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第1話「失われた古代魔法の完全再現」

## 1.


辺境エルンスト領の奥地に建つ質素な研究所で、アルベルト・クラウスは古い羊皮紙を見つめていた。


「……ついに、最後のピースが揃った」


彼の指先が、千年前の古代語で書かれた魔法文献を辿る。周囲には何百冊もの古書が積み上げられ、実験器具と化学薬品の匂いが研究所を満たしていた。


アルベルトは二十三歳。辺境領主の三男として生まれたが、爵位継承とは無縁の立場を利用して、幼い頃から魔法研究に没頭してきた。特に古代語学習に関しては異常なまでの集中力を発揮し、十代で既に古代文献を原語で読みこなせるようになっていた。


「星辰召喚術……千年間、誰一人として再現に成功していない古代最高位魔法」


羊皮紙に記された魔法陣の図式を見つめながら、アルベルトは満足そうに頷いた。この魔法は、古代魔導王アルケウスが星々の力を借りて発動したとされる伝説の大魔法だ。現代の魔導師たちが何世代にもわたって研究を続けているが、理論的再現すら不可能とされている。


「だが、三つの古代文献を比較対照し、失われた詠唱部分を復元すれば……理論上は可能なはずだ」


この三年間、アルベルトは各地の古代遺跡から発見された文献を取り寄せ、星辰召喚術の完全な復元に取り組んできた。古代語の文法解析、魔力循環理論の検証、詠唱リズムの復元——地道な研究の積み重ねがついに実を結ぼうとしている。


アルベルトは研究所の中央に描かれた巨大な魔法陣の前に立った。床に銀粉で刻まれた幾何学模様は、彼が古代文献を解読して設計したものだ。


「理論は完璧。後は実践あるのみ」


手を天に向けて掲げ、深く息を吸う。三年間練習を重ねた古代語の詠唱が、口の中で完成されるのを待っている。


「アスタリア・エル・セレスティウム……」


最初の一節を唱えた瞬間、魔法陣が淡く光り始めた。アルベルトの心臓が高鳴る。これまでの実験では、ここまでの反応を得られたことはなかった。


「成功の兆しが見える。このまま行けば……」


「ノクス・エト・ルーメン・コンユンクタ……」


二節目。光がより強くなり、研究所の壁に古代文字が浮かび上がる。アルベルトは興奮を抑えながらも詠唱を続けた。理論通りの反応が現れている。


「ステラルム・ポテスタス・デセンデ……」


三節目で、魔法陣から光の柱が天井を突き抜けた。研究所の屋根を通り抜け、夜空に向かって伸びていく。


そして最後の詠唱。


「グロリア・アエテルナ・アルケウス!」


その瞬間、世界が変わった。


## 2.


夜空に星々が踊った。


研究所の上空数百メートルに、巨大な星座が出現する。それは実際の星ではなく、純粋な魔力で構成された光の集合体だった。十二の星が完璧な円を描いて配置され、中央に黄金の太陽が輝いている。


「成功した! ついに星辰召喚術を完全再現できた!」


アルベルトは歓喜の声を上げた。三年間の研究が報われた瞬間だった。しかも、古代文献の記述を遥かに上回る規模で発動している。自分の理論的改良が功を奏したのだろう。


召喚された星座から、暖かな光が辺境領全体を包み込む。その光に触れた枯れかけていた作物が瞬時に回復し、病気の家畜が元気を取り戻す。まさに奇跡の光景だった。


「素晴らしい……古代の人々は、これほどの魔法を日常的に使っていたのか」


だが、この現象は辺境領だけでは収まらなかった。


王都の王立魔導学院で夜更けの研究を続けていた宮廷魔導師セラフィナ・ローゼは、突然の魔力の波動に研究の手を止めた。


「この魔力の質は……古代最高位魔法の反応?」


彼女は急いで魔力探知器を確認する。針が振り切れるほどの強大な魔力が、辺境の方角から発せられていた。


「まさか……誰かが古代魔法を再現したというのか?」


セラフィナだけではない。王国内のすべての魔導師が、この異常な魔力を感知していた。隣国の魔導師たちも、遠く離れた大陸の向こうの研究者たちも、全員が同じ方向を見つめている。


エルンスト領の研究所で、アルベルトは魔法の効果の素晴らしさに感動していた。理論上の計算では、これほど広範囲に影響を与えるとは思っていなかった。


「古代の魔法理論は、現代の理論を遥かに上回っている。これなら、他の古代魔法も再現可能かもしれない」


やがて星座がゆっくりと薄れ始め、辺境領は再び静寂に包まれた。しかし、魔法の余韻は確実に残っている。空気中に漂う魔力粒子の密度が、明らかに以前とは違っていた。


アルベルトは魔法陣の中央に座り込み、今起こったことを記録ノートに書き留めた。


「発動成功。効果範囲は予想の十倍。持続時間は約七十分。魔力消費は想定内。改良点は……」


研究者として、感動よりも分析が先に立つ。この成功を次の研究に活かすことが重要だ。


「これで古代魔法研究が一気に進展する。王都の学者たちも驚くだろうな」


アルベルトは一人で研究を続けていたが、決して孤立していたわけではない。定期的に王都の学者たちと文通し、研究成果を交換していた。彼らから「辺境の天才」と呼ばれていることも知っている。


「明日からは詳細な分析を行って、結果をまとめよう。セラフィナ先生にも報告書を送ろう」


今夜の成功は、確かに歴史的な出来事だった。千年間誰も成功しなかった魔法を、一介の辺境研究者が再現したのだから。


アルベルトは興奮を抑えて眠りについた。


翌日から三日間、アルベルトは星辰召喚術の詳細な分析に没頭した。魔力の流れ、詠唱の効果、魔法陣の反応——すべてを記録し、理論的な裏付けを行う。


「やはり古代の魔法理論は現代を遥かに上回っている。この成果を論文にまとめれば……」


三日目の夕方、研究所の扉が勢いよく開かれた。


「アルベルト様!」


息を切らせて駆け込んできたのは、領主の使いらしい若い男だった。


「王都から使者が到着いたしました! 今すぐ王都へ向かっていただきたいとのことです!」


「王都から?」


「はい! 王立魔導学院の最高位魔導師様が、直々にお迎えの馬車を用意されたとか!」


アルベルトは納得した。三日前の魔力の波動が王都まで届き、学院の先生方が興味を持ったということだろう。研究者同士の連絡網で情報が伝わるのは珍しいことではない。


「理由は聞いているか?」


「それが……『失われた古代魔法を再現した研究者に、是非お会いしたい』とだけ」


「分かった。準備をする」


使いが去った後、アルベルトは三日間の研究成果をまとめた。詳細な分析データと理論的考察、そして次の研究計画。これらを携えて王都に向かえば、有意義な議論ができるだろう。


「王都での研究環境なら、もっと多くの古代魔法を復元できるかもしれない」


これまで独学で研究を続けてきた彼にとって、王立魔導学院は憧れの場所だった。豊富な文献、最新の実験設備、そして優秀な同僚研究者たち。


アルベルトは研究道具をまとめ始めた。古代文献の羊皮紙を丁寧に筒に収め、実験記録を鞄に詰める。


新たな研究環境への期待で、胸が躍った。


## 3.


四日目の朝、王都からの豪華な馬車がエルンスト領に到着した。


御者台に座っているのは、明らかに只者ではない風格の中年男性だった。王立魔導学院の紋章が刻まれた青いローブを纏い、腰には儀礼用の魔法杖を帯びている。


「アルベルト・クラウス殿ですね。私は王立魔導学院の研究官、ガレス・ネルソンと申します」


「これはご丁寧に。辺境の身でありながら、わざわざお迎えいただき恐縮です」


「いえいえ、こちらこそ。先日の魔法現象は、学院の全研究者が驚嘆しております。セラフィナ様も、一刻も早くお会いしたいと」


馬車の内装は、アルベルトが見たことのないほど豪華だった。魔法で温度調節された空間には、移動中でも読書ができるよう魔法灯が設置されている。


「星辰召喚術の完全再現……まさか我々の生きているうちに見られるとは思いませんでした」


「古代文献の比較研究を地道に続けただけです。運が良かったのでしょう」


ガレスは感心したように首を振った。


「謙遜なさる。三つの断片的文献から完全な詠唱を復元するなど、並大抵の語学力と推理力では不可能です」


「古代語は子供の頃から得意でしたから」


実際、アルベルトは古代語の学習において異常なまでの才能を発揮していた。複雑な文法体系も、古い発音も、まるで直感的に理解できる。この才能がなければ、今回の成功もあり得なかった。


「しかし、なぜそれほど急いで?」


ガレスは少し困ったような表情を見せた。


「実は……数日前の現象は、王国内だけでなく、周辺諸国でも観測されているのです。各国の魔導師たちが『誰が古代魔法を使ったのか』と大騒ぎになっております」


「そんなに大規模な現象だったのですか?」


「ええ。隣国のヴェルディア王国からは『共同研究の申し入れ』が、東の帝国からは『技術交流』の打診が来ています。中には、あまり友好的でない申し出もありまして……」


アルベルトは眉をひそめた。純粋な学術研究が国際問題に発展するとは思ってもみなかった。


「つまり、僕を保護するために?」


「そうとも言えますし、王国の利益を守るためとも言えます。古代魔法の技術が他国に流出することは、軍事バランスに大きく影響しますから」


「なるほど……研究者として純粋に知識を追求したいのですが」


「その気持ちは十分理解しております。学院としても、政治的圧力から研究者を守ることは重要な責務です」


馬車は街道を順調に進んでいく。アルベルトは窓の外を眺めながら、これからの研究生活に思いを馳せていた。


「ガレス殿、古代魔導王アルケウスについて、学院ではどのように研究されているのでしょうか?」


「アルケウス王ですか? もちろん、古代魔法研究の中心的テーマです。ただ、千年前の記録は断片的で、多くの謎に満ちています」


「星辰召喚術以外にも、彼が開発した魔法は数多くあるのでしょうね」


「それが……奇妙なことに、アルケウス王の魔法記録は、まるで意図的に削除されたかのように欠落しているのです。具体的な術式や理論については、ほとんど何も残っていません」


ガレスは興味深そうにアルベルトを見つめた。


「クラウス殿ほどの古代語能力があれば、他の古代魔法も復元可能かもしれませんね」


「そうですね。実は既にいくつか候補を絞り込んでいます。古代治癒術や防護魔法など、平和利用可能なものから取り組みたいと思っています」


「素晴らしい方針です。セラフィナ様もきっとお喜びになるでしょう」


午後になって、王都の城壁が遠くに見えてきた。アルベルトは初めて見る王都の壮大さに息を呑む。城壁の向こうに立つ無数の塔、その中央に聳える王宮の威容。


「美しい街ですね」


「ええ。学問の中心地でもあります。きっとクラウス殿にとって、理想的な研究環境となるでしょう」


「楽しみです。同世代の研究者たちとの交流も期待しています」


馬車が王都の門をくぐる時、アルベルトは新しい人生の始まりを実感していた。


王立魔導学院は、王宮に隣接する巨大な建造物だった。数百年の歴史を持つ石造りの建物は、魔法的な装飾が随所に施されている。


「ようこそ、王立魔導学院へ。先日は見事な魔法を見せていただき、ありがとうございました」


馬車から降りたアルベルトを迎えたのは、深紅のローブを纏った美しい女性だった。年齢は三十代前半といったところか。知的な眼差しと、威厳のある佇まいが印象的だ。


「セラフィナ・ローゼです。あなたとお話しできる日を、とても楽しみにしていました」


「恐縮です。アルベルト・クラウスと申します。先生のご著書は全て読ませていただいております」


「まあ、それは光栄です。さあ、中でゆっくりお話ししましょう。星辰召喚術の詳細について、ぜひお聞かせください」


学院の廊下を歩きながら、アルベルトは建物の荘厳さに感嘆していた。長い歴史を感じさせる石造りの柱、天井に描かれた魔法陣の装飾、壁に掛けられた歴代研究者の肖像画。


「こちらが古代魔法研究棟です。あなた専用の研究室も用意させていただきました」


「専用の研究室まで……ありがとうございます」


「当然です。あなたほどの才能の持ち主なら、最高の環境で研究していただくべきです」


王都での新しい生活が始まろうとしている。古代魔法の謎を解き明かす、壮大な研究の第一歩が踏み出されたのだった。


---


**次回予告:第2話「運命の助手と隠された戦闘力」**


王都での研究生活を始めたアルベルトを、思わぬ危険が襲う。星辰召喚術の余波で凶暴化した魔物の群れが王都近郊に出現したのだ。応戦するアルベルトの前に現れたのは、元傭兵の青年マルクス。しかし戦闘が始まった瞬間、アルベルトは自分でも驚く戦闘能力を発揮して——。


古代戦闘術への謎めいた適性が明らかになる第2話、お楽しみに!

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