宇宙で一番小さな…… 1
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十年前。流星群を見た。
それは、多くの天文学者、科学者が予期していない、まったく急な来訪だった。
十年前のその晩、地球上のほとんどの人が、その流星群を見た。地球上のありとあらゆる場所から観測できた、奇妙な天体ショー。
当時、七歳だった少年も、自宅の庭からそれを見た。
夜空を光が流れていく。赤、青、緑、黄色。色とりどり光の、終わりない飛行。まるで宇宙の端々から星屑が集まってくるかのような。
そう、皆が見た。あの日、あの時間、地球上で夜空を見上げていた皆が。空に、巨大な穴が開くのを。降り注ぐ流星が、次第にその穴へと集まっていくのを。
深淵の如き真っ暗な穴に、いくつもの稲妻が閃き、奇怪な音が響き渡る。幾人もの人々の目に、天に開いた穴の中で、何かが蠢くのが映る。
当時七歳だった彼、灯火春彦も、その現象を見た。空の穴――巨大なポータルから、異様な姿の怪物が現れるのを。
十年前、流星群の夜。
空から《恐怖の大魔王》が降りてきた。
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カキン、という小気味よい音がグラウンドのほうから聞こえた。野球部の部活だった。野球とは縁もゆかりもなかったが、灯火春彦はしばらくその様子を眺めていた。野球部の部員たちは春彦に気付くこともなく、楽しげに練習を続けている。
球技は苦手だ。運動自体、さして得意ではない。
グラウンドを眺めるのをやめて春彦は帰路に着いた。頭の中が忙しかった。異世界に迷い込んだ少年の話を、もう何日もこねくり回していた。現実世界に嫌気がさしていた少年は、ある日ふと異世界に迷い込む。そこはいわゆる剣と魔法の世界で、怪物たちが跋扈し、冒険者たちがダンジョンを攻略している。少年は古びた剣を拾い、可愛らしい魔術師の少女と出会う――……
この話、漫画にしたい。ぼんやりと、そういう願望があった。だが春彦は絵が描けない。何度か紙に描いてみたことはあったが、とても人に見せられたものではなかった。だから、頭の中でお話をこねくり回すのが精一杯だ。
灯火春彦。十七歳。
十年前の流星群事件を皮切りに、世界は激動の時代を経験した。だが、勇敢な精神を持ったとある〝人々〟の活躍によって、世界はついに平和な時代を取り戻した。
春彦が、実現する当てのない漫画のアイディアを考えながら、無事高校に通えているのはそういう事情だ。復興は進み、世の中はかつての日常を取り戻そうとしている。
「――人類が滅亡しかかってんだよぉ」
およそ、平和とは無縁そうな柄の悪い声が聞こえたのは、駅へ向かう途中の人気のない路地裏からだった。
「この十年で世界の人口は七十億人になっちまったんだ。加えて時代は少子化だよ。だからさ、今の時代に必要なのはカップルなわけ。わかる?」
「は、はあ……」
路地裏に人影は四人分あった。うち三人は、黒革のジャケットに刺青や金髪といったファッションの、いかにも危険そうな感じの若い男性だ。そしてその三人に追いやられるように、制服姿の女子学生が青い顔で震えている。
あの制服、同じ学校だ……。
「ばぁか。お前、ほんとナンパ下手だよな。何言いたいのか全然わかんねえ」
「うるせえなあ。わかんだろ、カップルって言ってんだかんよ」
最初に女子学生に声をかけていた金髪の男が、げらげらと笑いながら茶々を入れた刺青の男をどつく。もう一人の男がへらへらと笑いながら女子学生に顔を近づけた。
「つまりさあ、君可愛いから、俺らと付き合ってほしいわけ。君と俺らが付き合ったら、三カップル成立じゃん? やりぃ! 少子化解決だよ?」
「あ、あの、嫌です……」
震えながら、何とかそう答えた女子学生を見て、不逞の輩が一瞬の間ののち、げらげらと大爆笑する。
「ぎゃはははは! 嫌だってさあ!!」
「お前の顔が悪いからだよ! ったくよぉ!」
「ごめんねえ! でももう一回、もう一回チャンスちょうだい? な!」
男たちは異様な態度で、女子学生に迫っていく。
いかにも、昔の漫画で見そうなシチュエーションだった。漫画は好きだ。よく読んでいる。
だから考えるより先に、感情より先に、身体が動いた。
「ま、待て!」
声が、うわずる。心臓は、ばくばくと鳴っている。
――怖い。
「な、カラオケいこ? とりあえずさあ、歌でも歌ってさ――」
「待てって、言ってるだろ!」
さっきよりも大声を出した。手足が震えている。
ようやく、三人の男たちと女子学生が春彦のほうを向いた。
「あ? 何、お前」
刺青の男が、春彦を上目遣いに睨みつける。相手は人間だ。春彦と同じ人間だ。歳はたぶん向こうのほうが上だが、人間だ。
でも、怖い。
「や、やめろよ! 嫌がってるじゃないか。その子を放せよ!」
一瞬の間。彼らの中で何かが弾けそうなのがわかる。
ぞわ、と胸の中がざわついた。
「「「ぎゃははははははははっ!!」」」
哄笑。嘲笑。大爆笑。
最高のコントか漫才でも見たような、でも確実に人を馬鹿にした笑い声が路地裏に響いた。
「やっべええ! 正義の味方登場――――!!」
「FOOOO!! 俺ら怪人みてえじゃん!」
新しい獲物の登場に、男たちのテンションは最高潮に達していた。三人ともが、春彦のほうへと近付いてくる。
がっ、と。
強い力で肩を掴まれた。
「で、どうすんの? このあと? 俺ら、やっつけちゃう? 《戦隊》みたいに?」
身体の震えは隠しようがなかった。男の顔が近い。凶悪な顔が。春彦のことなんて何とも思っていないような顔が。
「や、やめて……やめてくれたら……別に……」
「別にってことはねえだろ、なあ?」
金髪の男が満面の笑みで笑った。
「もっとお話ししようぜ?」
痛みと衝撃が、五回を超えたあたりから記憶がなかった。顔面、腹、肩、胸、どこもかしこもひどく痛かった。
「あ……い、痛っ」
口の端も切れている。痛い。痛い。
男たちはもういなかった。春彦は路地裏よりさらに奥の、誰も来なさそうな暗がりで一人倒れていた。通学鞄がべこべこにへこんでいる。制服は端々が破れ、血が飛び散っている。
女子学生は、逃げたらしい。
空が見える。両目で。だから、少なくとも目は大丈夫だと思った。
――十年の間に、地球は四度悪の組織に狙われ、平和は脅かされた。だが、四つの《戦隊》が悪の組織を撃退し、平和は再び戻ってきた。
でも、こういうことは未だある――みたいだ。
自分で経験するとは思っていなかった。
「……メグルンジャーみたいにはいかないなあ」
思わず口をついて出た。十年前の思い出。奇跡みたいな出来事が、頭を過ぎった。
――これは、爆新戦隊バーニンジャー――その五人のメンバーが集うまでの話。
最初の一人、灯火春彦が、戦士に選ばれた時の話――




