オニさんこちら
会場に戻ると、なにやらもめている一角がある。なんだろうと覗いてみると、課長がスタッフに問い詰められていた。
今度は何やらかしたんだと思いながら近づき、スタッフに尋ねると、ずっと女性用の控室を見続けていたので、他の女性客から指摘があり理由を訊いていたところだと言う。
千秋は課長に話を訊く。
「いやそのどうにも居心地が悪くて、はやく君が出てこないかなと見ていたんだ」
そう、ばつ悪げに話した。
千秋は、用がすんだのでもう帰る事にしたと課長とスタッフに言うと、主催者に挨拶してから帰るので、出入口で待っているように伝えた。
スタッフに連れられて出入口に向かう課長を見送ると、千秋は七事院長のもとに向かい今日の失礼を詫びる。
「一昨日話してた上司が彼のようだね」
七事が笑いながらこたえると、さっさと昇進してしまいなさい、と言ってくれた。
挨拶をすまし、クロークに向かい今日のドレスの上に羽織ってきた春コートを受け取り、袖をとおす。
ロビーを見渡すと、課長がソファに座っているのが目に入った。
背中合わせにあるソファの方には2人座っており、背中越しに何やらか話している。おそらくキジマの仲間達だろう。千秋は課長のところに近寄る。
「課長、本日はお疲れ様でした。私はこれで失礼をします」
会話に夢中になっていた3人は、ビクッとしてそのまま固まる。課長が慌ててぎこちなく千秋の顔を見る。
「あ、お、え、お、ご、ご苦労さん」
千秋は一礼すると、ホテルの外に向かった。
「待ちたまえ、佐野君」
外に出て、駅に向かいかけたところに課長が追いかけてきた。手には何か入った紙袋をさげている。
「3月の終わりとはいえ、まだまだ寒い。これを使いたまえ」
たしかにまだ寒い。渡された紙袋の中身はマフラーであった。なんでもない時ならば、珍しく気が利くなと好感度アップな出来事なのだが、場合が場合だけに、何かあるかなと勘ぐってしまう。
それよりも何よりも、マフラーのデザインが……。
「あの、課長。マフラーはありがたいのですが、ナゼこのような蛍光色で7色のモノを選んだのでしょうか」
「え、なにかおかしいかね」
「……」
やめよう、これ以上メンタルを削りたくない。黙って袋にしまい、お礼を言うことにした。
「帰りに巻いていくといい、特に寂しいところに行ったときは防犯になるから」
「……ありがとうございます」
はやくこの場を離れよう、でなければ、突っ込みを通り越してダメ出しを2時間、説教を3時間くらいしたくなる。
千秋は足早にその場を去った。




