その4
2人がお互いの名前(それも姓のみ)を知るのにじつにひと月かかった。
互いに心の傷を持つもの同士ゆえに自分の事を話したくなかったし、また相手の訊いて欲しくない空気を何となく感じたのだろう。だからこそ離れずに側にいたのかもしれない。
この妙な関係は知らず知らず互いの心の傷を癒していき、サトウとスズキは少しづつ笑顔が増え、笑い声がでるようになっていた。
ある日の事だった。
スズキが暗い顔をして公園にやって来た、サトウはどうしたのか訊ねると、後輩の女の子がリストラ課に異動になったという。サトウはドキリとした。
言える範囲で詳しく教えてほしいとサトウが言うと、スズキはぽつぽつと話し始めた。
今年入社したそのコは優秀なのだが、定時に出社退社して、人見知りなのか殆んど喋らない。なので部署の人間関係から浮いてしまっていたらしい。
スズキはその態度に親近感を感じていたので、なにかと世話をやいたのだが、決算期も定時退社した事が決定打となり、リストラ課に異動となったそうだ。
サトウは2人の社員が企画3課にくる話をきいていたので、スズキにそのコの名前を訊いてみた。塚本穂積と言われたとき、スズキがエクセリオンの経理部の人間だとはじめて知ったのだった。
いずれバレると感じたサトウは、この時はじめてスズキに立場を明かし、自分の今までの経緯を話した。
スズキは驚いたが、それならと塚本をクビにしないでと懇願する。サトウはどうしていいか分からずに、返事をせずにその場をあとにした。
その後、公園にはいかなくなった。
サトウの元に2人配属された。営業部から一色天馬、経理部から塚本穂積である。
サトウは迷った。どうしていいか、どうしたいのか。
やがてサトウは行動に出る。護邸常務のもとに行き、1課と2課の仕事を手伝いたいと申し出た。
護邸は驚いたが、サトウの真剣な言葉と態度に何かを感じたようで、両課長に命じ雑務でいいから3課に仕事をまわすように命じた。
量は多いが簡単なデータ整理の仕事がやってくる。それを塚本はあっという間に片付けた。その仕事っぷりにサトウ自身驚いたが、それを盾に護邸に塚本のリストラを止めることに成功した。
ちなみに一色がリストラされなかったのは、サトウでは出来なかった塚本とのコミュニケーションを、あっさりとやってサトウとの橋渡しをしたからである。
サトウは久しぶりに公園に行くと、スズキが待っていた。
この日からスズキは2人分のお弁当を作り、公園へ行くのを楽しみにするようになる。




