第三章 再会と指令
ホワイトクリスマスとなる今宵のパーティーにサンタクロース協会本部前駅付近はいくつもの巨大なクリスマスツリーやイルミネーションで施されていた。後に薫はこれらの輝きはサンタのライト法によるものだということを知ることとなる。
協会まで護送された薫とルビーは、パーティーのためオーナメントが施された正面入り口から入らず、その正面入り口から少し離れた職員用の門から入ることとなった。
協会は巨大な分厚い壁で覆われている。敷地は大学のように広く、建物は洋風の城のような造りとなっており、屋根の至る所に十字架が取り付けられている。敷地内には病院や学校もある。
門番で警護をする人達、きっと彼らもサンタクロースなのだろう。僕は、サンタクロースは白髭もじゃもじゃのお爺さんでクリスマスに良い子にプレゼントをする人というイメージしかなかったから、この協会で色んな仕事をしているからびっくりだ。ここにいるサンタ達は若い人から年配の人まで男女問わずいる。
薫は興味津々にあちこち見回しながら思った。
協会の一番大きな建物に入るまで、魔法使いが箒で空を飛んで行ったり、アイブではドラゴンが火を吹いたりするのを見ることができた。中に入ると、通路でブラックサンタクロースと思える人が複数のサンタの警備員に取り押さえられているのを見てしまった。僕達も暴れるときっと向こうの人達のように取り押さえられるのだろう。
取調室と書かれた看板の前に来ると、警備の一人の男が「ご苦労様です」とした。
「取調室と取り調べ担当は?」
アンザルヘンショが警備の男に尋ねた。
「ディスラマイ部長からの伝言です」
「伝言?」
「お伝えします。『任務ご苦労。後はこちらで請け負う。長年協会に携わった者がブラックサンタクロースである可能性が出ているとなれば最優先重要度は高いと判断した』とのことです」
警備の男は棒読みで伝言を言った。
「つまり手柄を横取りすると」
アンザルヘンショは怒り気味だった。
「私は言われたとおりにおっしゃたまでです」
「普段ならしつこく抗議するところだが、まあいいだろう。面倒なことには関わらない方がいいしな。なんせ君の親は資産家だし、評議委員会の奴らに抗議されたら懲戒停止だけじゃ済まなそうだ」
アンザルヘンショはルビーを見ながら言った。
薫とルビーを警備の男に受け渡すとアンザルヘンショとチームの一員はすんなりと身を引いた。
「付いてきなさい」
薫とルビーは言われるがまま警備の男に付いて行った。
一直線に渡って取調室があり、中からは叫び声が聞こえる。一番奥の突き当りにあるのが、部長自らが取り調べを行う部屋となる。
警備の男が扉の警備員に敬礼と訳を伝えると、ノックをして「入ります‼」と大きな声で叫んで中に入った。
中は広い部屋で、高そうな椅子に座っている中年の男と眼鏡を掛けた女の人が立っていた。
「ご苦労、君は仕事に戻って大丈夫だ」
中年の男が言うと警備の男は「失礼します‼」と再び大きく叫んで部屋を出て行った。
「座りなさい」
薫とルビーは座った。女は二人にお菓子とお茶を用意した。
「私はここの協会の安全対策部部長のディスラマイという。こっちは私の秘書だ。ご存じかもしれないが、サンタは本名を名乗らずサンタ名義を使う。もちろん『ディスラマイ』と言うのはサンタ名義だ。君達にはあるかね?」
「ありません」
薫とルビーは顔を見合せてから一緒に答えた。
「では本名をお聞きすることになるね。既にこちらで二人のことは大体は把握できているが、改めて自己紹介してくれ。じゃあ君から」
「ピリカ・ルビーです」
「杉並薫です」
「それじゃあ事の経緯を話してもらおうか」
二人はこれまでの出来事を事細かにディスラマイに伝えた。
「……なるほどね、理解したよ」
「僕達どうなるんですか?」
ルビーは不安げに言った。
「トナカイの件に関しては、それ相応の罰を与えたいところだが、初犯ということもあるし、何にせよ。君達はサンタクロースではない。今回は無罪放免で釈放だ」
「ありがとうございます‼」
二人は深く頭を下げた。
「勘違いしないでくれ。これは私の判断というより条約でそうするように記載されているのだよ」
サンタクロース条約 第百八十四条
ブラックサンタクロースと疑いのある人物を取り調べる時は、証拠不十分及び前科歴のない者は速やかに釈放するものとする。
「じゃあ僕達は用が済んだから帰ろうか」
ルビーは逃げるかのように急に立ち上がった。
「待ちたまえ。君達がサンタクロースでないとなると、ここからは条約に基づかずに判断させてもらうよ。君達は未成年ということもありご家族には今回のことは連絡させてもらうよ」
「うげえぇー、やっぱり!」
「じゃあお爺ちゃんに会えるの?」
「そうだ。シャクシャクに会って訳を話して元いた世界に帰りなさい」
薫は笑みを浮かべた。
「シャクシャクはいま仕事をしている時間だ。繁忙期の時期に一人でも欠けると他のメンツに負担が掛かる」
「すみません」
「ヘージャンポ、シャクシャクは今どこだ?」
女秘書は右人差し指から微量のライトを出して空中で四角をなぞった。すると四角の中に画面が表示されて指先で操作し検索した。
「それってライト法ですか?」
ルビーは言った。薫はどうせ答えてくれないだろうとすぐに勘付いた。
「その名を知っているのか、シャクシャクの孫なら当然か。そうだ、ライト法だ」
ディスラマイがすんなりと答えてくれたため薫は驚いていた。
「本来なら協会の内情は規則により教えることはできない。ライト法を知らない人に聞かれたら魔法だと誤魔化すだろう。だが今更君達に誤魔化しようがない。特に薫君がね。ライト法は様々な世界でその名を知られている。世界の魔法使いや精霊、幽霊、妖精、妖怪などにはライト法を知る者は五万といる。そしてライト法を使う者はサンタクロースだと見破られてしまう」
「どうして?」
薫は言った。
「ライト法はこの協会のサンタクロースしか使えないのだよ。ライト法だとわかると敵に協会が危うくなることも考えられる。だから我々はライト法という名を隠すのだ」
「ありました!シャクシャクは現在ミパンでエデテルファクのチームに属しています」
「ご苦労、いま手が空いているのは誰もいない。悪いが早急に来るように伝えてくれ」
「かしこまりました」
ヘージャンポは全身を眩いライトに包ませた。ライトが消えるとヘージャンポの姿はなかった。
「今のもライト法?」
薫は言った。
「そうだ、ライトワールドワープという」
「女の人はどこに行ったの?」
ルビーは言った。
「ミパンという世界だ。サンタクロースは世界を股にかけて仕事している」
「どういうことですか?」
「世界というのは次元の話だ。つまり協会のサンタクロースはライト法を活用してクリスマスシーズンである世界に行き来している」
僕はポポが言っていた、サンタクロースの別世界の行き方と魔法使いの別世界の行き方の違いが何となくわかった。それに僕達のいた世界ではまだクリスマスシーズンじゃなかった。要するに世界は均等ではないということだ。これは僕のいる地球の北半球と南半球で季節が違うのと似ている。
へージャンポはミパンに到着すると、ライトの鳥になってサンタクロース滞在地に向かった。
シャクシャクの在籍するエデテルファクのチームの今回の仕事は、ある古い造りでできた家が立ち並ぶ都市部である。都市部の現在は夜でホワイトクリスマスである。空には月に似た惑星が暗闇を照らしてくれている。
数人のサンタクロースが分担して民家や施設、イベント会場にプレゼントの入った大きな白い袋を持って現れる。
「メリークリスマス‼」
シャクシャクは煙突からある民家に入った。父と母に一男二女の家族の家である。クリスマス風に飾られたお部屋と豪勢な料理が見られる。
サンタクロースの登場に幼い子供三人はびっくりして大はしゃぎである。シャクシャクは子供達それぞれにプレゼントをあげた。男の子にはラジコンのミニカー、女の子にはかわいいクマの人形をあげた。家族と写真撮影を行った後、シャクシャクは玄関から家を出た。
シャクシャクは右の人差し指からライトを出して空中で四角になるようになぞった。スクリーンが映し出されると、触ってスライドしたり書かれている文字を大きくさせたりした。
「この近辺はこれで終わりだな」
シャクシャクは一匹のトナカイが引くソリに乗って次の住宅街に移動することにした。右手からライトを出して自分とトナカイとソリに浴びせると、魔法のように浮遊し始めた。
「ええと、レイジャーだったな。では行ってくれ!」
トナカイのレイジャーは吠えると空を上がりながら走った。ある程度空に上がると、安定して真っ直ぐ走り出した。気温は低く雪が降るなか空を飛べるのは、ライト法によるライトの熱のおかげである。
シャクシャクは空から見る街の景色が好きである。街の明かりがイルミネーションによってさらに煌めいていて美しい。
空を飛んでいると、シャクシャクの頭の中にエデテルファクからの連絡が受信された。ライト法による意思疎通で今回は個人でなく一斉送信である。
(休憩の時間だ。基地に戻るように)
シャクシャクは真似るようにライト法でレイジャーと意思疎通を図った。シャクシャクが「引き返すぞ。基地に戻る」と受信するとレイジャーから「了解だ」と頭の中に送信された。
シャクシャクは基地に戻った。クリスマスに欠かせない本物のサンタクロースが街中をうろつくのは品が欠ける行為とされ、人目に付かないように休憩する時は基地に行かなければならないという暗黙のルールがあった。もちろんソリの中で休憩するのはアウトである。
真っ黒こげに汚れた赤服のサンタクロース達が大きな倒れた丸太に座って休憩していた。ここにいる全員が建物の中に入るときは煙突から入っている。シャクシャクも同様である。シャクシャクよりも老けている男二人の隣に座った。最後に来たためここしか座れる所がなかった。無糖でホットの缶コーヒーを開けて休憩した。隣からお喋りが聞こえる。「ミパンは毎年煙突から入ることを要求されるから体力を使うな」
「まったくだ。顧客の申し出はある意味絶対なところが協会にあるからな。まあもう何年もやっているから慣れたけど、若い連中は誰も好き好んでこの仕事を引き受けないから困ったものだ」
二人の会話が遠くまで聞こえたのか、リーダーのエデテルファクが近付いてきた。風貌はさながら二人に似ている。
「また仕事の愚痴か?そういうの勘弁してくれよ。チームの指揮を上げなければいけないこっちまで気持ちがダウンしてしまう。まあ、お前達三人の気持ちはわからなくはないが」
「私は言ってない。隣に座っていただけだ」
シャクシャクは弁解した。隣の男達が立ち上がって移動したためエデテルファクは隣に座った。
「お前が一番言いそうな気もするがな」
「私は汚れ役であることを重々承知している」
「ミパンはお前が一番長いそうじゃないか。ここだけならお前がリーダーをやってもいいものだが」
「年功序列が協会のルールでしょう」
「お前は協会に来てから毎年ここで煙突から入る仕事をしている。誰もやりたくない仕事でもお前は率先して引き受けた」
「ここしか選択肢がなかった」
「そのせいか上は君を毎年ここに赴任させる」
「私は楽しくやっていますよ。毎年来るから住人に顔も覚えられた。それにここは特別手当が付く」
シャクシャクが話をしていると、先程の男達とライトバードから元の姿に戻ったヘージャンポがやって来た。
「こちらがリーダーのエデテルファクさんです!」と二人で照れながら伝えた。
「協会からの連絡で参りました。へージャンポと申します」
「へージャンポ……聞いたことがある」
「誰ですか?」
シャクシャクはエデテルファクに言った。
「サンタ学校の首席合格者だ。協会のキャリア組だよ。ちょっと容姿が良いからって上の者に好かれている」
「実力だと自負しています」
へージャンポを連れてきた男達は怒りを覚えた。
「よせっ、この女は強い。お前らじゃ敵いっこない。まあここでシャクシャクが暴れてくれるならこっちにも希望があるがね」
「私は何もしないぞ」
「あなたがシャクシャクさん?」
「そうだが?」
「ちょうどリーダーの方もいらっしゃるので聞いてほしいのですが、ディスラマイ部長がシャクシャクさんをお呼びです。なので、このお仕事から外れてもらいます」
「あの中年の頭の切れる奴が、今度は何の呼び出しだ?どーせクソ細かなことだろうがよ」
「お孫さんの薫君がお待ちです」
「ん?」
シャクシャクは困惑した。
「よろしいですね?」
へージャンポはエデテルファクに言った。
「そういうことなら仕方ない。行ってこい。シャクシャク」
「ちょっと待ってくれ。なんでお前が俺の孫の名を知っているんだ?待っているってどういう事だ?」
「私の方から簡潔に説明いたしますと、薫君は魔法使いの手を借りてホイプトに来ました。氷山市であなたを捜している時に、ルビーというお友達と事件に巻き込まれ、ブラックサンタクロースと疑われる出来事が起きました。薫君の疑いは晴れて現在は協会で保護しています。あなたが来るのを待っています」
シャクシャクは頭を整理していた。
「なるほどポポか」
「はい?」
「状況はなんとなくだがわかった。仕方あるまい。同伴しよう……それじゃあリーダー後のことは頼みますよ」
「代わりの者は来るんだろうね?」
エデテルファクはへージャンポに言った。
「来ませんよ」
「じゃあお前が代わりにやれよ!」
へージャンポは無視してシャクシャクと離れて行った。
「ホイプトに戻る前に基地にあるシャワーを浴びて新しい洋服に着替えたい」
「構いませんよ」
へージャンポがミパンからシャクシャクを連れて来るまでに、ルビーの両親がルビーを向かいに取調室に来た。
「父さん……母さん……何も二人で来なくても」
父は資産家で緑髪をしたエメラルド、母はエメラルドの会社の事務員で青紫色のクリスタルである。
「人様に迷惑を掛けているんだ。仕事を抜けてでも謝罪はするべきだ……それに何よりお前が心配だった」
「父さん……」
「あなたが捕まったって聞いた時は本当にびっくりしたけど、あなたのことだから何か事情があってやったのでしょうね。あなたが本当の悪魔にならなくてよかったわ」
「母さん……」
「さあ行くよ。妹のサファイアがドレス店で待っている」
「じゃあパーティーには間に合うんだね」
「ああそうだ。お前も今から店に行ってタキシードに着替えるんだ」
そう言うとエメラルドは、催促するようにルビーを部屋の入口まで誘導した。
「じゃあな薫、またこの世界に来ることがあったらまた遊ぼう!」
ルビーは後ろを振り返って言った。
「あぁ、また」
薫と別れ、部屋を後にしてもルビー達の楽しそうな話は微かに聞こえた。
薫は虚しくなっていた。
正直ルビーが羨ましかった。あんなに仲の良い夫婦の元で暮らしているのだから。僕の家庭はどうだろうか、全然違う。両親は全くダメな人だ。いくら人には人の価値観があるからといって夫婦としての協調性というものが全くない。だから離婚したんだ。お爺ちゃんもお爺ちゃんだ。サンタクロースであることを秘密にしないで 僕に離していれば、俺がこんな所まで来ることなんてなかったのに。俺も明るく笑顔の絶えない仲の良い家庭に生まれたかった。
薫は憎たらしくなり途中から怒りが込みあがって腕を強く握りしめた。
早く来い早く来いと念じている時、部屋の中心から眩いライトと共にへージャンポとシャクシャクがやって来た。シャクシャクは汚れのないサンタの服を着ている。
「遅いよ」
薫はとっさに口にしてしまった。
「薫……こんな所で会うとはな。薫が心配しなくとも、私はしばらくすれば家に帰るつもりだったのに」
「ごめんなさい、どうしても心配で」
ディスラマイは二人の再会に軽く拍手した。
「よかったじゃないか薫君、これで安心して帰れるね」
「はい!」
「それでシャクシャク、今回の件で君は罰を受けなければならない」
「わかっておる」
「どういうこと?」
「薫は気にしなくていい」
「気になるよ。だって僕がやったことは何にも罪にならないんでしょ?」
「薫君、トナカイの件はたしかに無罪放免だ。だから君は元いた世界に帰るといい。そしてこれからは君の望むように平穏に生きるといい。私の言っている罪というものはそれとは少し異なるものだ。サンタクロース条約に記載されておる限りそのことを無視するわけにはいかない。第二百五十四条だ」
サンタクロース条約 第二百五十四条
本人または本人と関係のある親戚、友人をいかなる事情があろうと許可なく加入世界に入ることを禁ずる。
「ここは加入世界だ。君は何の申請もせずにここに来た」
「加入世界ってなに?」
「ホイプトの協会からサンタの仕事を依頼受けている世界だ。アイブは非加入世界だ。現にアイブでは協会のサンタクロースは活動してない」
シャクシャクは薫に言った。
「僕達のいる世界にもサンタクロースとして活動している人がいるけど」
「そことはまた別の団体なんだ。私は関与しているが、協会としては何も関与していない」
「加入世界に許可なく入っちゃ駄目なんてポポは一言も言わなかったよ」
「ポポは協会の関係者じゃない。サンタクロース協会は決まりごとが多いんだよ」
「でも知らなくてやったことだ」
「知らないでは済まされない。それが協会のルールだ」
「でもそれじゃあお爺ちゃんがあんまりじゃないか」
「だから気にしなくていいと言っておるだろう」
ディスラマイは二人の話に割り込んだ。
「はいはい、どうも君がいると話が進まない。へージャンポ、悪いが薫君を別室に案内してくれ」
薫はへージャンポに連れられて部屋を離れた。
「失礼した。では最初から詳しく話してくれ」
別室にいる薫は複雑な心境でいた。
何を気にしているんだろう。帰れるんだぞ。お爺ちゃんのことなんて気にしなくていいじゃないか。だって前からそうだったじゃないか。これからだってそれでいい。でもそうだとしたら、僕はどうしてこんな所まで来てお爺ちゃんを捜しに来たんだろうか。僕は……本当はもっと構ってほしかったのかもしれない。
シャクシャクのドアを開ける音が聞こえて薫は頭を上げた。
「これから審議が行われるそうだ。判決が出るまでしばらく時間が掛かる」
「ごめんねお爺ちゃん、僕のせいで」
「サンタクロース協会の条約には理不尽なものがある。理不尽な歴史がそうさせたのだ。揚げ足を取られると痛い目に合う」
シャクシャクは椅子に腰かけて座り、深く息を吐いた。
「拓真も何度か入るなと言われた部屋に入った。だがその時魔法使いがいないから何の変哲もない部屋で、そのうち飽きて入らなくなった。薫の時は運が良いのか悪いのか、偶然とは恐ろしい」
「ポポは何も悪くないよ。悪いのは全部僕だよ。僕がポポにお願いしたんだ。それよりお爺ちゃん、なんでサンタクロースだって教えてくれなかったの?」
「言っても信じなかったと思うがね。アイブでのみサンタクロースとして活動していると言ってもいずれバレる。だから何も言わなかったのだ」
真剣な眼差しで見つめる薫に、シャクシャクは目を逸らした。
「わかっておる。聞きたいことたくさんあるのだろう。薫に隠すことはもうないから正直に話す」
「じゃあ聞くけど、どうしてこの協会のサンタクロースになったの?」
「簡単に言うと、お祖母ちゃんがきっかけだ。お祖母ちゃんは協会のサンタクロースで、アイブに来た時に私とでくわした。そのことがきっかけで私もサンタクロースになった」
「そうだったのか。これからお爺ちゃんはどうなっちゃうの?まさか協会を辞めさせられちゃうの?」
「さすがにそこまではいかんよ。恐らく減給と懲戒停止だろうな。それと魔力を奪われる。協会に長く勤めあげ尚且つ信頼できる一部の者にはポポのように魔法の力を得ることができるのだ。魔法が使えればライト法よりも負担が減って仕事がしやすい」
「そうだ、そのライト法って何なの?ポポはサンタクロースの得意技だって言っていたよ」
「ライト法はサンタクロース協会の者が使うことのできる技だ。薫がホイプトで会ったサンタクロースは、イルミネーションを放ったり姿を変えて鳥になったりしただろう?あれらは全てライト法の技の一つだ」
「ブラックサンタクロースが放った光は?」
「それもライト法だ。ライトを実体化させることで相手に攻撃することもできる。大変危険なものだ」
「じゃあブラックサンタクロースは元々ここの協会の人だったの?」
「そうだ。悪さをする者の中には前に私と仕事をした者もいる。ブラックサンタクロースは三種類の組分けができる。一つ目は協会を抜けた者。二つ目は協会に在籍して裏切り行為を行っている者。三つ目は協会に属さずフリーもしくは異なる団体でサンタを名乗る者。ライト法を放つなら一つ目か二つ目である可能性は高い」
「同業者が悪者ってなんだか辛いよ」
「私もそう思う。協会はそんな悪の者を見逃すわけにはいかない。捕まえて取り締まらなくてはいけない。それは協会の義務でもある」
「そういうのって……警察の仕事じゃないの?」
「ここはアイブじゃないんだ。法律や文化も異なる。加入世界にも法律があってだな、サンタのことはサンタが処理することとなっている」
ディスラマイ率いる安全対策部は各リーダーを総員に会議室に集まった。ブラックサンタクロースが引き起こす事件が複数確認されたこともあり、定例会議とは異なる緊急会議で会った。そのため集まったのは二十四人のみ。
ディスラマイを筆頭に話し合いが行われた。
「ホイプトのクリスマスだからなのかは定かではないが、ここまでブラックサンタクロースが一日で複数の箇所で事件を引き起こしたことは未だかつて前例のないことだ」
「彼らの動機は?誰か聞き出せた者はいるか?」
首の長いサンタが言った。
「午前中からやっているがどいつも口を割らないね」
「いずれ尋問で吐く者が現れるだろう」
「今回の事件、引き起こしたのは組織的な暴力団だろうな」
「その根拠は?」
「私から説明します。気になる点は構成です。どの団体にもライト法が使える者がいるのですが、半数は金で雇われた困窮者かその道のマニアの一般人です。また、どの団体も目的は同じです」
「トナカイの略奪だな」
ディスラマイは言った。
「トナカイを集めてどうするつもりだ?」
「どこかに高値で売りつけるのでは?過去に高額で売買した例もあります」
「俺は食べないが、世の中にはトナカイを食べる者もいるそうだぞ」
「そんなに需要があるとは思えないが」
「もしかすると協会とは別にサンタクロースの組織を作ろうとしているんじゃないかな?」
「そんなのすぐにバレるだろう」
「まっ、ここで話したところで机上の空論でしかないがな」
「なんにせよ厄介なことになりましたな。協会の名簿リストに載っている者のみならず、それ以外の人物まで取り調べるとなると協会の負担が大きい」
「たしかにな。パーティーの警備に配置されたものも今じゃ取締役や捜査官に回されている」
「そのせいで一般客がトイレと間違えて入室禁止の部屋にいたという報告も上がっている」
「一刻も早く早急に解決したいものだな。では次の議題、シャクシャクの件だが」
「減給と魔力の没収と懲戒停止でいい。今日は話し合う議題が多いんだ。テンポよく行こう」
一番長寿の男が声を荒げて言った。
「それでは次の議題だが、ルジイト・ハットという男性からの依頼でトナカイ八匹の捜索の依頼がきた」
「午前中に騒ぎを起こしたブラックサンタクロースの仕業か?」
「そうです。非常に察知力の高いトナカイ達なのかブラックサンタクロースが捕らえた途端、ロープを噛みついて逃げたようです」
「八匹とも?」
「はい」
「よく訓練されているようだね」
「トナカイにはな、サンタの善悪を見分ける鋭いアンテナがあるのだよ」
「トナカイにそんな能力があるのですか?」
若い男が言った。
「君はまだまだ勉強が足らないようだね。恐らく別世界から連れてきたトナカイだろう。外来種がホイプトで悪影響を及ぼさないためにも一刻も早く捕まえないとな」
「動物には帰巣本能がある。トナカイもそうだ。いずれ戻ってくるのでは?」
「街中はクリスマスで人ゴミだらけ。恐らく人を避けるのに遠くに離れて戻れなくなったのかもしれないな」
「クリスマスだからトナカイが歩いていても誰も違和感を覚えなかったわけか」
「主が言うには、ホイプトの自然に悪影響を及ぼすことはないとのことだ。後回しにしても問題ない。我々が優先的に解決しなければいけないことはブラックサンタクロースだ」
「誰か手の空いている者は……いないな」
全員が頭を悩ませた。
「シャクシャクに任せよう。意義のある者はいるか?」
ディスラマイが言ったあと異議を唱える者はいなかった。
審議が終わるまで、シャクシャクと薫はただひたすら待つのみであった。
「僕もパーティーに参加したい」
薫はルビーの発言を思い出してシャクシャクにそう言った。
「実はな、私はそのパーティーに元々参加する予定で会った」
「そうだったの!」
「あぁ、だが謹慎になるから参加はできなくなるだろうな」
「本当にごめんね」
「いいや、別に構わないさ。薫だけでも参加してきなさい。お友達も行くんだろう?」
「そうだけど、お爺ちゃんが行けないのなら僕も参加は控えるよ」
「遠慮しなくてもいいのに」
どちらかというとお爺ちゃんといた方が安全だし。
「そうだ。薫にパーティーで披露する予定だったものを見せてやろう。この時間どうせ暇だしな」
「何それ?」
薫は興味津々に聞いた。
「協会の中で参加者を募ってくじで決めた。見事当たりくじを引いた私はゲストにある手品を見せようと思っていた。手品というものは本来は種も仕掛けもない。だがこの手品にはある」
「ライト法を披露するんだね」
「いいや違う。これは列記とした魔法だ。審議が終われば没収されるだろうから見せてあげよう。何かリクエストはあるか?」
「えー、急にそんなこと言われても……じゃあ、その隅っこにある植木鉢をクリスマスツリーに変えて見せて」
「お安い御用だ」
シャクシャクは植木鉢に向かって右手で指パッチンをした。すると植木鉢は「ボン!」という大きな音と共に白いモクモクとした煙を立ててたちまち見えなくなってしまった。煙が消えるとキラキラしたクリスマスツリーへと変貌した。
「すごい!これが魔法、驚きだよ」
「どれ、次は何をしようか」
「ええと、じゃあね……」
薫が悩んでいる時にドアを開ける音が聞こえた。
「どうやら審議は終わったようだ」
シャクシャクが言うと、薫はドアの方を見た。ディスラマイとへージャンポが入ってきた。
「シャクシャク、お前の処分が決まった。三つある。一つは減給、二つは魔力の没収、それと三つはトナカイ捜索だ」
先程お爺ちゃんの言ってたことと少し違うようだ。
「安心しろ。トナカイの捜索の時は無給というわけにはいかないだろうから停止は免除された」
「ちょっと待ってくれよ。最初の二つはわかる。こっちも腹くくっていたから大体の想像はできた。最後のは何だ?トナカイ捜索?私がか?」
シャクシャクは困惑しているせいか早口になっていた。
「落ち着けシャクシャク、準を追って説明する。へージャンポ」
「はい。部の会議の議題の一つにルジイト・ハットという男からの依頼でトナカイ捜索について話し合いが行われました。依頼内容は、部としては緊急性が低いと判断しました。しかし、今朝からのブラックサンタクロースの事件が多発していることや、クリスマスシーズンという多忙時期により依頼を引き受けることが難しい状況です」
「そこでシャクシャク、お前がいるじゃないかということになったんだ。わかったかね?」
「嫌だね。今日はもう仕事が終わったような気分なんだ。忙しいだのなんだの言って代理をつくることぐらいどうにかできるでしょう。一日中座りっぱなしで退屈にしていてこっそりネットサーフィンをしている事務員の奴とかさ」
「君の立場でよくそんな発言ができたものだな。相変わらずだな。言っておくが、これは決定事項だから変更できないし、会議では満場一致で決まったことだ。君が断るというのなら協会は懲戒解雇で損害賠償も請求させてもらう」
「あー、はいはい、わかった、わかった。いや、わかっていたが悔し紛れに言っただけだ」
「ではへージャンポ、さっそくお願いする」
「かしこまりました」
へージャンポはシャクシャクの目の前に立つとシャクシャクの胸に向かって右手を突き出した。
「どうするの?」
薫はディスラマイに言った。
「へージャンポは魔法使いではないが魔法取り締まり資格を持つ。シャクシャクの体の中に埋め込まれている魔塊を取り除くのだ。それによってシャクシャクは魔法が使えなくなる」
へージャンポの不思議な力によってシャクシャクの胸から拳サイズの水晶玉のような物が出てきた。
「これがあなたの魔塊です。たしかに受け取りました。こちらは保管庫でお預かりします」
「もう行ってもいいか?」
「もちろん」
「では失礼するよ。薫、行くぞ!」
「せっかくの機会だ。のんびりと観光でもしながら探すといい」
薫とシャクシャクは部屋を後にした。
「僕も捜すよ」
薫は協会の建物から出た途端シャクシャクに話しかけた。
「駄目だ。これは私の仕事だ。協会から正式に依頼を受けたものだ。薫に手伝わせるわけにはいかない」
「お爺ちゃん一人じゃ大変でしょう。魔法も使えなくなったし。魔法がないとアイブには帰れないし」
「魔力が無くてもライト法がある。それに、ライト法でもアイブに帰ることはできる。薫は平凡な日常を望んでいるのだろう。これ以上この世界や私に関わることなんてない」
「平凡な日常なんて……僕には似合わないよ」
薫は下を向いて拳を強く握りしめた。
「薫には薫の人生がある。私や拓真のように好きなことに取り組むのもいいさ」
「散々好き放題やる家庭に育って、僕も好きなようにやれってさ、勝手すぎるよ。家族として繋がりを持とうとしない。僕は繋がりが欲しかった。寂しかった。ねぇ、家族に繋がりは必要ないわけ?僕は家族を見捨ててまで平凡な日常を送るつもりはないよ!それに……責任はきちんと自分で取る!」
薫は感情的になっていた。
「これからお前が進む道は過酷だぞ?」
「わかっているよ!」
お爺ちゃんは、それ以上は僕に何も言うことはなかった。