夕暮れの熱気。甘いささやき。
【レイSIDE】
結局、カイに「保健室なんかじゃダメだ! ヘリを呼んでウチの病院に行くぞ!」「オレが運んでやる!」とさわがれ、全力でそれをふり切り、ぐったりしたまま放課後を迎えたオレは――なぜか、土ぼこりがまうサッカー部のグラウンドのすみっこに立っていた。
(…なんでこうなった)
「絶対見に来いよな!来なかったら、明日オマエの弁当、ウチのシェフに作らせた最高級ランチと取りかえるからな!」
そんな悪魔のけいやくを、熱にうかされた頭で受け入れてしまったのがすべての原因だ。グラウンドでは、オレンジ色の夕日を全身に受けたカイが、まるでフィールドの王様のように活やくしていた。するどいドリブル、正確なパス、そして力強いシュート。
(…くそ、かっこいいとか、思ってない。絶対に、だ。ただ、ボールの動きが物理学的に興味深いだけで…)
そんな苦しい言い訳を脳内でしていると、練習終了の笛が鳴りひびいた。練習が終わり、カイがオレを見つけて犬みたいにしっぽをふりながら走ってくる。
「レイー! 見ててくれたのか! サンキュ!」
カイがオレの肩を組んだしゅんかん、近くにいたサッカー部員たちの動きが止まった。
「おい、見たか?」「あのクールなレイが、カイの練習を…?」「あの二人、いつの間にそんな仲に…」「朝日財閥の力でスカウトしたのか…?」
遠くから聞こえるうわさ話に、オレはいたたまれなくなり、カイのうでをそっと押しのけた。
カイは汗をぬぐうと、着ていたTシャツのすそをたくし上げたままオレに近づいた。目の前には、汗でぬれたカイの腹筋。その熱気が、むわっとオレを包みこむ。
「な、見てた?」
いたずらっぽく笑ったカイは、おもむろに自分のTシャツのすそで、オレのほほについた土ぼこりを優しくぬぐった。
「汚れてるぞ」
耳元で聞こえたそのささやきは、やけに甘くひびいた。
「ひっ…! 今、間接…いや、直接…!?」「カイ先輩の汗がしみこんだTシャツでレイ様の美肌を…!」「もうだめ…鼻血が…」「神々の戯れは刺激が強すぎる…!」「今日の練習日誌、ポエムになりそう…!」
「うおっ…カイのやつ、大胆だな…」「レイ相手だから絵になるけどよ…男相手にあれはヤベェだろ…」「あの距離感バグってる…でもなんか…目が離せねぇ…」「夕日と汗と筋肉と美少年…情報量が多すぎて頭パンクするわ…」
「…別に。たまたま通りかかっただけだ」
「ふーん? ま、どっちでもいーや! 一緒に帰ろーぜ!」
オレンジと紫がまじり合う、美しい空の下。オレたちは二人、ならんで帰り道を歩いていた。
と、思ったら。
「なあ、レイ…」
カイが、急に足を止めてオレの名前を呼んだ。
「オレ、オマエのこと、サッカー部にさそいたいってずっと思ってたんだ! 気に入ったヤツはスカウトするのが、ウチのやり方だからさ!」
「…………へ?」
盛大な、かんちがいだった。
「それに、もっと一緒にいたいしな! オレ、レイのこと…友達として、すっげー好きだからさ!」
好き。
スキ。
SUKI。
その三文字が、オレの頭の中で無限にくり返される。
(とつぜんすぎるだろ、バカ…)
帰り道の途中、コンビニの前で同じクラスの女子グループとすれちがった。彼女たちはオレたちを見ると、目を丸くして立ち止まった。
「うそ…レイ様とカイ様が一緒に下校…?」「カイ様って、あの朝日財閥の御曹司だよね…?」「てことは、レイ様もどこかの国の王子様だったりして…」「ありえる…!」
ヒソヒソ声が追いかけてくる。オレは早足になりながら、となりで何も気づかずに鼻歌を歌うカイを、少しだけうらめしく思った。
「と、友達…だと…!?」
その言葉をつぶやくのが、今のオレにできる、せいいっぱいの強がりだった。