その2
千秋はちらりと一色を見る、それを受けて水を向ける。
「パーティーの最中に契約を結ぶんですか」
「握手まではするだろうけど、書類上の契約は翌日の日曜になると思うわ。向こうは休日関係なしで仕事しているからね、私から出向くわ」
「じゃあ明日の夜はお疲れでしょうから、パーティー会場のホテルで部屋をとったら如何ですか」
課長が、ぎょっとする。
「それもいいけど、やっぱり家の方がいいわ。ちゃんと帰って休むことにする」
枕営業を疑われずにすみますものね、という言葉を一色は言いかけたが、会話の流れが壊れるのでやめて話を続ける。
「大丈夫ですか、地元までは電車でしょうけど、駅からはタクシー使って帰って下さいね」
「それも考えたけどね、週末だから混むかも知れないから、友達に送ってもらうの頼んであるわ」
「さすが、段取りが早いですね」
「駅の近くにね、イナリ公園っていうところがあるんだけど、そこの近所に住んでるの。持つべきものは友達よね」
「あまり友達に迷惑かけない方が良いかと」
「今回だけよ」
話し終わると千秋は課長に向く。
「ですので課長、残念ながら私の身体には何千万もの価値はありませんので、取り引きで私の価値を出したいと思います」
それだけ言うと、ぺこりと頭を下げた。
何も言い返せない課長は、ご苦労とだけ言うと、帰って行った。その後ろ姿は負け戦の帰りのように丸い背をしていた。
「うまくいきますかね」
「引っ掛かってくれないと、こっちも困るわ」
塚本が帰った後、打ち合わせ中にアプリが反応したので、キジマとのやり取りを聴いていた。
ノブが上手くやってくれたらしい、キジマから、千秋を土曜の夜イナリ公園に誘き寄せろ、やり方は任せると課長への命令があった。
「これ聞いたとき、課長は困ったでしょうね」
「私の家、あさっての方向だものね。よく行くジムも反対方向だし」
正直、千秋も困った事案だった。蛍がその後の流れからすると、ここがベストというのだが、そこに連れていく理由がない。互いに色々考えたが、結局こちらから誘き出すように誘導するしかないという結論になったのだ。
スマホが震えた、千秋達は再び、やり取りを聴く。
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よろこんでください、イナリ公園に誘き寄せるのに成功しました
ほう、よくやったじゃないか どうやったんだ
ええと
なんだ、どうした
タ、タクシーです 仕事終わりに疲れいるだろうからタクシーを呼んでおいてやるからそれで帰れと、イナリ公園に呼んであるからと言いました いや、命令しました
ふん、まあいい あとお前がやるのはプレゼンの妨害だ 絶対オーケーは出すなよ
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