五代目戦隊の戦い 7
クイーン・サスペリア艦内の指揮所にある王家由来の玉座に、ギャン・デスペラードは音を立てて腰を下ろすと、手に持った酒瓶の中身をグラスにも注がず、蓋を取るや直に口の中に流し込んだ。屈強な青い肌の肉体が、途端に湯気を立て始め、そこかしこの傷や骨折がたちまち治癒されていく。酒瓶から口を放し、荒い息をつく。全身に残る痛みは、同時に自らの力を存分に震える強者を見つけた喜びでもある。
「もう自己修復が始まっている。あなたを滅ぼすのは並大抵の事ではありませんな、首領」
回収したロック・ロック・プリィズンの肉体をチェックしながらも、ドクター・ヘルタイムは横目にギャン・デスペラードの様子を観察していた。暴虐集団の若き首領は酒瓶をもう一度呷り、凶悪な笑みを浮かべる。
「おれを倒す算段でもつけているのか、ヘルタイム」
「ご冗談を。私はただの研究者です。あなたやジャンク・ザ・ジャックと違い、個人の強さなどどうでもいいのです。私の興味は私自身の研究がどこに行き着くか、ただその一点のみです」
氷漬けになったロック・ロック・プリィズンの肉体から計器を取り外しつつ、ヘルタイムは言った。
「しかし……解せませんね。あの戦隊とやらの平時の実力が首領に劣るのなら、問答などせずすぐさま始末すればよかっただけの事。何故わざわざ相手の切り札を受けるような真似を?」
「目をつけた連中がどこまでやれるのか、見てみたかっただけだ。けち臭いやり方をしたんじゃギャンギャングの名は売れねえ。地球の戦隊を誰の目にも明らかなやり方で完膚なきまでに叩きのめす。名をあげるにもショーイズムが必要だ。できるだけ派手なのがな」
呑めば血液が沸騰するほどの強烈な酒を一滴残らず飲み干し、ギャン・デスペラードは酒瓶を握り締める。ガラスに似た素材の酒瓶は、しかし砕け散る事なく、まるで紙のようにくしゃくしゃになりながら青い掌の中に収まっていき、やがて元の形が何だったのかもわからないほどの小さな塊となった。
「ヘルタイム、命令だ。地球の戦隊ども、姑息な手段で倒す事は許さん。奴らの敗北が全宇宙に知れ渡るようなやり方で叩きのめし、地球をおれたちギャンギャングの領地とする。いいな?」
有無を言わせぬ気迫が込められた首領の言葉を、ヘルタイムは表情一つ変えぬまま聞き、頭を垂れた。
「心得ました、首領。ただし、ここに捕らえられた囚人どもは皆極悪人。中には首領のお気に召さぬやり方をする者もいるでしょうが、そこまで責任は持てませんのでご承知おきを」
「ふん。気に食わなければ粛清するだけだ。ところで、そいつはどうだ? まだ使えそうなのか」
そいつ、とギャン・デスペラードは氷漬けになったロック・ロック・プリィズンを見て言った。
内部から膨らんだギャンギャンスタンプのネガティブエネルギーによって、プリィズンの肉体は球体のようになっており、それが、バーニンピンクが放った特殊な武器によって真っ白な氷漬けになっている。
ヘルタイムはプリィズンの身体から、その武器――キッドブラキオ・ダガーを引き抜き、しばし刀身を眺めたあと、おもむろに言った。
「皮肉な事に、体内のネガティブエネルギーは暴走状態のまま、この氷によって閉じ込められています。囚人たちに施しているのと同じ解凍方法を用いても良いですが、ほぼ確実に解凍した瞬間に内部のエネルギーが爆発するでしょう」
「じゃ、どうするんだ?」
「以前に使用したホムンクルスを覚えていますか?」
――バーニンピンクが加入する少し前の事だ。戦闘要員としてヘルタイムが作り出したホムンクルスと呼ばれる怪物をバーニンジャーにぶつけた事があった。薬物を投与し巨大化にまでこぎ着けたが、暴れ回るほか能がなく、四体のバーニンマシンのうち、マシンフェニックスとマシンタイタンを追い詰めたものの、結局倒されてしまった。
「ああ、あれか。あれがどうした」
「あのホムンクルスですが、ほかにもまだいくつか使えるものがありましてね。このロック・ロック・プリィズンを取り込ませて出撃させます。いわば内部に爆弾を仕込んだ巨大な怪物が暴れ回り、最後に爆発すれば地球には大打撃でしょう。バーニンジャーとの決着もつくやもしれません」
「大した自信だな、ヘルタイム。だがまあ、面白そうではある。やってみるがいいさ」
「ありがとうございます、首領。ホムンクルスの準備が整うまで、しばしお待ちを」
「はっ」
意味もなく、ギャン・デスペラードは笑う。青い肌から昇り立っていた湯気が収まりつつある。自己修復もやがて終わるだろう。
「……ジャンク・ザ・ジャックはどうした」
「ソーマが治療中です。確か、あの娘の作業場で」
機械の身体を持つ魔剣の使い手、ジャンク・ザ・ジャックは乱暴に作業場の冷たい床に倒された。メグルンピンクとの激戦の最中に重力場発生装置の影響を食らい、機械部分と生体部分、双方に影響が出ている。
「さあ、動かないでね」
冷たく言い放ったソーマ・ザ・プシュケーの手から、いくつもの光る触手が伸び、ジャンク・ザ・ジャックの肉体のあらゆる箇所から体内へ入り込む。
「……うぅ、ぐあっ!」
無理矢理機械部品の配置をいじられ、内臓の中身に触られているかのようだ。果たしてこれは治療なのか。それとも拷問の末の粛清なのか。
「感謝してよ? 首領があんたの事を気に入っているからこうして治してやっているけど、アタシ個人としてはこの場でポキっとやっちゃっても構わないんだから。ねえ、用心棒さん? ちょっと独断専行しすぎ!」
触手が内部へとさらに侵攻し、激痛が全身を駆け巡る。ジャンク・ザ・ジャックは思わず叫んだ。
「……中途半端に過去を引きずっているから、余計な事に気を取られるんだよ。昔会った女とかに、さ」
ギャンギャングの拷問担当は、ジャンク・ザ・ジャックの耳元で囁く。
「ねえ、用心棒。この際、昔の事はぜぇんぶ忘れて、ジャンク・ザ・ジャックとして生きてみれば? 邪装騎士ガルドランは十年前に死んだ。ここにいるのはジャンク・ザ・ジャック。腕の立つ用心棒、ただそれだけ。それでも十分楽しいでしょ。好きなだけ強い奴と戦い、寝て、食って、また戦う。あんたの残りの人生、それだけでいいんじゃないの?」
血管に針が通されるかの如き苦痛。悪魔のように蠱惑的な声で、ソーマ・ザ・プシュケーが囁く。
ジャンク・ザ・ジャックは、しかし、激痛に苛まれながらも、答えた。
「……わかっているはずだ、ソーマ。過去を捨てられないから俺は今もこんなザマなのだ。俺はいつまでも邪装騎士ガルドランなのだ。自分を誤魔化して生きる事はできない」
息は絶え絶えで、まるで戦士としての誇りはない。こんな姿を他人に見られたら――かつてのガルドランであれば恥辱に震えただろう。だが、ジャンク・ザ・ジャック――がらくたという自認の元に生きてきたこの十年間が、その程度の恥くらいは気にもさせない。すでに堕ちた身だ。生きている事自体が恥だろう。だが、過去と向き合う機会が現れた。今、何としてでも、自分の人生の意味を、ここまで生き延びた意味を問わねばならない。
「お前はどうだ……ソーマ・ザ・プシュケー。真っ直ぐな道のりで、ここまで来たわけではあるまい。過去を捨てろと他人に言えるほど、お前は過去には囚われていないのか?」
ソーマ・ザ・プシュケーは答えなかった。その沈黙は、怒りとも悲しみとも違うような気がした。あらゆる感情が内在する沈黙。その中に、ソーマ・ザ・プシュケーの過去がある。
「……ふん!」
一瞬、全身に電流のようなものが走り、ジャンク・ザ・ジャックは絶叫を上げる。次の瞬間、光る触手が体内から引き抜かれた。
「いつまでも強さだの剣だのに囚われて、馬鹿な男。そんなに半端な生き方をしたければ、いつまでもそうしているがいいわ。首領のご命令通り、傷は治してやったから」
かつかつ、とソーマ・ザ・プシュケーは靴音を響かせながら踵を返す。
「ま、しばらくは動けないでしょう。あんたの身体ならあと三時間程度はかかる。その間に、ヘルタイムが例の囚人を使って何かするみたいよ。あんたの推しのピンクちゃんも、ほかのとまとめてやられちゃうかもねえ?」
高笑いを上げながら、ソーマ・ザ・プシュケーはその場を去っていった。
全身の痛みが神経を貫く。ジャンク・ザ・ジャックは荒い息を吐きながら、作業場の床に寝転んだ。
ロック・ロック・プリィズン。おそらく、もう自由意志はあるまい。せいぜい特大の爆弾として使われるのがオチだ。二度目の生を受けたのに、悪党としての働きも不十分なまま最後まで道具として使われる。悪の道に進んだ者の末路としては、それが相応しいのかもしれないが……。
「メグルン……ピンク」
何故、自分はあの時プリィズンの事など伝えたのか。あの場でメグルンピンクの気を散らさず、戦い続けていれば今頃は決着していたかもしれないのに。あの娘に、自分と同じ戦いだけの存在になってほしかったのではなかったか。メグルンレッドを失ってしまったからには、永遠に戦い続けるだけの相手が必要だったのではなかったか。
「決着……を……」
誰にも邪魔はさせたくない。あの娘との戦いだけは。あの娘が気を散らすような事なく、全てがベストな状態で、ガルドランの過去を知る相手をうち滅ぼしたい。
完全な決着、だ。しかし、それを成すためには、余計な茶々が入る事を防がなければならない……。




