その7
その位ならどこにでもいそうな感じがするけど、珍しいのかな、その辺りはわからないけど。千秋がそう思っていると、地下鉄入り口に着いた。
「あとはまあ昼間の往来で話したくないので、一色さんに訊いてください。では失礼します」
芝原は会釈をすると、そそくさと帰っていった。昨日あれほど会いたがっていたのに、随分な変わりようだ。口止めをしたからなのか、今の話題を避けたかったからなのか。千秋には分からなかったが、ここでぼぉっとしていてもしょうがないから、会社に戻ることにした。
帰社すると、受付の女の子が立ち上がり、佐野主任お帰りなさいませと礼をしたので、千秋は吃驚した。
「ぶ、いえ、佐野主任、護邸常務が戻り次第部屋に来るようにと伝言を預かってます」
「わかりました、すぐ行きます」
「それと……、昇進おめでとうございます」
そう言うと受付嬢は深々と頭を下げた。それを見て千秋が驚くと、別の受付嬢ご社員用の掲示板を指し示した。
そこには人事異動の追加が張り出してあった。
追加人事
佐野千秋、企画3課主任→調査資料部部長
一色天馬、企画3課→調査課
塚本穂積、企画3課→資料課
ああそれでかと千秋は納得した。エクセリオン日本では、来客と部門長以上には立ち上がって挨拶をするからである。
千秋は御礼を言うと、護邸のところへと向かった。
「来たか、例の約束果たしたぞ」
入室した途端、護邸がにこやかに話し始めた。
ここ二三日の護邸は人が変わったように明るくみえる。いつもは無口で鋭い目つきの表情なのに、口元が緩む表情をよくみる。たぶんひと山越えたせいだろうと、千秋はそう思った。
「臨時会議がちょっと前にあってな、予定通りの人事を通せた。これで君は来年度から部長だ」
「ありがとうございます」
「ん、どうした。もっと喜べばいいだろう。嬉しくなさそうだな」
「あ、いえ、そんなことはありません。まだ実感がなくて」
「そうか、そうだろうな。私もそうだったな、はじめて部長にと打診された時は実感なかったもんだ」
本当はただ興味が無いだけだった。千秋はもともと出世欲は無い、ただ身を守る為だけの行為の副産物で出世しただけなのだ。護邸ほどの喜びはなかった。
「それで私は、この後どうすればいいんでしょうか」
「急に決まったことだから、まだ何もだな。さしあたって私物をまとめておいてくれ、いつでも動けるように。それを部下達に伝えておいてくれ。企画課の課長達にはもう連絡済みだ」




