その6
でも口止め料がランチなんてなぁ。まあ豪華で美味しいのは認めるけど、なめられているのかな。
千秋が少々不快に思い始める中、芝原は言葉を続ける。
「本来なら社外の人に話す必要無いんですが、佐野さんには当事者なので説明する必要があると思って話しました。口止め料として食事だけと思われるかもしれませんが、リベートの問題の直後です、金銭をお渡しするのはちょっとね」
心を読まれたかと慌てたが、平静を装い軽く頷く。
食事を終え、カプチーノを飲みながら話を続ける。
「佐野さんならもう察しがついているかも知れませんが、真の口止め料はなんというか共犯関係みたいな関係です。今回の事で我々は共に群春の被害者みたいな立場になりましたから、妙な仲間意識と共に弱味を互いに知りましたからね。いい意味でズブズブの関係になれた事です」
「なるほど、理解しました」
(とはいえ互いに異動となるから、この関係が生きてくるのはいつの事やらね。それにそれなら一色君にも食べさせたかったな、芝原さんも会いたがってたみたいだし……)
「そういえば芝原さん、青木川アリスってなんですか」
芝原がカプチーノのカップをがちゃんと鳴らして、わかりやすく動揺する。
「さ、佐野さん、そういうのはこういう場所では控えてください、佐野さんは知らないんですか」
月曜の様子と今の動揺からすると、少々やましいものらしいのはわかった。千秋は知らないというと、芝原は店を出ましょうとうながす。
「さっきは焦りましたよ、少し離れたテーブルに知り合いを見かけましたから、聞かれてないかと冷や冷やしました」
「ごめんなさい、そういう類いなものとは知らなかったので」
「本当に知らなかったんですか」
「あれに関しては一色に任せていましたので。よかったら教えてくれませんか」
芝原はどう言えばいいのか言い淀んでいたが、駅まで一緒に行きましょうと言うと、歩きながら話し始めた。
「青木川アリス、通称ダブルエー、正体不明のアマチュアの作家さんです。ジャンルはいわゆる官能ものなんですが、作品だけが世に出回っていて、誰も彼女を見たものはいないんです」
「彼女というと、女性なんですか」
「おそらくは。というのも彼女の作品の特徴のひとつに、自撮りと思われる作品に合わせたコスプレのイメージ画像が付いているんです。顔ははっきりと分かりませんが、スタイルからして女性ではないかとファンの間では噂されています」




