第1.6話:ゼディが沈黙を軽くする
六人の“ありえない”者たちが古代の遺跡へと引き込まれた時、彼らは世界を生んだ力――ネクサスの砕けた欠片と秘められた絆を知る。
運命に縛られた彼らは、失われた欠片を求めて諸界を旅し、迫り来る影の秩序と「創造」と「破壊」の狭間に挑むこととなる。
夕暮れの空気はすっかり冷え、遺跡は夕日の橙色に染まっていた。
学生たちは焚き火の周りで笑い、歌い、ある者はテントでうたた寝をしている。にぎやかな声が、ここを古代遺跡ではなく祭りの広場のように感じさせていた。
人混みから少し離れた場所で、セウルは石壁に胡坐をかき、手にした携帯をいじるふりをしていた。親指はほとんど動かず、時折空を見上げては、瞬き始めた星をぼんやりと眺める。
彼は静かに息を吐いた。
「家から離れて過ごす夜か……」
誰も聞いていないのに呟いた言葉は、星の方へと漂っていった。
家の温もりや自分の部屋の習慣から離れるのが苦手だと、彼は誰にも言ったことがなかった。家族にさえも。
この研修旅行だって、本当は来たくなかった。中学一年のとき以来の旅行だったのに。
それでもこうして笑い、楽しそうに見せ、仮面を崩さずにいる。
誰も知らないのは――彼がよく、星や木や壁に向かって話しかけていることだった。
生きていないものの方が安心できる。判断もしない、問いもしない。ただ聞いてくれる。
それが不思議と、胸の重さを和らげていた。
「また空と会議でもしてるのか?」
声に驚き、セウルは振り返った。ゼディが歩いてくる。両手をポケットに突っ込み、いつもの笑みを少し柔らかくした顔で。
「ただ……スクロールしてただけだよ。」セウルは慌てて携帯を振って見せる。
ゼディは鼻で笑った。「へぇ、『スクロール』ね。」
セウルは目を逸らし、口元にかすかな、罪悪感めいた笑みを浮かべた。
「お前、いつも気づきすぎなんだよ。」
「当たり前だろ。」ゼディは当然のように言い、隣にドサッと腰を下ろす。「俺はお前の友達だからな。」
軽い調子の言葉――けれど、セウルにとっては深く響いた。
友達なら昔からいた。良い友達だって。
だが彼の仮面の裏に気づこうとした者は一人もいなかった。
ゼディだけが、それをしていた。気づかぬうちに、彼は沈黙を軽くしてくれる存在になっていた。
セウルは一瞬「ありがとう」と言いそうになった。
代わりに携帯をポケットにしまい、空を仰ぎながら呟いた。
「星、ここは……明るいな。」
ゼディも背中を預け、両手を後ろにつく。
「だから言ったろ、この旅行も悪くないって。」
セウルは小さく笑った。「それが逆に心配なんだよ。」
ゼディは肩を軽くぶつけ、笑った。「大丈夫だって。俺がいるんだから。」
セウルは返事をしなかったが、笑みは少しだけ、本物に近づいていた。
焚き火の炎がパチパチと鳴り、笑い声や歌が火の粉と共に夜空に昇っていく。
ほとんどの学生はその周りに集まり、炎に揺れる影を楽しんでいた。
セウルはゼディに目をやり、それから火を見た。
「なんでお前、あっちにいないんだ?ああいう賑やかなの、お前の方が似合うだろ。」
ゼディはニヤリと笑い、手を後ろについて言った。
「近くに座ると火が嫉妬するんだよ。俺が熱すぎてな。ひとつの場所に熱が集まりすぎると危険だろ?」
そしてふざけたように肩をすくめる。「それに俺が冗談を言い始めたら、他の奴らの話が全部つまらなく聞こえるだろ?だから、みんなのために控えてるんだ。」
セウルは目を回し、口元を押さえた。「つまり……逃げてるだけか。」
「違うな。」ゼディは指をピシッと向けた。「伝説を戦略的に維持してるんだ。」
セウルが返す前に、背後の影から声がした。
「……伝説も、やがて燃え尽きるんだよ。」
二人は同時に固まった。セウルが振り返ると、セレネが石壁のすぐ後ろに立っていた。
不気味な笑みを浮かべ、焚き火の光が瞳に揺らめいている。
彼女は闇に秘密を囁くかのように、ひょいと前に身を乗り出した。
「火が食べなきゃ、夜が食べる。」
セウルは携帯を落としかけた。「人を驚かすのやめろよ!」
ゼディは苦笑し、腕を掻いた。「おいセレネ、お前って本当……タイミング完璧な幽霊だな。」
セレネは首をかしげ、まばたきもせず言った。
「幽霊はね、重い心を持つ者にしか現れないの。」彼女はだらりと指を伸ばし、セウルを指した。
「つまり――あんた。」
セウルは固まり、笑うべきか震えるべきか分からなかった。
ゼディは一瞬驚き、だがすぐ笑ってごまかした。
「じゃあ俺は幽霊免疫ってことだな。」
セレネの笑みはさらに広がった。
「違う。あんたは餌。」
焚き火から少し離れた場所に、三人――セウル、ゼディ、セレネが並んで座っていた。
セレネの視線がふと、通り過ぎる影に移る。
ソレスがポケットに手を突っ込み、肩を落として歩いていた。
いつもの自信満々な足取りではなく、わずかな落胆を漂わせて。
「今夜は収穫なし?」セレネが甘く声をかける。
ソレスは眉を上げ、舌打ちした。「ちっ。どうやら星が味方してないらしい。俺の魅力に落ちる女が一人もいないとはな。」
セレネの笑みがさらに鋭くなる。「じゃあ、代わりに私の友達を祝福してあげれば?」
彼女は横に座る二人を指した。「こっちがセウル。で、こっちがゼディ。」
不意に紹介され、セウルは居心地悪そうに携帯を握りしめた。
「……や、やぁ。」声は小さく、焚き火の音にかき消されそうだった。
ソレスの目がほんの少し長くセウルに留まった。
そして口元に笑みが戻る。
「ほう、照れ屋か。気をつけなよ。喋らなすぎると、俺みたいなのにスポットライト――いや、ハートまで奪われるかもな。」
彼は身を乗り出し、軽く囁くように付け加えた。
「……なぁんてな。」
セウルは瞬きをし、耳に熱がこもる。「……あ、ありがとう?」
ゼディが間に割り込み、にやりと笑った。
「おいロミオ、落ち着けよ。こいつは俺の庇護下にあるんだ。他を口説け、火とか。」
楽しげに言うと、ソレスは肩をすくめ、手を上げた。
「安心しろよ、チャンプ。ただの冗談さ。」
セレネは手を叩き、楽しそうに言った。
「わぁ、面白い。狼が二匹でウサギを囲んでるみたい。」
ゼディの目がふと、ソレスの手首の光に留まった。
「おい、その時計すげぇな。かなり珍しいやつだろ。どこで手に入れたんだ?」
ソレスは手を傾け、口元に鋭い笑みを浮かべた。
「これか?店で買えるような代物じゃない。」彼は文字盤を軽く叩いた。
「唯一無二。お前らが思う以上のな。」
視線を二人に向け、誇らしげに目を光らせる。そしてウィンク。
「言うなれば――俺のために作られた一品ってことさ。」




