その5
戦後すぐくらいからの付き合いだから、もう何十年にもなるんだな。財団の社長は誰なんだろう、まさかまだ創業者ではあるまい。
「いやいやいや、そんな事はどうでもいいんだ」
千秋は湯をすくい、顔をバシャバシャと洗う。
キジマの言うことは本当かどうかから整理しよう。月曜のコンペはどんな流れだっけ。たしか互いの条件をまとめた書類を財団側に提出して審査してもらった。
財団側担当は3人で、年配の課長さんと担当の係長さん、私と同じくらいの歳っぽかったな、あと1人は若手社員さんだったかな、一色君と同じくらいにみえたな。
それで目の前で双方の条件を比較してもらい、群春物産に決まったんだ。だけど私が待ったをかけて、再コンペになったんだ。
「あの時誰が何を言った、思い出せ」
たしかまず課長さんが群春物産にしますと言い、私が待ってくださいと言って、商品の品質をアピールして、それに対してキジマが価格の安さをアピールしたんだ。
それで、課長さんが戸惑っていると、若手社員さんが係長さんに耳打ちして、係長さんが課長さんにやり直し提案をして、差し戻しになったんだっけ、たしか。
「ん?」
おかしいぞ、なんかまるで若手社員の意見で変わったみたい。いくらなんでもそんな事は無いだろう、下の意見を汲んでも、決定は上がするものだ。
「という事は、課長さんが自分で決めて差し戻したという事かな。だとすると出来レースは課長さんは知らない事になるのかな」
考え込んだ千秋はだんだん湯船に沈んでいくのに気づかない。
「そもそも出来レースは有ったか無かったかから考えてみよう」
キジマの言葉からすると、有ったとみるべきだろう。差し戻したという現実からすると、会社対会社、つまり森友財団と群春物産の出来レースではない。一段階下がって部署対部署でも無いだろう。
「となると個人対個人になるな。それだと知っている人と知らない人がいるのが説明できる」
群春側はキジマだろう、となると森友側は誰かというのが問題となるわね。
「誰だろう……」
途端、千秋はむせた。
「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ、」
千秋の騒ぎに、祖母が慌ててやって来た。
「どうしたの、何があったの」
「な、ゲホッ、なんで、ゲホッ、もな、ゲホッ、いよ、ゲホッ」
いつの間にか鼻まで沈んでいたのに気がつかず、息を吸った為にむせてしまったのだ。




