あれはあの日の流れ星 2
――宇宙の暗闇のある一点。旧型宇宙戦艦クイーン・サスペリア艦内。
「解凍に失敗したって事か?」
暴虐集団ギャンギャング首領、ギャン・デスペラードは高級酒の入ったグラスを握り潰さんばかりの勢いで握り締めた。傍らに控える幹部、ソーマ・ザ・プシュケーは、あら、と可愛らしく首を傾げ、用心棒のジャンク・ザ・ジャックはソファで眠っている。
膝を突き、頭を垂れているのは薄汚れた白衣に様々な計器を取り付けた幹部にして科学者である。名を、ドクター・ヘルタイム。
「正確には、失敗とまでは言いません。囚人の解凍には成功しましたが、その意識に著しい問題があるのです」
首領の怒気など意にも介さず、静かな声でヘルタイムは答えた。
「どういう意味だ。詳しく説明しろ」
言って、ギャン・デスペラードはグラスの中身を呷る。すかさず、ソーマが次の一杯を注いだ。
「はい。ではまず、解凍した囚人をこれへ」
ヘルタイムが言うと、白衣を着たアバドンズたちが異形の怪人を連れてきた。まるで岩石でできたような肉体にボロボロの制服を身に着けている。
「ロック・ロック・プリィズン。元ケルベロス牢獄刑務官ですが、凶悪犯の脱獄を手助けしたとして自らも牢獄に収監された者です。能力は〝収監ロックロック〟。牢屋を召喚して対象を閉じ込める能力です。非常に強力な能力で、ぜひとも働いてもらいたかったのですが……」
「能書きはいい。状況を言え」
「これは失礼。ですがその前に、簡単にケルベロス牢獄での冷凍刑について説明しておきます。ここでの冷凍刑は肉体を冥王星の氷によって氷漬けにし、脳内にある夢を見る器官と一部の意識は薬物によって常時覚醒させておきます。こうする事で、冥王星由来の氷が持つネガティブエネルギーを常に受刑者に送り込み、一〇〇〇年単位では収まらぬ地獄の苦しみを常に感じさせるのです」
「ふん。ぞっとしねえ話だな」
と、言いつつも、ギャンが持つグラスの中の氷は冥王星から採取したもので、これを入れたグラスで酒を飲むと、常人は悪夢よりも恐ろしい妄想に取り付かれるのだが、ギャンにしてみれば酒の余興である。
「……ま、この牢獄に入った囚人の大半にとって、悪夢などは映画を見ているようなもの。たとえ自らが死ぬ思いを何万回繰り返したとしても、肉体の死でない限り囚人どもは屈しない。ですが、残念な事に、このロック・ロック・プリィズンは違いました。こやつは元刑務官であり、この冷凍刑の恐ろしさをよく知っていました。刑がもたらす地獄の苦しみを前に、ついに正気を失ってしまったのです。そんな状態でネガティブエネルギーに晒された結果、このように肉体を解凍しても、魂はどこかに行ってしまったままなのです」
確かに。ロック・ロック・プリィズンは両手を震わせたまま、白眼を剥いて涎を垂らし、何事かうわ言とも呻き声ともつかない音声を発し続けている。
「……でも、生きているのよね? 今のところ」
ソーマが問うと、ヘルタイムは頷いた。
「肉体のほうは。こやつの魂を再召喚し定着できれば再び動き出すだろう。だが、そのためには反魂の儀を行わなければならない」
「前置きが長いな。ヘルタイム、つまりどうしたいんだ」
ヘルタイムは感情の読めない漆黒の瞳をギャンに向けた。
「ギャンギャンスタンプのエネルギーを反魂の儀に利用させていただきたい。具体的には地球に押印した紋章の上で儀を行い、こやつの魂を取り戻します」
「そんな事をしてどうなる? 仮に反魂の儀がうまくいったとしても、スタンプのエネルギーを吸っちまったんじゃ元もこうもあるまい。別の囚人を解凍させたほうがまだましだろう」
「首領。私の見立ては違います。ギャンギャンスタンプのエネルギーにくぐらせて魂を肉体に戻せば、いわばその肉体はスタンプの分身。うまくすれば、歩く第二のギャンギャンスタンプとなるやも……」
ヘルタイムの提案を、ギャンは目を閉じて静かに聞き、
「いいだろう」
と言った。
「ありがとうございます。首領」
「動き回るスタンプができるのなら確かに面白い。それだけだ。で、反魂の儀はお前がやるんだよな」
「そうしたいところですが、私は次の囚人の解凍作業に戻らなければなりません」
言葉を切ったヘルタイムの視線が、ソファの上の人物に向けられた。
「ここは心得のあるものに同行していただけないかと」
ギャンとソーマがその視線を追う。ソファの上の人物は寝息さえ立てない静かな眠りのまま、無反応だった。
「……だそうだ。頼めるか、用心棒?」
「断る。面倒はごめんだ」
ジャンク・ザ・ジャックの返答は速かった。
「まあ、そういうな。おれからも頼みたい。前回はシュレッダの奴が裏切ったせいでやむなく予定を変更したが、お前には地球の戦隊を蹴散らしてもらいたいんだよ。お得意の剣でな」
ジャンクは沈黙を選んだ。その目は瞼の裏の闇を見ているのか。それとも……
「うちの囚人どもを撃退しているぶん、存外歯応えのある連中だ。一人か二人でも削ってもらえると助かるんだがな」
しばし沈黙が続いたあと、気だるげなため息がソファの上から聞こえた。ジャンクの手が、傍らにあった異形の剣の柄を掴んだ。
「報酬は弾んでもらうぞ、首領。戦隊を名乗る未熟者ども、血祭りに上げてくれる」