第一章 祖父との出会い
真夏日のことである。両親が離婚するということで、東京都中野区にある沼袋駅の近くのマンションから離れることとなった。お父さんは別の女性と再婚して茨城県の水戸市に引っ越し、お母さんは実家の仕事を手伝うために北海道の旭川市に帰省することにした。かく言う僕はそのどちらにも付いていく気はなかった。別に嫌いというわけではないがただ何となく気が気じゃなかった。そうなると残る選択肢は限られていた。
「やっぱり不安だわ。あなたのお父さんに任せるなんて」
母の杉並久美子は羽田空港から電話で父の杉並拓真に不満を述べた。
「薫は俺達よりもしっかりしていて、広い心で俺達のやってきたことを許してくれた。だからこそ薫の選択を認めることができた」
新居のベランダにいる拓真は久美子と違って落ち着いて電話をしていた。
「だけど時々思うの……薫は口に出さないで我慢しているのではないかってね」
「あいつはそこまで他人に興味があるわけじゃない。それは一緒に暮らしていたからわかるだろう」
「あなたの父さんとは私も薫も一度もあったことがない。あなたの話だけじゃ普段何をしているのかわからない」
「たしかに父さんは普段からひきこもっていて部屋も散らかっている。何の仕事をしているのかわからない。だけどけっして悪い人ではないから薫のことも面倒見てくれるはずさ」
電車とバスを乗り継ぎ見渡す限り森林の地に薫は辿り着いた。辺りは日の射し具合が悪く薄暗い。その場所の住所は東京の一二三村である。
バスを降りると祖父の弟の杉並次郎が車で家まで送ってくれた。
「この道を真っ直ぐ突き進んだら兄貴の家に着く」次郎は運転席からルームミラー越しに薫を見て話した。
薫は窓の景色をじっと見て黙っていた。
「この辺りは店も少ないし遊ぶ場所もない。五年前に来た時と何も変わってない。俺は兄貴の所に行くのはお勧めしないね」
薫は鏡越しに次郎を見た。二人は一瞬だけ目が合った。
「すまんな、私にはこれぐらいしか協力できない」
「家族で沖縄に住むんだっけ?ずっと憧れていたバカンス生活だっけ」
「もっとも兄貴は暑い所より寒い所が好きだがね」
次郎は微笑みながら話した。
道路の横を立ち並ぶ林の一番端が見えると、城のように大きくて真っ黒い色でおまけにかなり汚れている木造の二階建ての一軒家が見えた。この家にお爺ちゃんである杉並一郎が住んでいるという。
薫と次郎は車を降りた。
周りには何もなく、近くの雑草は好き放題に伸びていて石ころは至る所に転がっていた。家は窓ガラスが割れていたり木材が剥がれたり壊れて空いている部分があった。そのせいかネズミやシロアリのような小動物は好き放題に侵入していた。おまけに少しばかり悪臭がする。
「約束した時間にはピッタリと到着した。玄関にも迎えに来ないということはやはり送った手紙を読んでないな。まっ、わかってはいたが」
次郎は郵便ポストに溜まりに溜まった手紙を見て大きな溜息をついた。
「もしかして何かあったのかもしれないよ」
「何もないさ。ただ面倒くさくて手紙を見ないだけさ。以前もそうだった」
「携帯電話で連絡取れないの?」
「兄貴は持ってないよ。こんな便利な物を持たないで普段どんな生活をしているのか、私には見当もつかん」
そう言うと次郎は、家の二階を見上げて締めきったカーテンからこぼれる灯りを見つけた。一郎の存在を確認した次郎はドアに付着してある大きなベルを何度も鳴らした。
すると家の中から「うるさいなあ、誰だよ」と怒り口調で吐露しつ、ズシンズシンと足音を立てて近付いて来る音が聞こえた。白髭もじゃもじゃの大男が扉を開けて玄関にやって来た。
大男とは一瞬だけ目が合ったが互いに目を逸らした。
「次郎じゃないか、何か用か?」
「何か用かじゃないよ。手紙、送ったのに読んでないだろう。今日から薫がこの家に住むことになった」
一郎は理解に苦しんだ。
「待て!そんなこと初めて聞いたぞ。それにそういうことはお断りだね」
「反対をしなかったじゃないか。既に拓真は手続きを済ませたと言っていた」
「そもそもこいつ誰だよ?」
一郎に指で指されて薫はビクりと怖がった。
「いったいいつから手紙を読んでないんだよ。薫は拓真の一人息子だよ。訳あって拓真は離婚して薫とは一緒に住まなくなったんだ」
「ならお前が面倒見ろ」
「俺はこれから家族で沖縄に住むんだよ。薫は東京から離れる気がないんだ。頼れるのは兄貴ぐらいなんだよ!」
一郎は薫をしばらく見つめると大きな溜息を漏らした。
「しょうがないなあ。わかったよ。勝手に住め」
次郎は安心した表情を浮かべて家の中に入っていった。「すまないな」と一郎の耳元で呟いた。
薫は次郎に着いて行くように中に入っていった。一郎とすれ違う時にペコリとお辞儀をしながら「お邪魔します」と小声で言った。
一郎はこの家に一人で暮らしている。誰も掃除をする人はいないようだ。
「付いてこい!」
玄関で部屋の辺りを見渡すと一郎は二階のある部屋まで先導した。
部屋はベッドや本棚などの必需品はすべて揃ってはいるが、ほこりだらけで掃除が必要だ。
「二階の隅のその部屋を使え、部屋にある物は必要ないなら勝手に捨てろ。あー、この家には誰も連れてくるなよ。うるさいのは嫌いだ。それと今後は俺と一切の会話は禁止だ。食事は勝手にとれ」
一郎は早口で物事を言うと、この部屋とは正反対の隅の部屋に入っていった。
「気にすることなんてない。兄貴は人見知りなんだ。時間が経てば打ち解けられる。私にできることはこれぐらいだ……頑張るんだぞ」
次郎はそう言い残すと家を出て車で行ってしまった。
見送りを終えた薫は、さっそく部屋の掃除にあたった。綺麗に掃除を終えると、その日は疲れを癒すために一日を終えた。
次の日から、食事を一人で済ませて近場の学校に通う日々が始まった。帰宅後も一人で食事を済ませていた。学校がない日も特に会話することはなかった。何回か一つしかないキッチンで顔を合わせることがあるが、こちらから挨拶をしても無視してくる。
恐らくは自立してこの家から離れるまでこの生活が続くのかと思っていた。しかし全然苦ではなかった。むしろ安心していた。ようやく自分の居場所を手に入れたという思いのほうが強かったからだ。両親は転職を繰り返していて、引っ越しが多かった。多い時には一年に三回も引っ越しをしていた。もううんざりだった。
この家に自立するまで過ごしてどこか落ち着いて過ごせる場所に引っ越そう。同じ仕事を続けて、できれば引っ越しすることのないものがいい。でもそれが何なのかははっきりしていない。特にやりたい仕事があるわけではない。このままだと僕も両親のようになるのだろう。
お爺ちゃんはどうだろうか。両親同様に何をしているのかわからないし、理解したいとも思えない。次郎さんが言うには、お爺ちゃんは長年この家に住み着いているようだ。そこが両親との大きな違いだ。愛想の悪い部分が欠点ではあるが、干渉しないぶんイラつくこともない。
結果的にお爺ちゃんは僕と住むことを受け入れてくれた。少なくとも血の繋がった家族としての責任を感じてくれていたのかもしれない。僕としては本当に感謝している。
一週間が経過した頃、薫は家の衛生面が気になるようになっていた。使用してない所は無視していたが、破損している部分からの風や小動物の侵入、捨てられていない大量のゴミから発せられる臭い、一度も掃除されずに汚れている箇所がどうしても我慢できなかった。
薫は家の修理と掃除をするようになった。一郎は薫に強要することはないため折り合い自由に行うことができた。一郎は部屋から覗いて様子を見ることがあった。
十日ほど経つと家の修理と清掃が一通り済むと家の中である変化が起きていた。一番広いリビングで一郎はソファーに座ってコーヒーを飲んでいた。その部屋はゴミ山となっていて使われていなかった。
一郎は薫が頑張る様子をずっと見ていた。目が合うと一瞬で逸らしていた。そして大変そうに一人でやる姿を見て申し訳なく思えてきた。
「家のことなら俺もやるお前一人にやらせるほど落ちぶれてない」
そのことを述べると、手に持っていた何かの資料を見てごまかした。お爺ちゃんに優しい一面があることに驚いた。
それからだった。家の掃除や食事は交代で行うことになった。子どもである僕に気を使ってくれてほとんどのことはお爺ちゃんが行うようになった。
そこから少しずつだが会話をするようになった。最初は「はい」「いいえ」の一言のみではあったが、徐々に会話が増えていき、食事を一緒に取るようになった。
一郎は孫と会話しながら食事ができてとても嬉しかった。常に怒り口調だったお爺ちゃんから笑い声が出てきたときは本当に驚いた。
夕食の時に家族の話をしていた時のことである。
「なぜ親のどちらかに付いて行かなかったのだ?」
この質問はいつか聞かれるとは思っていた。
「自由すぎる親に振り回されるのに疲れたんだ。生まれてから何回も引っ越ししていたから」
「そうか……拓真はお前が生まれる前から何度も転職の関係で引っ越していた。夢だの挑戦だのくだらない」
薫は否定しなかった。
「本当にお前の親は阿呆だ。自分の子を振り回してでも好きなことをし続ける。環境を変えるだけで己自身の習慣を変えようとしない。頭の悪い奴だ。それなのに自分は特別だと思い込んでなりふり構わず実行する。たちが悪いことに無計画でこれといった目標もない。本当にお前の親は阿呆だ」
「僕は……父さんと母さんの悪口を言われても怒りは覚えないけど……今後は両親の悪く言うのは止めてもらいますか?」
薫は少しばかり怒り口調だった。
一郎は大きな鼻息を噴き出してから話し始めた。
「お前が大人しすぎたのかもな。そのぐらいきちんと言えていたら何かが変わっていたのかもな」
その言葉を言い終えると一郎は二階にある自分の部屋に入っていった。
お爺ちゃんは何もかも見据えていた。お爺ちゃんに対してもう少し反論することだってできたのにそうしなかった。結果だけ考えていたら、僕も両親も甘えていて楽がしたかっただけなのかもしれない。
それからは仲良く会話するようになった。僕のことを名前で呼んでくれるようになった。
「薫はいつかこの家を出るんだろう?将来は何をするつもりなんだ?」
「そうだねー、仕事してお金が手に入るならなんでもいいよ。収入が多くても少なくてもいいから同じ仕事をずっと続けられたらいいな」
「なんだ、明確な答えが出てないのか。よく好きなことや得意なことを仕事にするといいと言うが、薫は何が好きで何が得意なんだ?」
「うーん、わからないなぁ。とりあえず今はどんな仕事があるのか調べている」
「そうか……仕事にはいろんなものがある。ふとした支えが誰かを喜ばせるきっかけになることがある。その時この仕事をやっていてよかったと思うことができるんだ。もちろん楽なことばかりではないが、誰かのためにやりたい、その思いが継続する糧になるんだ」
「お爺ちゃんは?」
「ん?」
「お爺ちゃんは何の仕事をしているの?」
一郎はしばらく考え込んだ。薫は返答がくるまで一郎を見ていた。
「それは教えることはできない」
「えっ、何で!?」
「こればかりは……こればかりは身内ですら打ち明けていないのだよ……わかってくれ」
余程の事情があるのだろうか。これ以上は何も聞かないことにした。その後お爺ちゃんは、僕の学校での出来事や両親との楽しかった思い出などを聞いてきた。まるで話を逸らすかのように。僕は聞かれたことには答えていて、隙をついて質問を投げかけた。しかし一向に自分のことを話そうとはしなかった。唯一教えてくれたのは、僕が生まれる前にお祖母ちゃんが亡くなったということだけだ。
お爺ちゃんのことが気になるようになっていた。普段自分の部屋から出てこないお爺ちゃんが、何をしているのか確かめるためにドア越しに耳を充ててみた。しかし、椅子から立ち上がる音が何度か聞こえるぐらいだった。
あまり期待していなかったのでそこまで悔しいとは思わなかった。飽きたのでその場から離れようとした途端、甲高い声が部屋から聞こえてきた。お爺ちゃんの声じゃない。お爺ちゃんが誰かと話している。
薫は再びドアに耳を充てた。携帯電話は持っていないと言っていたから、何か別の機会で会話しているのだろうか。何にせよごにょごにょとしか聞こえていないため内容が頭に入らない。
部屋の入口に歩いて近づく音が聞こえた。僕はとっさにドアから離れた。勢いよく開けてお爺ちゃんが出てきた。目が合うと瞬時に逸らした。
「聞いていたか?」
薫は返答に迷った。
「聞いてない」
一郎は鋭い目で薫をじっと見つめた。
「それはよかった。一人で小説に書いてある内容を音読していたから薫に聞かれなくてよかった。まだ人に披露できるような物真似ではないからな」
「そっ、そうなんだ」
「聞こえてしまうとサプライズにもならないから、今後この部屋には近づかないでくれ」
「わかった」
僕はこれ以上この場にいると怒らせると思ったので、自分の部屋に入ることにした。僕が嘘をついたことを見抜いてあえてあんなこと言ったのだろう。
一郎は薫が部屋に入ったのを確認すると、ドアを強く締めた。
扉が開いた時、もう一人の人物を確認するべきだった。お爺ちゃんの圧倒的な目力に怖がってそれどころではなかった。でも少なくともわかったことは、人に知られたくない何かをお爺ちゃんは何かを隠している。
その日の夕食の時間、僕はあえて直球な質問で聞き出すことにした。
「お爺ちゃん、僕に何か隠していることある?」
一郎は食べるのを止めた。
「なぜ知りたいんだ?」
「なぜって……気になるからだよ」
「気になるからか……教えなければいけないか?誰しも一つや二つは干渉されたくないことがあるとは思うがな」
「わかっているよ。でもそれって本当に伝えらえないことなの?」
「そうだ。絶対に教えない」
「部屋から聞こえたのはお爺ちゃんの声だけじゃなかった」
「だからあれは物真似だ。言っただろう!」
「そんな嘘すぐにわかるさ」
一郎は次に何を話そうか悩んだ。
「それでもだめだ。踏み入れてはいけない。家族だからということもある。私は自分の立場を守りたいんだ」
具体的なことはわからないが言葉の一つ一つに重みがあって、事のことを察しなければいけなかった。
「もうこの話は終わりでいいな。それと、今後一切部屋に近づくこと禁止する。今度また部屋の様子を窺ったらこの家から出て行ってもらうからな……どうやら少し仲良くしすぎたようだ」
どうやら僕は、調子に乗っていたようだ。これ以上やると本気でこの家から追い出されることになる。もう転々とするのは嫌だ。この時の僕は、大人になるまでは大人しく過ごしていようと思っていた。だけどすぐに考えが改まる出来事が起きた。次の日の朝食の時である。
「薫……その、なんだ。昨日は少し言い過ぎた。許してくれ」
「僕のほうこそ、すみませんでした」
「安心しな。これからも面倒は見るつもりだ。生活費だけじゃなく学費もきちんと支払うつもりだ。必要な物があれば買いに行こう。ただし贅沢はさせないぞ。本当に欲しい物は誕生日やクリスマスなんかの行事にプレゼントしよう」
僕はこんなにも良い人のことを詮索しようとしていたのか。お爺ちゃんは僕のことを理解してくれているようで嬉しかった。
「ありがとう……本当に」
僕はようやく落ち着いた生活を送ることができるようだ。この時だけはそう思った。
「それと……朝食を済ませたら家を離れる。しばらくは戻ってこない」
「どこ行くの?」
「それは教えられない」
「何するの?」
「仕事だ」
「仕事?」
普段から何をしているのかわからないからどう捉えていいのかわからない。仕事を探しに行くというのだろうか、それとも仕事は部屋でしていて資材集めのために外出するということなのか。
「しばらくってどのくらい?」
「そうだな……二、三日……一週間……いや一か月かな?」
本当に何をするというのだろうか。でもこれ以上は干渉してはいけない。これ以上やると家から追い出される。お爺ちゃんは本気だ。だけど、そんなに本気にされると余計に気になってしまう。
それから一郎は朝食を終えると薫に一言もなく家から離れた。薫はすぐさま一郎の部屋を調べに行った。
部屋は鍵がかけられている。いつの間に家を出たんだろう。まさかこの部屋にずっといるというのか。
薫は外に出た。二階にある一郎の部屋の窓から進入するために長い梯子を使った。幸いにも窓には鍵がかかっていなかったため、中に入ることができた。
部屋の中はある程度片付けられていて、クリスマスツリーやリース、キャンドル、サンタの帽子、縞々のプレゼント用の靴下がいくつかあった。まるでこの部屋だけが毎日クリスマスのような光景である。
薫は部屋を辺り一面に見渡した。部屋には電気器具のようなものは一切なかった。
そんなクリスマスオーナメントの部屋にある物から、一郎が仕事で使用している物や甲高い声の正体がわかるものを探した。机に置かれているのはいくつかの書籍のみであるが、すべてサンタクロースに関する物のみであった。
お爺ちゃんはサンタクロースマニアだと思った。もしかするとクリスマスシーズンになるとボランティアでサンタの仕事をしているのかもしれない。ということは、普段は仕事をしていなくてただひたすらこの部屋でクリスマスになるのを待っているということになる。そうするとお金はどうしているのだろうか。
薫はもうしばらく調べようと思い机の引き出しを引いて中を調べた。引き出しの中には文房具の類と一通の手紙が入っていた。
薫は手紙を手に取り中身を読んだ。
シャクシャクへ
このような形で今の心境を告げようと考えたのは、天国に行く日が近付いているからです。あなたは病を治す薬を探しに色んな世界を行きますが、私はもう少しだけそばにいてほしいと思っていました。あなたには迷惑ばかりかけてきましたね。あなたが私に出会ったことで、あなたの運命は大きく変わったことでしょう。
あなたが仕事している姿はいつも輝かしかった。いつも楽しそうに仕事をしていた。これからもきっとそうなのでしょうね。私は心の奥底で申し訳ない気持ちがありました。十字架を背負う私にあなたはいつも優しかった。あなたに出会えたことで暗闇だった人生は明るく楽しいものとなりました。本当にどうもありがとう。
これから大変でしょうが、拓真のことよろしくお願いします。
前にこんな話をしたことを覚えていますでしょうか。もし拓真がサンタクロースになりたいと言ったら、サンタ名義は何にするかって話です。
二人で考えた名前「アイトーナノ」、サンタクロースらしい良い名前だと思います。ぜひこの名前を付けてやってください。
エバエーピー
手紙に書かれている内容はところどころ理解できなかった。シャクシャク、アイトーナノ、エバエーピー、サンタ名義とは何のことか。お父さんの名前の「拓真」が書かれているから、お爺ちゃんと関連した何かだというのはわかる。
僕は推測した。
「お爺ちゃんは……サンタクロース?」
手紙を見ながら小声で呟いていると、閃光が突然部屋一面に走った。閃光と共にピエロの姿をした人物が現れた。ピエロは甲高い声を出した。
「うぃーすシャクシャク、お土産いっぱい買ってきたぞ‼」
薫は目をゆっくりと開けた。
お爺ちゃんと話していた声の主だ。宙に浮いている。
僕はそれほど驚かなかった。なぜならお爺ちゃんが自分のことを話さなかったのは、この不思議な人物の正体を隠すことと何か関係があるのだとすぐに勘付いたからだ。
「あれ?お前誰だ?シャクシャクはどこだ?」
「薫だよ。シャ……シャクシャクってお爺ちゃんのこと?」
「お爺ちゃん……ってことは、君はシャクシャクの孫か。それでシャクシャクはどこに?」
「知らない。僕も探している」
「まあ大体検討着くがね。お邪魔したね。これ静岡のお土産、シャクシャクと一緒に食べてくれ」
魔法使いは薫にお土産の入った袋を渡した。
「その姿で出歩いたの?」
「おいらは魔法使いだぞ。姿を変化することだってできるんだ」
魔法使いは不思議な力で姿を変化させた。魔法使いは一瞬でスーツを着た髭面の中年の姿へと変貌した。
さすがの薫もこれには驚き目を大きく開けていた。
「どうだい、この姿なら周りに馴染むだろう」
魔法使いはすぐに元の姿に戻った。
「僕に見られても平気なの?」
「構いやしないよ。時々この姿で路上パフォーマンスをしている。じゃあそろそろ行くわ。長居は無用と言うしね」
「待って!まだ聞きたいことがいっぱいあるんだ」
薫は勢いよく止めた。
「おいらは旅行帰りでここに来ている。今日は疲れているんだ。また今度にしてくれ」
魔法使いは帰宅しようと魔法を繰り出そうとした。
薫は考えた。何としてもこの魔法使いにお爺ちゃんの手掛かりとなるものを聞き出さなければと強く思い、とっさに引き留めることのできるある一言を述べた。
「コーヒー飲んでかない?」
魔法使いはピタリと動作を止めた。
「頂こう。コーヒーは大好きだ」
当たりくじを引いた僕はホッとした。なぜか突然コーヒーが頭に過った。前にお爺ちゃんがコーヒーを飲んでいたからだろうか。
薫は魔法使いを一階のリビングまで誘導した。
「どうぞ」
魔法使いは薫から受け取ったコーヒーの臭いを嗅いだ。
「味が変わっている。シャクシャクの奴、豆を変えたな。まあこれはこれで悪くない」
魔法使いは薫が手前のソファーに座るとコーヒーを一口飲んでから語りだした。
「それで?おいらに聞きたいことって?」
「魔法使いさんは……」
「ポポだ。自己紹介が遅れたね。呼び捨てでいい」
「お爺ちゃんはサンタクロースなの?」
「そうだよ」
「ポポはお爺ちゃんとどこで知り合ったの?」
「それを話すと話が長くなる。一言で言うならアイブだな」
「アイブ……アイブってなに?」
「そこからか……うーん、シャクシャクが話してないことをおいらが話してもいいものだろうか」
「教えてよ」
「まあいいよ。コーヒーのお礼だ」
「えっ、いいの?」
薫はあっさりとしたポポの返答にキョトンとした。
「おいらは魔法使いだからサンタクロース協会にとやかく言われる筋合いはない」
「それで?」
薫は咳ばらいをしてから言った。
「アイブとはこの世界のことだ。薫がいる世界のこと。世界は数多く存在する。銀河のように数多くな」
「さっきお爺ちゃんの居場所は大体検討着くって言ってたけど、どこにいるの?」
「恐らくホイプトという世界のサンタクロース協会総本部に行っているんだと思う」
「それってどんな所?」
「気になるなら自分で行けばいいじゃないか。ライト法はサンタクロースの得意技だろう?」
「ごめん……また知らない言語が出てきた。ライト法って?」
「あぁそうか、ライト法を知らないのか。そりゃそうだな。魔法使いと違ってサンタクロースは、ライト法が使えなければ別世界に行くことができない」
「それじゃあ僕はお爺ちゃんの所には行けないんだ」
「大丈夫だよ。シャクシャクもいずれ帰ってくる。恐らく仕事の依頼が急に入っただけだろう。帰ってくるって言ったんだろう?」
「うん……でも、心配だよ」
薫は不安な気持ちを露わにした。
「連れてってやってもいいぞ」
「本当に!?」
「これも何かの縁だ。おいらがホイプトに連れて行ってやるよ。」
「本当にありがとう。ホイプトってどんな所?」
「百聞は一見にしかずだ。見ればわかる」
ポポは左手を突き出して魔法でホイプトに繋がる空間を作り出した。
薫はドキドキしていた。ポポの後ろに着きながら時空が歪んでいるかのような不思議な空間に入っていった。