戦隊ピンクの戦後 16
噴水の近くに転がされたのは、氷漬けになった例の爆弾だ。ほかにも、氷漬けになった数体のアバドンズが投げ込まれる。
颯爽と、二つの影が私たちの前に降り立つ。青いスーツに黒いスーツ。二人のバーニンジャーだ。バーニンブルー。そしてバーニンブラック。
「話は聞かせてもらったよ」
「いいや、まだだ。姫木さん自身から話を聞いていない」
バーニンブラックの言葉に、バーニンブルーがすかさず反論する。
「さっきは、すみません。ひどい事を言ってしまって」
敵を見据えながらも、バーニンブルーはちらと私を見た。
「姫木さんの話、俺も聞きたいです。まずは、一緒にこの場を切り抜けてください」
そう言って、バーニンブルーは手に持った槍を構えた。
「あ、あ、あ、あ、お前ら、オレ様の爆弾をぉお~」
シュレッダが動揺した声で、氷漬けになった爆弾を見つめる。
その瞬間、一陣の風が吹き、
「よーーーーっと!」
旋風とともに現れたのは、緑のスーツに身を包んだ、バーニングリーンだった。
「住宅街のほうはもう大丈夫! みさとさん、平気?」
「ええ……」
「よかった! ここ、女の子わたししかいないからさ、みさとさんが入ってくれるなら、わたしも嬉しい!」
私はもう、女の子なんて歳じゃないが……
「姫木さん」
灯火君が、私を呼ぶ。
少なくとも、座り込んでいる場合じゃないだろう。
「……入るか、どうかはともかく」
私は、立ち上がりながら、言った。
「今は、一緒に戦うよ」
斧を、構え直す。
シュレッダは傍目にもわかるほど怒り、その身を震わせている。
「……ふざっけんじゃねぇええ。大切なもののない女がァ。周りの奴からちょっとチヤホヤされたくらいでぇえ」
「――煙草」
斧を相手に向かって突き出し、私は言った。
「ァあ……?」
「煙草。貯金。空けてないビール。貰ったお酒。高いツマミ。家。全部私の大切なものだよ」
そこで、私は少しだけ考えて言った。
「……構ってくれる、若い奴らもね」
マスクで素顔は見えなくても、雰囲気でわかる。青と黒と緑と赤。四人の戦隊に、少しだけ柔らかな瞬間が訪れた事を。
――全く。こういうの、懐かしい。
「ふざけんな! お前の強がりにはうんざりだ!」
「そっちこそ散々ふざけた真似をしてくれたね。そろそろ終わりにしよう、シュレッダ・ザクギリー」
言って、私はブレスレットを手前にし、
「必殺技は?」
短く、そう問うと、灯火君が察したように頷いた。
「三回タップ!」
そう聞いた瞬間、私はクリスタルを三回タップする。バニバニバーニン! ガイドボイスが流れる。全身のバーニンが漲る。
「勝負だァ! 空っぽ女ァ!」
シュレッダがそう叫んだ瞬間、全てのバーニンが炸裂し――
「――バーニンストライク」
超高速で駆け抜けざま、高位エネルギーを込めた最大限の一撃が、シュレッダ・ザクギリーに叩き込まれる!
「ぐ、ぅ、お、ああああああ!!」
爆発。奴が用意していた花火爆弾ほどではないが、それでも大きな火柱が公園に上がった。
「……」
気配は、ない。
倒したのか。私が、怪人を。十年ぶりに戦隊として……
「……まだだァ~~~~!」
霊魂のようなエネルギーが突如として火柱の中から飛び出し、公園に押印されていた巨大なギャンギャンスタンプの紋章を吸い取る。エネルギーの吸収。霊魂が大きく膨らみ、たちどころに見上げるほどの大きさとなって、実体化する。
――巨大化。
「……できるのか」
「ひっひっひっひっひ~~」
巨大な青白い影となったシュレッダ・ザクギリーが、公園にいる私たち五人を見下ろしていた。
「おっきくなっちゃった!」
「まずい。タイタンとフェニックスはまだ修理中だ!」
バーニングリーンとバーニンブラックが同時に言う。
どうする。巨大な敵を相手にするための手段は、あの様子じゃどうやらなさそうだ。私が、もう一度必殺技で――
「ひっひっひっひ~~バーニンジャーの諸君! 悪いがここでお別れだ! オレ様はこんな星はもう懲り懲りだ! あとはギャンギャングの奴らと好きなだけ遊ぶがいい。あばよ~~~!」
言ったそばから――
巨大化したシュレッダ・ザクギリーは再び怪しげな霊魂となり、止める間もなく空の果てまで昇っていった。
「……逃げた?」
灯火君がぼそりと呟く。
バーニンブルーがブレスレット越しに通信する。
「総司令」
『確認した。シュレッダ・ザクギリーらしいエネルギー体はすでに大気圏外に出た。どんどん地球を離れている』
「な――」
なんて奴だ。
ひと昔前の怪人なら、巨大化してなお戦ったものを……。最近の怪人にも変化が訪れているのだろうか。
「みさーとさん!」
バーニングリーン――風祭侑夏が、唐突に抱きついてきた。予想していなかった動きに、思わず私はふらつく。
「うわっ!? な、なに」
「バーニンジャー、入ってくれるんでしょ?」
可愛らしい声で、風祭さんが言う。
私は返答に困る。いや、答えは決まっている。決まってはいるが、ほかのメンバーも私を見ている。
「姫木さん……」
灯火君が、また不安そうな声で言う。
「……いや、私は」
答えに窮する。やる理由はない。今回はたまたまだ。やる理由はない。もう私は引退したんだ。だから――……
「……暫定で。一時的になら」
私がそう言った直後。灯火君と風祭さんが歓声を上げ、泉君と夜見君がどこか安心したように笑った。
……安請け合いだったか。しかし。もう。
『聞こえたぞ。みさと』
ブレスレットから、優一郎の声がする。あの頃のような声が。
『とにかく帰ったら総司令室まで来てくれ。暫定ピンク殿』
――ああ。本当に。
引退したままでいるべきだったか。
ギャンギャンスタンプのエネルギーを吸い取り、一時的に力を得たシュレッダ・ザクギリーは地球をすでに遠く離れ、逃走を続けていた。
姿を隠さなければならない。裏切りはすでに知られている可能性がある。だが、奴らが今のシュレッダに追いつけるだろうか。磁気嵐は地球時間で換算しても今しばらくは続いているはず。追手を差し向けるには、まだ時間がかかる。
「はっ――!?」
一瞬、嫌なものが見えた。
岩石群の如き小惑星帯。その上に。剣を携え、襤褸のようなマントを纏った人物の姿が――
馬鹿な。この宇宙空間で。要塞や宇宙船にも乗らず、たった一人、着の身着のままで降り立つ事ができるものなど……
「裏切りは即抹殺だ。シュレッダ・ザクギリー」
何かが。
熱い何かが。全身を真っ二つに割った。そう理解できたときには、シュレッダの身体はすでに滅び去ろうとしていた。あいつだ。あいつが斬ったのだ。小惑星の上に立つ剣士。あいつの名は――……
「ジャンク……ザ……ジャック……」
消える。シュレッダの意識、シュレッダの命が。宇宙を震え上がらせた切り裂き魔が、こんな物寂しい小惑星帯の片隅で――
「い、や、だあぁああああああ!」
ギャンギャンスタンプのエネルギーを放出する二度目の爆発は、瞬く間に岩石のような小惑星を少しばかり巻き込み、炸裂し、そしてあとには、何も残さずに消えていった。
剣士は、異形の剣を鞘に納めると、通信機を起動した。
「――首領」
『よお、終わったか。結局地球には行けずに残念だったな。だがよくやってくれた。裏切り者の始末、ごくろーさん』
「いい。俺は何にも興味がない。仕事がなければ眠るだけだ。すぐに戻る」
言って、剣士は通信を切った。
宇宙の静寂が聞こえる。何もないような。何かが潜んでいるかのような。
しかし、剣士の虚無を埋めるものは、何もない。
「……地球。戦隊」
どうでもいい事だ。彼を満たすものは存在しない。ギャン・デスペラードの野望も、彼自身の剣の腕も何もかも。もはや何が現れようと、ギャンギャング用心棒、ジャンク・ザ・ジャックの心を満たすものは、何一つ存在しないのだ。彼は自身にそう言い聞かせ、星明りさえ見えない宇宙の闇の中、仮の住まいである旧型宇宙戦艦へと戻っていった。