母さんよ
とにかく神谷はツイていない。というか、要領が悪い。なあなあで大学を卒業したが、たいした勉強もしなかったせいで就職浪人。一緒に遊んだ仲間は、いつのまにやら資格や知識を蓄え、それなりの会社に就職した。
「お前ら、俺と同じ位遊んでたじゃないか!」
「バカだな。遊びながら家でも勉強していたに決まってんだろ。まさか、家に帰っても遊んでたのか」
「……う」
神谷が家ですることと言えば、酒を飲んでそのまま寝て、暇ならゲームしたりテレビ見たり。ぐうたらのせいで、こんな惨めな思いを……。日々の生計はバイトのみだが、要領が悪いせいでよくトチり、クビになる。今も無職だ。
そんな時、悪い道に誘われた。振り込め詐欺の仕事だ。
「うまくいけば、月収百万なんて余裕」
これで生活が変わると思った。しかし、要領の悪い神谷。『余裕』と言った男も呆れた。
「あのな、電話をかけた時『神谷ですが』って本名を言うバカがいるか」
「すんません、つい癖で」
当然、クビ。神谷は困りはて、自宅アパートに帰る。また仕事がなくなった。
自分は、詐欺も出来ない。まともに働くことも出来ない。
実家に帰りたい……。玄関のドアを力なく閉める。その時電話が鳴った。本当は契約を解約したいが、インターネットがしたいがため、自宅に電話をひいている。だから携帯は持てない状態だ。
『母さんだけど』
ナイスタイミング。やはり親。辛いときはわかるみたいだ。
「母さん……」
『どうしたのぉ、暗い声』
オバサン独特の甲高い声。神谷は苦笑しつつ、久々の母の声に涙が出そうになる。
「なんでもないよ。なんかあったの?」
『あのねぇ、父さんが事故で入院してね。まあ二、三日で退院出来るくらいだけど。ただ家にまとまった現金がなくて、入院費が払えないの。工面出来たら返すから、とりあえずあるだけでいいから現金振り込んでくれない?』
神谷が「なんでそんな嘘にひっかかるの!」と実の母に怒鳴られたのは翌日のことだった。
被害額一万円、というのが唯一の救い。
了