あれはあの日の流れ星 3
一時間ほどで店を出た。普段ならまだまだ長居するところだったが、台と噛み合っている気がしなかった。煙草を取り出し、喫煙所を探す。
戦隊に暫定で復帰してからというもの、負けが続いている。トレーニングやら打ち合わせやらで、そもそも打ちに行けていないというのもあったが、何だかこれまでの人生に存在していた歯車が、ずれつつあるような気がする。すでに流れは変わったのだ。それを受け入れるべきなのかもしれない。
少し、お腹が空いてきた。
「またパチンコですか」
呆れたような声が聞こえて、私はそちらへ振り返った。ジャケットに青いポケットチーフを挿した泉君が、眉根を寄せて私を見ていた。
「自分と対話する時はパチンコがいいんだよ」
言って、私は煙草を銜える。
「何ですか、それ……。あと、ここ禁煙ですよ」
「そうだった」
うっかりしていた。仕方なく口から離すが、ケースに戻すような事はしたくない。
「泉君こそ、こんなところでどうしたの?」
「仕事の帰りですよ。早朝の撮影だったので」
泉君は大学生でありながら、モデルとしての仕事もしているのだという。加えてバーニンジャーまでやっているとは立派な事だ。
「お疲れ様」
「どうも。姫木さん、これから基地に行きますか? 俺、お腹空いたから何か食べていきますけど」
「いや……今日はもう上がるところだけど」
朝の十時過ぎにパチンコ屋から出てきた女に対して、泉君は露骨に、『何を言っているんだ』というふうな顔をした。
早朝から運動したせいか、空腹が無視できなくなってきた。
「……何か食べるなら私も行こうかな。煙草が吸えるとありがたいんだけど」
泉君は終始呆れたような表情だったが、
「ちょっと先に喫煙オーケーの喫茶店がありますから、そこにしましょう」
と言ってくれた。
半地下の喫茶店で注文を終えると、早速熱いブラックコーヒーが運ばれてきた。
「吸ってもいい?」
「どうぞ」
念のため確認してから、私は煙草に火を着けた。
「慣れましたか? 復帰後の生活には」
ブラックコーヒーに口をつけたあと、泉君が言った。
「慣れるも何も。元戦隊だよ、私は」
「それでもブランクがあると大変でしょう。筋肉痛とか」
「バーニンのおかげでその心配はないね。泉君こそ、戦隊はもう慣れたの?」
「それなりに回数をこなしましたから」
涼しい顔で、泉君はコーヒーを口に運ぶ。
「姫木さん。正式にバーニンジャーに入りませんか」
「どうしたの。急に」
「先日あなたの話を聞いて、少しは理解できたんです。姫木さんがかつてやろうとした事には賛同できませんけど、この地球を狙う奴らと戦うためには、強い力が必要なんだって。俺たちバーニンジャーは全員が戦いの素人です。バーニンとスーツ、そのほか様々な補助のおかげで何とか戦えている。でもまだ、力が足りない。あなたが正式にバーニンジャーになってくれるなら、この先の戦いにも希望が見えてくる。ギャンギャングにだって、勝てる」
青年の顔は真剣そのものだったが、強張ってもいた。煙草を灰皿に置き、私はコーヒーをひと口飲んだ。苦味よりも酸味を強く感じる。
「やめときなよ。そういう考え方は簡単に昔の私みたいになる。同じ轍は踏まないでほしいね」
泉君は微妙な顔をした。ウェイターが食事を持ってきた。サンドイッチが泉君の前に、オムライスが私の前に置かれる。
「では……どうすれば勝てますか。ギャンギャングに」
「それがわかれば誰も苦労はしない。ただ、この地球では四度戦隊が悪を打ち倒してきた。ジンクスを信じて戦うしかない。食べないの? 私は食べるけど」
「……いただきます」
泉君がそう言ってサンドイッチを口にする。私も両手を合わせてから、オムライスを食べ始めた。
「戦隊として戦うのは不安?」
「それを感じていないメンバーはいないんじゃないですか。歴代の戦隊の方だってそうだったでしょう」
「まあ、大なり小なり不安はあっただろうね。まあ、でも向き合うしかない。アドバイスするなら、肩の力は抜いたほうがいいよ。どの戦隊の時も、強いからといって勝てる相手はいなかった」
泉君はサンドイッチを食べる手を止めて、神妙な顔になった。
「……強さ以外に、何がいるんです?」
泉君の問いに、私は少しばかり考えてから、言った。
「人間の持つ全てってとこじゃない。うまく言えないけど」
「わけがわからない……」
泉君が困っていた。どう言ったらいいだろう。私は灰になりかけた煙草を消す。オムライスを口に運ぼうとスプーンを手に取った。
隣で、カチャン、という音がした。食器でもぶつけたかのような音だった。
通路を挟んで隣の席に、驚いた顔の灯火君がいた。例によってスケッチブックを広げている。カップに手でもぶつけたのか、テーブルには飲み物が少々こぼれていた。
「デ……」
灯火君は、私と泉君を見比べて、謎の言葉を発した。
「デート……」
しばらくの間、私は目の前の少年が何を言っているか、理解するのに頭を回転させた。泉君も同様のようだった。
ほどなくして――
「いやいやいやいや」
「違うから」
真顔の灯火君に、私たちは訂正する羽目になった。