それぞれの悩みごと
塚本はしばらく無言のまま立っていると、スマホを見せる。
[今日は帰ります、お疲れ様でした]
と言う(?)と、ペコリと頭を下げて部屋を出ていった。
(言うタイミングを間違えたかなあ)
せっかく郷が上げてくれたテンションを、またも下げることになってしまった。
千秋も帰ろうと思ったが、資料室の鍵をどうしようかと迷った。そこにノックをしてドアの開く音がした。
「失礼します。こちらはもう帰られますか」
ビル管理の警備員であった。
渡りに船と千秋は事情を話すと、それなら預かっておきますと返事をくれたので、名前を確認して渡すと、一色にその事をメールして帰ることにした。
一色からの了解メールが来たのは、千秋が壱ノ宮に帰ってからであった。
その日の深夜、とあるマンションに住む女のところに訪問者がいた。
「なによこんな時間に。もう寝るところだったんだけど」
「つれないなぁ。今夜泊めてほしいんだ」
「イヤよ、あたしが独りが好きなの知ってるでしょ、帰って」
「そんな事言わずにさ、今日は独りで寝たくないんだよ」
「イヤって言ってるでしょ」
「頼むからさ」
女はため息をつくと、目立ちたくないからと言って部屋に入れた。
勝手知ったるとばかりにキッチンに行き、お茶を淹れる用意をする訪問者を見ながら女は声をかける。
「で、またフラれたの、テンマ」
「よくわかったね」
「テンマが泊まりに来たがるのって、恋が終わった時ばかりじゃないの」
「そういうのばかりじゃないよ」
ティーバッグの緑茶を淹れるとキッチンテーブルに持ってきて、女の前に置くと自分も対面の席に着く。
「AA先生は、恋じゃない恋ってしたことあるかい」
ダブルエーこと青木川アリスはお茶を飲みながら怪訝な顔をする。
「ああ、なんか言ってたわね。主任に萌えた感情があるって。それのこと」
一色が頷くと、AAは吐き捨てるように言う。
「お子ちゃまめ」
「お子ちゃまは無いだろう」
「お子ちゃまだからお子ちゃまだって言ってんの。テンマのその状態は、感情の分類ができなくて情緒不安定になる思春期の前の小学生低学年くらいのやつよ。テンマは他人の気持ちは理解するのに、なんで自分のはできないのよ」
「だって、こんな気持ちになるの初めてなんだもん」
口調まで子供のようになる一色であった。




