ハッピーエンドがいいに決まってます
「うるさい!
お前みたいな生意気で説教くさい女なんて、誰ももらってくれるもんか!
だから行き遅れなんだ。
し、仕方ないから・・・えっ、おい。」
セシリアが真っ青になって涙を流していた。
「そう。そんなふうに思っていたのね。わかったわ。」
「ち、違う。今のは売り言葉に買い言葉で・・・」
「もういいわ。」
そう言うと、セシリアはさっと身をひるがえして走った。
これ以上ここに留まっていたら、感情が昂って言ってはならない事を言ってしまいそうだったからだ。
三つ年下のアレスとは母親同士が仲がよく、幼い頃から繁栄に会っていた。
アレスはお人形のように可愛らしく素直で、セシリアは大好きだった。
アレスが8歳の時「僕、大きくなったらリアの事お嫁さんにする。」と言ってくれたから、そうなれたらいいと思っていたのに、あんな事を言われるなんて。
家に帰って泣くだけ泣いたら、怒りが沸々とわきあがった。
『アレスの奴、覚えてらっしゃい!私は行き遅れたんじゃなく、行かなかっただけなのよ。こうなったらすぐにでも結婚相手を見つけやるわ!」
とはいえ、20歳のセシリアは世間では行き遅れ気味なのは確かだ。
この国の貴族女性は、16歳で社交界デビューを20歳までにはすでに婚約、結婚をしている女性が大半なのだ。
セシリアは16歳でデビュタントしたものの、その後いっさい夜会などに参加していない。
デピュタントの時に、セシリアの前に男性達が群がり、ギラギラした目をし、今にも乱闘がおきそうな雰囲気で恐怖を覚えたからだ。
その後、降るような縁談話がフォンティーヌ伯爵家にきたのだが、娘を溺愛している伯爵が握りつぶしたので、セシリアは知らない。夜会にいっさい参加していない今でもちらほらと縁談話があるのだが、それもまだ早いと握りつぶしている。
結婚相手を見つけるには、まずは夜会に出なくてはとセシリアは決意をし、父親である伯爵に夕食時、
「お父様、わたくし夜会に出席しようと思いますの。」と思いきって言ってみた。
「リア、どうしたんだい。夜会に出るのをあんなに嫌がっていたのに。」
「あの・・、わたくしもいい歳ですし、そろそろ結婚相手をと思いまして・・。」と真っ赤になる頬を手で押さえながら言った。
「くうっ。なんて可愛らしいらしいんだ、リア。嫌な夜会になど行って結婚相手を見つけなくても、ずっと家でお父様と暮らせばいいじゃないか。」
「あなた!せっかくセシリアがその気になったのに、このままずっとセシリアを家に引きこもらせるつもりですか。今はよくても、弟のジュリアスが妻を娶った時に肩身の狭い思いをするのはセシリアですよ。」と夫人が口をはさむ。
「僕はリア姉様がいれば、妻なんていらないけど。」
「お黙りなさい。ジュリアスはこの家を潰すつもりですか。」
「・・・」
「・・・」
「グラン公爵家の夜会の招待状がきていましたわね。それにお父様と出席なさい、セシリア。」
「はい。お母様。」
どうやらフォンティーヌ伯爵家はかかあ天下のようだ。
こうして、セシリアの夜会出席が決まった。
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グラン公爵家の夜会まではとても慌ただしく過ごした。
セシリアはデピュタントの時のドレスで充分だと思っていたが、普段慎ましく贅沢をしないセシリアに、両親がドレスや装飾品など新調するように強く主張したからだ。
経済を回すことも貴族の義務なのだと言われ、遠慮なく新調することにしたのだ。
「まあ、なんて細いウエストなのでしょう!出るところは出て、締まるところはしまって、お嬢様は女性の理想的な体型をしてらっしゃいます!その上にこのお顔!羨ましいかぎりですわ。」
仕立て屋の褒め言葉にお世辞だとわかっていても赤面してしまう。
「お、お嬢様!決してこのようなお顔は好きでもない男性の前でしてはいけませんよ!」
このような顔とはどういった顔だろうとセシリアは首を傾げながら頷いた。
セシリアも女性なので、新調されたドレスを見て沈んでいた心が少しだけ上向いた。
『よし、このドレスで結婚相手を見つけてアレスなんて見返してやる。』と意気込んだ。
夜会当日、朝からセシリアは侍女達に囲まれ、隅から隅まで磨かれた。
「ようやくお嬢様がその気になってくださって、私達の腕の見せどころですわ。」と涙を流さんばかりに喜ばれ、少々辟易しながらも素直に従った。
出来上がった頃には、まだ夜会に行ってないのに疲れきっていたが、自分が自分でないよう仕上がりだった。
「おお!とても可愛いよ、リア!」
「本当に綺麗だわ。」
「すごく素敵です。お姉様。」
家族に褒められ、少し自信のついたセシリアは
「ありがとうございます。素敵な結婚相手を見つけてきます。」と言い、父親を複雑な思いにさせた。
「では行こうか。」
「はい、よろしくお願いします、お父様。」
父にエスコートされ、会場に着くと会場が一瞬シーンとなりその後ざわめきが広がった。
『おお、伯爵の秘匿の百合が・・・』
『妖精が・・・』
なんの事を言っているのかわからなかったので、とりあえず微笑んでおいた。
『おお・・・』
『ああ・・・』
何か失敗してしまったのだろうかと父親を不安げに見れば、恐ろしい形相をして周囲を睨んでいた。
「あ、あのお父様?」
話かけると途端に優しい顔になって
「いいか、リア、決してお父様の側から離れるんじゃないぞ。」
過保護だなと思いながら
「はい。」と返事をした。
「ではまず、主催のグラン公爵にご挨拶をしよう。」
父親についていくと壮年の男性の前にたった。
父親に次いで挨拶をすると
「君が伯爵の溺愛している娘さんか。なるほど、伯爵が外に出したがらないわけだ。これは争いがおきるな。お嬢さん、妻が足を痛めてしまってファーストダンスを踊れないんだ。こんな年寄りで申し訳ないがファーストダンスの相手をつとめてくれないだろうか?いいだろうか、伯爵?」
父親を見ると頷いていたので
「わたくしにそんな大役がつとまるかどうか不安ですが、喜んで踊らさせていただきます。」
「公爵、ありがとうございます。変な虫が寄って来なくて助かります。」と伯爵が言った。
公爵のファーストダンスの相手をするということは、公爵の後ろ立てがあるから不埒な真似はするなよと牽制になるのだ。
「ハハ、こちらこそありがとう。こんな綺麗なお嬢さんと踊れるなんて妻の怪我に感謝だ。」と片目を瞑って妻の方を見る。
「ふふふ、聞こえてましてよ、あなた。こんなおばあさんと踊るよりさぞかし嬉しいでしょうね。」
「何を言うんだ。君はいつまでも若々しくて綺麗だよ。早く怪我を治して私と踊っておくれ。」と夫人の手を取ってキスをする。
素敵なご夫婦だな。私もこのご夫婦のように歳をとっても仲睦まじく暮らしたいなっと思っているとアレスの顔が浮かんできたので慌てて頭を振った。
ドキドキしながらのファーストダンスが終わり、公爵と父親の歓談中周りを見回していると、アレスの姿があった。
アレスは女性に囲まれていて少々困っているようだった。
『モテるのね。それはそうよね。すらっとして顔も絵本に出てくる王子様みたいだものね。囲んでいる女の子達もとても可愛らしくてお姫様のようだわ』
ツキんと胸が痛んだ。
そんな事を思いながら眺めていると、アレスと目が合った。すると、囲んでいた女性をかき分けるようにして、こちらに向かってズンズンとやってくる。セシリアは慌てて父親の影に隠れた。
「バーラント侯爵家のアレス君じゃないか。」
「お久しぶりです。グラン公爵、フォンティーヌ伯爵。」
挨拶もそこそこに
「セシリア嬢と踊る許可をいただけないでしょうか?」
「ほう。堂々としているな。」
伯爵もアレスになら結婚は別として、踊るくらいならいいだろうと思い、セシリアに聞いた。
「アレス君が踊りたいそうだ。どうする?セシリア。」
あんな事があった後で踊りたくなかったが、社交界でアレスに恥をかかせるのもしのびなく、爵位が上である侯爵家の誘いを断る事も礼儀を欠くことになる。
「・・・はい。」と渋々返事をした。
アレスにエスコートされ踊り場に行く。
「・・・」
「・・・」
しばらく無言で踊っているとアレスが口を開いた。
思いつめた切ない顔で
「リア・・・」と話しかけた。
「気安く呼ばないで。あなたとは絶交したわ。」
「リア、ごめん。違うんだ。あんな事を言うつもりじゃなかった。リアがいつまでも年下の子供扱いするから悔しくて。」
「それは・・、私もごめんなさい。アレスがいつのまにか私の背を追い越してどんどん大人びていくのが少し寂しくてついつい子供扱いしてしまったの。だからってあんな事言うなんてひどい!私今日は結婚相手を見つけにきたの。もうあんな事言わせないわ。いい方がいたら紹介して。」切ない気持ちでそう言った。
踊りの途中なのに、突然アレスに抱きしめられた。
「何するの!人前でこんな事したら、あなたも私も社交界の噂の的になるわ!離して!」
アレスはさらに 強く抱きしめながら、震えているような声で
「噂になればいい!僕以外の男と結婚なんて許さない!愛してるんだ。僕と結婚して、リア。必ず幸せにするから、お願いだリア・・」
諦めかけていたずっと望んでいた言葉を聞いて、セシリアはポロポロと涙を流した。
「バカ、バカ、どうしてもっと早く言ってくれなかったのよ。私も・・私も愛してる。」
「ああ、リア、愛してる。」
アレスが蕩けるような甘い笑顔をして
「本当はあの時言うつもりだったんだ。仕方ないから僕が貰ってやるって。」
「仕方ないから貰ってやるですって⁉︎そんなプロポーズないわ!」
「リアが子供扱いするのが悔しくてついついそんな言葉になっちゃったんだよ。僕は安心してたんだ、リアが社交界に出ないから。だから伯爵夫人からこの夜会に出席する事を聞いて生きた心地がしなかった。リアはとても可愛いから絶対に虫どもが寄ってくるって。」と周囲の男性を睨めつけた。
「そ、そんな事ないわ。誰も寄ってこなかったもの。」と潤んだ目で顔を赤らめながら言った。
「そんな可愛い顔ここでするなよ。それはリアの父上が・・」
「踊りを許可したが、こんな無礼な真似を許した覚えがないが。」
伯爵が恐ろしい笑顔でこめかみに青筋を立てながらやってきた。
「それは失礼致しました。何度も伯爵家に結婚の許可をいただけるよう申請したのですが、ご返事がいただけないのでセシリア嬢本人に許可をいただいていたところです。」とアレスがしれっとした顔で言い返した。
「ぐぅっ!」
セシリアはなんの話かわからず「えっ?えっ?どう言う事ですか?お父様。」
「いやぁ、リアには結婚はまだ早いと思ってね。」としどろもどろになって汗をかいている。
ようやく事態を飲み込めたセシリアは「お父様、ひどいわ!私何も知らずにとても辛い思いをしたのに!」と涙目で訴える。
「くっ、セシリアすまん。」
「では、あらためて。」とアレスが跪き、セシリアの手をとり
「セシリア嬢、愛しています。どうか私と生涯を共にしていただけませんか?」とその手にキスをした。
「はい、私もアレス様をお慕いしています。どうぞよろしくお願いいたします。」
周囲から「わー!」と大歓声が上がり、祝福の声がかかった。
「おめでとう!」
もっとも、それと同じくらい男性達からは怨嗟の声、女性達からは泣き声が上がったが。
2人は幸せいっぱいの笑顔でそれにこたえた。
伯爵は苦虫を噛み潰したような顔をしていたが。
その後社交界では、ダンスの途中でプロポーズする事が流行ったそうだ。
何はともあれめでたし、めでたし。
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