その4
「土曜日はマフラーをありがとうございました。なかなかなセンスですね」
「あ、ああ、そうかね」
そんなことより何がどうなっているんだと、訊きたいんだろうな。それに会議まであと1時間も無い、そっちも気が気じゃないだろうし。
一礼して下がると、自分の席に行き、荷物を置いてから一色達にも朝の挨拶をする。
一色は今日はじめて会ったような顔をして返事をし、塚本は相変わらず無言でぺこりと頭を下げただけだった。
千秋はとりあえず、日常業務である他の課のデータをまとめをはじめる。
10時半に内線が鳴った。
呼び出されるにはまだ早い、まさか早まったかと緊張が企画3課全員にはしった。
一色が受話器をとり、応答をはじめる。二三やり取りすると、一色は千秋に話しかける。
「外線で森友財団からです。コンペの時間を変えたいと」
「はあ?」
通話を千秋のデスクの内線に移し、電話を代わる。
「お電話代わりました、佐野です。コンペの時間を変えたいとか」
「おはようございます、森友の芝原です」
この声は、いちばん若手のコだな。つまりジュンキンのコか。
「実は少々手違いがありまして、コンペの開始時間を13時から15時に変更になります」
「わかりました。差し支えなければ変更の理由をお教え願えませんか」
「ええ~っと、その……」
なにかハッキリしない返答に、千秋はピンと来るものがあり、かまをかけてみた。
「もしかして、群春さんからの申し出ですか」
「はあ、まあ、その……」
やっぱり。千秋は少しムッとした。
「森友さんが決めたことですから従いますが、こちらとしては13時からと予定していたので、群春さんだけ便宜をはかられるのは不公平だと思いますが」
「そうですね、申し訳ありません」
「謝るという事は貴方が決めたのですか」
「いえ、僕にはそんな権利はありません」
「そうですか? ジュンキンなんでしょ」
「ジュンキン?」
芝原は少しの沈黙のあと、意味が分かったような声で返事をする。
「ああ、ジュンキンナリキンのジュンキンの事ですね。よく知ってますね」
「私、壱ノ宮に住んでいるので」
「なるほど。社内では[生糸][撚糸]って言ってますよ」
「じゃあ、キイトなんですね」
「そういう事になりますかね。でも今回は僕は関係無いですよ。課長に直接連絡があったんです」
千秋はピンと来た。
出来レースの相手は森友の課長に違いないと。




