死刑台の常務室
3人はとりあえず通常業務をこなしていると、10時過ぎに課長が出社してきた。ノブの言ったとおりだなと千秋は思った。
足どり重く猫背で、スーツもなんだかパリッとしていない。茶色のスーツがくすんで焦げ茶色に見える。そんなスーツとは対象的に顔面は血の気が無く、白っぽいというか蒼白といっていい。
無言で自分の席に着くと、机に両腕をのせ、うつむく姿勢になり、そのまま動かない。まるで全身ですべての世界を拒絶している様だった。
そっちがその気でもこっちは用があるのよと言わんばかりに、千秋が立ち上がり課長の前に行く。
「おはようございます課長、体調は如何ですか」
千秋の言葉にビクッとしながら顔をあげる。その顔は怯えに満ちていた。
こんな小心者が横領なんてだいそれたこと、何でやれたのだろう、不思議に思う千秋であった。
「お、おはよう、体調は特に何ともないよ」
「そうですか、昨日は早退けしたので心配していました」
「あ、ああ、そうだったね。急に気分が悪くなってね、家でゆっくり休んだら治ったよ」
普通の会話なのに、ひと言ひと言にびくびくする。課長からすれば、皮肉に聞こえてしまうのだろう。
「コンペの件ですが……」
「失礼します、サトウ企画3課長、佐野主任。護邸常務がお呼びです」
千秋が振り返ると、そこには護邸常務の秘書が立っていた。
つくづく思うのだが、なぜ内線を使わないんだろう。前回もわざわざやって来て、領収書の事を話すから課長に知られてしまったのに。
千秋は目線を課長に戻すと、まるで死刑宣告を受けたような顔で秘書を見ていた。
行く道が面倒だった。秘書がつかつかと進むにたいして、まるで後ずさりしているかのように歩みが遅い課長。千秋は立場上、課長の後を歩かねばならないから、秘書と2人の距離がどんどんひらく。
だから時々、秘書は足を止め2人を待つことになる。
それが3度目の時、たまりかねたようにキツく言われる。
「佐野主任、課長をもっと早く進めてください」
「わ、私ですか」
あんた以外誰がやるのよ、と目で脅される。
仕方なく千秋は課長の腰あたりを押して、歩みを進める。そしてようやく常務の部屋に着いた。
「遅かったな」
「申し訳ありません」
課長のせいです。とは言えないので、秘書と千秋はじろりと課長を見つめる。
秘書が一礼して部屋を出ていくと、護邸常務は話しを始める。
「サトウ課長、昨日は早退けしたらしいが、体調の方は大丈夫かね」
「は、はい。少し気分が悪かったので念のため早退けしましたが、もう大丈夫です」
おどおど返事するその姿は、とてもそうとは見えないなと千秋は思った。




