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禁断のゼロ距離。教室の熱狂。

【レイSIDE】

新しい学期の教室は、期待と不安がまじった独特の熱気につつまれていた。はり出された新しいクラスの名簿。オレ、如月きさらぎ レイの名前は2年3組にあった。


(…よし、知っているヤツは少ないな。静かにすごせそうだ)


黒い髪、切れ長の目、成績はいつもトップクラス。女子からは「近寄りがたいけどクールな王子様」なんていう、ありがたいけど少し面倒な呼ばれ方をしている。違うんだ。オレはただ、平和を愛する一人の高校生にすぎない。


担任が配る座席表の紙が、ひらりとオレの机に置かれる。先生がどこか緊張した面持ちで、「朝日くんの隣は…」とつぶやいていたのが少し気になった。


指定された席は、窓ぎわの後ろから二番目。うん、人間観察には最高の席だ。悪くない。問題は――その隣。オレの運命を左右する、右隣の席の名前だった。そこには、『朝日あさひ カイ』の五文字。


(…………終わった)


朝日財閥。日本経済をうらで動かしているとまで言われる、超巨大グループ。その次期社長が、コイツだ。オレの静かな高校生活は、開始わずか十分で、高らかに終わりを告げたのだった。


【カイSIDE】

「うっす! おはよーございまーす!」


ガラッといきおいよく教室のドアを開け、オレ、朝日あさひ カイはクラス全体に声をかけた。キラキラの茶髪に、誰とでもすぐ仲良くなれるのがオレの特技だ。サッカー部のエースで、クラスのムードメーカー。まあ、家のことは面倒だけど、今はフツーの高校生ってやつ?


「おはよー!みんな、また一年よろしくな!」


友達にかたっぱしから声をかけて、自分の席をさがす。窓ぎわの後ろから二番目…っと、ここか。隣の席のヤツは…誰だろ?


そこに座っていたのは、窓の外を静かにながめる、絵画のような横顔。長いまつ毛、通った鼻すじ、少し色のうすい黒髪がサラサラとゆれている。


(うお、レイじゃん! ラッキー!)


レイ。

いつもクールで、誰とも仲良くしない孤高のそんざい。だけど、めちゃくちゃ頭が良くて、運動神経もばつぐん。女子人気もハンパない、学校の有名人だ。話したことはほとんどないけど、ずっと気になってたんだよな。


(なんか、とっつきにくいって言われてるけど、絶対いいヤツな気がするんだよなー。よし、この一年で仲良くなるぞ!)


オレはニッと口の角を上げて、わざと大きな音を立ててカバンを机に置いた。


「よっ、レイ! オレ、オマエの隣だ! カイだ! よろしくな!」


【レイSIDE】

太陽が、人の形になって隣に座ったのかと思った。


「よろしくな!」と出された大きな手と、白い歯を見せた完ぺきな笑顔。近い。顔の圧がすごい。そして、まぶしい。光合成できそうだ。

(だめだ、まっすぐ見れない! オレの心の壁「サイレント・ウォール」がこなごなにくだけていく…!)


「…ああ」


なんとかそれだけ返事をして、出された手を無視する形で教科書の準備を始める。これがオレにできる、ぎりぎりの抵抗だった。


「あれ? あく手は? まあいっか! これから一年、よろしくな、レイ!」


(なっ…!? なんだコイツのコミュニケーション能力は!? はじめて話したのに!)


オレの心のゆれをよそに、授業が始まる。カイのマシンガントークは止まらない。


「なあなあ、レイ。この問題わかる?」


「…教科書を見ろ」


カイがオレに話しかけるたびに、教室のあちこちから視線を感じる。特に女子たちが、「あのレイ様がカイ様と普通に話してる…」「ていうか、カイ様、下の名前で呼んでない?」「今年の一大ニュースじゃない!?」とヒソヒソ話しているのが聞こえてきて、耳が熱くなる。やめてくれ、動物園のパンダを見るような目で見ないでくれ。


そんな心のたたかいの最中、事件は起きた。

カイがペンケースから消しゴムを床に落としたのだ。


「わりぃ、取るわ」


そう言って机の下にもぐりこんだカイの頭が、オレのひざにぶつかった。


「いって!?」


「うおっ!?」


「ご、ごめんレイ! 大丈夫か!?」


顔を上げたカイと、オレの顔の距離、わずか十センチ。整った顔が、目の前に、ある。


「…? あれ? レイ、顔、真っ赤だぞ?」


ふしぎに思ったカイが、その大きな手をオレのひたいにピタッと当ててきた。


「え、めっちゃ熱いじゃん! オマエ、熱あるのか!? 大変だ、ウチのグループの病院にすぐ連絡する!」


「〜〜〜〜〜っ!!!」


声にならないさけびが、オレの心の中でひびいた。


(スケールがでかい! 熱じゃない! これは熱じゃないんだ! オマエのせいなんだよ、この鈍感な財閥王子め!)


カイはひたいから手を離さず、心配そうにオレの顔をのぞきこんできた。甘い息がかかるほどのゼロ距離。カイの指が、汗を確かめるようにオレのこめかみから首すじにかけて、そっとすべる。ゾクッとした感触に、息をのむ。カイの真剣な瞳に、動けないオレの顔がうつっていた。


「きゃあああああ! 指! 指が首すじに!」「だめ、あれは聖域…!」「空気が…なんか…濃密…!」「見てはいけないものを見てる背徳感がヤバい…!」「息するのを忘れてた…尊すぎて死ぬ…!」


「おいおい、昼間っから見せつけてくれるぜ…」「なんか…カイの指つき、やけにエロくね…?」「レイのあの無防備な顔…オレが女だったら絶対おちるわ…」「オレらとは違う世界の生き物だな、マジで…」


その日の放課後、オレがろうかを歩いていると、見知らぬ一年生たちがヒソヒソ話をしているのが聞こえた。


「あっ、あの人…」「朝日財閥のカイ様の隣の席の人だ…」「今日、カイ様が自分の病院に運ぼうとしてたって本当かな?」「王子様二人、住む世界がちがいすぎる…」


…どうやらオレは、「カイの隣の席のヤツ」として、すでに全校に知られてしまったらしい。オレの平和な日々はどこへ…。


ああ、神様。オレの心臓、次の授業まで持ちますか…!?

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