030 人体炸裂チェイサードール
ルプスはルビーローズ邸の跡地前で立ち尽くしていた。
「どうなってやがるんだ、こりゃあ……」
軍警察に『家が消えた』と通報があったのが十分前。
最初はイタズラによる通報だと思われたが、念の為、派出所の警官が一人で確認に出向き、この事態が発覚した。
ルプス自身はこの事件の管轄ではないが、教団の関与を疑い個人的にここにやってきた。
「狙われたのはアリウムの祖父母……どう考えても教団の仕業だよなぁ」
「でしょうね、私もそう思います」
にゅっと現れたセイカが、カメラを構えながら言った。
「どっから出てきてんだよ」
「スクープの匂いがしたらどこからでも。それでルプスさん、これは何事なんです?」
「それがわかったら苦労しねえ、俺だって驚いてんだよ」
「軍警察で情報共有はされていないんですか?」
「捜査一課の出番じゃねえからな。とりあえず場所を変えるぞ、嬢ちゃん。ここじゃ目立つ」
「警官が学生と不純な交際をしているとバレたらマズイですもんねえ」
「ふざけたことを言ってねえでとっとと来い」
「あはは、ジョークですよ。まあ、ルプスさんの上司にとって不純なのは間違いないと思いますけどね」
野次馬たちの間を縫って、人気のない路地へと移動する二人。
ルプスは壁にもたれると、電子タバコを取り出し口に咥えた。
「仕事中にそんなもの使っていいんですか?」
中毒性はないものの、若干の高揚作用がある代物だ。
今から真面目な話をしようとする人間が吸うものではない。
「家が消えてんだぞ? これぐらい吸ってねえとやってらんねえよ」
「不良警官ですねぇ」
「上司に反抗しようってんだからそりゃそうだろ。で、嬢ちゃんはこの状況、どう読む?」
「アトカー議員とその奥さんだけが消えたんならともかく――さっきから連絡を取ってるんですけど、アリウムさんをはじめ、プリムラさんやラスファさん、フォルミィさんからも反応が無いんですよね」
「そっちもか。通信も繋がらねえよな」
「ええ、接続障害――なんて話は聞いてませんし、つまり通信不能などこかにさらわれた可能性が高いかと」
「しかも家ごとと来たか……大胆なことしやがる」
「ネットワークを利用した攻撃、にしては規模が大きすぎますよね。以前みたいに爆発が起きたわけでもなさそうです」
「やけに綺麗に、まるで切り取られたみたいに屋敷は消えていた。あんな芸当ができるのは――」
「ドール、ですか」
「しかねえだろ」
電子タバコを口から離し、大きく息を吐くルプス。
通常ならありえない現象――すなわち現実改変。
それを実現させることができるのは、魔法だけだ。
だがプリムラが生身で魔法を使うことができるのは、ガラテアの魂からあふれ出した知識と記憶が彼女自身に宿ったから。
彼女以外の操者が魔法と同じ現象を引き起こすためには、アニマに刻まれた過去の伝承を元に変形した、ドールの“武装”が必要である。
あれは魔力を通せば勝手に魔法を発動できる、そういうものなのだから。
「でもおかしいですよ、ルビーローズ邸の近くにドールがいたんなら、もっと目撃者がいるはずです。SNSだって大騒ぎになってるはずじゃないですか?」
「そこなんだよな……果たしてドール説が正しいのか、はたまた教団の隠し玉がまだあったのか、俺にはわかんねえ。まずは足を使って調べるしかねえだろ」
「行くあてはありますか?」
「そのためにセイカの嬢ちゃんから話を聞こうと思った」
「私もそのためにルプスさんに話しかけました」
「……」
「……」
無言で見つめ合う二人。
気まずい空気が流れる。
「はぁ……オーケー、お手上げってことだな」
ルプスはため息をつき、両手を上げた。
「こうなったら、しらみつぶしに聞き込みを……と、おや?」
すると、セイカが眉間に皺を寄せた。
どうやら、網膜に投射されたネットの文章を見ているようだ。
「どうした」
「いや、SNSに投稿されてたこの画像なんですけどね」
セイカは手のひらの上に画像を投影する。
それは街中の雑踏を撮影したものだった。
「ただの風景写真……じゃあねえな。この見た目、プリムラのアニマじゃねえか!」
そこに写っていたのは、ヘスティアとハデスだ。
二人は焦った様子で並んで走っている。
「なんで撮影されてんだ?」
「『やばい、なんか逃げてる女の子二人組がいた』って書かれてますね」
「追われてるのか……つうかプリムラがいねえのに、なんでアニマだけ別行動してんだよ」
「私に言われてもわかりませんよ。画像は投稿されたばかりですし、まずは本人に聞いて――」
ドォオオオンッ! とコロニー内に爆発音が響き渡る。
セイカは肩を震わせると言葉を止め、音のしたほうを見た。
ルプスも同時に振り向くと、立ち上る爆炎を目撃した。
「教団め、あいつら滅茶苦茶やりやがる! 行くぞ、嬢ちゃん!」
「わかりました……というか先導しようとしてますけど、私のほうが早いですからね? これでも操者ですし、むしろ私についてきてください」
「十代の女の子にリードされるおっさんとか見てらんねえよ」
「そういうのが好きな人もいるらしいですよ」
「うちの上司の話はやめろ」
「うわ、生々しい話を聞いちゃいました」
話しながらも、二人は爆心地に向かって走っていく。
やけに饒舌なのは、胸にうずまく不安をごまかそうとしているからかもしれない。
目的の場所に到着する間も、セイカは絶えずSNSをチェックしている。
すると彼女は、突然の爆発に騒ぐ人々の書き込みを見ながら、怪訝そうな顔になった。
「犯人は二人組の女……」
「どういうこった」
「わかりませんが、どうもプリムラさんのアニマを犯人だと断言するアカウントがいくつもあるみたいですね」
「教団の工作か? しかしそんな低レベルな書き込みに騙されるわけが――」
「……」
「騙されてんのか?」
「使い捨てのアカウントならまだしも、そこそこ有名な人までそういう論調で話し出してるというか――手の込んだ工作ですね」
「しかし早すぎるだろ、まだ爆発が起きて五分も経ってないんだぞ?」
「そのあたり突っ込んでる人もいますね。ただ情報が錯綜していて、誰にもどれが正しいなのかわかってないんでしょう」
情報が渋滞する中で、なぜか“悪”だと断言される二人の少女。
最初こそ信じる者は、拡散した“有名人”とつながっている人間だけだったが、時間が経つごとにその輪は広がっていく。
そのうちセイカとルプスは現場に到着するも、そこは怒声と罵倒が飛び交う修羅場であった。
「うっ……これは……」
爆発に巻き込まれた一般人も多く、上半身だけが吹き飛び明らかに手遅れな者もいれば、足が吹き飛ぶだけで済み、治療さえ受ければ生き延びられそうな者もいた。
「チッ、まずは警官としての役目が優先か……二人を追うのは嬢ちゃんに任せていいか?」
「わかりました、こっちはお願いしますっ」
ルプスはすぐに混乱の収束にあたった。
一足先にルビーローズ邸を出たおかげか、他の警官よりも早く到着した。
一人で全ての人間を誘導し、怪我人の治療を行うのは難しいが、誰もいないよりは遥かにマシである。
怪我人もじきに病院からシャトルが到着し、治療されるだろう。
セイカは喧騒の渦から離れ、再びSNSに注視する。
相変わらず根拠もないヘスティアとハデス犯人説が飛び交っていたが、やはりまだ信じていない人間も多い。
(教団のやり方にしてはどうにも雑です。それでもいいから嫌がらせをしておこうという考えなのでしょうか……ですが確かに効果はゼロではありませんし、悪意を持ってヘスティアさんたちを追いかけている人間もいるようですね)
ブレが激しいものの、逃げるヘスティアを撮影したと思われる写真がアップロードされている。
閉じられたコロニー内では行ける場所も限られているし、複数人に追いかけられば二人でも逃げ続けるのは辛いだろう。
それがいつまで続くかもわからないのだから。
おかげでセイカも自分が向かう先を見失わずに住んでいるのは不幸中の幸いだが、画像を頼りにしていたのではどうしても後手に回ってしまう。
(どうにかしてヘスティアさんと連絡を取れればよかったんですが。ネットワークに接続できるなら、SNSに書き込んでくれればいいんですけど)
冗談っぽくセイカがそう言うと、正体不明のアカウントが投稿した動画が目に入った。
動画を再生すると、そこに映されていたのは――
『誰なのあなたは。さっきから私たちをつけてたわよね?』
『待って、こいつ……様子がおかしい』
『え? う、うわ、なにっ? 頭がぼこぼこって……これってあのときと同じじゃない!』
『逃げよう』
『ええそうね、すぐにこの場を離れないとっ!』
爆発直前までの一部始終であった。
動画は爆発音とともに、激しく揺れる画面で終わっている。
セイカは一旦足を止めると、即座に動画をダウンロードし、パーソナルストレージに保存した。
「ヘスティアさん……本当に自分で書き込むなんて! でもこの動画があれば疑いも晴れる……ってもう消されてる!?」
投稿されてほんの数十秒での消去。
やはり管理者権限を持つ何者かが、二人を犯人に仕立て上げようとしているようだ。
「ふっふっふ、甘いですよ。すでに動画はダウンロード済みです、私の人脈を使って拡散させてやろうじゃないですか!」
人脈といいつつも、そのほとんどはセイカ自身が所有する複数のアカウントだったりするのだが、動画が広がれば問題ないのである。
一斉に動画をアップロードし、広めようと試みるセイカ。
だがそれら全てが、数十秒後には全て削除されてしまい、さらにはアカウント自体が凍結されている。
「ぐぬぬ、そっちがそのつもりなら、私だって……!」
セイカは他のアカウントも片っ端から使いまくり動画を拡散しようと試みたが、結局どれもが不発で終わった。
「チッ、がっつりマークされてるみたいですね。そうですよね、このSNSの運営会社、デルフィニアインダストリーですもんねぇ」
あの企業が教団とズブズブなことはすでにわかっている。
これだけド派手に街中で爆発事件を起こしたのだ、もはや隠すつもりもないのだろう。
ひとまず動画の拡散を諦め、セイカは再び走り出す。
(――ですが、だったらどうして社長の次女であるラスファさんまで巻き込まれたのか。いや、そもそも私にはアトカー議員が消された理由もわからないんですが)
セイカはまだアトカーが教団に近づいた動機を知らない。
しかしだとしても、家を消すというやり方はあまりに派手すぎる。
まるで『何者かがアトカー議員を狙っています』と宣伝したがっているようだ。
(カズキ先輩のときもそうでしたが、彼らはどうも自分たちの手駒を制御できていないようですね。あるいは、制御していないのか。案外、ガチガチの組織というよりは、理念を共有した人間たちのゆるい繋がりなのかもしれませんね。宗教としては、そっちのが正しい姿なのかもしれませんが)
だとしたら、相手としてはかなり厄介だ。
明確に誰を潰せば機能不全に陥るとかではなく、各々が掲げた理想のために個々に働くのだから。
下手をすれば、最後の一人を殺すまで教団という存在は消滅しないかもしれない。
しかしそんなことをセイカが考えたって仕方がない。
今はとにかく、なぜか二人で行動するヘスティアとハデスを探すことが先決だ。
セイカは操者としての身体能力を惜しみなく発揮し、街中を駆け抜けた。
そして投稿された画像のあたりまで到着すると――そこはすでに無人。
念の為、周囲を調べると、近くにあった大きめの倉庫の入口の鍵が開いていた。
中へ潜入する。
薄暗い建物の中には人の気配はなく、さらに裏口の扉が開けっ放しになっていることから、ヘスティアたちはそこから逃げたものと思われる。
SNSをチェック。
すると数十秒前に、別の場所で撮影された写真がまた投稿されていた。
先ほどの画像とは違う人間が撮ったもののようで、やはり二人は人の目を避けて、どこか遠くへと移動しようとしているようだ。
「ったく、協力してる人は相手がどういう人間かわかってやってるんですかね。大方、探偵気取りで楽しんでるだけなんでしょうけど」
画像を投稿したアカウントに対する反応は、賛否両論、ちょうど半分に意見が割れている様子だ。
否定的な人間の中には先ほどセイカが拡散させた動画をみた者もいるようである。
だが動画に触れようとするとことごとくアカウントを消去され――その不自然な処置に、違和感を抱く人間もちらほら出てきているようだった。
「ほんっと雑ですねえ。ちょっと触れただけで消しちゃうなんて、怪しんでくれって言ってるようなものじゃないですか……これ、本当にデルフィニアインダストリーがやってるんですかね……」
コロニーいちの大企業が、そこまで愚かな真似をするとは思えない。
あるいは別の何者かが行っているのかもしれないが、その場合、デルフィニアインダストリーのサーバに侵入した人間がいるということになる。
こちらも会社の信用を揺るがす、なかなかの大事件だ。
SNSのチェックもほどほどに、セイカは裏口に向かって走り出す。
すると開いた扉から三人組の、作業服を着た男性が現れ、彼女の前に立ちはだかった。
「あ……すいません、勝手に入っちゃって。すぐに出るんで、見逃してもらえません?」
作業服に記された社名からして、この倉庫を所有する会社の社員だろう。
彼らから見ればセイカは不法侵入者。
いくら花の女学生だからと言って、怪しまれるのは当然である。
「別に鍵を壊したわけじゃないんですよ? ただ、探してる知り合いがここに逃げ込んだみたいで。あ、そうだ。ここに二人組の女の子がいたはずなんですが、知りませんか?」
男たちは無言を貫く。
そしてどこか虚ろな瞳でセイカをじっと見たかと思うと、ゆらゆらと彼女に向かって歩きだした。
「あ、あのぉ……もしかして、普通じゃない人たちですか……?」
反応はなし。
セイカはあとずさると、機を見て一気に振り返り、入ってきた扉に向かって全力疾走した。
ちらりと後ろを確認すると、男たちも同時に走り出し、彼女を追跡している。
その額は内側からボコボコと激しくうねっていた。
「ただ通りすがっただけの一般人でしょうに! その命をなんだと――ひやあぁぁぁぁあっ!」
そして、先頭の男が爆発する。
距離はあったため火傷はせずにすんだが、セイカは爆風で吹き飛ばされた。
加えて、横にいた二人も誘爆し、炎の明かりが倉庫内を橙色に照らす。
地面に叩きつけられ、転がったセイカは、激しく打撲ししびれた左腕をかばいながら、どうにか立ち上がった。
倉庫に置かれていた資材は散らばり、燃え、薬物めいた異臭が屋内に広がり始めている。
「くうぅ……私もすでにターゲットってわけですか。そんなに頻繁にプリムラさんと会ってたつもりはないんですけどねぇ……」
セイカは煙を吸い込まないように腰をかがめ、急いで外に出た。
ほっと一安心――かと思いきや、
「うええぇ……」
すでにそこは囲まれている。
ずらりと並ぶコロニー住民たちは、老若男女問わず、誰もがイッた目をしている。
「勘弁して下さいよ、戦うのは管轄外なんですけど」
一応構えは取ってみるものの、ここで一斉に爆発されてはセイカの手に負えない。
ドールがあればどうにでもなっただろうが、逆に言えばドールがなければ、操者とて身体能力が人間離れしているだけの一般人なのである。
すでに囲む人々の額はぼこぼこと動きはじめており、セイカの脳内には無慈悲なカウントダウンが響いていた。
倉庫内に再び逃げ込もうにも、すでに煙は充満している上に、炎だって迫ってきている。
逃げ場はない。
セイカが諦めかけた――そのとき。
一台のシャトルが、上空から急降下してきた。
「そこのお嬢さん、捕まってくださいませ!」
開いた扉から身を乗り出し手を伸ばすのは、どこかで見たことのある金髪の女性。
「へっ?」
わけもわからぬまま、セイカは彼女の手を取り、シャトル内に引きずり込まれた。
「フィエナお嬢様、急上昇します! 気をつけてくださいねっ!」
「わたくしを誰だと思っているのですか、思いきりやっておしまいなさい!」
運転席に座る黒服の男が、一気にシャトルを急上昇させる。
本来ならセミオート操作でもここまで無茶な動きはできるはずがない。
つまりこのシャトルは、完全なマニュアル操作ができるように、違法改造されているのだ。
金髪の女は扉を閉め、セイカの体をしっかりと抱きしめると、激しい動きに備えた。
後部座席に座る二人の黒服はまだ覚悟が決まっていないのか、青ざめた表情で「ひいぃ」と情けない声を漏らしている。
そして重い車体が急上昇する。
地上で爆ぜる死者たちの衝撃から逃れるように、みるみるうちに高度をあげていく。
「くうぅぅ……っ!」
セイカは強いGを感じながらも、頭の中で今の状況を整理する。
(運転手は、確かラスファさんの後ろにひっついてた三人組の黒服……! そして、私を助けてくれたこの女性は――)
自分を助ける相手としては、少なくともセイカにとって、あまりに予想外な人物。
(フィエナ・デルフィニア。クラスS序列三位の操者で、デルフィニアインダストリーの跡継ぎで、ラスファさんとはめちゃくちゃ仲が悪い姉、でしたよね)
なぜそんなフィエナが、セイカを助けるような真似をしたのか。
疑問を抱きながら顔を見ると、フィエナはセイカに向かってにっこりと笑いかける。
そのあまりに慈悲に満ちた頼もしい笑みに、セイカは悔しいが胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。




