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王都内某所に秘密裏に作られた秘密特殊部隊の地下施設。それは地下神殿のような作りになっていて、敷石が敷かれた長い道が幾重にも続く。万が一でも知らぬ者が迷い込んだとしても、戻れないような難解な構造だ。そもそも入り口も、《ギフト持ち》によって隠されているため普通の人間は入る事もできないが。


その道を進んだ先に、組織長の部屋がある。壁沿いに本棚が置かれ、書類や古書などが机に多く重なっている。長きに渡り《ギフト》について調べ、またそれを持つ者を束ね、この国を秘密裏に守ってきた歴史ある長。白髭を貯え、皺が深く刻まれたその顔は酷く威厳がある。そして広い部屋の中、その彼と対面する、公爵とローレンス。先程組織のメンバーのギフトにより遠隔で移動させられたのだった。そして、公爵は彼から事の顛末を聞かされる。


「我が組織の命により、彼女は動いただけだ」


ローレンスの所属する国家の超機密部隊である特殊部隊は、《能力》を意味する『ファクルタース』と呼ばれる。国家直属の組織で構成員は全て《ギフト持ち》に限られており、その存在も国の極限られた者にしか知られていない。遡ればかなり昔から、国家における犯罪や、一般に手に負えないギフト持ちによる事件などを秘密裏に調査し、暗躍している組織である。


「――っは、私にも知らされていない機密部隊が存在していたんですね。それもずっと前から」


公爵は嘲笑するように笑う。まあそうだろう。彼は国の治安を守るトップだ。治安部隊、時に軍部だって動かせる。そんな彼にも知られていない極秘部隊があったなんて、気が悪くなるだろう。


「この国の機密事項だ。悪く思うな」

「――まあ前々から、《ギフト》持ちによる特殊部隊があるのではないかと思ってはいましたがね」


威厳ある(マスター)に対しても怯まず、鋭い視線を向ける公爵。互いに相容れぬような空気が流れるが、ここで長がローレンスへと話を変える。


「――それでローレンス。対象はどうだった」

「既に犠牲者が出てしまった後ですが、その後を並走して追いました。しかし仕留める直前、ギフトが使えなくなったんです」

「……何?」


その言葉に長は声色を変える。眉間の皺が深くなった。

あの時、直前まで確かに使えていたギフトが発動できなくなった。間違いなく、ギフトを無効化する能力を持つ者がいる。


「恐らく、あの現場から考えて彼の仕業ではない。彼に手引をする者がいたようです」

「ギフトの無効化の能力がある、と」

「それが物質によるものなのか、誰かのギフトによる能力なのかはわかりません。しかし、かなり厄介です」


男の裏に別の人物や強大な組織か何かがついているのかは定かではないが、ギフトが無効化されてしまうのはこちらとしては非常にやりにくい。今後のためにも、捜査を続けて暴くべきだろう。

考えるように口を閉ざした長は、公爵の方も見てやがて口を開く。


「ローレンス。エドワーズ公爵と共同して任務を遂行せよ」


「なっ?!……」

「これまでの事件の捜査記録や概要については、治安部隊(かれら)の方が詳しいだろう」


この国の治安組織の長と共に連続殺人犯を捕まえろというのか。無理な話だ。

ファクルタース(われわれ)はこの国を守らんとする警備局長の命も無視して動ける独立部隊、言わば彼とは犬猿の仲になる。彼もいい思いは感じないだろう。それにこれまで自分達が必死に追って集めてきた捜査記録や証拠をみすみすそう簡単に見せたい訳がない。


「それについては、エドワーズ公爵の意見も聞かなくてはなりません。それに表と手を組むのは――」

「構わない。その方がいいだろう」


え――とローレンスは公爵を見る。必死に止めようとした矢先、何故か公爵はこの話には前向きで肯定的だった。治安組織の長としては、自分達だけで解決させたいものではなかったのだろうか。


「ですが、公爵様――」

「相手もギフト持ちが絡んできているんだろう? こちらとしても、精通している者と協力するのは悪くない」


満更でもない様子でローレンスを見つめて笑みを浮かべる公爵に、信じられない顔をする。この男、本当に何を考えているんだ。


「――よろしく、ローレンス嬢」


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


図らずも、こうして国家の治安維持のトップの表の顔であるエドワーズ公爵と協力することになったローレンス。早速その翌日、捜査資料を見せてもらう約束になった。協力を快く承諾した事に、未だ理解がし難い。


「やあ、ローレンス嬢」

「エドワーズ公、すみませんおまたせしてしまいましたか?」

「いいや、俺も今来たところだ。気にするな」


王都中央の広場の時計台の下で待ち合わせて合流する。約束の時間前に着いたローレンスだったが、もう既に公爵はついていたようだ。スラリとスタイルよく着こなしたラフなジャケットとスラックスがよく似合っている。彼はローレンスの腰に手を添え、歩き出した。立場的にその手は払えられない。ローレンスはまだこの男の事を計りかねていた。

ただでさえ女性たちにモテ、一人でいても目立つ公爵に、まるでエスコートを受けられているように隣を歩いていると、周囲からの視線が痛い。まず公爵も女性とこうして普段から並んで歩くような男ではないのだ。どの女性にも見向きもせず、令嬢達にとって高嶺の花のような存在である。隣は公爵の恋人かなんてヒソヒソ話す声も聞こえる。変な噂を立てられたまったもんじゃない。噂でも広まって令嬢達からやっかみを受けたらどうしよう。ローレンスは頭が痛くなりそうだった。

そもそもどうしてわざわざこんな所で会う必要があったんだろうか。伯爵邸(うち)か公爵邸でよかったんじゃないのか。


「私が公爵邸に出向きましたのに」

「君の足を使わせるつもりはない。互いに王都の街の方が勝手がいいだろう」


いえ、できれば人目のつかない場所でひっそりと資料を確認して帰りたかったとローレンスは思う。こうなったらさっさと捜査資料を見させてもらってお暇しよう。そう考えていると、彼が突拍子もないことを言い出した。


「さて、せっかくだし仕事の前に腹ごしらえでもしないか? この辺りに行きつけの店があるんだ」

「は?……」


思わず声をもらして彼を見る。彼はフッと笑っていた。


「共に仕事をするんだ。それには信頼関係が大切だろう?」


そのこちらの心を伺うような目に、ヒク、と頬が引き攣る。


「我々の仲を深めないとと思ってね」


するり……とローレンスの手を撫で、そして持ち上げてキスを落とす。完璧なウィンクまでキザに添えて。それも酷く楽しそうに余裕げに笑みを浮かべて。

ローレンスは唖然とした。


これまで感じていた違和感の正体がやっとわかった。ファクルタースわれわれのそしきを良くは思っていない事は確かに事実なのに、ローレンスへの態度はまたその組織の一員としてとは違っていた。まるで嫌悪よりは好意寄りのその態度。


この男、ローレンスが靡かない事から落とす事が楽しくなって完全に人で遊んでいる。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「まあ、幸い貴族達が開く夜会もしばらくない。犯行が行われることはないだろう」


何故か立場上対立関係であるこの男と仲良く顔を合わせて食事をしなくてはならなくなったローレンスは、彼の行きつけだという品のいいレストランの個室で素晴らしい加減でローストされたカモ肉を器用に切り分け口に運んでいた。料理はとても美味しいのだが、店に入るなりのVIP対応に恐縮してしまい、更に公爵が女性と二人で現れた事で少しざわついたようで居心地が悪い。


「……そうですね。犯行は全て夜会があった日に行われていたんでしたっけ?」

「ああ。帰り客を狙うように真夜中にな」


公爵も小さく肉を切り取って口に運ぶ。目で追ったその姿も無駄に気品ある。女性にモテるのもわかるわ、と隠れて彼女は呆れた。


「しかし驚いた。まさかご令嬢が祝福人(ギフト付きの人間)で秘密部隊のメンバーだとは」

「……くれぐれも、国家機密ですので。あまり話さないでいただけますか?」

「失敬」


彼が口を閉ざす。グラスを取ってワインを流し込んだ公爵にふと、ローレンスは問いかける。


「……公は、ギフトは初めて見たんですか」

「カイルでいい。いや、少し見た事があったが、実際にあんな風に使う者を見たのは初めてだ」


ギフトはかなり珍しいもの。その存在さえ奇跡に近い。一般にはあまりギフト持ちに出会う確率も少ないし、ギフトについて詳しく知るものも少ない。それにローレンスは、自身がギフト持ちである事は周りには隠している。話してもいいことはないからだ。


「君のギフトは多様性があるようだな」

「これまで訓練して、使いこなしてきたんです。広範囲における強度はまだ改善の余地などがありますが」


ふーん……とカイルが頷く。そしてテーブルに肘をつき、組んだ両手に顎を乗せる。


「興味があるな」

「私の能力は特殊ですしね」

「いや、君自身にもだ」


彼女がグラスに口をつけながら返すと、彼は笑みを浮かべる。それにローレンスもにこりと笑みを返す。


「またまた、ご冗談を」

「俺が冗談を言うタイプだとでも?」


じっと公爵を見つめた。にっと笑うカイルと彼を図りかねるローレンスの間にデザートが運ばれてきて、二人の膠着状態が解かれる。デザートはアップルパイだった。ナイフを入れるとさっくりと音がする。中には甘く柔らかく煮溶けた温かいりんごが蕩け出した。とても美味しい。味わっていると、カイルが口を開いた。


「ローレンス嬢は今23歳だったか?」

「はい」

「適齢期も過ぎた頃だが、婚約者もいないようだな」


何だ、大きなお世話だ。自分だって29歳と、もう所帯を持って落ち着いてもいい頃なのに。ローレンスは素知らぬ顔で答える。


「ええ、結婚については祖父にもたまにつかれる事ですが……もうこの年ですから。相手もいませんし」

「なら俺はどうだ」


その言葉に思わず二度見してしまう。何を言ってるんだ、この男は。

眉目秀麗容姿端麗、博識晃文で武術にも長け、この王国で多大なる権力も持つ王国人気一の公爵が、たかが一介の伯爵令嬢と婚約? 結婚? ありえない。

そんな事想像だけで顔が引き攣ってしまう。


「冗談も休み休みにしてください」


その姿にククッとカイルが笑う。


「やはりいいな。君は」


不敬でも知らんとローレンスは睨みつけるも、カイルは気にもせず機嫌良さそうに喉を鳴らす。


「君を口説くのには骨が入りそうだ」

「は?」

「これが事件資料だ。治安部隊(われわれ)が捜査しまとめたものが全部乗っている」


彼女の本気の呆れと多少の苛立ちを見事に躱し、ここでようやく、事件概要についての話をする。カイルは捜査資料を机の上に取り出した。ローレンスはそれらを掴んで読む。


犠牲者は5人。クリムト男爵令嬢、ロント男爵令嬢、ドニチカ子爵令嬢――いずれも下流貴族の令嬢だ。全て夜会や舞踏会に参加した後、帰宅中に襲われている。

金のない貴族たちは馬車を使わずそのまま歩いて帰ることもある。最近では従者も付けない事も普通に多く見られた。貴族社会が廃れている状況を現している。しかし言えば、皆が平等である世の中になりつつあるという事だ。むしろそれを良しと考える貴族もいる。しかし、今回の事件はそれが仇となったというところか。犯人は従者を従えない徒歩で帰る無防備な貴族令嬢を狙っていた。

現場写真を見てもその犯行は卑劣極まりないものだった。令嬢達は皆刃物により執拗に何度も刺され、大量の血を流し息絶えていた。犯人の酷い残忍性を感じさせる。資料に目を通すローレンスは静かに顔を歪めた。

許せない。


「……犯人は貴族女性に恨みを持っていての犯行でしょうか」

「断定はできないが、恐らくそうだろうな。令嬢達にはその夜に夜会に参加していたという共通点しかない。特定の人物を狙ったというよりは、『貴族女性』を狙った無差別的な犯行だ」


やはり夜中であることから目撃者はいない。更に有力な証拠もない。街には治安部隊が巡回しているにも関わらず、犯人はどうやってその目を掻い潜って来たのだろうか。

顎に手を当て考え込むローレンスに、カイルはその口を開いた。


「その資料には書かれていないが、うちの部隊員の二名がかろうじて出くわしたのだが、犯人はかなりの手練だったらしい。身のこなし的には武術に相当精通した人物だろう」

「!――犯人と鉢あっていたんですか」

「その時も相手はローブを被っており、顔は見えなかったと言うがな」


そう息を吐いて腕を組み、背もたれに持たれるカイルに、ローレンスは更に問いかける。


「他にギフトなどを使った形跡などはなかったのですか?」

「ああ。ギフトなんて話が出てきたのはこの間で初めてだ」


ローレンスが犯人に対峙した時は犯人以外にギフトの無効化をさせられた。あのタイミングでギフトが使えなくなったのは、間違いなく誰かに手引があったからこそだ。何者かがローレンスを妨害した。別に協力者がいるはずだ。しかし男の協力者はギフトを無効化する能力を持つ者だけなのだろうか。


「でもそもそも犯行を行っているのは一人なんですよね」

「そうだ。我々もずっと単独犯によるものだと完全に考えていた」


しかしここに来て、犯行に関わっている人物が複数いる。だがカイルはこう言った。


「しかしギフトの無効化をさせる人物にも注視すべきだが、今回は殺人鬼を捕まえるのが最優先だ。共犯者については後で奴を捕らえて吐かせればいい話だ」

「はい。私の今回の任務も連続殺人鬼を捕まえるという事だけですから」


先々月に最初の犯行、先月に二件、今月に入っては既に立て続けに二件と、その犯行頻度は日に日に短くなっている。早急に解決しなくてはならない。


「では次は、犯行現場を巡るか」


デザートを食べ終え、捜査資料も確認しこれで解散かと思った矢先、カイルが立ち上がり、ローレンスに告げる。


「なんだ、どうせ行くつもりだったんだろう」


思わず驚いて見つめてしまっていると、カイルはそうふっと息を吐いて笑う。確かに自分で実際に現場を確認しに行こうとしていた。考えを読まれたようでなんともいい気はしない。聡く腹が立つほど顔もいい挙句聡明な男だ。ローレンスは少し不貞腐れたような気持ちになった。

明日からも毎日更新させて頂きます。早く溺愛を見せるカイルとラブが多めな二人を書きたいなぁと思いながら頑張ります〜!

評価や感想等頂けたら活力にもなりますので是非頂けたら嬉しいです!よろしくお願いします(*´ω`*)♡

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