不思議な着ぐるみ
その日、少年は親戚に連れられて、とある郊外のイベント会場を訪れた。
廃校を利用した不思議な展示イベント。
講堂の中央には、ずらりと並ぶ動物たちの着ぐるみたち。
ウサギ、タヌキ、ネコ、クマ、そして——キツネ。
「これ、着てみる?」
案内のスタッフが笑顔で差し出したのは、クリーム色のキツネの着ぐるみだった。
肌触りがとても良くて、まるで誰かの手の中に包まれているような安心感があった。
少年は、なんとなく逆らえずにそれを着た。
もこもこの袖に手を通し、足を入れ、頭の部分をかぶると……世界が変わった。
音が少し遠くなる。
まぶしさがやわらぎ、視界はふんわりと柔らかくなった。
「……あれ?」
喉が震えた。
でも、出てきた声は、くぐもったキツネの声。
胸に手を当てると、そこには柔らかなファーの感触。
まるで、自分の皮膚そのものが、変わってしまったように思えた。
最初は“着ている”感覚があった。
けれど、10分、20分と時間が経つにつれて、
着ぐるみの内側の境界が、曖昧になっていった。
手を開いても、指が分かれていない。
触っても、中に自分の指がある気がしない。
汗もかいていない。暑くもない。ただ——ちょうどいい。
ふと、「脱ごう」と思ってチャックに手を伸ばそうとした。
けれど、そこにはチャックがなかった。
……いや、あるのかもしれないけれど、自分の手がうまく届かない。
というより、自分の手ってどこからどこまで?
「キミ、ずいぶん馴染んできたね」
誰かが言った。
気がつけば、まわりには同じような着ぐるみたちが立っていた。
それぞれ、楽しげに、穏やかに笑っている。
「もう少しで完全になれるよ」
そう言った誰かは、元人間だったのか、それとも最初からここにいたのか——。
そして少年は思った。
「別に、このままでもいいかも」って。
もう、名前も顔も、うまく思い出せない。
でもこの場所はあたたかい。誰も否定しない。
ずっと、ここにいてもいい気がした。
キツネの着ぐるみが、小さく笑った。