041 悲嘆臨界リベンジャー
ゆっくりと、足音を殺して怪物の群れへ近づくプリムラたち。
石の武器は重く、握る手は汗で濡れており、思わず滑りそうだが、そうならないように何度も強く握り直した。
近づくにつれて、その数の多さと圧迫感は強くなっていく。
いくら人間よりも強い身体能力を得たとしても、ここをアトカーを守りながら突っ切るのは不可能ではないか――そう思い、ラスファは少し不安げに、並んで歩くプリムラの横顔を見つめた。
しかし彼女は、その視線に気づきながら反応を示さない。
(本気でこのまま突っ込むつもりですの? いや……でも彼女の顔に現れる自信……何か策がありそうですわ。それも、とびきりろくでもない策が)
格納庫から一番近い遮蔽物に身を隠す。
ここが最後だ。
次に一歩踏み出したら、もう逃げることはできない。
だが後方から新手が現れないとも限らない。
ここでタイミングを図るのに時間をかけることもできないのだ。
「……さて」
沈黙の中、一番後ろに立つアトカーが、小さくつぶやく。
「私の役目を果たすときが来たようだな」
「お祖父様?」
アリウムは怪訝そうな顔で彼を見た。
「妻は死んだ。娘もこの世にはいない。そしてこのまま私だけ無事に戻れたとしても、議員資格を剥奪されて安楽死させられるだけだ。ならば、どれだけ無残でも、私は自分の命を意味あることに使いたい」
なおもアトカーは、どこか穏やかさすら感じさせる表情で、アリウムに語りかける。
「アリウムよ。お前にはどうか、大義や正義のような、“自分の外”にあることにこだわらず生きて欲しい。人生はいつだって二者択一だ。選択肢も示されぬうちに、気づけば選んでしまっている」
「何を、おっしゃっているのですか?」
「失って初めて気づくのだ、自分が選んでいたことに。ああ、この歳になってようやくわかったよ。あれもこれもと、多くを望んで、多くを手にしたつもりで、本当に大事なものを取りこぼしていたのだな。どうかお前は――そんな人生を歩まないでくれ。最後に残ったルビーローズ家の人間として、悪魔に魂を売ってでも、自分のために幸せであってくれ」
最後に彼はふっと笑い、身を隠す物陰から駆け出した。
アリウムは目を見開き、手をのばす。
「まさか……お祖父様ッ!?」
声を抑えることはできなかった。
彼女が全力でそう呼ぶと、怪物たちは一斉に、飛び出したアトカーのほうを向く。
「さあ、私を食い散らすがいい、化物ども! この命、娘のために捧げられるのならば、後悔など一切ありはしない!」
大げさに、まるでステージ上から観客に語りかけるようにして、アトカーはそう叫んだ。
怪物たちは大きな口から涎を撒き散らしながら、彼に殺到する。
「行こう」
その隙に、格納庫に入り口に向かって走りだそうとするプリムラ。
彼女はアリウムの手を握り、強引に連れ出そうとしたが、
「お祖父様っ、お祖父様あぁぁあっ!」
彼女は錯乱した様子で、動こうとしない。
仕方なしに、プリムラは彼女の体を強引に抱き上げた。
ラスファとフォルミィもあとに続く。
(プリムラ……ルビーローズ議員の命を作戦に組み込んでましたのね!? でも、彼もそれを理解した上で……)
ラスファはプリムラにいくつか言いたいことがあったが、今はぐっと飲み込む。
「お祖父様っ、お祖父様っ、いやあぁぁああっ!」
プリムラの腕の上から、必死に腕を伸ばすアリウム。
「ぐ、がっ、あ、がああぁあああっ!」
すでにアトカーは怪物に囲まれており、その中心からは悲痛な叫び声が聞こえてくる。
血や、体の一部が飛び散る様子も見られた。
プリムラは、できるだけアリウムにその光景を見せたくなかったが、こちらにも怪物が迫っており、それだけの余裕がない。
眼前から迫る敵を、プリムラは魔術で突き刺し、断ち切り、叩き潰す。
ラスファやフォルミィも、渡された武器で応戦する。
幸い、目的地までの距離はそう遠くない。
プリムラが炎の魔術で、マーブル模様の歪んだ扉を吹き飛ばすと、ついに格納庫への道が拓いた。
「っ、うううぅ……プリムラぁ……お祖父様が、お祖父様がぁっ!」
「辛かったね、アリウムちゃん」
できるだけ優しく、染み込ませるように声をかけるプリムラ。
優しく抱きしめる腕。
体を包み込む体温。
何もかもが心地よく、アリウムは全てを委ねたくなる。
「このまま、わたしのドールに一緒に乗る?」
その甘い誘いを、しかしアリウムは首を振って拒んだ。
「ああ……ああぁ……それは、違うんだ。お祖父様が望んだのはそういうことじゃない。きっと、プリムラも……そうなんだろう? 必要なのは現実逃避じゃない。報いだ。怒りは、飲み込むんじゃなくて、晴らすべきなんだ。そう、期待しているんだろう?」
アリウムは悲しみを怒りに変換して、それを前に進む力とする。
「降ろしてくれ、プリムラ。私はテミスで、あの怪物どもを叩き潰さなければならない……ッ!」
怒りを憎しみへと変えて、それを戦意とする。
地面に下りたアリウムがテミスの足元に立つと、胸元のハッチが自動的に開く。
白と水色の装甲は、薄暗い格納庫の中で鈍く光っている。
右手には力の象徴たるランスを、左手には正義の象徴たる盾を握り、『早く私に乗れ、お前の感情を果たせ』と言わんばかりにアリウムを見下ろす。
彼女は地面を蹴って、高く飛び上がると、くるりと一回転してコクピットに乗った。
シートに腰掛けると、ハッチは勝手に閉まる。
両手を前方にある、球形のイメージデバイスに乗せ、目を閉じて集中すると、各種計器が起動した。
コクピット内が照らされ、前方には外の風景が映し出される。
その頃、少し遅れて、プリムラやラスファ、フォルミィもドールに乗り込んでいた。
また、破壊された扉からは、大量の化物たちがなだれ込んできている。
その波のような流れの中に、アリウムは――
「……あ」
アトカーの頭部を見つけた。
だがすぐに、近くにいた化物が口を開くと、その白い歯でぶちゅりと噛み潰す。
大好きな祖父の死を、望まずとも押し付けられる。
「ああ……うああ、ああ、ああぁぁああああああああああッ!」
何度目の叫びだろうか。
いくら繰り返しても、湧き上がる感情の波は収まりそうにない。
祖母が死んだ。
祖父も死んだ。
自分を育ててきてくれた二人が、目の前で、無残に殺された。
「許すものか」
これは紛れもなく、正義である。
ゆえにテミスは応えた。
瞳は怒りに呼応するように赤く光り、いつも以上に機体全体に魔力が満ちる。
「お前たちも、それを生み出したザッシュも、私は、絶対に許さないッ!」
右手に握るランスが、周囲の景色を歪ませるほどの超振動を開始する。
背部の加速用バーニア周辺に、輝く粒子が飛び交った。
そして――
「駆けろテミス! 奴らをこの世界ごと消し去るためにぃッ!」
ゴオオォォッ!
バーニアが激しく噴射し、テミスはその巨体を、瞬時に最高速にまで加速させた。
残像すら置き去りにして、それはただただ前進する。
前に突き出したランスは、振動にて怪物を粉微塵に砕く。
風圧より己を守る盾は、しかし触れた物質をその強固さにて叩き潰す。
そして大地をえぐりながら駆けるテミス自身もまた、凶器となって、一切合財を破壊した。
無論、コクピットには強烈なGがかかるが、目を血走らせ、アドレナリンで感覚を麻痺させた今のアリウムは、それすらも耐えてみせる。
「うぅぉぉおおおおおおおおッ!」
血走る目。
こめかみに浮かぶ血管。
鼻血を流し、食いしばる歯にも血が滲み、なおもテミスは止まらない。
格納庫から世界の端まで。
それを止めようと、びっしりと敷き詰められた怪物の群れを踏み散らし、ほんの数秒でその果てまで到達してみせた。
「はぁ……はぁ……」
コクピット内で、汗を滴らせながらうつむくアリウム。
セイカがコピーしたテミスは、オリジナルとほぼ同等のスペックを持つ。
つまり、複製品だから、こんな無茶ができるわけではないのだ。
テミスは元より、小細工や特殊能力の類が乏しい一方で、“基本能力の高さ”が強みのドール。
ゆえにアリウムは、一年生にしてクラスCの序列一位にまで上り詰めた。
経験を積み、テミスのスペックを限界まで引き出すことができたのなら、クラスA、あるいはSに到達することも可能であろうと呼ばれたほどの代物だ。
つまり、この出来損ないの異世界を、まるで真っ二つに割るように貫いてみせたのは、全て感情に任せただけで、その力の片鱗を見せつけたということ。
そしてなおも、その怒りは収まっていない。
「はぁ……まだまだぁ……ッ! お前たちを、全て殺しきるまでぇ……!」
どこからともなく湧いてきた怪物を、盾でぶちゅりと押しつぶす。
まともな生物なら原子レベルにまで分解されているはずだが――テミスが破壊した怪物たちは、すでに再生を始め、突進により開いた道を、再び塞ごうとしていた。
「私はッ! 止まりはしなぁぁぁぁあいッ!」
再度、バーニアの噴射――テミスは弾丸となって、まるで音速のブルドーザーにでもなったかのように、いくつもの“線”を世界に刻んでいく。
端に到達したなら、すぐに次の端へ。
宣言通り止まらない。
テミスは基本スペックに全てを頼るがゆえに、燃費にも優れている。
だから止まらずに、それを繰り返すことが可能だった。
「とんでもないドールですわね、わたくしたちの出番がありませんわ」
「家族が死んだんだ……怒るもの当然だと思うぞ」
ラスファとフォルミィは、この世界を駆け回るテミスを眺めながら言った。
プリムラを含めた三人はすでにドールの設定を変え、外部スピーカーを使ってコミュニケーションを図っている。
元の世界なら、シナプスネットワークを使った通信で会話可能だが、ここはネットが使えないのだ。
「でも、本命はまだ出てきていないのでしょう? プリムラ、このまま消耗させていていいのかしら」
「あいつら、どれだけ倒してもまた復活してくるしなあ」
ラスファの乗る純白のドール“ディアナ”と、フォルミィの乗る橙色のドール“ヘルメス”は、早くも蘇り近づいてきた怪物たちを、プチプチと踏み潰す。
先ほどまで、あんなに恐れていた相手が、こんなに簡単に倒せるなんて――ドールの強力さと、ドールに乗れない自分たちの脆弱さを、改めて痛感する。
「ううん、あれでいいと思う。わたしたちも手伝おう」
「手伝うと言われましても……」
「どうしたらいいんだ? 手当たりしだいにこの世界をぶっ壊せばいいのか?」
「さすがに脳筋が過ぎますわよ」
「いや、そういうことだよ」
「えぇ……」
戸惑うラスファに、得意げに「えへん」と胸を張るフォルミィ。
その理由を、プリムラが語る。
「この世界がドールの能力で作り出されたものなら、再生するには必ず魔力が必要になる。効率は悪いかもしれないけど、壊して無駄になることは無いし――」
「本命をあぶり出すことにもなる、ということですわね」
「そういうこと」
「そうと決まれば、あたしたちも暴れるしかないなあ!」
フォルミィがそう言うと、ヘルメスの脚部が輝き出す。
テミス同様、ヘルメスも実にシンプルなドールであった。
見たところ、体に武装らしきものは付いていない。
シンプルで細身な上半身と、複数個のバーニアが付けられた太めの脚部のみ。
ヘルメスのドールとしての“核”は、その脚部にあった。
能力の名は“奪えない自由”。
「ちょいやぁっ!」
妙な掛け声をかけると、ヘルメスは飛び上がり、歪んだ格納庫の天井をキックで突き破る。
そのまま高く飛び上がると、空中でバーニアを制御し、向きを変更。
「吹き飛べえぇぇぇえっ!」
そして地面に向かって急加速し、飛び蹴りを放った。
脚部の光は、そこに蓄積されたエネルギーに他ならない。
その証拠に、発せられる熱によって、周囲の景色がゆらりと揺れている。
それだけの力を、飛び蹴りの勢いを乗せて地面に叩きつければ――炸裂するのは道理。
ヘルメスの攻撃は、その場にいた怪物たちを蒸発させるのみに留まらず、大きなクレーターを作り出した。
「まったく、相変わらずうるさい子ですわね」
苦言を呈しながらも、ディアナは弓を引く。
その矢の名は、優しき苦痛よ、来たれ。
姉の駆るドール“アルテミス”と同じ名前でありながら、威力、性質共に劣る、コンプレックスの塊。
だが今は、そんなことを考えている場合ではない。
引き絞った弦を離すと、白き矢は高度を下げると同時に――十本に分裂。
地上でひしめく怪物たちを何十体も刺し貫いた。
「二人に比べて、非効率的すぎて嫌になりますわ」
確かに、テミスやヘルメスに比べれば、攻撃範囲は狭い。
それをカバーするように、ラスファは繰り返し、間髪を容れずに矢を放った。
ドールに蹂躙され、撒き散らされる怪物たちの血肉。
彼らは人間をモデルに作られているため、飛び散る骨、内臓の見た目や、充満する悪臭は、大量虐殺の現場とさほど変わりはなかった。
人殺しの経験に乏しい少女たちの心を、その外見で削っていく――それもまた、ザッシュの謀略なのだろう。
もっとも、今さらそんなものを気にするプリムラではないが。
三人が暴れる中、プリムラの乗るガラテアは、まだ動きを見せていなかった。
彼女はコクピットの中で、しばし考え込む。
「どうにかこの世界の腹をかっさばいて中身が見れないかと期待したけど……」
アリウムがぶち抜いた穴から、この世界を見つめるプリムラ。
彼女の目に映っているものは、単純な景色だけではない。
世界を作る魔力、その色や形、動き……全てを知ろうと、目を凝らす。
だが「ふぅ」とため息をつくと、彼女は浮かない表情でこう漏らした。
「やっぱり本人に会わないと難しい、か。間に合うのかな、決着までに。いや……お前が天才だっていうんなら、間に合ってくれないと困る」
ドールに乗ることで、命の危機は脱した。
だがラスファの危惧した通り、まだ決め手ではない。
ザッシュをあぶり出し、その上で、こんな世界を作れるようになった彼を打ちのめさなければならないのだから。
まだ足りない。
もっと必要だ。
時間と、情報と、知識と――ザッシュや、その先でほくそ笑む誰かをぶちのめすために。
「考え込んだって仕方ないか。わたしが言い出したことだしね。待つしかない状況で、ただ立ち止まって待ってるだけってのも、今の私の柄じゃあない」
ガラテアは炎の剣を虚空より引き抜くように作り出し、構える。
「前向きに考えよう。ここはボーナスステージだ。殺りたい放題壊したい放題、ストレス解消にうってつけの、暴力のテーマパーク。溜まりに溜まったガラテアのストレスを発散するいい機会。だったら――」
プリムラの表情が歪む。
凶暴性を孕んだ邪悪な笑みを浮かべる。
「暴れねえと損だよなあぁッ!」
ドールガラテアは、背部バーニアを更かしながら、炎の剣片手に怪物たちに突っ込んでいく。
本当に“考える”ことが必要になるそのときまで温存するべく、プリムラは感情任せに剣を振り回す。
今までの鬱憤を晴らすように、怪物たちを潰し、裂き、焼き尽くす――
間があいてしまい申し訳有りません。
気分転換というわけではないですが、タイトル変えました。
今後もよろしくお願いします。




