには勇気がいる。
けれど、伝えたかった。「好き」の2文字を。
教室に戻ると、始業時間の開始が近いため、クラスメイトの全員が教室内にいた。
「和真。受け取って!」
「私のも」
女子たちが和真の周りを取り囲んでいる。
「さっき、もらいまくるって言ってたよね?」
「今年はもらってくれるんでしょ?」
押し付けるようにチョコレートが入った箱を和真の机に置いていく。それは強引に見えた。けれど、勇気がいることなのだと、今の咲弥にはわかった。
強いなと思った。ただ、チョコを渡す、それすら自分には出来そうもないのに。
和真の顔はどこか不機嫌だった。好きではない人からもらう好意は、彼を困らせるだけなのかもしれない。
和真は無言で、机の上に積まれたチョコを袋にしまう。口が閉まらないほどにチョコレートが詰め込まれたそれを咲弥は見つめた。
周りに見つからないように、鞄の中のチョコレートが入った箱を取り出し、腿の上に置いた。筆箱から赤いペンを出す。
『FOR YOU』と書かれた飾りの裏に、言葉を書いた。
口に出せば、思ってもいないことを言ってしまう。だから、書こうと思ったのだ。そして、それをあの袋の中に入れればいい。
賭けだった。そのチョコが自分からのものだと気づかない可能性の方が高い。メッセージにさえ気づかないかもしれない。それで諦められるかもわからない。けれど、今の自分が気持ちを伝えても困らせるだけかもしれない。それよりは、ひっそりとこの恋を終わらせる方がいいのかもしれない。
「数学で25点以下のものは補習。このあとに残れよ。課題プリントができ次第帰っていいからな」
担任が帰りのSHRでそう告げた。その言葉に、自分の悲惨な点数を思い出す。
クラス中に自分の点数がバレていたことを思い出し、咲弥は背中を丸めた。
けれど、ちょうどよかったのかもしれないとも思った。なんだか今日は、家に帰りたくなかった。
家に帰れば、今日が終わってしまうから。今日が終われば諦めなくてはならないから。
「咲弥、手伝おうか?」
担任が教室から出ていくとすぐに、美香が咲弥に聞いた。その申し出を首を振ることで断る。
「大丈夫。プリントくらいすぐにできるよ」
「わかった。じゃあ、先に帰るね」
「うん」
「…咲弥、大丈夫?」
「え?」
「無理に笑わなくてもいいよ」
「…」
「渡せないなら、渡せないでもいいじゃん。別に今日でなくちゃならない理由はないんだし」
「美香…。あのね」
咲弥は周囲に聞こえないように、声を小さくした。それに気が付いた美香が一歩、咲弥に近づく。
「何?」
「いろいろありがとう」
「え?」
「…でもね、私、………諦めようと思うの」
「…咲弥」
「やっぱり、私にはあんな風に笑い合うなんてできないし、私の前ではあんな風に笑ったりしなかった」
「でも、私は咲弥の前で楽しそうに笑ってると思ってたよ」
美香の言葉に、咲弥は静かに首を横に振った。
「ほかの子たちよりは仲が良かったんだと思う。でもね…きっとそれだけだよ」
「そんなことないのに。だって、あの顔は…」
「いいの。美香、ありがとう」
「…」
「…最後の悪あがきにね、あの袋の中に、私のチョコを置いてきた」
「え?」
「好きだって書いたよ。伝わらなくてもさ、伝えたいから」
「…」
「口では言えないから。…弱いね。みんなはあんなに強いのに」
咲弥は首を動かす。美香も同じように、見た。
朝と同様、女子たちが和真の周りを囲んでいる。部活に行くために準備をしている和真に必死に話しかけているのだ。
「弱くなんかないよ」
「…ありがとう」
「うん」
「…補習、頑張るね」
「本当だよ?ちゃんと勉強しないと」
「うん。そうだね。さすがに、15点はやばいもんね」
美香が笑う。その笑顔に咲弥もつられて笑った。
窓の外を見れば、夕日のオレンジが闇に溶け込んでいた。街頭の灯りがつき始め、夜はすぐそこまで来ている。
「ふぅ~」
咲弥は腕を伸ばして、息を吐いた。補習のために用意された課題が思いのほか難しく、時間がかかってしまった。
プリントを職員室に持っていけば、「まだやってたのか」と地味に傷つく言葉をもらう。ため息をつきながら、そのまま学校を出た。
「お前さ、かかり過ぎじゃねぇ?」
学校に一番近い街頭の下、会いたかった、けれど会いたくなかった人物がいた。
「吉田…なんで」
この寒い中、手に息を吹きかけて彼はいた。言葉と態度から咲弥を待っていたのだとわかる。耳まで赤いその顔に、ずいぶん待っていたことが見て取れた。
「お前さ、俺に言いたいことあるんじゃないの?」
「え?」
「聞いてやろうと思って待っててやった」
和真の言葉に、咲弥は戸惑った。言いたいことがあるかないかで言えばもちろんある。けれど、言えるはずがないのだ。
「…」
しばらく黙っている咲弥にしびれを切らしたのか、先に和真が口を開いた。
「これ、何?」
袋から一つの箱を出す。その見覚えのある箱に、咲弥は目を丸くした。
「…なんで?」
「なんでってお前がくれたんだろ?」
「…」
「お前な、これ気づかなかったらどうするつもりだったんだよ」
「…」
「しかもなんだよこの『好きでした』って」
「…っ!」
気持ちだけは伝えたかった。だから、そっとその言葉を書き記したのだ。けれど、やはり迷惑だったのかもしれない。そう思い、口にしようとした謝罪の言葉は、しかし、咲弥の口から出ることはなかった。
「なんで過去形なわけ?」
思いもよらなかった問い。
「え?」
「『でした』ってなんだよ?じゃあ、今は好きじゃねぇの?」
「…」
「何?諦めたわけ?お前らしくないじゃん」
「…」
「簡単に諦めんなよ!」
和真の声が、人気のない道に響いた。咲弥は、拳を強く握りしめる。
「……簡単に諦めるな、なんて、なんであんたがそんなこと言うの?なんで今から私のこと振る人にそんなこと言われなきゃなんないのよ!」
「誰が振るって言った!」
「だって、あんたは、2組の北川さんと!」
「北川は友だちだ。それ以上でも以下でもない」
「…だってあんなに楽しそうに笑ってた」
「お前な。勝手に傷ついて、勝手に俺の気持ち決めつけんじゃねぇよ。誰が、北川を好きなんて言った?誰がお前のこと好きじゃないって言ったよ?」
「…え?」
「こんな飾りに書かれた小さな文字だけで、誰からのものってわかるんだぜ?…この字が誰の字なのか一瞬でわかったんだ」
「…」
自分の都合のいいように解釈しているだけなのかもしれないと咲弥は思った。
けれど、目の前の和真があまりに幸せそうに笑っているから、咲弥は思わず、足を一歩前に進める。
伸ばされた左手を引かれた。顔を和真の胸に押し当てる。
どのくらい待っていたのだろうか。和真の身体は、冷たかった。
「なあ、俺に言いたいことあるだろ?」
「うん」
「言えよ」
どうしてだろう。幸せなのに、泣きたくなるのは。
咲弥は、出てきそうになる涙を堪えて、顔を上げた。下を向く、和真と目が合う。
瞳の中には自分が映っていた。こんなに近くにいるのだ。
「好きだよ」
「…もっと早く言えよ。だからお前はバカなんだ」
そう悪態をつきながらも、和真が自分を抱きしめるので、咲弥も同じように、和真の背に腕を回した。
素直になれないのは、2人とも同じ。だから、自分たちなりの方法で、気持ちを伝えればいい。
2月の外の空気は寒いけれど、あと少しこのままでいたい。咲弥はそう思った。
そして、その思いを伝えるために、回した手にそっと力を入れた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
色々ダメなところばかりだと思いますので、
感想、評価等で教えていただけたら嬉しく思います。
とりあえず、バレンタインに間に合ってよかったです!




