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第二章 

 医療行為の内容は資料を参考にしていますが、あくまでも創作なので、その点ご理解下さい。


「本当は自然界の動物に手を貸してはいけないのでしょうけど……」

 

「ああ、マーシ様が昔よくそうおっしゃっていましたね」

  

 マーシとは僕の愛称だ。愛称と言ってもつけてくれた母が亡くなってからは、今では彼女達二人しかそれを知っている人はいない。

 

「でも雪の中で横になっているこの子を見た時、マーシ様を思い浮かべてしまったの。もう半年もベッドに横たわっているとお聞きしていたから……

 だから放っておけなくて」

 

 エミリィーが悲しげな顔でこう呟くのを聞いて驚いた。

 四年前に王立学園に入学するために王都へ出てから、僕は彼女には会っていない。

 もちろん僕は彼女と離れても、手紙で交流を続けるつもりでいた。しかし僕が二、三度手紙を送った後、彼女からの返事は届かなくなった。

 そして、たまに儀礼的なメッセージカードだけが届くだけになっていた。

 だからてっきり、彼女は僕との付き合いを迷惑に思っているのだと思い、連絡を取り合うのを止めたのだ。

 

 エミリィーは名門侯爵家のご令嬢だ。子供の頃ならいざ知らず、年頃になって変な噂が立っては困る。それで僕を避けるようになったのだろう。そう僕は理解した。

 

 それにその後、僕は知らぬ間に、会ったこともないご令嬢と婚約させられていたことがわかった。

 理不尽な真似をした父親が恨めしくて歯ぎしりしながらも、貴族なのだから政略結婚も仕方のないことなんだと、無理矢理にエミリィーのことは諦めようと思った。

 しかしどんなに頭でそう納得させようとしても、心の中の本当の思いまでは消せなかった……

 

 そんな経緯があったので、領地に戻ってきてからもエミリィーには連絡をとらなかった。

 大好きな森の中にも入らなかった。あそこはエミリィーとの思い出で一杯だ。

 それに僕は彼女のことを考える余裕もないほど、仕事に忙殺されていたのだ。

 

 それなのに彼女は一体いつどこで僕のことを知ったのだろう?

 周辺で噂にでもなっているのだろうか?

 

「それにしてもアネッサ様には呆れましたね。マーシ様の意識が戻らなくなってから、たった半年で婚約を破棄なさるなんて」

 

 エッ! 僕、婚約破棄されたの?

 まあ、一度もまともに喋ったことがなかったし、嫌われているのがわかっていたから、別に破棄されても構わないが……

 いや、むしろ嬉しいが……

 僕が驚いたのは、何故彼女達がそれを知ってるのかということだ。

 

「しかも今度はマーシ様の弟君と婚約だなんて、よくあの方達が了承されましたね。

 弟君は伯爵家の後添えの方の連れ子様でございましょう?

 跡継ぎにはなれませんでしょうに」

 

「リーズはマーシ様の弟であるライアン様を見たことがないからそう思うのよ。でも彼を一目見ればすぐにわかるわ」

 

 エミリィーがため息をつきながらこう言った。

 

 僕と義弟(実は腹違いの兄)のライアンは男子校である王立学園の生徒だ。そして()()()()のアネッサは女子校である王立学院の生徒だ。

 しかしエミリィーは侯爵家の領地で家庭教師から勉強を教わっている。成長するごとに大分丈夫にはなってたが、幼い頃から体が弱かったせいで、あまり領地から出ることはなかった。

 

 そんなエミリィーが、何故アネッサやライアンの顔を知っているのだろう。

 

 しかし彼女が弟のライアンのことを本当に知っているのなら、僕の元婚約者があっさりと、僕から弟(実は兄)に乗り替えた理由はわかるだろうな。

 

「ライアン様ってね、義父であるエンブリー伯爵様に瓜二つらしいの。似ているっていうレベルじゃないくらいに。

 それに伯爵はマーシ様を蔑ろにしていながら、妻の連れ子のライアン様を溺愛しているらしいからバレバレよ。

 これは社交界では有名な話なのよ」

 

「まあ! なんて恥知らずな。

 でもなおさらそんな男とよく婚約だなんて……」

 

「そのライアン様って金髪碧眼のそれは美しい方なのよ。背は高いし、物腰柔らかいし、まるで舞台上の王子様みたいなの。通りを歩けばどんな女の子でも見惚れるくらいの」

 

「なるほど。そう言えばアネッサ様は面食いでいらっしゃいましたね。それにダメンズ好き……ってことは……」

 

「そう。いいのは見かけだけ。遊び回っていて勉強もろくにしないから落第スレスレだし、女性関係はだらしないし。ろくな評判は聞かないわ」

 

「似た者同士ということですか。

 しかし、それはさすがにまずいのではないですか? 相手のエンブリー伯爵家だけでなくランサム伯爵家にも悪い影響が出るのではないですか? 

 何故ランサム伯爵様はそんな男との婚約を認めたのですかね」

 

「元々は私やティンデル侯爵家に対する嫌がらせみたいよ。

 私がマーシ様と親しくしているのを知って、わざと話を持ちかけたらしいわ。エンブリー伯爵家に援助するからって。

 でも、あの人のことだからマーシ様の弟を知ってからは、真面目なマーシ様ではなくて、弟の方が気に入ったらしくて。

 だから、マーシ様に会おうともしなかったらしいの。

 そしてマーシ様があのようになってしまったでしょう? すぐ様弟に乗り替えたのよ。

 それにあの親達は娘を溺愛していて周りがよく見えていないから、娘のいいなりよ。

 まあ、あの人達のことはもう私には関係ないのだけれど、マーシ様と婚約解消になったことだけは良かったと思うわ。

 私のせいでマーシ様は、あの人と無理矢理婚約をさせられてしまったのだから」

 

 ええ、ええ。婚約破棄されて本当に良かったです。

 この二年誠意を持って婚約者として手紙や贈り物をしても返事も令状も人任せ。定期の面会に伺おうとしてもドタキャンされて、まともに会ったこともなかった。

 そんな相手と結婚したくなかったから、本当に解消になって良かった。

 

 しかし自分のどこがそんなに気に入らないのか、何故嫌われるのか、さすがにそれは気になっていたんだ。

 だが、彼女がイケメン好きのダメンズ好きと聞いて納得した。そんな女性なら平凡顔で融通の利かない僕より、ライアンの方が確かにお似合いだ。

 

 僕の顔の作りは父親似なので、あの義弟ともよく見れば似ているのかも知れない。

 しかし色合いが母親に似て地味なのだ。黒い髪に薄茶色の瞳。その上幼い頃から眼鏡をかけている。まあ、眼鏡はなくてもそれほど不自由はしないのだが。

 

 それにしてもこんなにアネッサ嬢のことに詳しいなんて、もしかして彼女はエミリィーの親類か何かなのかな? しかも因縁の仲?

 

 パカッ、カリッ……

 パカッ、カリッ……

 パカッ、カリッ……

 

 僕は二人の会話を聞きながらも、籠に入れられていたどんぐりの実を、両手で持って固い皮を破って実を取り出してた。

 そしてそれをまず頬袋にどんどん詰め込みんでから、徐にムシャムシャと食べ続けた。

 下品だ。

 どんなに空腹だったとしても、人間だった頃は、こんなに口の中に食べ物を放り込んだことはない。

 しかし、今はシマリスの本能でこうせざるを得ない。

 それにエミリィーもリーズもにこやかに僕を見ているからまあいいか。

 

 そしておなか一杯になると、僕はウトウトしてきた。

 眠い、眠くなってきた。まだ、エミリィーのことを見ていたいのに。エミリィーに背中を撫でてもらいたいのに。

 しかし彼女は僕の教えに忠実で僕に触れてはくれない。あんなことを言わなければ良かったなぁ。

 

……エミリィー嬢、むやみに野生動物に触ってはいけないよ。ペットとは違うんだから。

 本当にかわいいと思うなら見るだけにして欲しい……

 

……はい、マーシ様、ごめんなさい……

 

 まだ幼かったとは言え、なんて生意気だったんだろう。少し人より多く本を読んでいたくらいで知ったかぶりをして。

 たまらなく恥ずかしい。

 でも、エミリィーは僕のそんな話をいつも楽しそうに聞いてくれていた。

 緑色の瞳をキラキラさせながら。その輝く瞳を見ているのが僕は好きだった……

 

 

 僕は籠の中に敷かれた枯れ葉のベッドに寝かされて、掛け布団用のやはり枯れ葉を、頭の上まで何枚も重ねられた。

 そして布団の周りには木の実がたくさん置かれた。

 

 その後、リーズによってそっと地下の食料庫へ運ばれた。扉が閉じられると、そこはまるで土の下に掘った僕の巣の中ようだった。

 間もなく僕は、再び深い眠りについたのだった。

 

 

 ◇◇

 

 

 そして僕の意識は、シマリスから再び本来の体の近くに飛んで行った。しかし、元の体の中に戻るわけじゃなく、その周辺をフワフワ浮遊していた。

 

 僕の病室には母方の祖父であるエレンフェスト前侯爵と、祖父の雇った弁護人、伯爵家の元主治医の三人が話をしていた。

 

 三人はコートに帽子、マフラー、手袋という防寒着を身に付け、それでもガタガタと震えながら会話をしていた。

 

「まさかエンブリー伯爵家の環境が最適だったとは思わなかったぞ」

 

「私もです。ライエル先生はそれをわかっていて我々に合わせて下さっていたのですね?」

 

「はい。しかしあれはたまたま運が良かっただけです。マーシェル様が今生きていらっしゃるのは奇跡ですよ。

 一歩間違っていればとっくに亡くなっていておかしくなかったのですから」

 

「しかし何故寒い部屋の方がいいのですか?」

 

「マーシェル様が倒れたのは夏だったんですよ。その後なかなか目を覚まされなかったので、ちょうど私が研究をしていた点滴で栄養と水分を補給していたのです」

 

「点滴とは何ですか?」

 

「全身を巡っている血管に栄養液を加え、体の中に水分と必要な栄養素を与える行為です。

 豚の膀胱の中に栄養液を入れて、その袋にガチョウの羽軸の片方を差し込み、その反対側を腕の静脈に打つのです」

 

「ほう。それは素晴らしい。先生がその点滴をして下さったのでマーシェルは生き延びられたんですな。ありがとう。感謝する」

 

「しかし、それを止めるタイミングがよくわかりましたね、ライエル先生……」

 

 弁護人のストークスにそう言われた医師ライエルは、眉間に深いしわを寄せた。

 

「わかったというより、秋の終わり頃に突然伯爵から往診をキャンセルされたんですよ。

 息子の意識は既に戻ったのでもう診察は必要ないと。しかも彼はとっくに王都の屋敷に帰ったと」

 

「なんだと!」

 

「それはおかしい。マーシェル様に会わせて欲しい、診察させて欲しいと何度も言いましたが門前払いされました。

 そしてそんなに診察代が欲しいのか? と保護者である伯爵に言われたのでもう引き下がるしかなくて」

 

「伯爵家の家計に火の車になり、高額な診察代が払えなくなったのでしょう。

 マーシェル様が倒れられて、執事のマックスさんだけでは領地経営が上手く行かなくなったのでしょう」

 

「それならばさっさと私に言えばマーシェルを迎えに行ったものを」

 

「侯爵様にマーシェル様の状態が明らかになって、資金援助が受けられなくなることを恐れたのでしょう。

 どうせすぐにわかることなのに往生際が悪い人ですよね。しかも引き延ばしをすればするほど状況は悪くなるというのに」

 

「そのくせ、私からの援助を打ち切られた時のことも視野に入れて、マーシェルとランサム伯爵家の娘との婚約を破棄して、自分の隠し子と再婚約させるとは、変なところに頭が回るがな。腹黒い奴だ」

 

「全くです。

 しかし、その伯爵令嬢もあの隠し子同様見かけ倒しで、尻軽で卒業も覚束ないくらいの頭の持ち主だそうですから、きっとお似合いでしょう。

 これで両家の将来も怪しくなりますね」

 

「確かにそうだな」

 

 侯爵はそう頷きながらも、話を軌道修正した。

 

「しかし、先生による点滴が無理矢理に止められてしまったのに、何故マーシェルが無事だったんだね?」

 

「点滴を止めて間もなくして、突然寒波がやって来たんですよ。覚えていらっしゃるでしょう? 

 しかし、伯爵は暖房代をけちったために、マーシェル様の部屋は急激に冷えてしまったのでしょう。

 それにより当然ながらマーシェル様の体温も急激に下がり、クマのように冬眠状態になったと思われます。

 つまり呼吸や心拍数が低下して、エネルギー消費量を極限まで減らした状態になったと言うことです」

 

「なんと! まるで奇跡のようだな!」

 

「まさしく奇跡です。真面目で努力家のマーシェル様だからこそこんな奇跡が起きたんですよ」

 


 いやいや。僕の行い程度で奇跡が起きるなら、あちらこちらで奇跡が起きてるでしょうよ。

 まあ、確かにありがたいことなので感謝していますが。

 声しか聞いていないお方に僕が感謝した時、近くの教会の鐘が鳴り響いた。

 

「年が明けましたな。

 先生、一体いつ孫は目が覚めるのでしょうかな?」

 

「はっきりとしたことは言えませんが、雪が溶け終わる頃でしょうか」

 

 エンブリー伯爵家の元主治医のライエル先生は、解雇されてもわざわざこの病院にまで、僕の様子を診に来てくれていた。本当にありがとうございます。

 

「つまり、三月の終わりか、四月上旬頃ということでしょうか……

 それではそれまでに、こちらは準備万端にしておきましょう。まあ既に、大分物的証拠や証人も揃ってきてはいますが」

 

「そちらはストークス先生にお任せしますよ」

 

「はい。任せて下さい、ライエル先生」

 

 弁護人が大きく胸を張りながら言った。

 

 やがて三人は出て行き、僕は真夜中の病室でただ一人になった。

 

 

 読んで下さってありがとうございました!

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