039 電脳生誕データチャイルド
目を覚ましたルプスが見たものは、見知らぬ天井だった。
コロニー内とは思えないほどみすぼらしい部屋。
ぶら下がっているランプも、わざとジャンク品を使ってるのかと思うほどぼろぼろである。
「う……くっ、は……」
ゆっくりと体を起こすルプス。
全身がずきりと痛んだ。
彼は上半身裸の状態で、体のいたるところに包帯が巻かれていた。
「よく生きてたもんだ……警察署でサクラってやつと会って、奇跡的に脱出して……そのあと、どうなったんだっけか」
自問自答するルプスに、彼の真横に座っているセイカが答える。
「繁華街近くのゴミ捨て場で、ゴミみたいになって倒れてたんですよ。そこを私が見つけたってわけです」
「セイカ・オースマントゥス……そうか、あんたが」
「いえ、こんな闇医者、私は知りませんよ。ここを紹介してくれたのは、たまたま通りがかった――」
セイカが部屋の扉を見ると、ちょうどそのタイミングで開き、ド派手な女装をした男性が現れる。
「この、ビューティ・ヒメさんです」
「あら、起きてたのね。あまりにアタシ好みのナイスガイだったから、つい手を差し伸べちゃったワ」
「あんた……その太もも」
ルプスは、ヒメの膨らんだ大腿付近を睨みつける。
「なぁに、ここが気になるの?」
「何を隠してやがる」
ヒメはスカートに手を突っ込むと、不敵に笑いながら、銃を取り出した。
「てめえ、俺の持ち物から勝手に盗りやがったな!」
「ヒメさん、どうしてそんなことを……」
「ひょっとすると、あなたがアタシのことを知ってるんじゃないかと思ったからヨ。でもその反応、心配無かったみたいネ」
彼女は少しつまらなそうに、ルプスに銃を投げ渡した。
戸惑いながらも、受け取るルプス。
「あんた……やっぱりそうなのか」
「な、何の話ですか?」
「プリムラの父親、ラートゥス。アリウムの父親、ティプロゥ。そして現大統領、ルドガー。その三人は、このヒメってカマ野郎の店をよく利用してた」
「ええ、懐かしいわねえ」
しんみりと言いながら、ベッドに腰掛けるヒメ。
「俺は店主が教団関係者なんじゃないかと思って、何度も探りを入れたが、結局は何も出てこなかったんだ」
「ふふっ、舐められちゃ困るわ。これでもアタシ――」
ヒメは袖をまくしあげると、自らの肩に刻まれた赤いタトゥーをセイカとルプスに見せつけた。
「教団の幹部だもの」
そして堂々と、そう宣言する。
ルプスは無言で銃を向け、セイカは驚愕しながらも距離を取り、構える。
だがなおも、ヒメは余裕の笑みを浮かべるばかりだ。
「待ちなさい、二人とも。確かにアタシは教団の幹部よ。でもイマジン教団は今や風前の灯火。幹部と言っても、大したことはできやしないワ」
「ふざけんじゃねえぞ……大統領も、デルフィニアインダストリーの社長だって信者なんだぞ!?」
「そうですっ、大したことができないなんて、ありえません!」
「それがね、困ったことに本当なのよ。アタシの所属するイマジン教団はネ」
まるで、教団が二つあるかのような口ぶりだった。
もっとも、外見からして胡散臭いことこの上ないので、嘘を付いている可能性は大いにあるのだが。
「だから、二人ともそんなに殺気立たないで。ちゃあんと、どういう経緯で教団が分裂したのかも話すつもりヨ。こんな世の中ですもの、誰がいつ死ぬかわからない状況――もう隠しておく必要も無いでしょうから」
ヒメは目を細め、寂しそうに語る。
セイカは少し構えを緩めたが、ルプスはなおも彼をにらみ続けていた。
「語るならこのままでも構わねえだろ」
「話しづらいわヨ」
「知ったことか」
「教団のコト、知りたくないの?」
「話さねえなら手足の一本ぐらい潰すつもりだ。幸い、ここには闇医者もいるらしいからな」
「あの子、怒らすと怖いわヨ? メスをダーツみたいに投げて、サクッて簡単に殺しちゃうんだから」
「まさか……闇医者とやらも、教団の人間なのか?」
「ピンポーン。アタシと同じ幹部ヨ」
「だったら、どうして俺を助けた」
「敵じゃないから。敵の敵は味方なの。ああ、言っておくけど、アナタの先輩を殺したのもアタシたちじゃないわヨ、それだけははっきり宣言しておくワ」
「そのことを知ってる時点で怪しさ満点なんだよ!」
話は平行線をたどっている。
これ以上語り合っても、溝はなおも深くなるだけだろう。
ルプスの疑い深さは、他者からするとうざったく見えるかもしれないが、彼自身にとっては武器なのだ。
ヒメだってそれはわかっている。
だからため息をついて、まるで子ども呆れる大人のように「仕方ないわネ」とわざわざつぶやいた上で、語り始めた。
「十年前、教団掃討作戦が行われたことは知ってるわね?」
「はい、プリムラさんとアリウムさんのお父さんがもたらした情報で、一気に壊滅まで追い込んだんですよね」
「だがそれは自作自演だった」
「それが違うのよ、困ったことに。本当にうちの教団のトップは死んで、壊滅させられたんだから」
「だったらどうして今も教団は残ってやがる!」
語気を強めるルプスを前に、ヒメは変わらない様子で冷静に告げた。
「別物だからよ」
つまり――今の教団と、過去の教団は別物。
ヒメはそう言いたいらしい。
「どういう……ことだ」
「教団は楽園を求めていた。その楽園は、ネットワーク上に存在する。人間はあらゆる苦しみから解放され、快楽の中だけで生きることができる……それがアタシたちの教義だったわ」
「まあ、理解できないでもないです」
「だがこの世界の人間を殺してまで楽園に連れてくって考えは理解できねえな」
「そのあたりは、教団の中でも派閥で分かれてたわね。でもどっちも潰れたわ」
「なら、今の教団はどんな考えで動いてるってんだ?」
「神よ」
ルプスは思わず「はぁ?」と鼻で笑ってしまった。
「神なんかいるわけねえだろ」
「アタシもそう思うわ。元よりイマジン教団は、特定の神を崇拝する宗教団体ではなかった。ただ、楽園を求めていただけなんだから。でも今は違う。彼らには、崇拝すべき神が存在するわ。そして、神の意思に従って動いている」
「その神の意思って、何なんですか? どんなことを望んでるんですか?」
「プリムラ・シフォーディの破滅」
「何でそこでプリムラが出てくる!」
「神が彼女の関係者だから」
ヒメの言葉に、ルプスの頭は混乱していく。
「ところでナイスガイ」
「気持ち悪いからルプスって呼べ」
「わかったわルプス、あなたたちは“呪われた子”って言葉の意味を知ってる?」
「まだわかっていません」
「俺も掴めてねえな」
「あら、そうなのね。じゃあ教えてあげる。呪われた子っていうのは、クローンのことなの。プリムラちゃんはもちろんのこと、ラスファ・デルフィニアも、先日死んだカズキ・オーガスって子もおそらくみんなそう」
プリムラたちはすでにそれを知っているが、もちろんルプスとセイカが知るのは初めてだ。
「そ、そんな……」
セイカは驚きのあまり後ずさり、背中がゴトンと棚にぶつかり、上に乗っていたペンが床に落ちる。
「クローン、だと? プリムラやカズキだけでなく、ラスファって嬢ちゃんも……いや、そうか、姉に臓器を移植するために……カズキは単純に顔を似せるため? 売るためなら辻褄は合う。そしてプリムラは、理由はわかんねえが――だから……あのサクラって女は、自分のことを“オリジナル”って呼んでやがったのか……!」
ルプスの中で、点と点が線で繋がれる。
しかしそれと同時に、新たな疑問が浮かび上がった。
「待てよ、でもおかしいだろ。あのサクラって奴、実体が無かったぞ? いつぞやのアヤメと同じように、たぶんありゃナノマシンの集合体だった!」
「ルプスさん、そのサクラって誰なんですか?」
セイカの疑問に、ルプスの代わりにヒメが答える。
「サクラ・シフォーディ。プリムラちゃんの複製元となった、“データチャイルド”よ」
「データ……チャイルド? 何だそりゃあ」
「ルプスさん、知らずに言ってたんですか?」
「警察署を襲撃しやがった時に、少し顔を合わせて話しただけだからな」
「ってことは、一連の騒動の犯人……データチャイルドって言葉だけで判断すると、電子の子供……電子端末上に誕生した子供、と言った風に考えられますが」
セイカの予測に、ヒメは満足げに微笑む。
「セイカちゃんは頭がいいのねえ。その通りよ。サクラ・シフォーディは、ネットワーク上で現実世界と同じ理屈で子供が生めるように、ラートゥスとティプロゥの“遺伝データ”をかけ合わせ、ティプロゥのアバターが所持する仮想子宮の中で育ち、産み落とされた子供なの」
そしてすらすらと、衝撃的な事実を二人に突きつける。
「ラートゥスと、ティプロゥの遺伝データだと……?」
「そ、それにアリウムさんのお父さんのアバターって、つまり仮想空間で、ティプロゥさんはラートゥスさんの子供を妊娠したってことですか!? ……って、自分で言っててわけがわからなくなってきました。えっ、それ、本当の本当なんですか? つまり、その二人は、そういう関係だったと……」
「想像してる通りヨ。プリムラちゃんの兄、クラースくんが生まれる前の話だけどネ」
つまり少なくとも25年から30年ほど前の話。
当然、ラートゥスとティプロゥはまだ若く、結婚もしていない。
「仮想空間上で生命が生まれ、成長するプロセスを完全に再現することで、楽園での生殖活動を可能にする……そのための実験だったのよ。そして、その逆も試された」
「データ上の遺伝情報から、現実世界で子供を生み出す……それがプリムラだってのか」
「ええ。そしてゆくゆくは、サクラの人格をプリムラの肉体にインストールして、サクラをこの世界に顕現させる――そんなプロジェクトも計画されていたわ」
「つまり、プリムラさんは当初、サクラさんに肉体を与えるための器のようなものだった、と」
「そうなるわ。でも知っての通り、計画は頓挫した」
「何で……って聞いときたい所だが、その前の一つ確認だ」
「どうぞ」
「今の教団が崇拝してる神ってのは、サクラ・シフォーディのことか」
「イエス、よ。電子の世界で生まれた、完全なる電子生命体。偶像として持ち上げるには適任だと思わない?」
教団にとっては、いわば理想の体現。
目指すべき到達点。
それがサクラであった。
だが、いつの間にかサクラという存在への憧れは、従属へと変わり、教団は元の形を失っていった。
「さて、それでさっきの続きだけど――」
「計画は頓挫したって言ってましたね」
「ええ。知っての通り、ラートゥスはアヤメと結婚し、ティプロゥはルビーローズ家の一人娘、アフラーショと結婚したわ。そして、時間差はあったものの、それぞれクラースとアリウムという子供が生まれた。プリムラも……まあ、一応そこに入るわネ」
「どうして結婚相手は、アヤメ・シフィーディとアフラーショ・ルビーローズだったんだ?」
「察しは付いてるんじゃないの? ラートゥスとティプロゥはどれだけ愛し合っても、戸籍上の夫婦にはなれない。そのために、少しでも繋がろうとして、ラートゥスはティプロゥの妹であるアヤメと結婚したわ。ティプロゥがルビーローズ家に婿入りしたのは――言うまでも無いでしょう」
その場にいる三人は全員理解していたが、セイカはあえて言葉にする。
「ルビーローズ家の政治力を教団に取り込むため、ですね」
「ご明察」
「ここまで聞く限りじゃ、計画が頓挫するような出来事は起きてねえようだが?」
「ここから起きるのよ。全ては教団の計画通りに進んでいた。けど、知らないうちにほころびが生じていた。まず第一に、現実世界にプリムラが生まれ、ラートゥスが実の娘としてかわいがり始めたことで――電脳世界でしか触れ合えないサクラが、嫉妬を始めたの。最初は教団のデータベースを軽く壊したり、施設にウイルスを仕掛けるぐらいだった」
「十分に過激ですよ」
「これでも大人しいぐらいなのよ。だって最終的には、ある装置を暴走させて、教団員の脳みそを焦がして殺しちゃったんだから」
「の、脳みそを……!?」
「いかにもあの女がやりそうなこった」
ルプスは吐き捨てるように言った。
実際、目の前で犠牲になった友人を見てきたばかりなのだ。
表には出さないが、サクラに対する憎しみは相当なものだろう。
「それがきっかけで、一気にサクラを危険視する声が増えてね。結局彼女は――凍結されることになったの」
「人と同じように生み出されて、ネットワーク上に生きてた存在を、凍結……」
「さらに、自分の家族に情が湧いたラートゥスとティプロゥは、仲の良かったルドガーと一緒に教団を裏切って情報を売った。これで、サクラの凍結を解除できる者も、誰もいなくなった……はずだった」
しかし事実、サクラは凍結を解除され、様々な手を使ってプリムラを殺そうとしている。
「あー……俺、そっからの流れがわかっちまったかもしんねえ」
「いくつかの謎を除けば、割とわかりやすい話だものネ」
「5年前の事件が起こる直前に、サクラの凍結を誰かが解除したんだな? 結果、サクラの手によってアヤメ・シフォーディはマリオネット・プロトコルを仕掛けられ、操られて、プリムラの家族を殺害した」
「幸せに、まるで普通の家族のように暮らしていたプリムラさんが憎かったから……ですか。何だか、超常的な事件だと思ってたら、妙に人間的な動機なんですね」
「事件なんてそんなもんだ」
結局、一番怖いのは、人の感情である。
理不尽な恐怖も、呪いも、絡まった糸を解いて、真実の姿を見てみれば――根っこにあるのは、恨みだったり、嫉みだったり、そんなものなのだ。
「でも一体、誰がサクラの凍結を解除したんです?」
「教団が再興したことも含めて、んなことできる関係者は一人しかいねえ――」
ルプスはすでにヒメに銃口は向けていない。
しかし銃のグリップを握る手にさらに力を込めて、ヒメに向けて言った。
「大統領のルドガー・オファーゴーだろ」
ヒメは少し間を開けて返事をする。
「……おそらくは、ネ」
「どうして、そこでルドガーさんがサクラさんの凍結を解除するんです? あの人って、教団掃討作戦にも加わってて……つまり、ラートゥスさんや、ティプロゥさんを応援してたんですよね?」
「そこが謎なのヨ。元教団の人間をあたってみても、誰も動機に心当たりが無い。唯一のそれっぽい理由としては――ルドガーは若い頃、フォークロアに幼馴染を殺されているわ。それを思い出して、ラートゥスとティプロゥに嫉妬したから、とかかしら」
「動機としては弱ぇな」
「アタシだってそう思うわヨ。けど事実として、ルドガーは10年前の掃討作戦から5年前の事件までの間に、新生教団とも呼べる組織を新たに作り、サクラを復活させた」
「はっきりしてるのは、私たちにとって、大統領とサクラが敵ってことだけですね」
「敵だってわかりゃ十分だろ。あとは殺せばいいだけだ」
殺気立つルプス。
元凶がルドガーとサクラならば、5年前にフォルミィの両親――つまりルプスの先輩が殺された原因も、その二人にあるということになる。
ようやく見つけた、明確な復讐の対象だ。
口元も歪んでしまうのも仕方がないことである。
「でもあなたたち、どうやって戦うつもりなのよ。プリムラちゃんを含めて、何人かが行方不明になってるって聞いたわヨ」
「まずはそうなった原因を潰すことからだな。俺が寝てる間に、何か変わったことはあったか?」
「ありませんね。フィエナさんもまだザッシュを見つけられてないみたいですし、座標の算出はそろそろ終わりそうですが――」
「座標? 何だそりゃ」
「プリムラさんたちの居場所を示す数字ですよ―――っと、そんな事を言ってたら、ちょうどヘスティアさんからメッセージが届いたみたいです」
セイカはその文章を、室内の全員が見れるよう、空中に投写する。
『座標の計算は終わったわ。予定通り、私たちは学園に向かってる。セイカも急いで』
メッセージを見たセイカは、小さな声で「よしっ」とつぶやいた。
「ようやく、私の出番が来たみたいですね」
「どうするつもりなんだ」
「そんなの決まってるじゃないですか」
セイカは得意げに笑い、言い放つ。
「ドールに乗るんですよ。私は操者なんですから」




