第四章 捜索開始
薫とシャクシャクはサンタクロース協会総本部を後にし、駅直通の通路を歩いていた。
「これからどこに向かうの?」
「氷山駅だ。あそこは氷山市の中心だからな」
「真ん中からトナカイを探すってこと?」
「間違ってはいないが少し違う。ライト法だよ。ライトマップという技を使用して頭の中で見えない光を浴びた場所を確認することができるんだ」
「すごい、それならすぐに見つかるね。あれ、でも他のトナカイとどう区別すればいいの?」
「そうだな……いい機会だから最初から教えてあげよう。薫よ、サンタクロースはどうしてトナカイを使用するかわかるかい?」
「ええと、知っているよ。前に調べたからね。たしかサンタクロースは寒い地域に住んでいて、移動にはソリが必須で、ソリを引くのにトナカイが相応しいからだったかな」
シャクシャクは勝ち誇ったような笑い方をした。
「正解を教えよう。トナカイはな、ライト法の共存が動物の中でもっとも優れているのだ」
「ライト法の共存?」
「ライトコールという技がある。それはわかりやすく言うと携帯電話がなくとも連絡を取り合うことができる」
「それとさっきの話とどう関係あるの?」
「ライトコールはな、動物にも使うことができるんだ。しかも動物の言葉が頭の中に伝わる。と言っても、ほとんどの動物にはライトコールは通用しない。これは単なる得意不得意の問題だ。動物の中でトナカイと呼ばれる鹿が最もライトコールによる意思疎通が図れる。だからサンタクロースはトナカイを使用しているのだ」
「なるほど」
「だからこれから捕獲した後は、ライトコールで依頼主のトナカイであるか聞き出すのだ」
「動物とお喋りなんて凄いね」
「そうか?森や洞窟にいる生物は人語を話す者がおるだろう」
「お爺ちゃん、アイブにはそんな生物はいないよ」
「あぁ、そうだったな。そうだったな。私はまたしても薫と視点がずれていたようだ」
「ついでに言っておくけど、アイブではライト法を使用できるサンタはいないから、さっきの理由はホイプトの協会に限ったことじゃないのかな?」
「電車に乗るぞ!」
お爺ちゃんはあからさまに話を逸らしていた。
サンタクロース協会総本部前駅から氷山駅まで片道十分もかからなかった。氷山駅の前にはスケートリンクが張られていて、クリスマスのせいかカップルや家族連れがたくさん滑っていた。
シャクシャクは駅とスケートリンクのちょうど真ん中まで来ると、ピタリと止まって目を閉じ、ライトマップをした。
シャクシャクのみに見える光は足元から広範囲に渡って広がりをみせ、徐々にシャクシャクの脳裏に全体図が確認できるようになった。
「手を肩に」
薫は言われたとおりにして目を閉じると、薫にもシャクシャクが見ているものと同じ光景が見えるようになった。二人が見えているものは、人と人が交差して渡り歩いている光景である。
「駄目だ、人が多すぎる。クリスマスだしな。わかってはいたが一応試してみた」
「一か所ずつ探すしかないのかな?」
「だな。魔法が使えたら探索が簡単だったのだが」
「簡単?」
「魔法はライト法と違い負担がほとんどない。ライト法は体から発するものだから魔法より負担が大きいのだ」
「トナカイの捜索の時だけでも魔塊を返してもらえないの?」
「それじゃあ罰にならんだろう。まあライト法が奪われるということはないから。ライト法に頼るしかないな」
「じゃあこういうのはどう?魔法使いに頼んでトナカイの場所を探してもらうっていのは?ほらポポとかさ」
「クリスマスだから皆予定があるだろう。協会にも魔法使いは何人かいるが別世界でお仕事している。それにそこまで他人に迷惑かけたくない。まっ、期限がある訳じゃないからゆっくり旅をしながら探すとしようじゃないか」
「わかった。僕ようやくお爺ちゃんのことがわかった気がするよ。次郎おじさんが、お爺ちゃんが携帯電話を持たないことに疑問を抱いていたけど、お爺ちゃんは世界のあちこちに行くことができてライト法が使える。だからアイブでのみ使用できる携帯電話は不便でならない。そういうことだね?」
シャクシャクは高笑いした。
「正解だよ。別世界のほとんどは手紙でのやり取りがほとんどだから、ただ持っているだけじゃお金がもったいない。ちょうどライトコールが来た。ちょっとすまない」
お爺ちゃんはまるで自分の世界に入り込んだかのようにその場で集中しだした。
(もしもし、シャクシャクだが)
(ディスラマイだ。トナカイ捜索にあたって依頼主の家政婦から直接アドバイスがしたいと連絡があった。そっちに行くということだそうだからその場で待機してくれ)
(了解だ。家政婦の特徴を教えてくれ)
僕は無言でお爺ちゃんのライトコールが終わるのを待った。後からわかったことだが、ライトコールもライトマップのように使用者に触れると、使用者の会話が聞けるようだ。
ライトコールが終わると詳細を聞いた。この場に妖精が来るようだ。
目の前のスケートリンクで楽しく滑る姿を見ながら十五分ほど待つと、ティアラと緑のドレスが似合う小さな妖精の女の子がやって来た。
「はーい、私はカンノ。ハットの家政婦ね。あんたが家のトナカイ探してくれるっていうシャクシャクだね。そちらさんは?」
「薫です。杉並薫」
「あんたも家のトナカイ達を探してくれるのかい?」
「うん、そうだよ」
「それは助かるよ。捜索は一人って聞いた時はムカついて協会に火を付けてやろうと思ったよ」
この妖精は、明るめな性格なのに恐ろしいことを平気でいうんだな。
「時間が惜しい。さっそくトナカイについて教えてくれ」
「じゃあ豆乳ラテおごりで‼」
カンノが指し示す方角は氷山市のカフェ「ROUTOR」だった。三人は店の中に入って話すことにした。カンノは温かい豆乳ラテで、薫とシャクシャクは温かい蜂蜜入りのラテを注文した。カンノは小さな体でストローを使って思い切り啜った。
「さて、さっそく本題に入るか」
「その前に一つ教えてくれ。なぜ依頼主自ら来ないのだ?」
「ご主人はとても困惑している。だから私が来たの。私の方がまだ冷静でいられる」
「なるほどな」
「家のトナカイ、つまりあんた達が探すトナカイは別世界のロセンクから来たトナカイだ」
「それは上司から既に聞いておる。ホイプトのトナカイではないからこそ希少なため捜索するように言われた」
「そう、そこまでがご主人が協会に報告したことだ。だが今から私が話すことは協会に離してないことだ。家のトナカイはな、魔法動物なのだよ」
「魔法動物?」
「言葉通り魔法の使える動物のことだよ。どの世界でも希少とされている」
「それを言うためにわざわざ来たのか?そんなことは協会に報告しとけば私の耳に入ることだろう」
「そんな報告すればすぐに協会が重要視しだしてブラックサンタクロースの目の敵だろ。それを避けたいんだ。奴らの大抵の目的は魔法使いや妖怪にトナカイを高値で売りつけること。特に魔法動物はどの世界でも高値で売買できる。魔法使いは下部として扱う。妖怪は特殊な味覚を持っていて特に魔法動物は美味だというじゃないか」
「だから私達にこっそりと伝えに来たというのか。言い分はわかるが……まあ、わかった。どのみち私達が捜すことには変わらない。このことは秘密にしておく。しかし、このことを言わなければ気付かれずに済んだのではないのか?なぜわざわざ伝えに来たのだ?」
「本当にわかってないね。催促させるためだよ。協会は別世界から来た外来種だから一刻を争う事態と考えてすぐに行動してくれる。だが実際は違う」
「違うと言うと?」
「捜索はあくまで聞き込みと探索を数日するだけだ。過去にあった近隣のトナカイ捜索がそうだった。たしかに一刻を争う事態と言っておきながら別世界のトナカイが害を与えた事例は少ない。それよりも危険な生物は山ほどいる。だからと言ってサンタクロース協会以外の組織、例えば、動物捜索団体などに依頼しても、奴らは数多くの動物を相手する故に、トナカイの捜索依頼を出しても緊急性が低いと見なされて捜索を後回しにされてしまう。そもそもトナカイのことなんて気にかけてくれない。トナカイは言わばサンタ協会の管轄のようなものだ。だから仕方なく捜索する者に催促しに来たということだ」
この妖精は随分と上からものを言うな。
「なるほどな。たしかに協会のやり方はそうだ。それにトナカイの捜索となればサンタクロース協会以外に頼むのはご法度だ。一つ今までの前例と違う部分がある。それは私が懲戒停止を受けていて、仕事の合間にやるようなぬるい捜索ではないということだ。私達は数日掛けて一日中探すつもりだ」
「それは助かるね。あんた魔法は使えるの?」
「魔魂を取られた」
「まぁ使えても意味がないけどね」
「どういうこと?」
「魔法の力で動物を転送させたり場所を特定したりするなら簡単よ。だけど魔法動物は違う。魔法動物はそれらをはじき返してしまう。だからいくら魔法を使っても捜せないよ」
「なんで妖精のあなたが知っているの?」
「それぐらい知っているさ。妖精だって魔法は使えるさ。君、もしかして別世界の非加入世界の者?」
まさか言動だけでバレてしまうとは。
「もっと便利な魔法とかないの?」
「知識のないあなたにわかりやすく教えてあげる。魔法にもできることとできないことがあるのよ。まったく魔法の使えない人の妄想には困ったものね」
薫は困り果ててしまった。
「話は終わりだな。私達はトナカイ捜索に向かう」
「待てよ。これで最後だ。あんたらもただ無作為に探すのも大変だろ」
「他に方法があるとでも?」
「方法はわからないよ。やり方はあんたらに任せるよ。捜索に役立つアイテムをあげるよ」
カンノが手をくるりと回転させると瓶が出てきた。
「なにこれ……香水?」
「ラベンダーの香水だ。家のトナカイはラベンダーの香りが大好きでね。体に掛けて探すといいさ」
こんなんで探せたら苦労しないよ。
「いいこと聞いたぞ。魔法動物のトナカイか」
テーブルの後ろで盗み聞きした魔法使いの男はニヤリと笑った。
「支払わないの?」
薫はシャクシャクに言った
「決済は終わった。ライトマネーと言ってな、こうやってレジの所に手をかざすんだ」
「まっ、頑張ってくれ。期待はしているから」
カンノはそう言い残して離れていった。
「私達も行こう」
ラベンダーの香水を掛けて再び移動した。
「ねぇ、お爺ちゃん。カンノが言っていた『魔法使いにもできることとできないことがある』って言っていたけど、具体的に何ができて何ができないの?」
「そうだな……まず魔法使いは少なからず神ではない。もっとも神ですらできないことがある」
「会ったことあるの?」
「もちろんあるぞ。サンタクロースは神にとって下部のようなものだからな。たしかに魔法使いはサンタクロースと比べて可能な呪文が多数あるが、規定も多くある。サンタクロースと違って各世界で規定が異なるのが厄介なところだ」
「じゃあお爺ちゃんが持っていた魔魂も魔法の世界では本の一部の魔法道具ってこと?」
「そうだ。ポポのような魔魂もいらず生まれた時から魔法使いとして魔法が使える者が本来の魔法使いだ。私のように魔魂に頼ったりしないと魔法が使えない者とは才能が違う。純粋な魔法使いと対決するのはとても厄介だ」
「でもサンタクロースにはライト法がある」
「それだけじゃ不十分だ。現に魔法使いのなかにはライト法を欠陥品だと貶すものもいる」
「どうして?」
「サンタクロースという職業は、他の職業と違って実態が見えないとされ信用されにくいのだ。サンタクロースをニートと見なす輩もいる。ライト法ができるといってもおびえる者はまずいない」
「そうなのか」
「もっとも、それは偏見からきている。クリスマスに良い子に見せるイルミネーションのみをライト法と勘違いするからだ。私達も戦える。こんな風にだ」
シャクシャクは右手から光の光線であるライトビームで近くの雪山を溶かした。
「旅先は信頼のある伝手を求めながら情報を得ていくしかない。中にはブラックサンタクロースもいるからな。話し合いで和解が無理なら殺し合いになることもある。薫、もう一度聞くが、私に着いてくるか?」」
「もちろん!」
二人はライトマップで浮かんできたトナカイの形をしたものを一つ一つ確かめていった。二人の姿をカフェで盗み聞きした魔法使いの男が後ろから追っていた。
街並み外れた荒野に行くと一匹のトナカイがいた。今まで出会ったトナカイと違いラベンダーの香りに強く反応しているようにも見える。
「お爺ちゃん、あそこにいるトナカイがこっちを見ているよ」
「もしかするとルジイト氏のトナカイかもな。これを試してみようか。ライトロープ!」
シャクシャクの右手から光の縄が出できた。ロープはトナカイの方まで届くと。シャクシャクは意思疎通ができるライトコールを始めた。
(お前はルジイト・ハットのトナカイか?)
(そうです。レンペスと申します)
(レンペスよ<お前を主の元へ連れて行こう。来てくれるか?)
トナカイはお爺ちゃんに気を許したのかこちらに向かってきた。
薫はレンペスの首を軽く撫でてあげた。レンペスのなかにあった不安な気持ちと動揺が少しずつ落ち着いてきた。
「まずは一匹目だな」
「レンペスをどうするの?」
「配送屋に頼んでルジイト氏の所へ送ってもらう。私達は残りのトナカイを見つけるため旅を続けよう」
お爺ちゃんは右手を右耳に当ててライトコールで配送屋と電話した。聞くところによると、通常の電話機とも連絡ができるそうだ。
三十分後、配送屋が到着するとレンぺスは軽トラックでハットの所まで配送されていった。
「どうやら本当に魔法動物のようだ。あいつらが配送した軽トラックの後を追えば依頼主の住所がわかる。トナカイは奴らに任せていれば集めてくれるだろうし。これで金儲けできるぞ」
カフェにいた魔法使いの男は箒にまたいでニヤリと笑った。軽トラックを追うため箒で飛び立とうとしたその時、一人の中年の女性が立ちふさがった。
「あの車を追うのかい?」
「誰だあんた?」
「サンタ協会の関係者と言っておこうか」
「サンタ協会の者が俺に何のよう……いや、協会の奴が来るってことは、軽トラックに乗っているのは間違いなく、魔法動物のトナカイということでいいんだな?」
「話が早くて助かるよ。率直に言うけど、魔法動物は聞かなかったことにはできないかな?」
「はあ⁉何言ってんだ。こんな金になるような話を薄々と逃せってか?冗談じゃない……あんたがその分の金を寄こすなら考えなくもないが」
「協会は資金を与えられるほど金持ちじゃないんでね」
「話にならないな」
「最後の頼みだ。トナカイを諦めてくれ。じゃないと殺すよ?」
「脅しのつもりか?女のお前に俺が殺せるわけないだろ?」
魔法使いの男はそのまま女から離れようとした。すると女は背後からライト法のライトソードで剣のように魔法使いの首を勢いよく切り落としてしまった。宙に浮いていた体と箒は地面に落ちていった。
「まったくシャクシャクめ、手間をかけさせやがって」