その3
社長室の中は、カレーの匂いが充満していた。
室内にある応対用のソファに5人のおじさんが座り、カレーライスを頬張っている。その横に、カレーの入った鍋と炊飯器、それにトッピング用の具材が並んでいた。護邸常務の秘書が、カレー皿を千秋に手渡す。
千秋は少量のご飯をよそい、カレーをかけ、素揚げしたパプリカをトッピングすると、案内された席に座り、いただきますと言うと食べ始める。
「意外と少食なんだね。パワフルなイメージだったから、もっと食べるかと思ったよ」
郷常務の言葉に、セクハラですよと千秋は心の中でこたえる。
「郷君は相変わらず女性に目が無いな」
「ステキな女性には、ですよ。早田専務」
甘いマスクのドン・ファンのような郷常務と、どこかの大学教授っぽい早田専務は仲が良いらしい。
そんなやり取りを尻目に、北斗常務はカレーライスをがっついている。この人は大鳥常務とは別のタイプの体育会系らしい。
中島社長は、食べながら資料に目を通している。かなり険しい顔だ、消化に悪そうだな。
「護邸くん、このデータは間違いないのかね」
「は、私も確認しましたが間違い無いようです」
「だいたい2千500万か、まったく2年近くもの間、経理は何をやっていたんだ」
やはりどうしても、そこに行き着くわよね。経理のコだけでなく、経理課長と部長にも責任が及ぶ話だもの、どうするつもりかな。
「とにかく会議が始まったら、この資料を出そう。大鳥くんを集中的に質問して、責任をとらせる方向でな」
カレーライスを食べ終わった皆が頷くと、口もとを拭いてそれぞれに会議室へ向かった。
「佐野くん、ちょっと」
秘書と一緒に後片付けをしていた千秋に、護邸常務が呼びつける。
「はい、何でしょう」
「今までの会話の流れで分かったと思うが、葉栗副社長達は、横領の罪を企画3課にして、その責任者たる私のダメージか、あわよくば失脚を狙っている」
「はい、そのように感じました」
「横領したのは企画3課長なのは確実だから、無傷ではすまない。しかし、向こうも経理の見落としというウィークポイントがあるから、我々はそこを責める。その事を覚えていてくれたまえ」
「はい」
それだけ言うと、護邸は会議室へ向かう。
どうやら利用されているらしく、私を追い出すのが目的だと思ったけど、その事を利用して社長派にダメージを与えるのが目的らしいと千秋は気づく。
「となると、葉栗副社長派が敵で、今は社長派に味方するしかないか」
社長派だって、信用できるかどうか分からない。だがとりあえず今をしのごうと千秋も会議室へ向かった。




