エピローグ
砂を蹴り、競走馬たちが次々と疾走を終えていく。
「……」
アラタ市競馬場。掲示板に表示された着順を見る。手持ちの馬券とは見比べるまでもない。
外れだ。
「あー……」
私は煙草を取り出す。久しぶりの競馬に賭けた金はあえなく砂に巻かれ、風とともに消えていった。
帰るか。
このまま続けても、どうも今日は勝てる気がしない。
競馬場を離れ、少し先の喫煙所まで歩いていく。
オフだった。もっとも、私の場合、戦隊の仕事がなければ全ての日がオフだ。あの宇宙での戦いからまだ数日しか経っていないが、今のところ、ギャンギャングの次なる怪人は姿を現していない。
まあ、すぐに出てくるだろう。だからこうして、束の間の休暇を味わう事は決して悪い事ではない。
喫煙所には誰もいなかった。公園近くの喫煙所は木漏れ日が差していて穏やかだった。煙草に火をつけ、一服する。何となく、身体に過ぎった言いようのない感覚を無視する。
小鳥のさえずり、近くの道路を車が走る音。
人気はない。
平和そのものだ。
数分してから煙草を消し、公園まで行く事にした。
やはり、誰もいない。遊具のある位置まで歩き、そこでようやく私は後ろを振り返る。
「――無事だったみたいだね。ガルドラン」
フードを被り、マントを纏った剣士がそこに立っていた。
バーニンチェンジャーは常に左手に装着してある。だが、昼の公園に現れたこの剣士からは、今は戦いの気配を感じない。
「お互いにな。五人全員、よくぞ生き延びたものだ」
「お褒めの言葉をどうも。それで、今日は何の用? この間の続きをしにきたって感じ?」
「いいや……」
剣士の言葉には、やはり戦いの気配がなかった。
「あの時の事を伝えにきた。真実を、な」
風が吹く。私は、フードに隠された剣士の顔をじっと見る。
「俺は、助けられたのだ。メグルンレッドに」
どんな顔をしていいのか、わからなかった。
「助けられた?」
「そうだ。あの時、沈みゆく要塞の中で、俺たちは戦いを始めた。だが、メグルンレッドは俺との決着よりも、この星を救う事を優先した。偶然脱出ポッドを見つけた奴は、一瞬の隙を突いてこの俺をポッドに叩き落し、自らは要塞の針路を変えるべく中に残った」
「針路を……変えた? あいつが?」
問いながらも、私の胸の裡には奇妙な予感があった。それくらいはできる。あいつなら。メグルンレッドなら。
「そうだ。メグルンレッドは要塞の針路を変え、あれをこの宇宙とは異なる、別の次元へと運んだのだ。脱出ポッドの中で、俺は見た。要塞が異次元へのゲートを開く瞬間をな」
「ちょっと……ちょっと待って。もし、そうなら」
「ああ、そうだ。メグルンレッド。奴は――」
予感が強くなる。あいつの顔が、マスクの下のあいつの顔が、どうしても頭に浮かぶ。
「まだ生きて いるやもしれぬ。異次元の先で、奴はまだ」
何と。
何と言っていいのか、わからなかった。
そんなはずはないと、思っていた。
もう帰ってくる事はない、と。
「――希望をちらつかせるな、ガルドラン。決着の報酬を先に出して、一体何のつもりなんだ?」
「貴様との決着はつける。だが、今ではない。決着の報酬などという余計なものも、もはやいるまい。俺は純粋に、貴様と戦いたいだけだ」
剣士は、マントを翻し、私に背を向けた。
「待て、ガルドラン――」
「その名は捨てた。過去は捨てられないが、過去ばかりを見るものでもない。俺の名はジャンク・ザ・ジャック。がらくたから新たな道を探す者だ」
ちら、と剣士――ジャンク・ザ・ジャックは私を振り返った。
「お前も、そうではないか? 今のお前は、もうメグルンピンクではあるまい」
ジャンクの言葉に、私は沸き立つ感情が鎮まるのを感じた。
そうだ。今の私は、もうメグルンジャーじゃない。
「ええ。今の私は、バーニンピンクだ」
ジャンク・ザ・ジャックは、小さく頷いた。
「身体を大事にしろ、バーニンピンク。次に会う時こそ、我らの決着をつけようぞ」
言うや、ジャンク・ザ・ジャックの姿は黒い霧に包まれて、消えた。
公園に、静けさと日差しの暖かさが戻っていた。
動揺している。それは確かだ。あいつが、メグルンレッドがまだ生きているかもしれない。そう思っただけで、手の震えが止まらない。煙草のケースを取り出す。禁煙の場所だとわかっているが、一服しなければ落ち着かない。
「……っ、う」
唐突に襲ってきた胸の苦しみに、私は煙草を取り落とす。立っていられない。汗が吹き出し、喉の奥からせり上がってくるものを感じる。急いで、木陰に入る。
「か、はっ……」
咳き込む。鉄の味が口の中でした。口元を抑えた掌に、ぬるりとした感覚があった。
血――赤い血が、掌を汚している。口の端にも、血だ。手の甲でそれを拭う。
バーニンで誤魔化してはいたが、影響はある。戦い続けた影響が。戦いを再開した影響が――
最初の悪の組織との戦いから十年が経ち、私は戦隊ピンクに復帰した。
だが、今度はいつまでそれを続けられるか、わからない――……
第一部 復帰編 了




