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第五章

 

 それにしても笑えるよな。十か月違いの同級生の義理の弟……

 たった十か月しか違わなくても兄だからと僕はあいつの面倒を見させられていたのに、実際はあいつの方が半年も前に生まれていたなんて。

 本来ならあいつはこの春に卒業予定だったんだ。

 

 しかも、義理ではなくて腹違いの実の兄だったのだから笑える。

 いや本当はわかってはいた。多分あいつが父親の子供だろうということは。

 戸籍上の父親も金髪碧眼だったらしいが、そもそもの顔立ちが僕の父親と瓜二つだったから。

 

 だけどまさか母との婚約前から付き合っていて子供まで作っていたとは驚きだった。

 後妻とはもともと幼馴染みで両思いだったが、貧乏男爵家の娘との結婚をランサム伯爵家の前当主が許さなかったらしい。 

 

 結局男爵家は娘を子爵家の後添えとして嫁がせ、伯爵家では格上のエレンフェスト侯爵家の才女をものにしろと息子に命じた。

 そう。僕の父親は頭が悪くて怠け者だった。だから伯爵家を守るために、祖父は頭が良くてしっかりした女性と結婚させたかったのだ。

 

 侯爵令嬢と結婚できなければ廃嫡すると言われた父は、必死に母にアプローチした。

 父は見かけだけは飛び抜けて良かった。そして演技力もかなりのものだった。

 そのために学者肌で内向的で世間知らずだった母は、自分とは正反対の父にコロッと騙されてしまったのだ。

 

 あのしっかり者のエレンフェスト侯爵だった祖父が何故あの男との結婚を認めたのかは不思議だ。しかし、異性に全く興味がなく、二十歳過ぎても結婚する気の無かった娘がようやくその気になったので、それで反対しなかったのかも知れない。

 

 それにしても、もし幼馴染みの人妻との浮気がばれたら廃嫡どころの騒ぎじゃなかった。それなのに子供まで作っていたのだから、我が父ながら図太い神経の持ち主というか能天気というか、絶対に当主にしてはいけない男だった。

 

 母はただ伯爵家のため、父とその愛人親子のためにがむしゃらに働かされて死んだのだ。

 そしていつもは母を領地に追いやっていたくせに、僕が王都の学園に入学したあの年の冬に限って、父親は無理矢理王都に母を呼びつけたのだ。何の用事だったかは知らないが。

 ちょうど王都では質の悪い病気が流行っていたのを知っていたのに。

 そのせいで母は死んでしまった。領地にいたらうつらなかったのに……

 

 母が王都に来ることがわかっていたら絶対に反対したのに、母が王都に来ていたのを僕が知ったのは母が危篤状態に陥った時だった。

 

 そして母が亡くなってわずか半年後に、父親が再婚相手を連れて来た。僕が驚いたのはその美しい後妻ではなく、彼女の連れ子だった。それは学園の同級生だったからだ。

 しかも前から父親にどこか似てるなと思っていた奴だった……

 

 

  ◇

 

 

 エミリィーとリーズの会話から、エミリィーと僕が似たような環境にいたことを知った。

 

 僕は幼少期の多くを領地で過ごした。領地経営は母が執事のマックスと共にやっていたから。

 父親は王都で社交と、領地で採れる地元の特産品の宣伝をしていた(〜と思っていた)からだ。

 しかし実際は愛人と遊び呆けていただけだ。

 

 僕は王都よりもこの領地の方が好きだった。何故なら僕は生き物が大好きで、森へ行くのが楽しかったからだ。

 

 僕はいつも一人で、大切な動物図鑑とスケッチブック、そして色鉛筆を持って森の中に入った。

 あの森は完全な自然ではなかった。保養地でリハビリする人のために、野生の動植物に配慮しながらも最低限の整備がされていた。

 人が迷わないように飛び石が続いていたり、自然素材の階段があって、森林浴や散歩がしやすくなっていた。

 そして切り株を利用したテーブルや椅子もあって、人が休憩をとれる場所もあった。

 

 

 僕がエミリィーと初めて森の中で会ったのは、確か七歳の頃だったろうか。

 子供の泣き声がしたのでその声のする方へ行ってみると、自分より小さな女の子がたった一人で蹲って泣いていた。

 

 服装から見て貴族の家の子供だと思った。金色のフワフワ綿毛みたいな髪の毛をして、ピンク色のフワフワドレスを着て、まるでお人形みたいだった。

 きっとお付きの人とはぐれて迷子になってしまったのだろう。

 

「こんにちは。君、迷子になったの?」

 

 僕が声をかけると、女の子は驚いて顔を上げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。

 僕は肩がけバッグの中からタオルを取り出して、女の子の顔を拭いてやった。すると彼女は明るい緑色の瞳を大きく見開いて僕を見上げた。

 

「お兄ちゃまも迷子?」

 

「違うよ。この森は僕の庭みたいなものだから、迷ったりしないよ」

 

「それじゃ、私をおうちまで連れて行ってくれる?」

 

 女の子は僕が迷子ではないと知るとホッとした顔をした。

 

「連れて行ってもいいけど、迷子になったらむやみに動き回らないで、誰かが探しに来てくれるのを待った方がいいんだ。

 きっとみんな君を必死に探していると思うよ。だからここにいた方がいいよ」

 

「でも、ここ怖いの。もしクマさんが出てきたら食べられちゃう」

 

「大丈夫だよ、クマには会わないよ。今年は木の実が豊作だったから、クマはたくさん餌を食べてもう冬眠してるから」

 

「冬眠ってなあに?」

 

「冬になるとね、クマは土の中に潜って寝ちゃってね、春まで起きないんだ」

 

「春まで? 朝になっても起きないの?」

 

「うん」

 

「クマさんってお寝坊なんだね」

 

「クマだけじゃないよ。シマリスもヤマネもヘビもカエルも昆虫も冬眠するよ」

 

「へぇー、お兄ちゃまって物知りなんだね。すごいね」

 

 僕は結局女の子の家の人達が探しに来るまで女の子の側にいて話をしていた。

 日暮れまで誰も来なかったら、さすがに屋敷に一緒に連れて帰ろうと思っていたけれど。

 

 翌日、森の向こうにあるティンデル侯爵家からお礼だといって高級な菓子が届けられた。

 そしてその時初めて、その女の子がエミリィーという名の侯爵令嬢で、自分と同じ年だということを知った。

 

 

 我がエンブリー伯爵家の領地とディンデル侯爵家の領地は森を挟んだ両側にあった。

 つまり森は両家の共有地だった。

 

 

 その後僕は時々エミリィーと一緒に森で過ごした。でもそれは偶然会った時だけで、待ち合わせをして会っていたわけではない。

 何故ならエミリィーが体が弱かったからだ。そもそも彼女は、療養するためにこの領地に留まっていたのだ。

 だからエミリィーは、会う約束をしても守れないから……と悲しい顔で言っていた。

 

 しかし、エミリィーは成長と共に丈夫になっていき、十歳を過ぎた頃には大分健康になっていた。

 だから、その頃には別れ際には必ず会う約束をしていた。

 

 僕は動物図鑑や植物図鑑を森の切り株の上に持ち込んで、エミリィーによく蘊蓄を語った。彼女はそれを嫌がらずに聞いてくれた。

 そしてそれだけでなく、彼女は僕が気付かなかった疑問点を指摘したり、仮説を立ててそれに対する意見を求めてくるようになっていった。

 

 趣味、いや研究仲間ができて、僕はとても幸せな時を過ごした。

 それに別に僕達は討論ばかりしていたわけじゃない。

 彼女の侍女達の鼻歌に合わせてダンスを踊ったり、歌を歌ったり、詩を朗読し合ったり、絵を描いたり……

 

 そしてやがてその友愛は次第に恋心に変化していった。

 小さくてフワフワだったかわいい女の子が、成長と共に次第にかわいいだけではなくて綺麗になってきたのだ。

 見慣れた筈の明るい緑色の瞳と目が合うたびに、いつしか胸の鼓動が早くなった。

 

 でも、だからといって、僕が彼女に自分の気持ちを告げることはなかった。彼女にはいつも侍女が付いていたからだ。

 

 それに彼女は名門侯爵家の令嬢だ。自分とは家格が不釣り合いだし、しかも風貌においても美しくかれんな彼女とは釣り合わないと思った。

 

 顔自体父親似だったが、色合いは母親と同じで、地味な印象だった。

 だから華やかなことが好きな父親は僕に興味がなかったのだろうな。

 

 僕とエミリィーの交流は僕が王都の学園に入学してからも文通という形で続いた。

 しかし、母が亡くなって間もなくしてエミリィーからの手紙は届かなくなった。それは僕がアネッサ嬢と婚約したことを知らせた直後だった。

 

 婚約者がいる異性と文通するのは憚られたのだろう。

 仕方のないことだと思いながらも、これはかなり精神的にきついことだった。

 母がなくなってから、心を許せるのはマックスを除けばエミリィーしかいなかったから。

 婚約者となったアネッサとは、会ったこともないし、手紙を出しても贈り物をしても、定型文の礼状が届くだけだったし。

 

 あの婚約話はランサム伯爵家から申し込まれたものだと聞いていたのに、何故あれほど無視されていたのか、ずっと不思議だった。

 しかし、シマリスの姿になってようやくその理由がわかった。

 

 アネッサが僕と婚約したのは、妹エミリィーへの当てつけだったのだ。

 

 僕は知らなかったがエミリィーは一年遅れで王都にある女子校の王立学院の二年生に編入していたらしい。

 しかしエミリィーは入学直前に両親とアネッサに拉致されて、姉との入れ替りを強要されたのだという。

 成績のかんばしくない姉の代わりに、試験の替え玉をしろと命じられたのだという

 

 エミリィーはいきなり二年に編入できるほど成績優秀だったのだ。

 それに幼い頃は病弱で貧相な容姿だったエミリィーだったが、さすがは姉妹なだけあって、成長と共に姉と瓜二つの美しい少女に成長していた。しかも、体格もそれほど違わなくなっていたのだ。

 

 替え玉で試験を受ける? そんな不正がばれたら退学では済まない。犯罪ものだ。

 そんな真似は絶対にできないとエミリィーは言ったが、両親も姉も諦める気はなかった。

 ランサム伯爵家の娘が落第したら大恥をかくことになる。それでもいいのかと父親に問われたので、

 

「大恥をかくのが嫌なら落第しないように勉強すればいいのではないですか?」

 

 とエミリィーがそう答えると、母親と姉から頬を叩かれた。そして言うことをきくと約束しないと屋敷から出さないと脅されたそうだ。

 しかし彼女はがんとして言うことをきかなかった。そのために彼女は学生寮に戻らず、すぐさま学院からティンデル侯爵家へ連絡が入った。

 すると王都の屋敷にいたティンデル侯爵がすぐさま、自ら妹の屋敷に乗り込んだ。

 

 地下室に閉じ込められていたエミリィーを見つけ出して、ことの詳細を聞いた侯爵は激怒した。

 そしてその場で実の妹一家に絶縁を言い渡し、二度とエミリィーに近付くな、今度同じことをしたら今度は訴えると通告したのだった。 

 読んで下さってありがとうございました!

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