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「――すまなかったな。主催で抜ける事ができず迎えにも出向けなくて」
「……いえ……」
今日も今日とてキラキラと眩しいくらいに素敵で完璧な姿の公爵は、部屋へやって来たローレンスにそう話す。片方だけ髪をバッグに流し、黒のジャケットに青いシャツにタイを付けた礼装姿は腹が立つほど似合っている。一方不機嫌そうに、というか沈んだ顔持ちのローレンスはそう小さくつぶやくように答える。
「よく似合っているな。では、行こうか」
カイルの差し出してきた腕を仕方無しに掴んで寄り添う。細身に見えながら割とガッシリとした腕。並んでみると背が高く、その体格の良さを改めて感じた。
あれから5日後、公爵家主催の舞踏会当日。ローレンスはカイルから送られたドレスを着てやってきた。仕立て上げられたかのようにピッタリと彼女にあったドレスは、ワンショルダータイプのタイトめな作りであるものの、足元はフレアになっている上、更に片方にはスリットも入っているため動きやすい。まったく、いつの間にサイズを調べたのだが。しかし実用性だけでなく、ドレスの細部にまで拘っているデザイン刺繍には小さな宝石がつけられており、美しさと絢爛さも兼ね揃えていた。一体いくらするドレスなのか考えるのも恐ろしい。
会場に到着すると早速皆がざわついた。順々に挨拶してくる者たちの相手をしながら、ローレンスも顔に笑みを浮かべて受け流し乗り切る。
「お隣の女性は伯爵家のローレンス嬢でいらっしゃいますか? とても美しいですね。ドレスもとてもよく似合ってらっしゃいます」
「ありがとうございます」
エドワーズ公爵家の家門カラー、そしてカイルの瞳の色である青色を纏って彼にピッタリとエスコートされていたら、まるでカインの恋人だとでも言っているようなものじゃないか。
もうすでに影で何かヒソヒソ言われている。令嬢達のこちらを見る目が痛い。これまで他の令嬢達とも当たり障りなく上手くやってきたのに。
もういっそ考えないようにしようと考えたローレンスは悟りを開く。今後の事は今後考える事にしよう。
挨拶にやってくる相手をするだけで早々にぐったりとしてしまった。そんなローレンスを労うように、カイルはシャンパングラスを持ってきて片方彼女に渡す。それを受け取りながらも、ローレンスは問いかける。
「この後捜査なのにいいんですか」
「度数は高くない。このくらい大丈夫だろう。せっかく用意したんだ。下戸じゃないだろ」
グラスを傾けるカイルに、ローレンスも口をつけた。こういう所は緩いんだなと思う。すると、ふと彼が口にこぼす。
「どうして婚約者を作らなかったんだ」
振られたその話題に彼女は視線を落とす。
「縁談だって、いっぱい来ていただろう?」
「カイル様もご存知でしょうが、私は伯爵家の実の娘ではありませんので、評判もそこまで良いわけではありませんわ」
「それでも何件かは来ていただろう。容姿も美しくこんなに魅力的なんだ、それに君は養子といえどアローン家の唯一の後継者だ」
確かに、ローレンスが養子だと言えど縁談はそれなりに多く来ていた。それに今でも時たま数件来ている。しかしそれもローレンスは全て断っていた。
「結婚は考えていませんので」
ホールでは楽しく、仲睦まじく談笑し合う男女の姿が多く見られた。その姿を映しながら、そうきっぱりと口にするローレンスをカイルは見つめる。
「君はご令嬢らしくないな」
そして何かを量るように彼女を伺い見る。
「普通令嬢なら、いい人と結婚して愛され、幸せな家庭を持つのが夢なんじゃないのか」
「生憎、普通の令嬢ではないので」
「確かにな」
カイルはその答えにふっと笑った。何がそんなに楽しいのだろうか。この人はローレンスの前でいつも笑っている気がする。遠目から見ていた時は、こんなんじゃなかった。滅多な事で笑顔を見せるような人じゃないのに。そんな少し感じたもやつきを飲み込むようにローレンスはシャンパンを喉に流し込む。
「まあ、だからといって諦めるのは違うと思うがな」
「――え?」
「おっと、曲が始まったようだ」
ホールから音楽が流れてくる。その音に続き、皆がホール中央ヘと集まってきていた。ローレンスは先程呟かれた言葉に一瞬ドキリとした。まるで、見透かされてるような。
「それでは一曲、手合わせ願えますか」
そう恭しくこちらへ手を伸ばす魅惑的な男性の手を、ローレンスは取った。
「案外上手いな」
「公爵様にお褒め頂き光栄です」
手を引かれてやってきたホールでダンスをしながら、ローレンスは今回の作戦について彼に問いかける。
「やつを誘き出すには、囮となる人物が必要になりますよね?」
「それについては治安部隊の女騎士の隊員についてもらう手筈になっている」
「失礼ですが、犯人は貴族女性を狙っています。上手く扮せたとしても、軍人のふとした振る舞いや歩き方は隠せません。これまでの犯行から男は聡くも緻密に計画を立てている理性派。見抜かれてしまう恐れがあります」
「……それ以上は聞きいれない」
言わんとすることがわかったのだろう。カイルが顔を顰めて口を閉ざす。重い空気に互いに口を閉ざし、曲が終わりダンスを終える。
しかし手を離し、ローレンスは再び彼に向かい直って言った。
「私が囮になります」
「やめろ。相手はギフトを無効化する能力を持っている。丸腰で向かうようなものだ」
「ギフトが使えなくとも私も多少の武術は心得ております」
鋭く見つめる彼にも臆せず、彼女は真っ直ぐに彼を見つめる。
「それにこれ以上なんの関係もない令嬢が犠牲になるのを見ていられません」
罪もない女性達が、一体何故こんな目に合わなければならなかったのか。一人で薄暗い静かな帰路の中、犯人と出くわした彼女達はものすごく怖かっただろう。だったら自分が、そのターゲットになる。彼女達の無念を晴らしたい。これ以上多くの女性達を犠牲に出したくない。
「……わかった。治安部隊に作戦の変更を伝える」
その強い思いが伝わったのか、カイルは苦々しくも渋々ローレンスの意見を受け入れた。しかし彼は条件を出した。
「ファクルタースとの約束もあるから治安部隊は近づかせない。ただし、お前の近くには俺が待機する。絶対に一人で行動を起こして無茶をするな」
「わかっています」
そう言って背中を向け、一人会場を後にするローレンス。準備に向かうその後ろ姿があの夜会った時の姿と重なる。
彼女は命をなげうってでもいいと思っているような、どこか諦めているような、そんな素振りをカイルは端々に感じていた。放っておけば無茶をして、どこかへ消えてしまいそうな、そんなあやうさ。
立ち去る彼女を見つめながら、カイルは静かに目を細めた。
あの夜見た、鮮やかな身のこなし。その姿はとても美しいと思った。髪も乱雑に纏め上げ、ドレスも破いてボロボロだと言うのに、今まで見たどんな美しく着飾った女性よりも気高く凛々しく、美しく見えた。胸を一瞬で掴まれ目が離せなくなるような、そんな姿。
あの一瞬で心を奪われた事を、君は知らないだろう。