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第六章

 

 替え玉受験に暴力に監禁……

 あまりにも酷過ぎて、それを聞いた僕は体の震えが止まらなかった。実の娘によくも平気でそんな真似ができたものだ。

 

 彼女と僕の置かれた状況はよく似ていたことを初めて知った。

 赤の他人から受ける差別はまだ我慢できるが、実の親から受ける理不尽な扱いは辛い。同じ兄弟なのにと。

 所詮人間だから自分の子であろうと気が合う、合わないはあるだろう。

 しかし、気に食わないからといって、自分の子供を都合よく道具扱いするのは言語道断、許しがたい所業だ。

 しかも血だとか情だとか、そもそも自分達が持ち合わせていないものをチラつかせて強要するなんて!

 

 まあ、僕は去年の夏に倒れて意識が体から離れて、ようやくそれに気付いた間抜けだったけど、エミリィーはとっくに悟っていたんだね。

 

 エミリィーはアネッサと関わりを持ちたくなくて、フワフワヘアーを編み下げにし、大きな眼鏡をかけて、典型的な真面目な才女のイメージを作り上げたらしい。

 彼女曰く、どうも僕を参考にしたらしい。

 

 だから遊び人、軽い女のイメージの派手なアネッサと、優等生なエミリィーが姉妹だとは、誰も気付かなかったという。

 もちろんアネッサ以外の人々は、二人のファミリーネームが違うことを知っていたからだが。

 

 ただし、毎回試験が近付くとしつこく勉強を教えろとアネッサがまとわりついてきた。それが嫌だったエミリィーは、頼まれずともギリギリのラインで合格出来る対策を作って、こっそりそれを姉に渡していたようだ。

 

 それは僕と全く同じだった。

 どんなに真っ当なことを言っても伝わらない。それでも肉親なのだから諦めずに説得すべきだ、という輩もいるだろう。しかし、僕達はもう限界がきていたんだな。

 

 エミリィーだけでも無事でいられて本当に良かった。

 僕が言うのも憚れるけど、ティンデル侯爵夫妻、リーズさん、今まで彼女を守ってくれてありがとうございます。

 

 そして、そうそう、アネッサが僕と婚約した理由がエミリィーへの嫌がらせだったいう話……

 それはつまり彼女が両親や姉の言うことを聞かず、替え玉を拒否したことに対する報復だったらしい。

 

 僕はエミリィーが王都の学院に編入したことなど知らなかったから、領地のティンデル侯爵家への方へ手紙を出していた。

 だから、侯爵家では侯爵家の封筒に僕の手紙を同封してエミリィーの寮へ送ってくれていたらしい。

 しかしそれをアネッサが盗んで開封し、手紙の中身を読んだのだという。

 

 蝋封印の押してある手紙を開封したのだから、もちろんそれをエミリィーに渡せるはずもなく、アネッサはそれを処分した。

 しかし僕の手紙はともかく侯爵家からの手紙は返信を求めるものだったので、一月たっても返信が来ないことを不審に思い、王都の侯爵家の執事が寮に面会に来たらしい。

 そこで手紙がエミリィーに届いていなかったことが判明したという。

 

 そこで学院は秘密裏に調査を進めた。

 すると、この春雇用されたばかりの用務員の少女が、各部屋へ届ける前に、自分への手紙だわと言われ、梟の紋章が押された大きめの封筒を金髪緑眼の派手なご令嬢に手渡したと答えたという。

 

 まだ見習いの子一人に仕事を任せたこちらの落ち度だと、学院側には謝罪をされた。

 しかし、犯人が身内だということもあって、ティンデル侯爵家はそれ以上強くは出られなかったようだ。

 ただ、今後は気を付けて欲しいとだけお願いし、この件は内密に済ませることにしたらしい。

 

 ところがことはそれで済まなかった。僕の手紙を読んで、僕がエミリィーと付き合っていると勘違いしたアネッサ達が、僕との婚約話を進めたのだ。

 

 ランサム伯爵家は、母親の死後領地経営どころか資産運用にも失敗していた父親に、資金援助をすることを条件に婚約の申し込みをしてきたのだ。そしてあの父親は、よく考えもせずにあっさりとそれを受け入れたのだった。

 

 この話を聞いたエミリィーはかなりのショックを受けたらしい。

 どう考えても、自分の姉が僕と婚約したのは、自分が関係していることが明らかだと思ったからだ。

 

 僕に申し訳なくて、とても手紙を出す気にはならなかったという。

 しかも、自分が婚約者の妹という立場になってしまったので、むやみに接触して姉から不義の噂を立てられるのも避けたかったという。

 

 アネッサがいずれ僕と婚約破棄するつもりなのは見え見えだったので、僕の有責による婚約破棄にだけはしたくなかったのだという。

 

 

「多分二人とも進級や卒業ができずに退学になると思うわ。

 それにもし、必死に勉強してどうにか残れたとしても、居づらくて自主退学するのじゃないかしら」

 

「あの噂が広まっているんですね?」

 

 リーズがニヤリと笑った。


「ええ。家のために過酷な労働をさせられて兄が意識不明になっているというのに、自分は一切手伝わずに遊び回り、あまつさえ兄の婚約者と浮気をしていた屑。

 

 婚約者が意識不明なのに、一度も見舞いにも行かずに婚約破棄した。しかもその婚約者の弟と浮気し、婚約までした恥知らず。

 

 全て事実なんだから否定できないでしょう。それにみんなあの二人の普段の行動を見ているから、彼らが何を言おうが信じる者はいないわ」

 

「そうでしょうね」

 

「マーシ様を自分の駒として利用するだけ利用して、使い捨てようとした人達を絶対に許せないわ」

 

 エミリィーは今まで僕が見たことのない暗い瞳でこう言った。

 

「もちろんですとも。マーシ様をご存知の方は皆そう思っておりますよ」

 

 エミリィー、リーズさん、僕を思ってくれるのはとても嬉しいよ。

 でも僕は大好きな君達には幸せでいて欲しい。そんな、辛そうな顔をさせたくないよ。

 やり返すなら自分でするから。

 ああ、早く自分の体に戻りたい。

 

 そう、僕が強く思った時だった。

 

 ピロピロ、ピロピロ……

 ピロピロ、ピロピロ……

 

 鳴き声が聞こえて窓から外を見ると、お屋敷の庭をチョコチョコ歩く雌の若いシマリスの姿が目に入った。

 その瞬間カーッと体中が熱くなった。こ、これは……

 初めて僕がエミリィーを好きだと感じた、あの時と同じ衝動だ。

 

 そう。シマリスは一年のうち半年以上寝ている。

 だから、子供を育てるためには、冬眠から目覚めたらすぐさま行動しなければならない。

 短期間にスピーディーに事を進めなければならない。

 恋も結婚も出産も。

 

 雌の多くは冬眠から覚めると二、三日以内に恋をして結婚するのだ。

 ああ、僕が間借りしているこの雄のシマリスも子孫を残したいはずだ。

 

 しかし! 

 

 僕はエミリィーが好きだ。愛している。彼女以外と結婚するなんて絶対に嫌だ。

 たとえシマリスとでも浮気はしたくない。このシマリス君には悪いけど。

 

 人間に戻りたい!

 マーシェルに戻りたい!

 ピロピロ、ピロピロ……

 ピロピロ、ピロピロ……

 

 僕は叫んだ! 心の底から……

 

 

  ◇◇

 


 突然吹っ飛んでしまった意識が再び覚醒した。今度はぽかぽかと温かかった。日差しが当っているのか顔が熱い。

 僕がゆっくりゆっくりと目を開けると、そこにはエミリィーの顔があった。酷く心配そうな顔だ。

 

 四年振りの再会のはずだが、フワフワだった金色の綿毛のようだったエミリィーの髪が、まとまった緩やかなウェーブヘアになっていても驚かなかった。

 以前と同じ明るい緑色の瞳で僕をじっと見つめていた。そして優しく僕の両手を握ってくれていた。

 

「ただいま、エミリィー」

 

 なんて声をかけていいのかわからなくて、まだ恋人でも夫婦でもないのにそう言った。

 するとエミリィーは一瞬目を見張ったが、涙を浮かべながら、ニコッと微笑んでこう返してくれた。

 

「お帰りなさい、マーシ様」

 

 と。

 

 そして僕は、ずっと彼女にしてもらいたかったことをねだってみた。

 

「ねぇ、一つお願いしてもいい? 僕の頭を撫でてくれないかな? 

 例えばシマリスを撫でるみたいに……ずっと、エミリィーに触れてもらいたかったんだ」

 

 さっきまで涙を浮かべていたエミリィーが、真っ赤な顔でうろたえたのだった。

 

 

  ◇◇

 

 

 僕が学園に戻って最終学年になったのは、五月の始めだった。

 三月の後半に目を覚ましてからリハビリを開始し、ようやく歩けるようになるまで一月かかった。

 その後裁判やらエンブリー伯爵家の後始末とか色々やっていたので、復帰が遅くなってしまったのだ。

 いや、完全に後処理が終わったわけではないが、後はマックスや弁護人のストークスさん、祖父のエレンフェスト前侯爵、それにティンデル侯爵に任せることにした。

 

 また一人で無理をしたら、却って周りの人々に迷惑をかけてしまう、そのことを今回のことで学んだからだ。

 

 エミリィーとは二人の寮のちょうど中間地点にある図書館で、毎週末ごとに会っている。

 そして一週間に起きたこと、そしてこれからのことを話し合った。後始末が終わってもっと落ち着いたら、僕達は婚約することになっている。

 そもそもアネッサが横槍を入れなければ、今頃僕達は婚約者同士だったらしい。

 

 ほとんど領地で暮らしていた母は、ティンデル侯爵夫妻とは懇意にしていたらしい。というより、あの森を守ろうという同志だったという。

 いやいや、なんと三人は学生時代からの知り合いで、生物学を学ぶ研究仲間だったらしい。

 

 だから僕とエミリィーが森で触れ合っているのを、三人は影から見守ってくれていたという。そして自然に愛が育まれ、その結果結ばれてくれればと願っていたようだ。


 しかし母が亡くなると、父が勝手にランサム伯爵家のアネッサとの婚約を結んでしまった。

 

 ティンデル侯爵は憤懣やるかたない思いだったという。しかし、エミリィーは諦めなかった。

 彼女はたとえ一緒に暮らしていなくても姉の性格はよく把握していた。だから自分の姉が僕と本気で結婚するつもりなんてないことがわかっていた。

 

 だから姉を僕の弟(兄)がたむろしている場所へ誘導し、二人が出会えるようにセッティングしたのだ。

 似た者同士なのだからきっと気が合うだろうと。そしてその予想通りになったというわけだ。

 

 

 こうして僕達は彼らの妨害を跳ね除け、来年学園と学院を卒業したら結婚をする。そして、新たにエンブリー子爵夫妻となる。

 

 

 読んで下さってありがとうございました!


 次章で完結となります。

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