006 変革に必要なもの
「まさかヘスティアにあんな力があるなんて……!」
ロクス・アモエヌスから戦いを観戦するボタンは、その力を見て驚愕する。
艦長やオペレーター、そしてテミスの操縦席で見守るアリウムも、これにはさすがに驚きを隠せない。
真なる力を隠す操者は少なくない。
操者同士は、フォークロアを狩る仲間ではあるが、同時に序列を競い合うライバルでもある。
当然、フォークロアを撃破した数でも序列は変動する。
だがもっとも“手っ取り早い”のは、直接対決で相手を下すことだ。
そのため、相手に必要以上に己の情報を開示しない――それを“操者としての基本”と語る者もいるほどだ。
「へへっ、強がるんじゃねえよプリムラ」
プリムラの冷めた相槌は、ザッシュにも聞こえていた。
「それこそ虚勢だ。腹にでけぇ穴を開けられて平然と立っていられるドールなんざいねえはずだ。なんたって、その体にはオリハルコン以外にもデリケートな精密機器が山程詰まってんだからな」
ドールは、フォークロアと異なりただのオリハルコンの塊ではない。
もしそんなものに“神話伝承”を宿らせることができたとして、フォークロアと異なり人類に仇なす事は無いにしても、自分勝手に動き回る金属人形が生まれるだけだろう。
それを操るための魔力なのだが、しかしそれだけでは完全ではない。
やはり“科学による制御”が無ければ、完全なコントロールは実現不可能だ。
そのため、ザッシュの語る通り、ブランクドールであってもその機体には複数の最先端技術の塊が搭載されているはず――であった。
「それは、アニマにちなんだ“伝承”をドールの動力源に利用している場合、でしょ?」
「それ以外のドールなんて存在しねえ!」
「ごめんね、するみたい」
ガラテアが腹部に開いた穴に手を近づけると、みるみるふさがっていく。
「な……傷が癒えただと!? それがてめえのドールの能力か!」
「別にそういうわけじゃないけど……」
プリムラはただ、貯蔵していたオリハルコンで傷を埋めただけだ。
それでもガラテアが動くのは、この機体がプリムラの持つ魔力だけで駆動しているから。
根本的に、他のドールとは仕組みが異なるのである。
「なら癒えるより早くぶっ壊しちまえばいいだけの話だ! いくぞプリムラァッ!」
大地を砕き、駆け出すヘスティア。
接近しながら、虚空より炎の剣を抜き取る。
炉の神なだけあって、炎にちなんだ武装も搭載されているようだ。
「“フランベルグ”! 焼いて裂いて二度と戻らなくしてやる!」
「なぁんでわざわざ走って近づいてくるかなぁ」
プリムラはそれが単純に疑問だった。
真実を捻じ曲げる能力があるとするならば、相手に接近せず、ひたすらそれを繰り返せばいいだけではないか。
「こっちのほうが俺の性分に合ってるんだよ!」
「なら最初から能力なんて使わなきゃいいのに」
「うるせえ、大人しく灰になっちまえ!」
振り下ろされた剣を、ガラテアは横に飛び軽く回避する。
あまりに稚拙な剣筋だ。
素人であるプリムラにだってそれがわかる。
「うおぉぉおおおッ!」
ザッシュ本人はいっちょまえに掛け声をあげているが、ただただひたすらにかっこ悪い。
「見るに堪えない」
プリムラは素直な感想を言いながら、剣を避け腰を落とし、再び無防備な懐へと入り込む。
そして今度は掌底を、ヘスティアの胸部に叩きつけた。
ちょうど操縦席に大きな衝撃が伝わるような形である。
数十トンの機体が、空中にふわりと舞い上がる。
「ぐ、おぉおお……!」
Gと揺れで、ザッシュの意識は飛びそうになっていた。
いくらドールが衝撃を吸収し、姿勢を制御してくれると言っても、限界がある。
今頃彼の世界はぐるぐると周り、重力の方向すらわからなくなっているはずだ。
「追い打ちするけど、死なないでね」
ガラテアの腕を前に突き出すと、いつの間にか握られていたオリハルコンが形を変え、弓になる。
同様に作り出した銀色の矢をつがえると、空中のヘスティアを射抜いた。
ボヒュウッ――数多のフォークロアを一撃で仕留めてきたその矢が目前まで迫り、ザッシュに“操者の直感”のようなものが働いたのだろう。
「やられるかよぉおおおおッ!」
ヘスティアの背中から翼のように炎が吹き出し、強引に空中で体の向きを変えた。
結果、ガラテアが放った矢は肩をえぐるのみにとどまる。
「チッ、しぶとい」
プリムラは思わず舌打ちした。
ザッシュは着地を待たずに、焦りながらも例の力を発言させる。
「づうぅっ……俺はダメージなんて受けてねえ、食らったのはプリムラのほうだッ!」
捻じ曲げられる現実。
景色が歪み、次の瞬間、ガラテアの右肩にえぐったような傷が生じる。
対するヘスティアは、無傷でずしんと大地を踏みしめた。
「なんかその力、セコくない? ザッシュらしいと言えばそうかもしれないけど」
ガラテアの右腕をだらんと力なく垂れている。
「はっ、言ってろよ。今の俺には負け惜しみにしか聞こえねえよ」
「負け惜しみ? なにが?」
「お前のドールは、どうあっても俺のヘスティアにダメージを与えることはできねえ。二度も試したんだ、もうわかったろ?」
「そうだねぇ……そうかもしれない」
「んだよ、認めたくないからって言葉を濁してんじゃねえ。それによぉ、俺はまだヘスティアの力を全部引き出したわけじゃないんだ」
ヘスティアの灰色の体には、“虚勢こそが真なり《リアライゼーション》”の発動を示す紋様が浮かび上がっている。
だがそれとは別に、炎を思わせる赤い線が現れたかと思うと、機体の両側に、機体と同じぐらいの大きさをした“炎の巨人”が二体生み出される。
「サーヴァント・リクトール」
ザッシュが指示を出さずとも、二体の巨人は、ヘスティアを守るように一歩前に出た。
さらに一旦赤い線が消えたかと思えば、再び浮かび上がり、今度は機体の背後で“炎の鳥”が五体羽ばたく。
「ファミリアバード」
加えて、ヘスティアは両手に炎の剣――フランベルグを作り出し、握る。
そのうちの一方をガラテアに向けると、ザッシュは得意げに言いきった。
「これが俺の、“最強の布陣”だ。自動的に俺を守るリクトールに、どこまでもお前を追尾するファミリアバード、そして能力による現実改変。今はまだクラスCに甘んじてるが、クラスAの連中……いや、クラスSにだって劣らない力を俺は持っている。少なくともプリムラ、ここから先は、敗北者であるお前にはどうあがいても届かない“勝利者の領域”だ!」
なるほど確かに、決定打となる火力はないものの、それを補って余るほどの圧倒的な手数である。
この物量から逃げ切ることは困難だろう。
よしんばそれを突破してヘスティアにダメージを与えられたしても、ザッシュはそれを否定し、拒絶し、自らのダメージを相手に転化する。
最強の布陣――それは決して、ただのはったりなどではなかった。
「リクトール……なんかすっごい強い用心棒みたいな人のことだよね。ウェスタの処女を守ることもあったって……ふふっ、処女……ザッシュが処女……っ」
「なに笑ってやがる! お前は自分が追い詰められてるのがわかんねえのか!?」
「あぁ、わかってる。わかってるよ? でも、なんていうかさ、ザッシュらしいなと思って」
「どういうこった」
「ぞろぞろと取り巻きを引き連れてさ。わたしをいじめるときも、いつだってそうだったよね。仲間と一緒に暴力をふるって、連帯感を高めていくの」
他者を見下し、踏みつける行為は、とても気持ちがいい。
しかしプリムラをおもちゃとして扱うためには、ザッシュのグループに入らなければならない。
ギブアンドテイクの関係だ。
そうやって、彼は取り巻きを増やしてきた。
「忠誠と呼ぶには薄っぺらい関係を築き上げて、お猿の大将になって大満足。人生楽しそうで羨ましいなって思ってた」
「減らず口を!」
「違うよ、これは素直に褒めてるの。きっとね、ザッシュの言う通り、わたしは敗北者なんだと思う。ザッシュみたいに、他人に迷惑をかけながら、けれどそれを反省せずにさらに別の人の幸せを食い散らかしていく。そういう生き方ができる人こそが、真の勝利者なんだって、わたしもわかってる」
目を細め、焦点をぼかしながら、物憂げに言葉を発するプリムラ。
「世の中ってそういうものだよね。結局のところ、綺麗で、真っ直ぐで、正しく生きたってなんの得もしない」
彼女は今日にいたるまでの経験で、その現実を身をもって理解した。
プリムラは殺されかけた。
けれど、それは誰の罪でもない――いってしまえば、合法的な殺人が成立しようとしていたのだ。
誰も止めようとせず、誰も責められることなく。
原因は全員にあるのか、“殺人鬼の娘、プリムラ・シフォーディはコロニーに不要である”という空気感がそうさせたのか。
いや、違う。
誰かがいるはずなのだ。
最初にプリムラの死を望み、そういう状況に追い込んだ何者かが。
たとえば、軍がそれに関して調査をすれば、いずれ犯人は見つかり、逮捕されるだろう。
しかし軍は動かないし、仮に犯人がわかったとしても、誰も彼のことを軽蔑はしない。
間違っているにもかかわらず。
人殺しであるにもかかわらず。
“犯人の娘”であるプリムラは虐げられ、“プリムラを殺した”当人は罰せられない。
「そうだよ、世の中ってのは力が全てなんだよ! 正しさも過ちも全部それだけで踏みにじることができる! だからお前は俺にひれ伏すしかねえんだ!」
「うん、前はそうだったね。でも今は逆だよ」
「ちょっと力を手に入れたからって全能感に溺れてんじゃねえよ!」
ヘスティアを囲む炎の従者たちが、一斉にガラテアに襲いかかる。
まずは浮かび上がる五体の鳥だ。
その速度は、少なくともヘスティア本体よりも上である。
だがそれでも、プリムラから見れば遅く見える。
軽く体を傾け、間をすり抜け回避。
直後、二体の巨人が前方から襲いかかってきた。
繰り出された拳を、腕でガードする。
ドスン――と少し重めの感触が、操縦席を揺らした。
(こいつら炎の塊なのに重さがある……)
実体があるのなら――と腕を掴み投げようとしたが、握った手は空を切り、高温の炎に焼かれるのみだった。
「厄介だろ? こっちの攻撃は届いても、お前からの攻撃は通用しねえ!」
そう言いながら、ヘスティアは両手に握ったフランベルグを投擲する。
後退し距離を取ろうとするガラテア。
しかし背後からは、先程避けたはずの炎の鳥が再び迫りつつあった。
(追尾してくる――たぶんあれも、物理的に叩き潰すことはできないんだろうな)
おそらくヘスティアからごく少量のオリハルコンが分け与えられ、攻撃する部位のみ補強する仕組みなのだろう。
加えて、二体の巨人は次なる一撃を繰り出そうと構えている。
「もらったぞ、プリムラあぁぁぁッ!」
完全なる挟み撃ちに成功し、勝ち誇るザッシュ。
対するプリムラは、まだまだ余裕である。
ガラテアは後ろに跳ぶと、くるりと空中で回転して一体目の鳥を回避する。
そして地面に手を付き、その力だけで体の向きを変えて二体目三体目をやり過ごす。
片手の力で浮き上がり、巨人の拳をスルーしたなら、投擲されたフランベルグを足場にしてさらに跳躍し、残るファミリアバードもガラテアの下方を通り過ぎていった。
「なっ、全部避けやがった!?」
「もうちょっと早くないとねー。あと威力も――」
ガラテアは空中で弓を取り出し、力いっぱい弦を引く。
「もし当たったとしても、大した傷にはならないと思うよ」
そして、『これは当たったら危険だぞ』と言わんばかりに、矢を放った。
「ちいぃっ!」
ほぼ視認不可能な速度で接近する矢を、辛うじて体を傾け避けようとするザッシュ。
しかし矢じりはヘスティアの胸部を掠め、操縦席を保護する隔壁を吹き飛ばす。
「て……てめえ、操縦席を狙いやがったな!?」
「だって本人が死なない限り、何回だって傷は治るんでしょ?」
「だからって本気で殺すやつがいるかよ!」
「その言葉、そっくりザッシュに返すよ。人を殺そうとしたくせに、自分は殺されないと思ってたの?」
苛立ち、感情が高まると、自然とプリムラではない誰かの発した言葉がせり上がってくる。
理性が弱まったことにより、それを止められなくなる。
「甘えるんじゃねえよ」
「っ……!」
それは他でもない、彼女が取り込んだ“ガラテア”が発した言葉だった。
普段のプリムラとはギャップのある口調、そして迫力に、ザッシュは怖気づく。
「お、俺は傷を負っていない、食らったのはプリムラだ!」
ビビりながらも、虚勢こそが真なり《リアライゼーション》を発動。
ヘスティアの傷は癒え、逆にガラテアの装甲が消滅する。
プリムラはすぐさまそこに手を当て、オリハルコンで傷を塞いだ。
(めんどくさい、本気でこのまま殺しちゃいたい……ああ、でもザッシュの言う通りなんだよね。いくらドール同士の決闘でも、操者を殺せば罪には問われる。正真正銘、わたしが人殺しになっちゃうってこと)
どうにかして、本人を殺す以外にあの能力を阻止する方法を探さねばならない。
魔力消費の激しさから、せいぜい一回か二回程度で打ち止めだろうと思っていたのだが、本人の様子からして思ったより燃費はいいようだ。
(ほんと理不尽だ。なんでわたしだけ責められなくちゃならないんだろう。あいつらは人を殺そうとしたって罰されずにのうのうと生きてるのに)
人殺しは許されない。
けれど許される人殺しもある。
彼らはそれを、プリムラに対して実行しようとした。
その嘆きは道理にかなっているはずなのに、なぜか世の中はそれを受け入れない。
なおもプリムラを悪者として、死んで当然だと言い続ける。
(やっぱり罰は、与えないと。それができるのは私自身だけ。プライドをへし折れればそれでいいと思ったけど、うん……やりすぎるぐらいでちょうどいいんだよね、きっと。わたしはそれを拒むけれど、ガラテアなら、そうしたはずだから)
プリムラは、わがままに生きると決めた。
しかし彼女は、生粋の弱者だ。
言い換えれば、お人好しという言い方もできるのかもしれないが、人殺しの娘という他者から蔑まれる立場の場合、それは“見下しやすい、踏みにじりやすい相手”という意味になってしまうのだ。
変わるしかない。
だが、人の性根はそう簡単に変われない。
ならばどうするべきなのか――
「わかる、わかるぜプリムラ! お前、焦ってんだろう? だから口先で俺を惑わそうとする。仮にその傷の治癒がお前の能力だったとして、そう何度も繰り返し使える力じゃないはずだ。何度も繰り返していくうちに、いずれ魔力が尽きるはずなんだよ!」
どうやら、ザッシュも考えることは同じようだ。
しかし生憎、別にこれはプリムラの能力、と呼ぶほど大したものでもないので、何度だって繰り返し使えるし、魔力だってほとんど消耗しない。
「それになぁ、たとえ大した傷にはならなくても、ノーダメージとはいかねえはずだ。じわじわと、嬲って焼いて追い詰めてやるよぉ!」
それから、ヘスティアによる怒涛の攻撃が始まった。
ファミリアバードはどこまでもガラテアを追尾し、触れた瞬間に爆発する。
数は五個が上限。
これを上回ることはできないようだが、しかし爆ぜたそばからすぐに補充されるので、プリムラは延々と五体の炎の鳥の相手をすることになった。
もちろん、巨人も同時に襲いかかってくる。
ヘスティア自身は、弓による攻撃を恐れてか、少し離れた場所からフランベルグを控えめに投擲するばかりだ。
ザッシュの宣言通り、じわじわと、炙るようにガラテアの装甲に傷が増えていく。
「そらそらどうしたぁ! 自慢の弓は使わねえのか? このまま逃げてたっててめえが消耗するだけだぞ!?」
「……」
「黙ってねえでなんとか言えよ。さっきまでの饒舌さはどこに行ったんだ? それとも追い詰められて余裕がなくなっちまったのか!?」
「……」
「お前みたいな虫けらに俺が話しかけてやってんだよ、反応ぐらいしろってんだよぉ!」
巨人の拳をくぐり、前方に周りながら炎の鳥を回避すると、投げつけられるフランベルグを蹴り落とす。
プリムラは無視しているわけではない。
集中していて、ザッシュの声が聞こえていないのだ。
だが決して、回避に集中しているわけではない。
もっと別のことに、意識のリソースを注ぐ必要があったのである。
テケテケと戦闘し、ガラテアの力を手に入れてから今まで――全ては、ほんの数時間で起きた出来事である。
休み無くフォークロアとの戦闘を繰り返し、戦艦の現在位置を計算しながら移動して、ザッシュとの戦闘を開始した。
つまり、プリムラには考える時間がこれっぽっちもなかった。
「おらおらぁっ! どうだ、俺の怒涛の攻撃は! そろそろきつくなってきたんじゃねえか?」
彼女は悩んでいた。
せっかく卵が孵化して、アニマが目覚めて、他の操者に負けない力を手に入れたのに、なぜドールの外見が変わらないのだろう、と。
ブランクドールは、地味である。
全身真っ白だし、武装もないし、装飾もない。
とにかくのっぺりとしていて、可愛げも、かっこよさも無いのだ。
腕を強化するついでにちょっと篭手っぽいものをつけてみたり、足を強化してグリーブっぽくしてみたりはしたのだが、それでもやはりブランクドールはブランクドール。
「でもよぉ、お前がたとえ泣き叫んで命乞いしても許してやんねえからな。さんざん馬鹿にされたんだ、傷つけられた俺の尊厳は、お前の命じゃねえと償えねえんだよ!」
年頃の女の子としては着飾りたい。
ドール乗りとしてはかっこいいのにも乗りたい。
それを実現するためには、自分自身でデザインするしかない。
「逃げてばっかいねえで大人しく死ね! お前に死ぬ以外の価値なんてねえんだよ! 殺人鬼の血を引いてる時点で――いや、生まれた時点でお前は死ぬべきだったんだ! 他人に迷惑をかけるだけのマイナスの存在! だったら死ねばプラスになるだろうが、世の中がよぉおお!」
それに、どうせだったらドールらしく、“特別な力”も欲しいところだ。
その全てを得るために、ガラテアの知識を総動員し、なおかつ集中して思考する時間が必要だった。
幸い、ザッシュの攻撃の回避は片手間でもどうにかなった。
イメージが固まり、オリハルコンを変形させるための魔力の準備も整い、あとはタイミングを待つのみである。
「……できた」
「もらったぁぁぁああああ!」
ザッシュは、それこそ『完全にこれで仕留めた、俺の必殺の一撃の前にはどんなドールも倒れるしかない』ぐらいの勢いで叫ぶ。
フランベルグが回転しながら迫り、上空からはファミアリアバードが、そして炎の巨人までもこちらに突進してくる。
ガラテアはヘスティアの最大火力を前に、しかし避けようとはしなかった。
足を止め、意識を研ぎ澄まし、自分のことだけを考える。
そして――ガラテアを中心に大きな爆発が発生した。
「くっ……」
強い爆風が周囲を薙いで、アリウムの操るテミスは、顔を腕で守るような仕草を見せながら両足を踏ん張る。
上空で待機していたノクス・アモレヌスも、風にあおられぐらりと傾いた。
「へへっ、大口を叩く割には大したことなかったな」
爆煙立ち込める地上で、勝利を確信するザッシュ。
「あ……あぁ、プリムラ……」
後悔の中で、絶望に打ちひしがれるアリウム。
「プリムラさんっ……」
「勝負あったか」
ボタンと艦長も、誰もがガラテアの消滅を確信し、嘆くものもいれば、“ようやく終わったか”と安堵する者もいた。
爆心地付近には煙が立ち込めており、そこに存在するであろう残骸を確認することはできない。
(……はは)
思わずプリムラは心の中で笑った。
誰もが自分の敗北を確信しているこの状況。
その中から颯爽と、不死鳥のごとく現れようというのだ。
まるで物語のヒーローのようではないか。
なんという、寒気のする茶番だろう。
しかし、ザッシュのプライドを打ち砕くのにはおあつらえ向きである。
ザッシュも、二人に戦闘に集中している観戦者たちも気づいていないが……周囲に落ちていたフォークロアの残骸の数は減っていた。
さらに言えば、五十メートル級の残骸だってその場にはない。
戦闘の余波で吹き飛ばされた――わけではなく、ガラテアが回収したのだ。
そして質量と体積を超圧縮することで、大量のオリハルコンを貯蔵することに成功した。
ヘスティアから受けた傷を癒やしたのは、その貯蔵分の一部を魔力によって変形させていたのである。
そして、それは同時に、ドールそのものを変形できるという意味でもあった。
「ガラテア、モード“賢者”」
溜め込んでいたものも含め、プリムラは頭で組み立てた設計図通りに、ガラテアを組み替えていく。
ブランクドールに毛が生えた程度の質素な機体ではなく、他のドール同様に、アニマの特徴を如実に現した“らしい”姿へと。
煙が晴れる。
変わり果てたガラテアが、ザッシュたちの前に現れる。
「な、なんだあの姿はっ!?」
機体色は純白から暴力性を感じさせる赤へ。
スラッとシャープな輪郭になった頭部の両側からは、アンテナのようなものが二本突き出しており、それは耳にも見えるし、悪魔の角のようでもあった。
しかし角に限った話ではなく、尖った爪や細身の体にと、全体的に賢者と言うより悪魔と呼んだほうが近い。
唯一今のガラテアを賢者たらしめているのは、背中に浮かび上がる青い“魔法陣”だろう。
「シナプスネットワークを利用した魔法陣投影……当時の魔術師たちが今も生きてたら、口を揃えて『便利な世の中になったな』って言うんだろうなぁ」
魔術を行使するにあたって、一つの大きなハードルであった魔法陣の生成。
それを、ネットワーク上にアップロードし、呼び出すだけで行えてしまうのだ。
現代の魔術革命とも呼ぶべきその技術は、魔術の煩雑さを大幅に軽減することに成功した。
同時にそれは、魔術の安定性に割いていた分を、威力の特化に利用できるという意味でもある。
「すまんなザッシュ、待たせちまって。これ作るのに時間かかってたんだよ」
プリムラは、己の人格をガラテアに寄せた。
表情も、思考も、口調も――生前の彼女と似たものになり、プリムラはさらなる残酷さを得る。
もしもこの姿になる前にザッシュが敗北していたなら、なにも失わずに済んだかもしれない。
だがもう遅い。
ザッシュ自身も、赤いガラテアから発せられる異様な雰囲気に、薄々やらかしたことを感づいていたが、ここまで来たら退くわけにもいかない。
「へ……へへ……つくづくそういうハッタリが好きなやつだな、プリムラ! 惑わされねえからな、俺は――!」
「一撃で終わらせる」
ガラテアの背後に浮かぶ魔法陣が、青から赤へと変わる。
それを見た瞬間、ザッシュの本能が『逃げろ』と警告を発し、同時に機体も動いたが――それでも遅い。
気づけば、ヘスティアは手足を切断され、胴体だけで空中を舞っていた。