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1章最終回です。

鼻につく、ツンとしたあの独特な匂い。目に入るのは真っ白な天井。病院のベッドに横たわるローレンスは、腕に管を繋げられ、ぼうっとしていた。銃弾は貫通していたが、出血も多く肩の傷はかなり重症で暫く入院が必要であると判断された。

絶対安静を告げられ何もできずに暇を過ごす中、病室のドアがノックされた。


「『ルーズウェンから迎えに来ました』」

「……ありがとうございます」


そう言って入ってきたのはローレンスも見知らぬ好青年だった。彼はにこやかな笑みを浮かべたまま、そっとドアを閉める。これは組織の隠語だ。彼の正体は――


「具合はどうだ」

「少々入院が必要だそうです」

「そうか。この機会にゆっくり休養しろ」


椅子に座ると、貼り付けていたような笑みをスッと消した。好青年の顔を落とした男は、ローレンスと同じ、組織に関わる人物だった。ちなみにギフトにより顔と姿を変えている。ローレンスも体を起こした。


犯人(おとこ)はどうなりました?」


ずっと気になっていた事を聞くと、彼は息を吐き、顔を渋くした。


「殺されたよ」

「――殺された?」


その衝撃の事実を聞かされ、ローレンスは耳を疑う。


あの夜ローレンスが意識を失った後、治安部隊が到着し、改めて犯人を拘束しようとした時遠方から狙撃され、男は息を引き取った。しかも銃弾は正確に頭を撃ち抜いており、即死だったそうだ。


用済みになったから、消された。

そうとしか考えられなかった。


「しかし犯人の身元はわかった。海外で傭兵をしていた経験のある男で、元は孤児だった。酷い人生を送っていたようだな。母親はまだ若い貴族の娘だったが、平民の男とできてしまった子供である事から、幼い頃に捨てられたようだ。悲惨で歪んだ幼少期を育った事から、それで恐らく貴族女性に恨みを抱いていたのだろう」

「そんな……とんだ八つ当たりでは」


だからあくまであの時狙いはローレンスだったのか。手助けがあると踏んで、敢えてローレンスに油断させた。女が殺せれば、男はそれで良かったのか。

胸糞悪いとふうと息を吐く男。話を変えるようにローレンスへ問いかける。


「現場はどうだった。ギフトの無効化は使われたようだな」

「はい。しかし今回ギフトの無効化だけでなく、空間転移系のギフトも使われました」

「……そうか」

「恐らくあの殺人犯の後ろには別の何か組織がついているのでしょう。使われているだけかと」


逃しきれないとなると、奴らは男をあっさり捨てた。ギフト能力持ちの組織集団。恐らく裏にいたのはそれだろう。


「――奴らが関わっていたんだろうな」


伏目がちに男は呟きながら胸ポケットに探るように手を入れた。


「……葉巻(タバコ)、やめてください。ここ、病院ですよ」


そう顔を顰めるローレンスに咎められると、男はチッと舌打ちをついて取り出した葉巻にジッポーで火をつけかけたところを止める。極度のヘビースモーカーなのだ、この男。この好青年顔で、愛想のないすました似合わぬ面のまま煙草を吸おうとするな。


「引き続き、俺達は奴らを捜査する。お前はしっかり身体を治せ」


葉巻を胸ポケットに戻し男は立ち上がり、病室を出ていった。

ベッドの上で一人、ローレンスは思い巡らす。


話に上がった『奴ら』こそ、ファクルタースが長らく追っている、《ギフト持ち》で構成された謎の犯罪組織だ。むしろ彼らを捕まえるために、ファクルタースは動いている。まさか今回の連続殺人にも関わっていたなんて。しかし少し手助けする程度。奴らの狙いは一体何だ。狂ってしまった哀れな殺人鬼に手を貸す理由がわからない。


鎮痛剤を打っていてもじくじくと痛む包帯を巻かれた痛々しい肩を見る。早く、早く復帰して、奴らを止めなくては。神から贈られた、稀有な贈り物(ギフト)を持っているんだから。自分にしか、できない事がある。腕の一本や二本、どうしたって構わない。

グッと、肩を握った。その時、あのカイルの言葉が蘇る。



『――誰かの犠牲の上で出来ていいものじゃない』


彼の言う事は理想論だ。そんな事無理に決まってる。事実、この皆が享受している平和は、誰かの犠牲の上で成り立っているのだ。ならば犠牲になるのは、自分でいい。自分だけで、十分だ。

傍らにある、サイドテーブルの上に置いた短剣とそのベルトに触れる。

立ち止まったら、そこで終わりなのだ。



その時、再びドアが叩かれた。許可をすると、入ってきたのはよく見た黒髪の美丈夫だった。


「目が覚めたのか。よかった」

「わざわざ見舞いに来てくださりありがとうございます」


ローレンスの話す姿を見て、変わらぬ表情の中、少しホッとしたような顔を見せたカイル。


「当然だろう」


彼はベッドの傍らの椅子に座った。そう平然と答えるカイルに、ローレンスは少し心がざわついた。


「そうだ、報告がある」


そう言って彼はジャケットの胸ポケットから4つ折りにした書類を取り出す。それを広げてローレンスに見せた。


「アローン家へ、求婚を申し込んだ」

「え?」

「既に伯爵とも話がついている。君が退院して近いうちに婚約の儀を執り行う」

「は……?!」


ローレンスは声を上げる。その婚約書類を見て固まった。ご丁寧に伯爵家(うち)のサインと判子まで押してある。驚きで声も出ない彼女に、カイルはこう告げる。


「君は生きることに、執着ないように見える」


彼女を見つめるのは、真っ直ぐとした深い青の瞳。サファイヤのように美しく、魅力的だった。


「だから、俺が生きる理由になろう」


ローレンスは言葉が出ない。困惑の中、カイルはこう言い切った。


「ローレンス、俺が君の生きる理由になる」


ふっと笑うカイルに、ローレンスはもう自過剰具合についていけない。相当自分に自信がないと言えないセリフだ。

ハイスペイケメンなのか? いやそうだった。彼は誰もが認める超絶ハイパーハイスペックイケメンだった。

しかし公爵家が、あのエドワーズ公爵家が伯爵家と婚約。あり得ない。誰か何かの間違いだと言ってくれ。


「幸せにするぞ。ローレンス」


誰もが頬を染め、卒倒でもしそうなセリフと顔で笑う彼。

顔良し家良し身分良し、三拍子揃った公爵様に、まんまと捕まり婚約者となってしまった。こんな事、一体誰が予想しただろうか。

今は驚きと事態の呑み込めなさに、ただただ唖然と固まるローレンスだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


長い療養の末、ようやく退院の許可が出て、ローレンスは自宅へと帰ってこれた。

あの一件から色々あり、伯爵にも問いただしたが、彼は元からローレンスの結婚を望んでおり、そこへ話が舞い込み、相手がしかもあの公爵家からだとなって受けたようだ。まあ、例え乗り気ではなくとも、うちのような伯爵家は公爵家からの申し出は断れない。なるべくしてなってしまった結果だ。抗議は一応したが、彼は聞く耳を持たなかった。全く、頑固な祖父だ。


結婚なんて、人並みの幸せなんて望んでなかった。そんな夢物語のような事、ギフト持ちのこんな自分じゃ、手にできない。

ローレンスは自室で一人、広げた手に小さなボックスを浮かび上がらせ、握りしめる瞬間に消してその拳を見つめた。


――祝福人(ギフト付きの人間)は短命だ。ギフトは哀れな彼らに、神が贈ってくれた奇跡なのだから。


「……『奇跡』なんて、呪いだわ」


フッと彼女は哀しく鼻で笑った。幸せを語る、カイルが彼女には少し眩しく映った。笑顔で幸せに、なんて。ローレンスには酷く眩しい。



私の寿命は、あと少ししか残ってないもの


それでもほんの一瞬だけ、微笑む彼の隣に立つ自分を想像してしまった。それがどうにも、悔しい。


彼女のキャミソールの短い裾からちらりとめくれて見えた左太ももに、25と浮かび上がるように数字が刻まれていた。

次回2章は短編から加筆修正加えている部分が入ります!引き続きよろしくお願いします〜!

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