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戦隊ピンクに復帰したけど、やっぱり引退したい  作者: 安田景壹
第二章 あれはあの日の流れ星
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あれはあの日の流れ星 1

 息が上がる。


 早朝だった。私は運河の見える長い道をかれこれ二時間ほど走り続けていた。宇宙由来の特殊なエネルギーであるバーニンが身体に注入されたとはいえ、基礎体力が落ちている事は否めなかった。長距離ランニングは直接的な戦闘訓練ではないが、三年の間で錆びついてしまった身体を研ぎ直すためにはやるべきだ。肺は痛み、呼吸は細くなる。深く息を吸い込んで、吐く。負荷を感じながらも走るたび、少しずつでもかつての身体感覚を取り戻しているような気がする。


 基地に戻り、軽くシャワーを浴びる。トレーニングウェアを替えて、地下通路から企業ビルに偽装したトレーニング施設へ。体育館のように広く、天井の高い戦技訓練場へ入る。


『模擬戦闘モードを起動しますか?』

「起動」

『戦闘レベルを設定してください』

「一対多数想定。難易度を最高レベルに」


 トレーニングシステムのアナウンスに回答しつつ、模擬戦闘用の斧を手に取る。これまでの戦闘データをもとに動きをプログラミングされた真っ白なボディの自律行動義体が複数体入室し、模擬戦闘が始まる。


 的確に、素早く、相手の行動を一撃封じられるように攻撃を与えていく。同時に、避ける。受ける。いなす。戦闘はテンポであり、テンポは容易に乱れるし、乱せる。攻撃する事と攻撃しない事の価値は等価であり、回避の成功は乱戦においては新たな隙を生み出す事さえあり得る。全てを予期はできない。思考は感覚と同一のスピードで行われ、思考したという実感さえないままに動かなければならない。少なくとも、あの頃はそうだった。戦隊として現役だったあの頃は。


 ひと際大きなサイズの義体が入ってくる。手には棍棒のような武器。ほかの義体を踏み切り台にして、私は高く跳躍する。感覚を取り戻せ。戦士としての感覚。感覚を――


銀河烈光(ぎんがれっこう)――!」


 あの頃の感覚――あの頃の怒り――あの頃の(わざ)――

 斧の一撃とともに、大きなサイズの義体は崩れ落ちていた。シャワーで汗を流したはずの身体は、再び汗まみれになっていた。疲労が一気に襲ってくる。


「模擬戦闘終了」

『了解。模擬戦闘モードを終了します。お疲れ様でした』


 倒した義体が専用口から回収されると、私は息を吐いて天井を見上げた。

 自己矛盾しているのはわかっている。戦隊なんて、もうやる気はなかったはずだ。だが、戦いが目の前にある。どうしようもなく(はや)るのだ。戦いが待っている。自分の全てをぶつけてもいい、戦いが。だから――……


「……すっごーい」


 呑気過ぎるほどの声が、妄想めいた私の思考を遮った。振り返ると、風祭侑夏が訓練場の入り口に立っていた。


「……おはよう」


 手で額の汗を(ぬぐ)って、私は言った。


「あ、おはようございます! みさとさん、朝早いんだね! わたしも今日は頑張って起きたんだけど、まだ眠いよ~」


 眠いという割には元気そうな声で、侑夏は言った。今日は祝日だが、私生活を犠牲にしてまで朝の八時から戦闘訓練とは立派な事だ。私には私生活と呼べるものは存在しないので、立派には当たらない。


「熱心だね」


 何を喋ったらいいのかわからない、というのが本音なので、私はとにかく思いつくまま言葉を口にする。タオルを取り、身体の汗を拭く。煙草を吸いたいが、あいにく訓練場内は禁煙である。


「あなたも訓練、よね?」

「ですです。わたし、格闘技とか今までやった事なかったから、戦うの、毎回必死で……」


 たはは、と侑夏は笑う。


「みんなそうだよ」


 みんな、そうだ。そうだった。


「……で、ちょっと相談なんですけど。みさとさん、このあと予定あります? もしなければ、色々教えてくれないかな~って」


 侑夏は、ちょっと照れ臭そうに言った。


「戦闘訓練……ってこと?」

「です!」


 言っている内容に反して、きらきらした笑顔で侑夏は返事をした。

 まあ……別に、戦闘技術を教えた経験もないではないが。


「……まあ、いいけど」


 煙草が遠のいたな、と心の隅で思う。



「全体を見ながら常に動いて。全員の武器が自分を狙っていると思って!」

「……っと、言ってもぉ!」


 実際問題、侑夏の動きは危なっかしい。でも、見どころはあるように思う。専用武器だという弓の扱いも悪くない。


「これで……終わり!」


 攻撃を躱しながら最後の義体を見事に射ると、模擬戦闘モードが終了する。


「っ、はぁ~~~。疲れた~」


 侑夏がその場にぺたりと座り込んだ。


「お疲れ様。悪くなかったよ」


 言って、私は彼女にタオルを差し出す。


「ただまあ、もう少し動きはコンパクトにしたほうがいいかもね。今のままだとちょっと大きすぎる。それに、まだ力んでいるところがあるね。リラックスとまではいかないけど、無駄な力が入っているといざという時、動きが悪くなるから平常心を保つようにして。あと徒手格闘戦は訓練したほうがいい。三体目の時は蹴りがちゃんと入っていればあれで倒せていたよ。それから――」

「いや、多いな!? 減点対象!」


 スポーツドリンクを飲みながら侑夏がツッコミを入れてくる。


「……そういうつもりじゃないけど」


 気になるのだ。私の戦闘の基本はメグルンジャー時代にレッドとブルーに訓練されたのだが、その時まさに今言ったような事を言われたものだ。彼女とは武器が違うけど、訓練初期に気を付けるべき点はだいたい似ている。


「でも。みさとさん、ありがとう。やっぱり経験者がいると違うね」


 直視するには眩しく感じるほどの笑顔で、侑夏が言った。


「あ、いえ……」


 そう言ってくれるのは、嬉しいが。


「いいよ。また何かあったら、言って。じゃ、私これで上がるから」

「はい! ご指導ありがとうございました!」


 侑夏の言葉を背に、私は訓練場の出入口に向かう。


「あ、みさとさーん!」


 出る直前、侑夏が呼ぶ声に私は振り返る。


「総司令からの伝言ー! ちゃんと考えておいてくれってー」

「どの件?」

「名乗りー」


 ああ、そんな事も言っていたな。


「わかった」


 返事をして、私は訓練場を出る。ロッカー室に行き、着替える。何故だろう。胸が少しざわつく。

 すっかり戦隊に戻っている。ついこの間まで、腐るように消えていくと思っていたのに。

 ついていかない。気持ちが。暫定だなんて言ったが、自分の立ち位置がよくわからない。


「名乗りだって……? 優一郎」


 どうにもそんな事が考えられる頭じゃない。

 施設を出ると、私は真っ先に煙草を銜えた。まだ我慢だ。ここじゃ吸えない。

 ちょっと考えて思い出す。近くに店があったはずだ。ひとまず、パチンコでも打ちにいこう。

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