第2話「運命の助手と隠された戦闘力」
## 1.
王立魔導学院での初日、アルベルトは自分専用の研究室に案内された。
「こちらがあなたの研究室です。古代魔法研究に必要な文献は隣の書庫に、実験設備は地下の専用施設をご利用ください」
セラフィナが扉を開くと、辺境の研究所とは比較にならないほど充実した設備が目に入った。魔力増幅装置、精密な魔法陣描画台、古代文字の拡大投影機——研究者なら誰もが憧れる環境が整っている。
「素晴らしい環境ですね。これなら研究効率が格段に上がります」
「当然です。あなたほどの才能には、最高の環境を提供すべきです。さて、早速ですが星辰召喚術の詳細についてお聞かせください」
アルベルトは持参した研究ノートを開き、三日間の分析結果を説明し始めた。魔力の流れ、詠唱の効果、古代理論の復元過程——すべてが学術的に興味深い内容だった。
「驚異的な分析力です。特に古代魔力循環理論の解釈は、我々の研究を大きく進展させるでしょう」
「ありがとうございます。実は、次に取り組みたい古代魔法の候補もいくつか絞り込んでいまして……」
二人が熱心に議論を続けていた時、急に警鐘が鳴り響いた。
「緊急事態発生! 全魔導師は第二種戦闘配置につけ!」
セラフィナの表情が一変した。
「魔物襲撃の警鐘です。どうやら大規模な群れのようですね」
「魔物が王都近郊に?」
「ええ。時々発生します。しかし今回は少し様子が違うようです。クラウス殿、申し訳ありませんが研究は一時中断にして……」
「いえ、僕も協力させてください」
アルベルトの申し出に、セラフィナは困惑した表情を見せた。
「お気持ちは嬉しいのですが、実戦経験は?」
「理論的な知識はあります。古代戦闘魔法についても研究していましたから」
「理論と実践は別物です。危険すぎます」
その時、廊下を駆け足で通りかかった学院の職員が二人に声をかけた。
「セラフィナ様! 魔物の規模が想定より大きく、人手が足りません! 研究者の方々にも協力をお願いしたいとのことです!」
セラフィナは短く息を吐いた。
「分かりました。クラウス殿、くれぐれも無理はしないでください。あなたの身に何かあれば、古代魔法研究に大きな損失となります」
二人は急いで学院の中庭に向かった。そこには既に多数の魔導師が集結しており、緊張した空気が漂っている。
「状況はどうなっている?」
セラフィナが指揮官らしい男性に尋ねた。
「魔物の群れが王都北門から五キロの地点で確認されています。数は約二百匹、ゴブリンとオークが中心ですが、指揮系統がしっかりしており、通常の群れとは様子が違います」
「組織的な攻撃?」
「可能性が高いです。しかも、魔物たちの魔力が異常に高まっています。まるで何かに刺激されたかのように……」
アルベルトは指揮官の言葉に注目した。魔物の魔力が高まっている——それは星辰召喚術の余波と関係があるかもしれない。
## 2.
王都北門近郊の戦場は、予想以上に混乱していた。
魔物の群れは確かに組織的で、ゴブリンの弓兵部隊とオークの重装歩兵が連携して王国軍を圧迫している。そして、その魔物たちの魔力レベルは明らかに通常より高かった。
「やはり星辰召喚術の影響か……」
アルベルトは戦場の後方で状況を観察していた。セラフィナの指示で、直接戦闘には参加せず、魔法的支援に回っている。
「敵の魔力パターンを解析してください。何らかの外的要因があるはずです」
「承知しました」
アルベルトは魔力探知の術式を展開し、魔物たちの魔力を詳細に分析し始めた。すると、奇妙なことに気がついた。
「これは……古代魔力の残滓?」
魔物たちの体内に、星辰召喚術で使用した古代魔力と同質のエネルギーが蓄積されている。おそらく、数日前の魔法発動時に周囲に拡散した魔力粒子を吸収し、それが魔物の能力を向上させたのだろう。
「つまり、僕の魔法が原因で……」
責任を感じたアルベルトは、より積極的に戦闘に参加することを決意した。自分が引き起こした問題なら、自分で解決すべきだ。
その時、魔物の一団が王国軍の側面を突破し、後方に向かって突進してきた。
「危険です! 避難してください!」
セラフィナが叫んだが、突進してくるオークの速度は予想以上だった。アルベルトと数名の魔導師が、逃げ遅れて包囲される形になってしまう。
「くそ、こんなところで……」
その時、包囲網の一角から一人の青年が飛び出してきた。手に持った大剣で、オークの先頭を一刀のもとに斬り倒す。
「大丈夫ですか!」
振り返った青年は、アルベルトと同年代の逞しい男性だった。元傭兵と思われる実戦的な装備と、鍛え抜かれた肉体が印象的だ。
「助かりました。あなたは?」
「マルクス・シュトラウスです。王都警備隊の臨時雇いをしています」
しかし、救出劇はそこで終わらなかった。残りのオークたちが怒り狂って襲いかかってくる。マルクス一人では対処しきれない数だった。
「数が多すぎる……」
その瞬間、アルベルトは古代戦闘魔法の理論が頭に浮かんだ。研究で学んだ知識を、実戦で応用する時が来たのだ。
「マルクスさん、少し下がってください」
「え? でも……」
「大丈夫です。理論的には可能なはずです」
アルベルトは手を前に向けて構え、古代語の詠唱を開始した。
「フルグル・エト・フラムマ・デストルクタ……」
瞬間、彼の手から稲妻と炎が同時に発生した。古代の複合攻撃魔法「雷火螺旋」だった。研究で理論を学んでいた魔法が、見事に実戦で成功したのだ。
稲妻と炎が螺旋状に絡み合いながらオークの群れを貫き、一瞬で敵を殲滅した。その威力は、現代の戦闘魔法を遥かに上回っている。
「理論通りの威力が出た……研究の成果だ」
アルベルトは満足そうに頷いた。
「す、すげぇ……」
マルクスは呆然と立ち尽くしていた。
## 3.
戦闘終了後、アルベルトとマルクスは王都の治療所で簡単な手当てを受けていた。
「改めて、ありがとうございました。マルクス・シュトラウスさん、でしたね」
「ええ。でも、すごいのはあなたの方です。あんな魔法、見たことがありません」
マルクスは純粋な驚きと尊敬の眼差しでアルベルトを見つめていた。
「古代戦闘魔法の理論を実践してみただけです。文献で学んだ通りに詠唱したら、予想以上の威力が出ました」
「理論って……普通、理論だけで実戦魔法は使えませんよ。相当な研究をされたんですね」
「ええ。古代魔法については、かなり詳しく研究していましたから。実戦で試す機会がなかっただけです」
「マルクスさんは元傭兵の方ですか?」
「ええ。五年間、各地で傭兵をしていました。でも、もう戦争には疲れて……今は王都で警備の仕事をしています」
マルクスの表情には、どこか疲れたような影があった。しかし、同時に純粋で誠実な人柄も感じられる。
「なぜ魔導師になろうと思わなかったのですか? 剣の腕もそうですが、魔力の素質も感じられます」
「魔法は苦手なんです。基本的な強化魔法くらいしか使えません。それより、あなたはなぜ研究者になったんですか? あれだけの戦闘能力があれば、軍の魔導師として引く手あまただったでしょう」
「戦闘は好きではありません。知識を追求し、世の中の役に立つ技術を開発したいんです」
「立派な考えですね……」
マルクスはアルベルトの言葉に感銘を受けたようだった。
その時、治療所にセラフィナが現れた。
「クラウス殿! 無事でしたか? あなたの魔法のことを聞きました」
「セラフィナ先生。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「いえ、むしろ驚嘆しています。古代戦闘魔法を実戦で使いこなすとは……どこでそのような技術を?」
「文献研究の成果です。古代の戦闘理論を現代の魔法体系に応用してみました」
セラフィナは感心したように頷いた。
「やはり、あなたは只者ではありませんね。それと……」
彼女はマルクスに向き直った。
「マルクス殿でしたね。戦場でのお働き、拝見していました。見事な剣技でした」
「恐れ入ります。マルクス・シュトラウスです」
アルベルトが補足した。
「マルクスさんは僕を救出してくれた恩人です」
セラフィナは興味深そうに彼を観察した。
「元傭兵の方ですね。なるほど、実戦経験が豊富そうです」
「恐れ入ります」
「実は、クラウス殿に一つ提案があります」
セラフィナは二人を見回した。
「古代魔法の研究には危険が伴います。今日のような事態も今後起こりうるでしょう。そこで、専属の護衛兼助手を付けてはいかがでしょうか?」
「護衛ですか?」
「ええ。研究の安全性を確保し、同時に実戦での検証も可能になります。マルクス殿、いかがですか? 王立魔導学院の職員として働いてみませんか?」
マルクスは驚いた表情を見せた。
「僕が……学院で? でも、魔法の知識なんて……」
「知識は後から身につけられます。重要なのは人格と実戦経験です。それに……」
セラフィナはアルベルトを見た。
「クラウス殿にも、研究以外の視点を提供してくれる人が必要でしょう。学者は時として視野が狭くなりがちですから」
アルベルトはマルクスの人柄に好感を抱いていた。誠実で、勇敢で、そして純粋な心を持っている。こんな人と一緒に研究できれば、きっと良い成果が生まれるだろう。
「マルクスさん、どうでしょうか? 僕としても、あなたのような方に協力していただけるとありがたいのですが」
マルクスは少し考え込んだ後、決意を固めたような表情を見せた。
「分かりました。微力ながら、お役に立てるよう努力します」
「ありがとうございます!」
こうして、アルベルトは王都で初めての友人を得ることになった。研究者と元傭兵——異色の組み合わせだが、きっと素晴らしいパートナーシップを築けるだろう。
## 4.
翌朝、セラフィナがアルベルトとマルクスを迎えに来た。
「おはようございます。今日は二人に学院の施設を案内いたします。マルクス殿には職員としての基本的な業務も説明する必要がありますし」
「ありがとうございます、セラフィナ先生」
「よろしくお願いします」
マルクスは少し緊張した面持ちだった。傭兵時代とは全く違う環境に、期待と不安を抱いているのだろう。
「まずは図書館から参りましょう。古代魔法研究の基盤となる場所です」
セラフィナの案内で、三人は学院内を巡った。蔵書数万冊を誇る図書館、最新の魔法実験設備、魔法陣の練習場——アルベルトにとっても初めて見る施設ばかりだった。
「すごい規模ですね……」
マルクスが感嘆の声を上げた。
「王立魔導学院は大陸最高峰の研究機関ですから。クラウス殿のような才能ある研究者にこそ、この環境を活用していただきたいのです」
案内の途中で、アルベルトとマルクスは自然に会話を始めた。
「マルクスさんは、なぜ傭兵になったんですか?」
「実家が貧しくて……手に職をつけるには軍事技術が一番早かったんです。でも、戦争ばかりの生活に疲れて……」
「そうでしたか。でも、その経験は必ず研究に活かせると思います。理論と実践、両方の視点があれば研究はより充実したものになりますから」
マルクスは嬉しそうな表情を見せた。
「ありがとうございます。正直、魔法理論については全くの素人なので不安でしたが……」
「僕も実戦については素人です。お互いに学び合いましょう」
セラフィナは二人の様子を見て、満足そうに頷いた。
「良いコンビネーションになりそうですね。それでは、次はクラウス殿の研究室を見てみましょう」
研究室では、アルベルトが持参した古代文献を広げて説明を始めた。
「これが星辰召喚術の復元に使った文献です。三つの断片的な記録を比較対照して、失われた部分を推測しました」
マルクスは古代文字を興味深そうに眺めた。
「これが古代語ですか……全く読めませんが、なんだか神秘的ですね」
「古代語は確かに複雑です。でも、規則性を理解すれば読めるようになります。マルクスさんにも、基礎的な部分は覚えていただきたいと思っています」
「僕にも覚えられるでしょうか?」
「もちろんです。実戦経験があれば、古代戦闘魔法の理解も早いはずです」
セラフィナが口を挟んだ。
「実際、昨日の戦闘でクラウス殿が使った雷火螺旋は、現代では完全に失伝した技術です。それを理論から復元して実戦で成功させるとは……」
「文献研究の積み重ねです。古代の魔法理論は現代より遥かに高度で、学ぶべきことがたくさんあります」
マルクスは感心したように頷いた。
「なるほど……でも、なぜ古代の技術が失われてしまったんでしょう?」
アルベルトは少し考え込んだ。
「それは大きな謎なんです。古代魔導王アルケウス王の時代、魔法文明は頂点に達していました。しかし、ある時期を境に記録が途絶え、多くの技術が失われてしまった」
「戦争か何かで?」
「それが……戦争や天災なら、断片的にでも記録が残るはずです。でも、アルケウス王に関する記録は、まるで誰かが組織的に消去したかのように綺麗になくなっています」
セラフィナも深刻な表情を見せた。
「学院でも長年研究していますが、その謎は解けていません。まるで、誰かが意図的に歴史を封印したかのようです」
マルクスは興味深そうに聞いていた。
「つまり、アルベルトの研究は、失われた歴史を取り戻す作業でもあるわけですね」
「そうとも言えます。古代の知識を現代に蘇らせ、より良い世界を作るために活用したい。それが僕の夢です」
マルクスは感動したような表情を見せた。
「素晴らしい目標ですね。僕にも何か手伝えることがあれば、ぜひお聞かせください」
「ありがとうございます、マルクス。きっと一緒に素晴らしい発見ができると思います」
セラフィナは二人の友情が芽生える様子を微笑ましく見守っていた。
こうして、研究者と元傭兵という異色の組み合わせが誕生した。この出会いが、やがて古代の謎を解く鍵となることを、この時はまだ誰も知らなかった。
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**次回予告:第3話「運命的な救出と魔力共鳴」**
王都での生活にも慣れ始めたアルベルトとマルクス。ある日、魔法実験の視察で王都郊外に向かう途中、魔法事故で倒れた謎の少女を発見する。アルベルトが咄嗟に使った治療術は、現代では失伝した古代最高位の回復魔法だった。そして少女が意識を取り戻した瞬間、二人の間に説明のつかない現象が——。
運命の第三王女リリアーナとの出会いを描く第3話、お楽しみに!