その3
フロアの時計は、あと3分で午後5時になろうとしていた。
企画3課の面々は、全員自分の席に座り仕事をしている。その姿はこの一週間見かけない光景だった。
普段の業務はすでに塚本によって終わっているのだが、何もしていないと塚本だけが仕事をしているように見えて、課長に怪しまれる。カムフラージュの為に、千秋と一色は塚本の終わった仕事をチェックして仕事中のふりをしていた。
その課長はちょっと前に席を外していた、たぶんキジマに呼び出されたのだろう。
午後5時5分、塚本の手が止まった。
塚本は一色の方を見て、こくんと頷く。
「終わったの」
塚本はまた頷く。
「チーフ、業務完了しました」
「そう、送るやつは送って。プリントするやつはプリントしてね」
他の課員の手前、努めて平静に返事をしたが、内心舌を巻いていた。
残業するって言ったから1時間くらいをみていたのに、たった5分なんてと。
通常業務分を他の課に渡すと、一色の背後に隠れるように立ちながら塚本が近寄ってきた。
「どうしたの塚本さん」
塚本が一色の袖をちょんちょんと引っ張る。
「頑張ってください、だそうです」
また袖を引っ張る。
「気をつけてくださいね、それとありがとう、だそうです」
まるで腹話術師と人形のようなやり取りに千秋は苦笑した。
「ありがとう、あとは任せて。塚本さんの頑張り無駄にしないからね」
塚本は真っ赤になり会釈して、その場を離れていった。
出来上がった資料をぱらぱらと見ながら千秋はため息をついた。
「本当に時間内に作っちゃうんだもんなぁ、すごいコ」
「僕なんか、彼女が残業するっていう方にため息が出ますけどね」
「5分だけじゃない」
千秋は簡単に言うが、一色からすれば信じられない出来事だったのだ。
なぜなら、入社以来、塚本は残業をしたことがない。どんなに忙しくても時間内に当日業務を終わらせる。それがたとえ決算期であっても。
しかし仕事はひとりでするものではない。彼女がいくら早くても、時間ぎりぎりにやってくる領収書や決算書類はさすがに出来ない。
それらを拒否して黙って帰るので、経理課での存在が浮いてしまったのだ。
企画3課に移動してもそのスタイルは変えなかったのに、たった5分とはいえ自発的に残業をした。一色が驚くのも無理はなかった。




