2 彼の印象
まだまだ幽霊から昇格するには程遠いが、以前よりは頻繁に姿を見せるようになった蒼十郎(たぶんリーグ戦とやらが嫌なのだ)とのんびり過ごす金曜に、すみれはすぐに慣れた。
実は、すみれは結構な人見知りなのだが、蒼十郎とは空気やテンポが合うようで、まったく苦痛に感じない。
蒼十郎のほうも、すみれの存在が特に邪魔ではなさそうで、気が向いた程度に、ペットのねこさんの話をしてきたりする。
なんと、彼の家の猫は、ねこさんという名前らしい。
そのことを知ったとき、すみれはなぜか、少し感動した。
---その由来はというと、彼の母親が、彼女以外は男しかいない家族たちが真面目な顔で
「ねこさん」と口にする姿を見たかった、という理由なのだが、そのことは、すみれはおろか蒼十郎すら知らない事実である。
そんな母親からねこさんの世話を押し付けられ--もとい、任されている蒼十郎が、飼い猫ともっとも良好な関係を築けているのだった。
そのような話を、のんびり続けるときもあれば、ただ黙っている時もある。
蒼十郎はともかくとして
それは、すみれには幸運といってもいいものである。
なぜなら、すみれは(本人は気づいていないようだが)話の主導権を握ることに向いていない。
相談のような、途中経過の報告のようなものはすぐに口にだすが、それらの結果がでたら満足して、すぐに記憶の隅に忘れ去る。
本人にその気はなくとも、結果的に言い逃げを繰り返す、すみれ。
その習性に振り回されているものも、すみれの周りには少なくない。
彼女の友達である蜷川頼子、通称・頼ちゃんはその筆頭である。
彼女は、すみれがもう蒼十郎の顔を認知して一月半がたとうかというときに、「まだ正体みせないの?忍者みたいなやつね。二宮蒼十郎」と言っていた。
すみれは頼子に、蒼十郎が誰かわからないことは言っていたが、顔と名前が一致したことは非通知だったのである。
「あ、いってなかったっけ?この前の全校集会のとき、檀上で表彰されてた剣道部の人で頼ちゃんが騒いでた人いたじゃん。あの人、二宮先輩だよ」
当然、頼子は驚いた。
「えっ!?名前呼ばれてたっけ!?」
「あれ、団体戦の表彰だったから個人名は呼ばれてなかったね」
「まじか!なんで教えてくれないの?」
「頼ちゃん、すぐに次の陸上部の人見て騒いでたじゃん」
だからといって頼子に伝えなくて良いことにはならないのだが、さすが、すみれの友達を長らくやっているだけあって頼子はそんなことは気にした風でも無かった。
「そうだっけ?でも、え~!思ったよりかっこよかったよね。あたしとしたことが。いままでノーマークだったなんて」
とまあ、気にしたのは全く別の方向のこと。
頼子も大概マイペースだった。
何が言いたいのかというと、素ですみれとリズムが合う人は地味に希少種だということだ。
すみれの人見知りは、これまでの人生でそのような人となかなか巡り会えなかったことに起因しているといっても過言ではない。
つまりは、すみれの蒼十郎に対する印象は『居心地のいい人』で定着したのである。
蒼十郎のお母さんの好きな映画は「ティファニーで朝食を」です。
わかるひとにはわかる(はずの)無駄設定 (笑