戦隊ピンクの戦後 6
男の子の足は速い。追い付けないというほどではないが、不格好なフォームでも、常人よりははるかに速い。
銅鑼のような音が響いた噴水広場には、まだ多くの人がいて、異様な空気に包まれていた。広場一帯に広がる巨大な毒々しい色の円の中に、奇怪な紋様が描かれている。まるでこれは押印だ。天空から巨大なスタンプを地面に押したかのようだ。
そして噴水の近くには、さらに奇妙な連中が、物々しい雰囲気で周囲の人間を威嚇していた。グレーの全身スーツに仮面という、全く同じ格好の連中が三十人ほど。その中心に、両腕がハサミのようになった怪人が、余裕のある素振りで佇んでいる。Vの字のような顔は、さながらハサミの持ち手に目玉が付いたようで、胴体には吸い込み口のような横穴が設置されている。
「ひっひっひっひ。久し振りのシャバだァ~……」
ハサミ怪人が卑しげな声で言った。日本語だが、外見は明らかに人間じゃない。
宇宙人。そんなところだろう。宇宙にいる連中にとって、異星の言語は機械解析によって一秒ほどで習得できるものだ。言語を切り替えるという意識さえなく、流れるように喋った事のない言葉で喋る事ができる。
「地球の皆さん、お初にお目にかかる。オレ様はシュレッダ・ザクギリー! 外宇宙を渡り歩いた切り裂き魔さァ。さっそくだが、仕事に取り掛からせてもらう。この地域の《ピースフル》をどん底まで下げるのが、今のオレ様の仕事さァ!」
高々と言ってのけるや、怪人は目にも止まらぬスピードで消えた――いや、移動していた。空中には、女物のハンドバッグが打ち上がっている――そのハンドバッグが、見るも無残な姿に切り裂かれる。
「きゃあああああああっ!?」
持ち主らしい女性が、絹を裂いたような悲鳴を上げた。
ハサミ怪人が再び噴水の傍に姿を現した。
「オレ様の目は、皆さんが一番大事にしているモノを瞬時に見分ける事ができる。今のバッグは、大学の入学祝いに両親から買ってもらったものだなァ? そういう大事な思い出が詰まったものをな、このハサミでザグザグ切り裂いてやると、心が躍るんだァ~!」
再び、ハサミ怪人が高速移動する。どこだ。目で追えない。
「うわあああっ!」
怯えた男性が悲鳴を上げた。羽織っていたジャケットが断片になるまで切り裂かれている。
「結婚記念日に奥さんから買ってもらった高級ジャケットかァ! 幸せそうに暮らしやがって! だが、オレ様は生きている奴は簡単には獲物にしねぇ。断末魔よりも絶望の悲鳴のほうが、何度も聞けてお得だからなァ!」
群衆が悲鳴を上げる。だが、逃げ出そうとする人々をグレースーツの連中が次々と捕まえる。おそらく、あいつらは兵士だ。ハサミ怪人が使えるように用意された手駒だろう。
「や、やめろ!」
怯え戸惑う群衆の合間から、チェックシャツの男の子が、スケッチブックを抱えたまま飛び出した。
「《ギャンギャング》! 皆を解放しろ! 大事なモノを切り裂きたいなら、これをくれてやる!」
つっかえながら、男の子は自らのスケッチブックを突き出した。
――その時、袖口がめくれ、彼の左手首に何かが付いているのが見えた。
予感はあった。そうじゃないか、という薄っすらとした予感が。案の定、彼の手首には、火の玉のような形に加工された、クリスタルのブレスレットが装着されている。
では、やはりこの子は……
「はァ~ん……?」
ハサミ怪人は興味なさそうな目つきでスケッチブックを一瞥した。
「もしかしたら漫画家かイラストレーターになれるかも……と思って買ったスケッチブックかァ。くだらん!」
「な……」
男の子の顔に、赤味が差した。
「な、なんで……」
「そんな薄っぺらい動機のスケッチブックなんて、大事なモノとは言えん! 誰かの贈り物だとか、一生懸命お金を貯めて買っただとか、そういうドラマが込められていない! だいいち、だ。こんな簡単に人に差し出せる物が、大事なモノなんて呼べるかァ~?」
「な、な、そんな……」
男の子の喉からひゅー、という細い呼吸の音が聞こえる。目に、涙が浮かんでいた。
「そんな薄っぺらいスケッチブックより、後ろの女の子ぉ~」
ハサミ怪人のハサミが、男の子の肩越しに後方を指差した。
さっきの親子連れだ。近くにグレースーツの兵士がいて、父親をすでに捕えている。簡単には逃げられそうもない。母親が、娘の身体を守るようにぎゅっと抱き締めた。
「大事に育てられた子どもだなァ。その髪を丸坊主にしてやろう。親子三人の悲鳴が聞けて、三倍お得だからなァ~?」
恐怖に歪んだ女の子が自分のおさげを掴んで悲鳴を上げる。
――私の中で、何かが熱くなるような感覚があった。
「させない!」
スケッチブックを投げ捨て、ブレスレットのクリスタル部分が横にずれた。男の子が右手で素早く小さなメダルをブレスレットに装填する。クリスタルが再び動き、ブレスレットに装填されたメダルをドームのように覆う。
「バーニンチェンジ!」
『バーニンチェンジ!』
少年の手が、クリスタル部分を叩いた。機械音声が震える。秒速を超えて、光の奔流がクリスタルから溢れ出し、真っ赤な炎となって男の子を包み込む。
知っている。私は、こんな光景を知っている。
何度も。もう何度も見た。
いや、見ただけではなく――……
「バーニンレッド!」
赤いスーツを身にまとい、炎のようなマスクの戦士に変身した少年が一気に跳び上がり、ハサミ怪人に蹴りを喰らわす。




