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目の引く美しい銀髪をすっぽりと隠して金髪女性に変装し、つばの広い帽子も深く被りばっちり変装をして、ローレンスは犯人を迎え撃つ準備はできた。
舞踏会もお開きとなり、他の貴族達は続々と馬車などで帰宅する。そんな中、ローレンスも早速会場を後にし、作戦に移る。
今回の舞踏会の参加者はあえて北西エリア以外の貴族に絞り、皆同じ方向へ帰っていくような人達を選出し招待した。それにより人目が多くなる道は犯人も犯行を避けるようになる。よって、他の帰宅者と被らない、北西方向へと向かう道をローレンスは歩き、犯人を誘き寄せようとする作戦だった。ローレンスがギフトを使う以上、他の人達には知られるわけにはいかないので、治安部隊の配備はローレンスが去ってからになるため街の少し外れの方へ待機させた。代わりに物陰近くから犯人に気づかれぬようカイルがローレンスを追尾する形を取っている。
しかし犯人は神出鬼没。犯行場所も全てバラバラで、今回ローレンスが囮となったとしても相手と出くわせるかはわからない。運良くローレンスのもとに現れてくれるかどうかは五分五分だ。
気を引き締め、ローレンスは北西方向へ歩みを進める。こちらの道は道幅は広く、昼は店が立ち並び非常に活気づいた場所だが、夜はシャッターが下りてほとんど人通りもなく、昼とは対象に薄暗く少し薄気味悪さも感じる。
すると背後に気配を感じ、振り返りざま後ろに構えていた男に向かって高く蹴り上げる。しかしそれは躱され、今度はナイフを振りかざされる。その腕を止め、横蹴りを入れるも避けられた。彼女はちっと舌打ちをして邪魔なかつらを剥ぎ取る。月夜に反射して輝く美しい銀糸が現れた。
距離を取られローレンスがギフトを使い手拳銃で彼を狙う。それも躱した男は走り出すも、その先でパンと拳銃を撃たれ足踏みする。更にその先の暗闇の中からカイルが現れ、犯人の前で銃を下ろし仁王立ちをする。
「そこまでだ」
その姿に犯人は走り出し、カイルに襲いかかった。カイルは剣を抜き、犯人のナイフと交戦する。その隙にローレンスが援護へ回ろうとギフトを使おうとした時、またあの時と同じように発動できなくなった。無効化をされたのか。
「カイル様!」
犯人の振りかざすナイフをカイルは受け止め、更に男を斬りつけるも男は既の所で後ろへ跳ね避ける。その後も両者激しく刃を躱すも、カイルがやや優勢。犯人を攻め追いつめながら進むと男のローブが一部破けた。一瞬怯んだその隙を狙い、ローレンスが足に忍ばせていた短剣を背後から男の首筋に立てる。カイルが声を上げた。
「ローレンス!」
「大人しくしなさい」
ローレンスは犯人へ告げる。ゆっくりと振り返った男のその口元は、笑みを浮かべていた。
「——っ?!」
カイルは目を見張ったローレンスの顔を見えたのを最後に、その目の前から一瞬にして犯人とローレンスは姿を消した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
不敵な犯人の笑みに、はっと気づいた時にはもう、ローレンスは見慣れぬ景色の中にいた。一瞬何が起きたか事態が把握できなかったが、ローレンスはピンとくる。
瞬間移動――?!
その時後ろから風のようにナイフをきられ、ローレンスは瞬時に反射で難を逃れる。振り向きざまに距離を取り、犯人と再び対峙する事となる。
彼女は辺りを見回す。時計台の位置からして、恐らくここは先程までの場所と反対方向。今いる場所は、先程までの街並みと少し違って会社などが入る近代的な高い建物の多くみられた。
――不味い、カイルと別れてしまった。
そしてローレンスは若干の焦りを浮かべる。こちら側は舞踏会参加者が多く、比較的安心だったため治安部隊の配備が少ない。そしてもう参加者達は無事家路についている頃だ。
ギフト無しで取り押さえる事ができるだろうか。採算を考える。こちらには短剣一本に、相手もナイフ一本。ギリいけるかといったところか。しかし勝算は厳しい。ここは治安部隊と合流するか――とローレンスが巡らせていると、犯人は彼女へ襲い掛かってくる。刃を受け流しながら、治安部隊の配備される市街地の方へ誘導しようと走るも、ナイフを躱した先に犯人の手にこちらへ向ける黒いものが見えた。ローレンスが息を止める。
拳銃――?!
瞬時に避けようと動いたが、銃口を向けられた事に気づいた時にはパンパンッと銃弾を撃たれる。
ローレンスは顔を歪めた。前回ギフト持ちに遭遇したから今回は隠し持っていたのか。
「グゥッ……!!――」
二発の銃弾はローレンスの肩を打ち抜き、足を掠めた。その場に崩れ落ちるローレンス。その元へ、ゆっくりと犯人は近づいてくる。痛みを耐えて奮い立たせるように必死に立ち上がり対峙し距離を取るローレンスだが、銃を捨てた犯人が刃物を持ち直して襲いかかる。振りかざす刃を躱すも、手負いの状態で動きが鈍り、最終的には犯人に地面に押し倒される。ギフトはやはり今も効かない。撃たれた肩からはドクドクと大量の血が流れている。押し倒された衝撃で打った頭はもうクラクラしていた。――嗚呼、死ぬな。冷静にそう悟った。どうせろくな死に方はしないと思っていた。ギフト持ちに生まれたからには、もうそういう運命だとわかって生きてきたから。この道を選んだ時に、覚悟した。
絶体絶命の中、犯人に上から跨がり乗られたローレンスは振りかざされた刃物に目を瞑ったその時だった。
カキン――と甲高い音が響いた。目を開くと、今度は乗りかかっていた男が吹っ飛んでいくのが見えた。そして近くには刃が折れたナイフの先が落ちている。
「この殺人鬼が」
地に響くような低い声。そしてその先に、見慣れた大きな背中が見えた。尋常ではない恐ろしい怒りと殺気を纏ったその姿に、ローレンスも軽く震えた。
彼は倒れ込んだ男の顔を容赦なくガッと足で踏みつけた。ゔっと男が鈍く唸る。
「非力な女を狙うなど許せない」
彼の青い瞳が鋭く光る。今まで見てきた中でも別人のように見えるその姿は確かに治安部隊を収める長の姿だった。
彼は顔から足を離し、腹に蹴りを入れて更に男を転がす。もう反抗できる状態ではなかった。そこへ試しにローレンスはダメ元で犯人を拘束する為にギフトを使うと、犯人の両手にボックスを発動させる事が出来た。ギフト無効化の能力が切られたようだ。
「カ……イル様……」
カイルを見て、撃たれていない方の腕でどうにか起き上がろうとした彼女に気づき、彼は走ってこちらへやってくる。
「ローレンス!!」
体を起こそうとする彼女を止め抱き抱えて彼は開口一番こう怒鳴った。
「令嬢が! こんな無茶をするな!! 死にたいのか!?」
すごい凄みだった。そう言われても仕方ない。彼が来なければ確実にあの世行きだったのだから。
「……でも、私は秘密組織ですから」
それで死んでも本望だ。そう言うように告げるローレンスに、カイルは強く顔を顰めた。
「国を守る秘密部隊の一員だとしても、その前に君は一人の女性だろう!!」
「……!——」
そのカイルの言葉に、ローレンスは息を止めた。
「俺はこの国で誰もが笑顔で幸せでいてほしいと思う。その国民の中には君も勿論入るだろう」
彼の力強く、吸い込まれてしまいそうな青い綺麗な瞳が、じっと見つめる。
「それは、誰かの犠牲の上で出来ていいものじゃない。俺達騎士や、国を守る軍人だって、平等にその権利はあるはずだ」
ぐっと、彼の彼女を抱き抱える力が強くなる。
「どうして……自分を犠牲にするような事ばかりするんだ。もっと自分を大事にしろ」
切実そうに歪むその顔に、胸が締め付けられた。どうして、貴方がそんな顔をするのか。何も知らない貴方が、どうして。
わからない、けれど、同時に胸がジンとした。何故だか泣きそうになった。
こんな風に心配してくれる人、お祖父様以来初めてだ――
遠くから治安部隊が向かってくる音や声がする。それを耳にしながら、段々と遠くなっていく意識にローレンスは落とした。
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