2-1 公爵はその令嬢の生きる意味となる
例えばそれが奇跡だったとして
それは彼らが望んだことだっただろうか。望んでなどいない。願ってなどもない。平凡に、みんなと同じように生きたかったはずだ。
こんなものいらなかったと、どうにもならない事を泣き叫ぶ。例え誰もが羨む能力だったとしても。
彼らにとっては呪いに違いない。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
花々が美しく咲き誇る庭園。公爵家自慢の歴史ある広々とした庭中で、礼服に身をつつむカイルと、控えめで落ち着いたホワイトドレスのローレンスがそこへ並んでいた。彼らの前には大聖堂の神父が立っていた。そして手に持つ紙を読み上げる。
「ここにカイル・エドワーズ、ローレンス・アローンの婚約を結ぶ」
神父により宣言され、書類上では既に婚約確定していたが、これによって神にまで婚約を宣言した事となる。参列者はいない二人だけの式だが、それは厳かに行われた。
その婚約式を先程まで行っていた庭園を見下ろせる部屋に、今は二人の姿があった。その感慨に浸るような様子ではないが。
「これで改めて、婚約者だな」
そうこちらの顔を見て告げるカイルに、ローレンスは釈然としない様子で彼を見る。
この世界にはギフトと呼ばれる、現実には考えにくい、科学では解明できないような能力を持つ者たちがいる。彼らは決まって短命である宿命を背負い、哀れに思った神から贈られた奇跡を持つ。そんな特殊なギフトを持つ一人であり、令嬢でありながらその裏の顔は国家機密組織のメンバーであるアローン家の一人娘、ローレンス。そしてその組織とは犬猿の仲であるはずの、この国の治安捜査局長であるカイルと紆余曲折経緯がありながら、最終的に婚約をする事になってしまった。
婚約だけなのにわざわざ神父まで呼んで神に誓わせるなんて。何もこんな仰々しく儀式のようにしなくても、書類だけの簡素な手続きだけでよかったのにと思う。それどころかそもそもローレンスはこの婚約に同意していない。本人不在のまま勝手に進められてしまった話だ。
「どうして私なんかに婚約を申し入れたんですか」
「君の生きる意味になると言っただろう。放っておいたら命も投げ出しそうな勢いで見ていられないからな」
そう言われて、ローレンスは思わず黙ってしまう。妙に言い得てはいるが、そこまでする彼の気持ちがわからない。
「どうせ結婚をしろと言われていて、見合いの話や令嬢達からもアプローチも煩わしかったんでしょう」
そう話すローレンスにカイルは彼女へ口を開く。
「俺は周りの重圧から逃れたいからと、打算で結婚するような質ではない」
確かに。そうであればこれまでのらりくらりと面倒くさく躱し続けてはこなかっただろう。というよりも、ローレンスはその言葉の方が気になった。
「結婚ではないです」
「そうだな。まだ婚約だった」
む、と睨むローレンスにカイルはフと笑う。まったく、この男は本当に読めない。
その時、バサバサバサッと羽ばたき、窓枠のローレンスの傍にとまった。その足には何かが括り付けられている。カイルが怪訝な顔で眉を顰めた。
「また何だ」
「ファクルタースからですね」
「君の組織は動物使いか何かなのか」
伝書鳩。呆れたような目で見るカイルの隣でローレンスは鳩の足元についていた紙を取り読んでみると、表向きには婚約を祝う文が書いてある。しかしその解読した内容はカイルと共に今後の任務を遂行せよとの事。ローレンスと婚約した事で、半身内となった治安捜査局局長のカイルにもファクルタースの協力者となってもらおうという話だった。
「――ほぅ、治安警備局局長である俺を抱き込もうと」
「そのようですね……」
「表と手を合わせようというのか。実質的な裏取引だな」
カイルは静かににやりと笑った。彼自身としても、裏組織の動きを把握できる事はかなり大きな利益だ。その姿を見て、ローレンスはジッと視線をカイルに向けながら問いかけた。
「……ファクルタースの情報を得たいから私と婚約したんですか?」
「いいや、純粋に君を気に入ったからだ。まあ結果棚ぼただな」
どうにも癪に障るし腑に落ちない。ローレンスは一体自分の何が彼の琴線に触れたのかわからない。ギフト持ちなんて厄介なだけだ。聡明で力も持ち賢い男が自分を選ぶなんて理解し難い。むしろいっそ組織の動きを把握したいからだと言われた方が納得できる。
「ところで、婚約して早速俺達二人初めての仕事がある」
「なんですか」
その意味深な言い方にローレンスが眉を顰めてカイルを見る。すると彼がスッと机の上から封筒をとりだして見せる。それはローレンスも見てわかった。金色の封筒に赤い封。それはこの国一の権力を示す者からのもので――
「皇太子主催の宮中パーティーだ。招待をされておいて欠席はできまい」
「そ、それをなぜ私まで……」
「俺の婚約者様だろう」
フッと笑うカイルに、言い返す言葉もなくどう考えても面倒で不回避なイベントにローレンスは、早くもやっぱり是が非でもいいから止めるべきであった婚約を後悔するのだった。