037 真理複製カースドチルドレン
何度逃げればいいのだろう。
いつまで逃げ続ければいいのだろう。
四方八方から現れる化物たちに追われながら、少女たちはじわじわと、悲観的な考えに侵食されつつあった。
特に目の前で祖母を失ったアリウムがひどかった。
彼女はプリムラに抱えられながらも錯乱状態で、大声をあげながら暴れ続けていた。
だがそれすらも長続きはしない。
心と体が限界を迎えると、ぷつりと糸が切れたように気絶し、黙り込んだ。
一方で妻を失ったアトカーは、思ったよりも冷静だった。
嘆くアリウムをどこか悲しい目で見ている。
プリムラにはそれが、どこか諦めているようにも思えた。
そして数十分にも及ぶ逃避行の末、再びどうにか化物から姿を隠すプリムラたち。
しかし、こう何度もエンカウントすると、相手もそう簡単には警戒状態を解いてくれない。
外では少しの音で反応したり、ほんのちょっとの違和感に飛びつき、勢いで共食いを初めてしまうほど、ピリピリとした緊張感を放っていた。
そんな中、プリムラたちは民家の中に地下室を見つけた。
もちろん形はいびつだが、階段もしっかりしているし、音もあまり外には漏れていない。
しかし不思議な話である。
地上の広さはそうでもないのに、なぜ地下だけこんなにも広大なのか。
むしろこちらのほうが本体だと言わんばかりの面積だ。
疑問はあったが、今はありがたく休憩に使わせてもらうことにした。
もっとも、ここは地下――つまり行き止まり。
閉じこもるのに都合はいいが、逃げるのには向いていない。
いつまでも休ませてもらえるか、怪しいものだが。
まずは気絶したアリウムを、床に寝かせる。
彼女の様子を見るのをラスファとフォルミィに任せ、プリムラはアトカーを『落ち着ける場所に行く』との名目で別室へと連れて行った。
ちょうど座れそうなオブジェがあったので、先にそこにアトカーを座らせる。
プリムラは部屋の隅から赤くない椅子っぽい物体を持ってきて、彼の正面に腰掛けた。
「ようやく落ち着けたところですし、話の続きをしましょうか」
そしてなにも起きなかったかのように、笑顔でプリムラは語りかけた。
「続き? なんのことだ」
「呪われた子がなんなのか。アトカーさんは知ってるんですよね?」
それはつまり、プリムラがルビーローズ邸を訪れたときの続き、という意味だ。
アリウムを救出したら、根掘り葉掘り、色々とアトカーから聞き出すつもりだった。
「よくもまあ、こんなときに聞けたものだな」
「今しかないでしょう、あなただってもう長くないんですから」
へらへらした様子で話すプリムラに、アトカーは不快感を隠しもしない。
「お前は……なにも感じないのか、目の前で人が死んでいるのを見て!」
「むしろ嬉しいぐらいです。だって、あんたたち夫婦ってわたしが殺されかけた遠因なわけですし」
憎む理由はあっても、慕う理由はこれっぽっちもない。
「わたしがアリウムちゃんの悲しみを嘆くことはあっても、あなたがたの死を悼むことはない」
事情がどうであれ、プリムラにとってルビーローズ夫妻は敵だ。
そこは、今まで一度だってブレたことはない。
「悪魔め……!」
「わたしを殺そうとしておいてよく言いますよね。本当ならわたしの手で殺してやりたいぐらいでした」
「ふん……それには及ばん」
「でしょうね」
そう言って、「ふふっ」と肩を震わせ笑うプリムラ。
「教団はアトカーさんに最後通牒をしてきた。秘書の死体を送りつけ、ザッシュを使ってこんなことまでしたんです。でも本来、そんな必要はなかった。なぜならば、あなたたちが六十歳を過ぎても生きていられるのは、議員だから。殺そうと思うのなら、議員を辞職させるだけで合法的に殺すことができる」
すでに教団は議会をも支配している。
そうでなくとも、デルフィニアインダストリーの社長が信者なのだ、軽くはたらきかけるだけで、アトカー一人ぐらい簡単に消せるだろう。
それでも今まで放置してきたのは、おそらく彼が取るに足らない存在だと思われていたからだ。
ならばなぜ、今回は急に、こんな大事にしてまで消そうとしたのか――
(……たぶん、ついでだよね)
プリムラの。
アリウムの。
ラスファの、フォルミィの――誰がどういった思惑で、一体誰を殺そうとしていたのかはわからない。
ザッシュはプリムラを殺そうとしたのだろうが、彼一人だけで、こんな事態を引き起こせるわけがないのだから。
なんにせよ、とにかくアトカーとフィーシャが巻き込まれたのは、彼女たちのついでだ。
一石二鳥でも狙っていたのだろう。
「そうだな……どのみち、私とフィーシャは元の世界に戻れば、正式な手続きを踏んで死んでいただろう」
アトカーはあっさりとそれを見つけた。
それもそのはずだ。
彼は自分の妻であるフィーシャの死を、さほど悲しまなかった。
それは、最初からその生命がもう長くないことを察していたからだろう。
「虚しい話だ。命を賭してでも守りたかった孫を、悪魔の手に委ねなければならないのだから」
「ざまあみろ。お前が死んだら、わたしは全力でアリウムちゃんを幸せにしてやるよ。最も望まない形でな……なんてね」
「やはりそちらが本性か、反吐が出るな」
とはいえ、その死を嘲笑われるのも、喜ばれるのも気に食わない。
アトカーはプリムラをにらみつける。
しかしプリムラは、その怒りからくる憎悪を心地よく感じる。
負け犬の遠吠えにしか聞こえないのだ。
「ああ……結局、私たちはいつから間違っていたのか。そうかあの時か、娘の結婚をもっと強く反対しておくべきだったのか」
「アリウムちゃんが生まれてきたこと自体を否定すんのかよ」
怒りからか、プリムラの口調がガラテアに近づいていく。
「生まれなければ今よりは幸せでいられたかもしれない」
「勝手に孫の人生をマイナスにするなよ。一番の過ち? んなもん決まってんだろうが。自分の立場の強さを利用して、孫に思想を押し付けたことだよ! 結局、お前らは家族の幸せを思ってたんじゃねえ。それ以上に、“自分が納得すること”を優先したんだ!」
「昨日も似たようなことを言っていたな。私はそれが正しいと思った」
「エゴだなぁ。正しさを盾にすりゃなんでも許されると思ってるあたり、いかにも政治家様って感じだ」
「感情だけで生きることが許されるのは子供のうちだけだ」
「感情的な行動を全て間違いだと断ずるのは大人の悪い癖だな」
「……話にならんな」
「お互い様だろうが」
どこまでいっても平行線。
二人の意見は、大人だとか子供だとか関係なしに、おそらく一生噛み合わない。
「はぁ……でだ、呪われた子の正体についてただが……あんた、五年前の時点でわたしのこと“呪われた子”だって言ってたんだよな? つまり単なる嫌がらせではなく、それがなにを意味する言葉なのかを知っていたわけだ」
プリムラは話題を変え、仕切り直す。
一番知りたいのは、そこだった。
もっとも、すでにプリムラも限りなく確信に近い99%の推測を持っているわけだが、残りの1%を埋めるために必要なのだ。
「そうではない」
「あぁ? じゃあどういうことだよ」
「私がその言葉を聞いたのは、事件の前、偶然にもラートゥスとティプロゥの会話を聞いたときのことだった。そのときは何の話をしているのかはわからなかったが、事件の後、それが教団に関連することなのだと気づいた」
「二人が、わたしのことを呪われた子だと?」
「ああ、確かにそう言っていた。そして事件後、わたしは――お前がラートゥスとティプロゥの子供だということを知り、それこそが“呪い”なのだと考えた。結果的には違ったわけだが、その事実は私にとって十分に呪いだったのだよ」
プリムラは、ラートゥスとティプロゥの子供――それをはっきりと聞くのははじめてのことだ。
しかし当然、彼女は動じない。
「……驚かないのだな。親への情すら失せたか?」
「予想してたんだよ。その裏付けがされただけだ、驚くことはなにもない」
「そうか、気づいていたのか」
「この写真のおかげでな」
懐から例の写真を取り出すと、プリムラはアトカーにそれを投げ渡した。
「これは……」
まじまじと写真に見入るアトカー。
「あんたが書斎に隠してた箱、あれを開けたら出てきたんだよ」
「見つけ出したのか。だが鍵は、五年前にアリウムが――」
「それも知ってたのかよ。生憎だったな、アリウムちゃんが自分で修理して持っててくれたんだ」
それを聞いたアトカーは、少なからずショックを受けたようだ。
「……五年もか」
それは、ただの『物を預かっていた』という事実ではない。
物と一緒に、彼女は他者に言えない想いをも、自分の中に封じ込めていたのだ。
「ああ、憎しみと罪悪感を一緒に抱いたままな」
プリムラが、自分の両親が死んだ原因であるという憎しみ。
アリウムが、自分の親友を切り捨てたという罪悪感。
その二つに、アリウムはずっと板挟みにされてきた。
「アリウムちゃんにとって、あんたは父親みたいなもんだ。あの子は、あんたの導きに従い、あんたが示した道を進もうとした。でもよ、完全に染まっちまえるほど器用じゃなかったんだろうさ」
「そこまで染み込んでいたのか、プリムラ・シフォーディという呪われた存在が」
「往生際が悪いぞクソジジイ、徹頭徹尾自分の間違いを認めねえつもりだな?」
「往生を目の前にした老いぼれだ、それぐらい許せ」
「チッ、開き直りやがった」
心底、プリムラはアトカー・ルビーローズという男が嫌いだった。
だがそれも彼の言う通り、あと少しの我慢だ。
じきに、彼は死ぬのだから。
「この写真に写っている赤子――サクラ・シフォーディというのか? 君が生まれた頃の……いや、それにしてはラートゥスとティプロゥが若いな」
「たぶん、わたしの元になった人間が生まれた当時の写真だろう」
「……オリジナル、というやつか」
目を細め、小さな声でアトカーはそう呟いた。
プリムラも微かに目を伏せ、少し深めの呼吸で間を取ると、彼に向けて低めの声で言い放つ。
「なあ、アトカーさんよ、そろそろはっきりさせておきたいんだが。呪われた子ってのは――」
答え合わせをするために。
「クローンのことなんだろ?」
知りたかった。
けれど知ってしまえば、知りたくないと思ってしまう、その事実。
しかし、真相に近づくためには必要な痛みだった。
「……私も君と似たようなものだ。絶対と言い切れる確証があるわけではない。だが、それで間違いないだろう、と考えている」
「そうか、やっぱそうなんだな」
「君はなにを根拠にその考えに至った」
プリムラは人差し指を立てて、語りだす。
「根拠その1、カズキ先輩の存在。ケミカルベイビーとして生まれ、天使の家で育ち、金持ちの家に慰み者として出荷されたカズキ先輩が、たまたまクラスS序列二位のガフェイラとそっくりだった――なんて都合のいい話、そうそうあるわけがないと思った」
それはカズキがプリムラと同じ“呪われた子”だと名乗ったからこそ生まれた疑念だった。
だが彼の存在だけでは、所詮は小さな違和感に過ぎなかった。
続けて、プリムラは二本目の指を立てる。
「根拠その2、ラスファ先輩の存在。わたしはあいつも呪われた子だと思ってる。なぜなら生まれつき心臓の病を患う姉に、あまりにそっくりだからだ。姉妹仲が悪かったり、父親とも疎遠って話も、まあ有名人だからな、そういう噂は聞いたことがある。わたしの見立てでは……ありゃあ、心臓の移植のために作り出された、いわば臓器のスペアだな」
ラスファがデルフィニアインダストリーの社長令嬢である時点である程度の疑いの目は向けていたのだが、彼女は呪われた子の存在をやけに嫌がった。
他の人間のように嫌ったのではなく、忌避したのだ。
得体の知れないものに対する恐怖とは違う――明確な拒絶感を持って。
「そして根拠その3が、わたしと同じ両親を持つ、サクラ・シフォーディの存在だ。いや、逆か。その写真を見たからこそ、わたしは自分の両親が父親とアリウムちゃんの父親だってことの確信を得た。そして同時に、自分がクローンだって気づいたってわけだ」
三本目の指を立てながら、そう話すプリムラ。
アトカーは顎に手を当て、「ふむ」と息を吐いた。
「それだけで99%とまで言えるのか」
「今のわたしはココの出来がいいからな」
プリムラは人差し指で自分の頭をつつく。
実際、以前の彼女ならば、証拠が集まっても『自分はクローンだ』などというトんだ説を肯定はしなかっただろう。
「異様に高い適性指数も、その副産物なんだろうさ。要するに、完全なコピーを生み出すことなんで不可能だった。生じた歪みの結果ってわけだな」
「そうなると、五年前の事件の真相は――」
「クローン技術を持っているのは教団に違いねえ。カズキ先輩は売り物にするために、ラスファ先輩は臓器のスペアのために。だったらわたしが生まれたのにもなんらかの目的があるはずだ」
プリムラは先程よりも険しい表情で、自らの手のひらを見ながら言葉を続けた。
「こっからは完全な推察だが――十年前に、教団が壊滅しただろ? あれは、より教団をアンダーグラウンドな存在するための嘘だったんじゃないかって考えてたんだが……本当は違うのかもしれねえ」
「ティプロゥとラートゥスが情報をもたらしたと言われていたな」
「ああ、仮にあれが二人による謀反だとしたら――」
「あの二人が教団を裏切っていたと?」
「仮定だよ、仮定。だがまあ、根拠はある」
視線が、アトカーが持つ写真に移る。
「お父さんは、わたしに鍵を遺した。手がかりだ。全てを暴くことを望んでいた。わたしは……思うん、です。そこには、紛れもなく、本物の“父親の愛情”があったんじゃないかって」
父のことを思うと、再び感情が“プリムラの側”へと振れ、口調が元に戻った。
アトカーは忌々しそうに眉をぴくりと動かす。
「クローンと知りながら、愛していたと?」
「ええ。だから完全に壊滅していなかった教団に殺された」
「ならば……ならばなぜ、アフラーショはそこに巻き込まれなければならなかったっ! やはり全くの無関係ではないか!」
声量を抑えながらも、激情は抑えきれないアトカー。
年相応の迫力をぶつけられつつ、プリムラは平然と言葉を返す。
「教団がそういうやり方を選んだからでしょう」
「ティプロゥが私の娘と結婚したのは、ルビーローズ家に取り入るためだろう!? その行いこそが全ての間違いだったのだ!」
「でも、あの人はアリウムちゃんにも手がかりである“箱”を遺そうとした。わたしのお父さんと共謀して教団を潰そうとしたということは――ティプロゥさんもまた、アリウムちゃんやアフラーショさんを愛してたってことじゃないですか」
「その対象が私の娘である必要はなかったはずだ! 始まりが悪意だと言うのなら、それは罪でしかない!」
「……てめえは」
「始まりが間違っていたのなら、そこから生まれたものは全て悪だ! そうだろう!?」
「黙れよクソジジイがぁッ!」
プリムラはアトカーに飛びかかると、首を絞めるように胸ぐらを掴み、その体を床に押し付けた。
「死にぞこないだかなんだか知らねえが、さっきから過去のことを愚痴愚痴と! だったら結婚当時に止めてみろよ! アリウムちゃんが生まれないように動いとけよ! 結局のところ、お前はそのとき認めたんだろうが!」
「だとしてもっ! 過去さえ正すことができれば……! お前の存在だってそうだ。全ての原因は、あの事件が起きたのは、やはり、お前のような呪われた子がいたからではないか! 生まれなければよかったと思うのは当然だろう!」
なおも主張を曲げない目の前の憎悪の対象に、さらにプリムラの怒りのヴォルテージは上がっていく。
「てめえは……てめえはぁ……っ!」
「か……か、は……っ」
鬼のような形相で両手に力を込めるプリムラ。
苦しげに顔を歪めるアトカー。
「プリムラ、ルビーローズ議員も体力を消耗しているのですからそろそろ……って、ちょ、ちょっとあなた、さすがにそれはやりすぎですわ!」
偶然に通りがかったラスファが、プリムラを羽交い締めにする。
だが同じ操者であるラスファであっても、今の彼女を止めることはできなかった。
「止めてくれるなァッ!」
プリムラの憤怒は限界にまで達していた。
ゆえに、もはや彼女の感情を包み隠すものはなにもない。
ただただ、思うがままに本音を垂れ流す。
「変わらねえんだよ! 生まれちまったんだ! 生きてきたんだ、今日まで! どれだけ苦しくても、どれだけ地獄でも、どれだけ自分がおぞましい生まれだったとしても! 今日まで生きてきた自分自身の足跡を、否定することはできねえんだよ!」
アトカー以上に――誰よりも自分の過去を否定したいと願ったのは、プリムラだったはずだ。
家族と友人を失った五年前の事件。
その責任を一身に背負わされ、知人どころか見知らぬ人間全てに憎まれた。
この世に存在する全ての理不尽を浴びせられているような気分だった。
何度も死にたいと思ったし、実行寸前まで行ったこともあった。
けど、できなかった。
タオルをドアノブに巻いて、首を吊った。
苦しくなって、意識が飛びそうになると急に怖くなって、死にたいと思う気持ちを、死への恐怖が上回った。
喉が痛い。
苦しい。
死にたいのに、生きたくないのに、死ねない――そんな日々を五年も続けてきたのだ。
それでもこうして生きて、ここにいる。
腕を潰されても、フォークロアに殺されかけても、大好きだった母親と殺し合っても、ここに、生きている。
「受け入れて……そこがどんな底辺だったとしても、そっから、這い上がっていくしか……なくって。そうしなきゃ……前に、進めないから……! それ以外に、できることなんて無いから……!」
怒号はやがて嗚咽に代わり、歯を食いしばるプリムラの瞳から涙が溢れる。
それを見てもなお、アトカーは己を曲げない。
「受け入れられるものか……! 何年経とうが変わらん。一人娘なんだぞ? アフラーショは、私たちの……たった、一人の、子供だったんだぞ!? 人生の全てと言っていい! あの子が幸せであれば、あの子が幸せになってくれれば……そう思って、生きてきたというのに……! フィーシャだって、そうだ。どれだけ割り切っても……受け入れられるものでは……う、ううぅ……っ!」
たとえ他人が自分より不幸だったとしても、『あなたより辛い人がいる』なんて言葉は無意味だ。
幸不幸は相対的ではない。
個人の、ひとりひとりの感じ方によって変わるものだから。
「あなたたち……」
「……ラスファ、離して」
「え、ええ……」
ラスファは戸惑いながらも、プリムラを解放した。
そのまま彼女は立ち上がり、扉へと向かう。
そして部屋を出る直前、足を止めて、背中を向けたままアトカーに語りかけた。
「わたしは、もう行きます」
「アリウムのところにか……」
「ええ、そうですよ。アリウムちゃんは生きてますから」
「そうか……」
意外にも、彼は止めなかった。
「いいんですか、悪魔を行かせて」
「言ったはずだ……私は、すでに死体のようなものだと。これ以上の積み重ねは、あの子の辛さを増やすだけだ」
「はいはい、そうですか。泣ける自己犠牲ですね」
下らない――そう鼻で笑うと、プリムラは未だ目を覚まさないアリウムのところに向かった。




