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020 非対称性エゴイスティック

 



 肩に乗ったガラスの破片を払いながら、プリムラは屋敷の中を見回した。

 まだ昼間だというのに人の姿は見えず、明かりも消されており薄暗い。


『滅茶苦茶だわ……前まではこんな子じゃなかったのに……』

「ややこしいことが増えすぎて、細かく考えるのが面倒になったんだよ。それに、カズキ先輩が素直に屋敷にわたしを招き入れてくれるとも思えなかったしな」

『それはそうだけどぉ……ってこんなやり取り、少し前にもした気がするわ』


 すっかりプリムラを諌めるポジションが板についてしまったヘスティア。


「やっぱりあいつは追ってこない」

『え? あぁ、そういえばそうね。さっきまであんなに執拗に追ってきてたのに。これでママードも無事に……ってうわ、気絶してるわよその人』


 プリムラは無言で魔術を発動させ、水の球体をママードの顔にぶつけた。


「うぶっ!? ぶはっ! けほっ……けほっ……な、なにが起きた? ここはどこだ!?」

「おはようママードさん、ここはカズキの実家だ」

「プリムラ・シフォーディ!? なぜお前が私を……いや、そうか、思い出してきた。私はあそこでジョナサンに襲われ……そうだ、ジョナサンは、ジョナサンはどうなったっ!?」

「家に入った途端に追ってこなくなった。まあ、あの体じゃあ正気に戻った途端に痛みと出血のショックで即死だろうさ」

「くっ……カズキがあれをやったと言うのか……なぜだ、私たちはファミリーだったはずじゃないのか!?」

「ファミリーなんて笑わせますね、ママードさん」


 騒ぎを聞きつけてか、向かいの扉からカズキが現れる。


「よう、先輩。適度にてめえを追い詰める証拠が集まったんで来てやったぞ」

「なんのことだか。ところで、そんな乱暴な方法で会いに来て、お咎め無しで済むと思ってるのかい?」

「そっちこそ、そんな言葉でわたしを脅せると思ってんのかよ。あ?」


 プリムラが凄んでも、カズキは動じない。


「チッ、いけすかねえやつだ」

「お互い様だよ」


 ひとまずママードを床に降ろし、顔の部分だけガラテアを解除する。

 そして今度は鋭い目つきで彼を睨みつけた。


「カズキ先輩、あんたが教団の構成員だってことはもうわかってんだ。データ化した死者の具現化も、生者を操り爆弾に変えたのも、やったのはあんたなんだろ?」

「繰り返すようで悪いが、なんのことかわからない」

「そうかい、なら優しいわたしが順を追って解説してやろう」


 あえて挑発的に、カズキを小馬鹿にしながら話すプリムラ。

 しかし今のところ、彼に動じる様子は無い。


「ケミカルベイビー――優秀な人間の遺伝子同士を掛け合わせて生まれたあんたは、幼少期を天使の家で過ごした。最初に教団と繋がったのは、おそらくそこだろう。だが当時はまだ教団員ではなかったんじゃないかとわたしは推察する」

「なぜだい?」

「あんたが歪んだのは、このオーガス家に引き取られたあとだからだ」


 そう言えるだけの情報を、プリムラは得ていた。

 とはいえ、それを確認したのはついさっきのことだが。

 そして今も現在進行系で、その情報が記された、ルプスの送ってくれた資料を網膜に投写し、確認しながら話している。


「確かにこの家には子供がいなかった。できなかったのさ。だから養子が必要だったこと自体はおかしくねえ。だが問題は、あんたの“顔“にある」


 メッセージから一枚の画像を呼び出し、カズキに突きつけるように表示した。


「これは、整形前(・・・)のカズキ先輩の顔だ」


 それは――確かに今のカズキの面影はあるものの、明らかに鼻や輪郭の異なる顔だった。


「とある筋の情報で、あんたが学園に入る前に二度の整形を行っていることがわかった。でも元の顔に問題があったわけじゃねえ。強いて言えば、クラスS操者序列二位の“ガフェイラ・ジェイミィ”に似てるってことぐらいか」

「……」

「ガフェイラは美形で有名な操者だ。それに似てて困ったことなんてあるわけがねえんだ」


 このコロニー内において、『ガフェイラに似てますね』という言葉は、男性の顔に対する最上級の賛美と言える。


「でもあんたは顔を変えたがった、闇医者を頼ってまで」

「……で、それがどうしたんだい?」

「その顔が嫌いだったんだろ? こっからは想像ってことになるが、カズキ先輩はステラ・スターライトって名前を使ってママードの経営するバーで働いてた。わたしが思うに、あんたがそういう趣味になったのは、別に偶然なんかじゃねえ。あんたの義理の父親は、ガフェイラと似ている子供を欲しがったんだ。オーガス家の後継者とするため。そして慰み者(・・・)とするために」


 プリムラは、カズキと親がうまくいっていないのには、なんらかの理由があると考えた。

 だからと言って、性的虐待にそのまま繋がるわけではないが、彼を取り巻く環境は、どうしてもそういった下世話な想像をしてしまう状態だったのだ。


「第一よぉ、天使の家から引き取られるケミカルベイビーの行き先は、社長だの政治家だのが多いって時点で怪しいんだよ。人ってのは権力を持つと歪むもんだ。性根も、性癖もな。わたしも以前から、引き取られた子供が性的虐待を受けているって噂は聞いたことがあったが――おそらく事実なんだろう。カズキ先輩は氷山の一角だ」

「……」

「無言だなァ、しかもそんな不機嫌な顔で。ポーカーフェイスは苦手らしい」

「……ふっ、よく言われたよ。『お前は機嫌が顔に出過ぎる、せめて私に抱かれる間ぐらいは笑っておけ』とね」


 カズキは破顔する。

 だがその口元に浮かぶ笑みは、どこか寂しげである。


「しらばっくれるのはやめたようだな」

「ママードさんが居たんじゃ誤魔化すに誤魔化せないからね」

「そりゃあ連れてきた甲斐があったってもんだ。ちなみに、んな気持ち悪いことを言ったのは――」

「もちろん僕の父さ」


 もはやカズキは隠しもしなかった。

 やはりプリムラの予想通り、彼の父は、彼に性的な虐待を加えていたのだ。

 それもおそらく、かなり幼い頃から。


「驚いたよ、整形の話だけでそこまで見抜かれてしまうなんてね。伊達にガラテアとやらの頭脳を手に入れたわけではないってことかな。代償としておしとやかな女性らしさは失ってしまったようだけど」

「んなこたぁどうだっていいんだよ。闇医者なんかに整形を頼むとなれば、当然、裏社会とのコネクションが必要になる」

「そうだねぇ」

「つまりあんたは、学園に入る前の時点で、教団に入信してたってわけだ」


 最初の整形は、カズキが十三歳のとき。

 すでにその段階で、人の命をゴミクズのように扱う危険思想に染まっていたのである。

 その状態で操者となり、クラスBにまで至ったのだから恐ろしい話だ。

 もしこのまま放置していれば、父の地盤を継いで、政治家になっていたのだろう。


「ところでカズキ先輩、あんたの親はどうしてるんだ?」


 そう言って、プリムラは軽く部屋を見渡した。

 当然そこにカズキ以外の住人の姿はないし、近づいてくる足音も聞こえない。


「どう、とは? 普通に生きてるよ」


 胡散臭い笑顔で否定するカズキ。

 当然、プリムラが信じるはずもなかった。


「普通ねェ……わたしの感覚が麻痺してなければ、この屋敷にはあと三人ほど人間がいる。一人は給仕だとして、残る二人はあんたの両親じゃないのか」

「だとしたら?」

「おかしいだろ。こんだけ盛大に窓が割れておいて、様子も見に来ないなんてよ」


 仮に寝ていたとしても、あれだけ派手に窓をぶち破ったのだ、嫌でも起きるはずである。

 つまりそうできない理由がある。

 というより――カズキがそうさせていない、と言ったほうが正しいのかもしれないが。


「カズキ先輩を勧誘するにあたって、教団がぶら下げた餌は整形だけじゃなかったんだろう。どういう手品か知らないが、あんたはわたしのお母さんが受けたのこと同じ方法を使って、自分の両親を操り人形にしたんじゃないのか?」

「……」

「無言は肯定ってことでいいよな」

「……ふふ……ふふふ……ははっ、あははははははははっ!」


 黙るのに飽きたのだろうか。

 今度は肩を震わせながら、実に楽しそうにカズキは笑う。


「ああ、そうさ、そうだよ! 当たり前じゃないか! まだ子供だった僕に、薄汚れてて臭くてドロドロしたあんな獣欲を向けてくるようなクソッタレ親なんて、真っ先に消してやるに決まっている!」

「いい笑顔だなァ、そっちが本性ってことか?」

「どうせこうなると思ってたさ、君がここに来た時点で! あぁ、しかし気に食わないなぁ。そうか、あいつは僕のことをバラしたんだな!?」

「……誰のこと言ってんだ?」

「医者だよ! あれだけ僕のことを理解してるとか都合のいい言葉を並べておいて! ちくしょう、ちくしょう、ちくしょぉおおおおおウッ! わかったよ、お前がそのつもりなら――こうしてやるよ!」


 カズキは髪をくしゃっと乱し、右手を頭に当てる。

 そしてネットワークにアクセスし、遠隔操作(・・・・)を行った。

 プリムラの背後――窓の外が白く光ったかと思うと、足元が揺れるほどの衝撃、そしてドォン! という音が遅れてやってきた。

 コロニーの街中で、爆発が起きたのだ。


「なっ……!?」


 これにはプリムラも動揺を隠せない。

 確かにこれまでも何度か爆発は目撃してきたし、巻き込まれかけてきたが――先ほどの爆発は、おそらく人通りの多い道で発生した。

 つまり、どんなに少なく見積もっても数十人は死んでいるのである。


「あっははははは! 死んだ! 死んだよあいつ! 良かった念のために“ブレインブレイカー”を仕掛けておいて!」

「まさか、今ので闇医者を殺したのか……? そこにまで仕掛けてたのかよ、この恩知らずが!」

「無関係な人ぉ? プリムラさぁ、君はそんなの気にするようないい子ちゃんだったのかい? だったらこうしよう! そうしよう! それがいい!」


 カズキは頭に当てた右手に力を込めた。

 まるで自らの頭蓋骨を砕くように、強く、強く。

 そしてネットワークからそれを起動(・・)させると、脳内でカチッと音がするような気がした。

 直後、先ほどよりも屋敷に近い場所でなにかが爆ぜる。

 やはり今度も、無数の通行人を巻き込んで。


「ほら、また死んだぞ? 何十人も死んだぞぉおおおっ! あっははははぁ!」

「あぁ、ジョナサン! ジョナサアァァァァァンッ!」


 話についていけずに黙っていたママードが、窓の外を見ながら叫んだ。

 さっき爆発したのは、化物じみた動きでプリムラをここまで追跡してきたジョナサンの体だったのである。

 天に上る煙を眺めながら、カズキは子供のように無邪気に笑う。


「いやぁ、気持ちいいなあ! 人殺しは! とても! “呪い”の苦しみも知らずにのうのうと生きている愚民どもを消し飛ばすのは、実に気持ちがいい!」

「なにしてやがんだよ……お前、なんのためこんなことをッ!」

「なんのためぇ……? そんなの決まってるじゃないか、君がザッシュにやったのと同じことだよ」


 口元の笑みはそのままに、彼は目から表情を消して言い放つ。


「僕のためだ」


 どこまでも利己的に、自分勝手に、理不尽に。

 自分がむかつくから殺す。

 自分が気に食わないから消す。

 自分が、自分が、自分が――それこそが、カズキがこれまでの人生で学んできた、“どう生きるべきか”の指針であった。


「教団の人たちは怒るだろうけどまあいいやー。だってプリムラ、君が僕の――“ステラ”のことを知ってしまったってことは、もう学園で平穏に過ごすことはできないんだろう? ちょっと笑いかけてやれば簡単に股を開く馬鹿な女どもを抱くことも、耳元で囁いてやれば発情した兎みたいに腰を振るおっさんと戯れることも、今までのようにはできなくなるんだろう? それは面倒だ、あぁ面倒だ! 今までは楽だったからやってたけど、面倒になったらもう嫌だ。やめたい。やめてしまおう」

「カズキ……君は……君というやつはぁっ!」


 投げやりに、ジョナサンの死もまったく気にしてない様子でつらつらと話すカズキに、ママードは怒りを隠せない。

 それでも掴みかかったりしないのは、彼が情に厚い人間だからなのだろう。


「ママードさん、あなたにはそれなりに感謝してますよ。うちの親のコネを利用した――いや実際はそのコネも僕のものなんですが――とはいえ、僕に心地の良い居場所を提供してくれましたから。まあ、そっちから足がついちゃったのは残念ですし、本来はジョナサンに仕込んだ爆弾であなたもろとも殺す予定だったんですが。うぅーん、約定の自動設定を間違えたかな。やっぱりアヤメみたいにある程度手動じゃないと駄目だね」

「どうしてなんだ……君は、ファミリーだったはずじゃないか。私たちはそういう絆を結んで、あの店で一緒にやってきたはずだ!」

「え、あれマジだったんですか? ああごめんなさい、僕そういうの無理なんで」


 軽いノリで自分の全てを否定するカズキに、ママードは絶句するしかない。


「もう悪意をを隠しもしねえんだな」

「悪意ってほどじゃなくて、ただ思ってることを言ってるだけなんだけど……まあ、アヤメに関して言えばやったのは僕だけどね」


 わかりきったことだ。

 だが本人が認めるまでは確定しない。

 そういう意味では、ようやく真犯人がわかった、ということなのだが――プリムラはこれっぽっちも嬉しくなかった。

 むしろ不機嫌に、歯をギリッと噛み鳴らす。


「でもわかったところでなんだって言うんだい? あ、もしかして僕を捕まえたら教団の秘密がわかるとか思ってる? 残念でしたー、僕はまだまだ下っ端なので、そんな大したことはわかりませーん!」

「それでもわたしらよりは知ってんだろ? それを洗いざらい話してもらう」

「どうやって? 言っておくけど、あんな街中で爆発なんてさせたら、教団のほうが僕を消しに来ると思うよ。そうなったら、もうなにも聞き出せない。なにより僕自身が、君になにも話すつもりがない!」

「いいや、お前は話すさ」


 プリムラは断言する。

 それは“理屈”ではなく、“感情”の話だ。


「さっきからやけにわたしを憎悪がこもった目で見てやがる。殺したくて殺したくてしょうがないって顔だ」

「……ははっ、そうだね」

「ここに来て顔を合わせてわかったよ。確かにお前は教団の思惑で動いてる。だがそれだけじゃねえ。なにかしら、わたしに対して個人的な恨みがあるんだな? ほとんど面識も無いのにおかしな話だが」

「面識がないからこそ、かもねぇ」


 最初から大して隠すつもりもなかったのだろう。

 プリムラが自分の考えを読んでいることを察したカズキは、まどろっこしい話は苦手だと言わんばかりに、答えを聞くより前に答え合わせを始める。


「プリムラ、君を見てるとムカつくんだよ」


 唾棄するように彼は言った。

 心底、プリムラを嫌った様子で。


「呪いの存在を知らずに十年も生きてきた。呪いの所在を知らずに今も生きている。そのくせ、自分が被害者だと思い込んでるんだろ!? あっはははははっ、ふざけてるよなぁ! 親が死んだからなんだって言うんだ、周囲の人間に虐げられたからなんだって言うんだ! 孤独じゃない! それだけで、どれだけ生きるのが楽になることか……!」


 カズキはミュージカルばりに身振り手振りを交えながら、ハイテンションに言葉を並べる。

 だがプリムラには、彼がなにを言っているのかさっぱりだった。


「話はよくわかんねえが、要するにお前は、わたしより自分のほうが辛いって言いたいんだな? 被害者ぶってんのはてめえのほうじゃねえか」

「言いたいんじゃない、確定事項だッ! ぶってるんじゃない、被害者なんだ!」

「そうかいそうかい、でも残念ながら、お前が辛くたってわたしが辛くなくなるわけじゃない。第一、人の人生を滅茶苦茶にしておいて、『こっちのほうが被害者だ』はさすがに無理があるんじゃねえの?」

「僕の人生は最初から滅茶苦茶だったよ! それに比べたら!」

「だからなんだってんだ。お前に比べてわたしのほうが幸せに生きてるように見えるから(・・・・・)、わたしを恨んでるって? んー……」


 プリムラも負けじと演技めいた動きで顎に手を当て、うなりながら考え込む。

 そして――


「カズキ先輩さ、あんた控えめに言って――ココ、どうかしてんだろ」


 頭を人差し指で軽く小突きながら、半笑いで言った。


「整形して、女を抱いて、女装して男にも抱かれて、親も殺して、無関係な人を殺して、十分好きに生きてんじゃねえか。ママードも含めて、あんたを支えようとした人間だっていたはずだ。なのに僕は不幸だー! ってぎゃーぎゃー喚きやがってよォ、どんだけ迷惑なんだよてめえはッ!」

「繰り返すが、僕のためさ! 父は僕にガフェイラを望んだ! 僕はその呪いに苦しみ続けてきた! だから僕は決めたんだ。教団と手を組んだあの日から、自分のためだけに生きるって!」


 プリムラの考えと、似ていると言えば似ている。

 だからこそ、両者はまったく噛み合わない。

 もはや会話は無意味――そう判断したカズキは、ふいに腰を低く落とし、素早い動きでプリムラに接近した。

 丸腰で、魔術だって使えるはずがない。

 単純なインファイトなら、彼女は負ける気がしなかった。

 だが相手は腐ってもクラスBだ。

 三年生ということ、そして学園入学前から教団に浸っていたことを考えると、プリムラよりも経験は豊富なはず。

 さらに、手元に魔力が収束する気配。

 ママードか自分、どちらかを一撃で殺害するのに十分な攻撃を放ってくると判断し、プリムラはとっさに右腕だけオリハルコンを纏った。

 そして剣を作り出し、片手でそれを振るう。

 ガギィンッ! と魔力の塊同士がぶつかり合い、まるで金属のような音が響いた。


「っぐ……てめえ、その武器は……!」

「想像通り、オリハルコンが変化したものさ」


 カズキが両手で振るったのは、刃だけで一メートルはあろうかという巨大な鎌だった。

 炎の剣(フランベルグ)が無かったら、プリムラとママードまとめて真っ二つに切断されていただろう。


「ハデス、挨拶ぐらいしてやりなよ」

「えー、やだー。めんどくさーい」


 カズキの呼びかけに、いつの間にかプリムラたちの背後に立っていた少女が返事をする。

 慌てて振り返ると、ハデスと呼ばれた、いかにも眠そうな目をした銀髪の少女が、気だるそうに床に座り込んでいた。


「チッ、相変わらず役に立たないアニマだね」

「自分勝手なのはお互い様でしょー?」


 ぼーっとした、気の抜ける声をしている。

 だがハデスの名が事実なら、彼女はかつて“冥府の王”とまで呼ばれた存在ということになる。

 只者でないのは間違いない。


「ハデス、あなたっ!」


 と、ヘスティアがオリハルコンを使い人の姿を取り、ハデスに声をかける。

 いきなり少女が現れたことにママードは驚愕し、カズキは「へえ」と感嘆する。


「あー、ヘスティアだー。おひさー」

「相変わらずね……」

「人間、そう簡単には変わんないよー。ヘスティアも相変わらず世話焼きさんみたいだしー」


 ほんわかとしたやり取りを繰り広げる二人を、プリムラは険しい目つきで見ていた。


「どうなってやがる……カズキ先輩の適性指数は200もなかったはず……」

「呪われた子だから、さ」


 その言葉に、彼女は再びカズキのほうを見る。


「適性が8000もあると知られれば、僕が呪われてるって一瞬でわかっちゃうだろう?」

「8000……だと?」

「なにを驚いているんだい、君も同じ――いや、僕以上にとんでもない指数をもってるんじゃない?」


 確かに、プリムラの魂のキャパシティにはまだまだ余裕がある。

 その気になれば、十体でも二十体でも住まわせることができそうなほどだ。


「それが、僕とプリムラが同じ“呪われた子”だっていう証拠さ」


 まず第一に、“カズキと同じ”という状況が気持ち悪くてしかたなかった。

 そして次に、彼だけがその言葉の意味をしっていて、あえて教えようとしないという意地悪さが気持ち悪い。

 プリムラは強く右の拳を握り、鋭い目つきでカズキを問いただす。


「呪われた子ってなんなんだよ……!」

「言えない。言ってはならない。僕個人としては君に知って苦しんでほしいけど、だけど聞かせないで苦しめるのも楽しいと思うから、ここだけは教団の思惑に乗ってあげようと思う」

「ふざけんじゃねえ、とっとと話しやがれ!」

「やだね。あぁ、でも他のことならいくつか教えてあげてもいいよ。ただし、条件があるけど」

「条件?」


 カズキはまっすぐに伸ばした人差し指をプリムラに向けて、高らかに言い放つ。


「プリムラ・シフォーディ、僕と決闘しろ。教団の邪魔が入らない衆人の監視下で、正々堂々決着をつけようじゃないか」


 それは――むしろプリムラの望んだ展開だった。

 クラスCどころか、Bであるカズキを撃破できれば、一発でCまで上昇する可能性だってある。

 だが、それぐらいは彼だってわかっているはずだ。

 あえてプリムラが欲しがるものを与えてまでも、果たしたい目的があるということなのか。


「ライバルみてえなこと言ってるが、わたしにそのつもりはさらさら無い」

「でも乗らない理由もない――だよね?」


 そう、どんな思惑があったとしても、ここで断る理由はプリムラに無い。

 生身でコロニー内を逃げ回られ、追いかけっこするよりずっと健全でお得な決着の付け方なのだから。

 だがもちろん、ただ勝てば終わり、という話ではないのだろう。


「ああ、もちろん僕が勝った場合は君のことを殺させてもらうよ。そのための戦いなんだから、別に構わないよね?」

「当然だ」


 即答するプリムラ。

 すると意外なことに、カズキは少し驚いたようだ。


「んだよその顔は、そっちが言い出したんだろ」

「負けたら死ぬっていうのに、そんな簡単に答えられると思わなかったから」

「わたしは五年前の事件を追ってる。その真相にたどり着くまでの間に、命のやりとりが発生することは覚悟済みだ。今さらそれぐらいで動じるかよ」

「かっこいいこと言うなあ……あーあ、最高にムカつくわ」


 いつになく感情のこもっていない声で言い捨てるカズキ。

 彼はその声のトーンのまま、負の感情を垂れ流すように言葉を続ける。


「僕としてはさ、君みたいなふざけた人間がふざけたまま生き続けるのが苦痛でしょうがないんだ。ここまで暴れちゃった以上は、もう教団は僕のことを放っては置かないだろうけど――それでもせめて、君だけは潰しておきたい。僕のために、僕のプライドと機嫌のために。どうせなら気持ちよく死にたいからね」

「またわけわかんねえこと言いやがって……やけにかっこつけてるが、ドールを使った決闘なんざ、そう簡単にできるわけじゃねえだろ。許可や場所はどうするつもりなんだよ」

「オーガス家が今日まで積み上げてきた権力や人脈を駆使すれば、一度ぐらいの無茶は通るよ。そうだね、三時間ほど時間をもらえないかな。それまでにセッティングを済ませよう」

「時間はやる。だが監視はさせてもらうぞ」

「逃げやしないけどね、むしろ君のほうが逃げやしないかと心配してたところさ」

「クラスEだからってあんま舐めてると痛い目を見るぜ」

「そうなればいいね」


 他人事のように言うと、カズキは試合のセッティングのために行動を始めた。

 プリムラはそれが終わるまでの間、彼を監視し続けるのだった。




 ◇◇◇




「プリムラ!」


 競技場控室――試合開始を待つプリムラが待機する部屋に、アリウムが飛び込んできた。

 そのまま大股でプリムラに近づくと、肩を掴んで詰問する。


「どういうことだ、いきなりカズキ先輩と決闘だなんて!」


 まるで友達のような距離感に、プリムラは彼女の顔を見上げながら呆れるように言った。


「アリウムちゃん、よく来れたね」


 つい先日、激しく口論したばかりだというのに。

 プリムラに言われて初めてそのことを思い出したのか、アリウムは先ほどまでの勢いをすっかり失って、しどろもどろになりはじめる。


「へ? あ、あぁ……その、は、話を聞いていたら、いてもたってもいられなくなって……」

「それで感情に任せてここまで来てしまった、と」


 アリウムらしいと言えばらしい。

 基本的に頭は悪くないのだが、感情的になると考えが浅くなるのが悪い癖だ。

 まだ十六なので、それが彼女の若さなのかもしれないが。


「まあいいけど」


 悪意はなく、打算もない。

 プリムラに、その行動を嫌う理由は特になかった。


「まあ状況を簡単に説明するとね、お母さんを操ったり、爆弾を仕掛けてたのはカズキ先輩だったってこと」

「あの人が!? どうしてそんなことを……」

「ややこしいから詳しくは話せないけど、要するに教団員だったってことらしいよ」

「そんな……」


 犯人が身近な人間だとはこれっぽっちも想像していなかったのだろう。

 だが言われてみれば――訓練センターで会ったときの様子がおかしかったのは、事件に関わっていたからだったのか、と合点がいく部分もある。


「……大丈夫、なのか?」


 ためらいがちに、アリウムは尋ねた。


「なにが?」

「そんな、爆弾を仕掛けるような人間なんだろう? 本当に、まっとうな戦いになるのか?」


 口論のことを思い出すと、胃がぎゅっと痛くなる。

 その痛みは彼女からあらゆる気力を奪うが、それでも勇気を出して言葉を紡いだ。


「一応あっちはそのつもりだって言ってたけど――」

「信用できないわね」


 プリムラの背後に姿を現したヘスティアが言った。


「だったら危険だ、プリムラの命にだって関わるかもしれないんだぞ!」

「そんなの今さらじゃない? 知らないかもしれないけど、わたし一回死にかけてるから」

「う……それは」


 プリムラはザッシュの一件のことを言っているのだろう。

 実際のところ、アリウムがあの件になにか関与したわけではなく、ただ単にプリムラを疑って追い詰めてしまっただけなのだが――その“だけ”が、彼女の罪悪感を際限なく膨張させる。

 胃どころか、胸が苦しくなって、呼吸すらうまくできなくなる。


「……すまなかった、本当に」


 そんな状況の中、どうにか一言だけ絞り出せたのが、それだった。

 苦しげに、悲しげに、しかしそれらの感情はあえて声に出さず、プリムラに対する謝意だけを言葉に乗せて。


「いや……わたしも、少し大人気なかったかもしれない」


 少なくとも今、ここでの会話に関して言えば、アリウムに非はない。

 それに対して嫌味で返してしまったことを、プリムラは単純に反省した。

 するとアリウムは慌てて否定する。


「そ、そんなことはないっ! だって、あれは、完全に私が悪いんだ。私が、プリムラのことを信じずに、言われたことを鵜呑みにしたから……結局、私の心の問題なんだ」


 弱さ。

 中途半端さ。

 それが嫌というほど表に出てしまった出来事だった。

 アリウムの場合、正義を振りかざして他人を助ける前に、まずは自分自身の問題を片付けるべきなのだ。

 それを放置して他者に手を差し伸べるのは、一種の現実逃避に他ならない。


「私の……せい、なんだ」

「……ん」


 気まずくなって、黙り込む二人。


「試合前だというのに……盛り下げてしまって、すまない」

「別にそれはいいよ、むしろ気持ちが落ち着けたから」

「そうか……その、プリムラが本当にカズキ先輩とやりあうつもりなら、私には止められない。だが、気をつけてくれ。あの人はとても強い気がするんだ」

「わかってる、油断はしない」

「ああ、頑張ってくれ。私は、客席から応援している」


 そう言って、部屋を出ていくアリウム。

 プリムラはその背中を見送ると、「はぁ」とため息をついた。

 するとそんな彼女を見かね、ヘスティアが豊満な胸にプリムラの顔を抱き寄せる。


「むぐっ……ヘスティア、いきなりなに?」

「んー? なんとなくこうしたくなったの」


 優しく微笑みながら、ヘスティアはプリムラにぬくもりを与えた。

 慰めているし、褒めてもいる。

 人肌というのは、その存在だけで人の心を落ち着けるもの。

 プリムラは少し恥ずかしい思いをしながらも、柔らかな感触に身を委ねた。

 そのとき――ガチャリと扉が開く。

 ノックもせずに、不躾な二人が部屋に入ってきた。


「こんにちはー! プリムラさん、いきなりとんでもないことに――ってうわぁっ、こっちのほうがとんでもないぞぉ! 激写です、激写!」


 入るなり、抱き合う二人を何度もシャッターに収めるセイカ。


「なーにやってんだよお前ら」


 呆れ顔でポケットに手を突っ込むルプス。


「わたしにもよくわからないんですけど……強いて言えば、エネルギーチャージ?」

「ますますわかんねえよ」


 プリムラにだって、なんで抱きしめられたのかよくわかっていないのだ。

 ヘスティアも“なんとなく”やっただけで、説明などできるはずもない。

 なので色々問い詰めようとするセイカは完全にスルーして、ひとまず椅子に座らせ落ち着かせる。


「しかし――まったく、滅茶苦茶しやがる。あの情報を渡した直後にこうなるとはな」


 ヘスティアの用意したブラックコーヒー片手に、ルプスが言った。


「言っておきますけど、挑んできたのはカズキ先輩のほうですからね」

「あっちから?」

「教団の都合とか抜きにして、単純にわたしのことが嫌いらしいです」


 言ってしまえば、それが全てだ。

 この決闘の発端は、カズキのわがままにある。


「あー……」


 そしてプリムラの言葉に対して、頷きながら納得するルプス。


「なんですかその『わかるわー』みたいな反応」

「まさにそのとおりのこと考えてたからな」

「ルプスさんは味方なんですか敵なんですか」

「利害が一致してるだけだろ?」

「……それもそうですね」


 元々、二人の仲は悪いほうだ。

 ラートゥスの死後、教団との繋がりを探るために、親を失い、世間から冷たい目で見られるプリムラの周辺を嗅ぎ回ったのだから当然である。

 最近は貴重な情報源として役に立っていたので忘れがちだが、本来は彼女の天敵と言っても差し支えない存在なのだ。

 それはセイカに関しても同じことが言える。


「しかしプリムラさん、相手はクラスBの強敵です。ザッシュさんより格上ですよ? なにか秘策はあるんですか!?」


 そのセイカは、身を乗り出しながらプリムラに質問してくる。

 やはり苦手なタイプだ。


「パワーではったおす」

「びっくりするほどなにもない!? いやいや、それで大丈夫なんです?」

「卑怯なことを考えるって点においてはあっちのほうが上だと思うから。だったら、そんな企みごと潰してやったほうがいいと思って」


 あれからまだ三時間しか経ってないのだ。

 ハデスの武装や能力はわかっていないし、付け焼き刃の作戦など、むしろ逆効果になる可能性がある。

 だったらなにも考えずに、力ずくで相手を破壊することに全ての力をつぎ込んだほうがいいのではないかと、プリムラはそう考えたようだ。


「実際、相手がどんな能力持っているかなんて、戦ってみないとわからないものね」


 いつもはプリムラを抑止するヘスティアも、これに関しては反対しない。


「うん、ザッシュだってあの力を隠してたんだから、自分の正体を隠すようなカズキ先輩なら、もっととてつもない力を隠してたっておかしくはない。だったら、できる限り相手が万全な状況でその“力”を使わせないためにも、まずは相手を追い詰めないと」


 仮に使われたとしても、できるだけ不安定な状況で使わせることで、少しでも威力を削ぐのだ。

 そして一度でも耐えて相手の力の正体を知ることができれば、二度目以降の対処は楽になるはずである。




 ◇◇◇




 それから数十分後――プリムラの姿は、競技場入場ゲート裏にあった。

 すでにドールは競技場に運び込んである。

 乗った状態で入れば楽なのだが、決闘にはショー的な一面もある。

 まず搭乗者が生身で観客の前に出ることで、会場のヴォルテージを高めることができるのだ。


 決闘が行わることが発表されたのはほんの一時間ほど前だというのに、会場は満員だった。

 いや、むしろゲリラ的に行われたことが功を奏したのだろうか。

 外でも会場の様子は大きく映し出され、その周辺には数え切れないほどの人々が群がっている。


『試合開始時間になりました、両操者の入場ですっ!』


 実況の女性によるアナウンスが流れると、ゲートが開き、二人は広いグラウンドに踏み出す。


『西ゲートより入場するのは、プリムラ・シフォーディ選手! 五年前まで活躍していた操者、ラートゥス・シフォーディの娘です。本人はクラスEですが、秘められた力を持っていると噂されています。格上のクラスB相手にどう戦うのか! 期待が高まります!』


 一方は、コロニー中の憎しみを一身に向けられる殺人鬼の娘。

 アヤメの一件で五年前の事件に向けられる目が変わりつつあるのか、ちらほらと拍手する者も見受けられるが、彼女に向けられるのはそのほとんどがブーイングか罵倒であった。

 まあ、しょせんはノイズだ。

 あまり気にせず、所定の位置まで移動しながら、プリムラは前方に立つカズキのドールを見上げた。


 ハデス――神話においてはハーデースと呼ばれることも多いが、神話の元となった本人のアニマが“ハデス”を名乗っている以上、そちらのほうが正しい名前なのだろう。

 胴は“華奢”と読んでいいほど細く、ガラテアで軽く蹴るだけで折れてしまいそうだ。

 だが機体が軽い分だけ、機動性は高いと思われる。

 主武装はおそらく、カズキが屋敷で見せた鎌。

 見たところ、機体に砲門らしきものは見当たらないため、遠隔戦闘を得意とするタイプではないと思われる。

 まあ、どのみちこの競技場では近接戦闘が主になる。

 決闘というフィールドはハデスにとって有利だ――そういう打算があったからこそ、カズキはプリムラに挑んできたのかもしれない。


 そしてハデスのさらに向こうにあるゲートから、カズキが現れる。

 観客は、名家で育った将来有望な美形の少年の登場を、今か今かと待ち受けていた。

 だが――ゲートをくぐり姿を見せたカズキは、観客の想像外の格好をしていた。

 茶髪のウィッグを被り、顔にはメイクを施し、纏う服は華美なドレス、履いている靴は赤いハイヒール。

 そう、女装していたのだ。

 あれがカズキだと言われなければ、男性とわからないほどの完成度である。

 彼は自信に満ちた表情を浮かべ、堂々と胸を張って入場する。


『そして東ゲートより入場するのは――え、ええぇっ!? あれは……カズキ・オーガス選手……?』


 実況は戸惑い、本来は歓声に包まれるべき会場は静まり返る中、カズキはドールの傍らに立ち、プリムラと向かい合った。


「うふふふっ、みんな驚いてるわね。とっても気持ちいいわ」

「こういう場合、ステラちゃんって呼んだほうがいいの?」

「無粋な真似はしないで。せっかく生まれ持ったその名前のままで、ようやく本当の姿をみんなに見せることができたんだから」


 声は女性のようにも聞こえるが、セイカが言っていたように裏声に近い。

 相当訓練は積んだのだろうが、それでもやはり違和感はある。


「なるほどね、わたしに決闘を挑んできたのはそのためでもあったわけか」

「一石二鳥でしょう? どうせ最期なんだもの、暴力もおしゃれも、思いきり楽しんで、命を輝かせなくちゃね!」


 そう言って、カズキは開いたコクピットハッチまで跳躍し、ドールに搭乗する。

 プリムラも遅れて乗り込んだ。


『プリムラ、形態はどうする? オリハルコンの貯蔵はまだまだあるし、この場でモード“火神(ヘスティア)”になっても問題ないと思うわよ』


 ドールに乗ってまともに戦うのは、ザッシュとやりあったとき以来だ。

 予定外に随分と間が空いてしまったため、まだガラテアの姿はモード“賢者(ハーミット)”のままである。

 するとそのとき、カズキからプリムラに通信が入った。

 嫌な予感しかしないが、どうせ戦闘中にも話すことになるだろう。

 しぶしぶつなげる。


「なんの用だよ」

『あら、もう口調が変わってるのね』

「お互い様だろ」

『ふふ、そうね。ところでモード“火神(ヘスティア)”とやらにはならないの? ドールでも姿を変えることはできるんでしょう?』


 挑発だ。

 しかし罠というよりは――単純に、『全力を出せずに勝てると思っているのか』という警告にも聞こえる。

 いつの間にか、ハデスの手には巨大な鎌が握られていた。


『あの鎌、魔力を帯びているわ。ただの武器ってわけでもなさそうね』


 プリムラにもそれは、“黒いオーラ”という形で見えていた。

 あまりに禍々しいそのフォルム。

 そしてハデスの持つ神話。

 あのドールは間違いなく“死”に関する能力を持っているはずだ。

 クラスCのザッシュですら、あれだけの現実改変能力を持っていたのだ、ならばクラスBのカズキが隠し持つ力とは一体どれほどのものなのか。


「最初から全開でいくしかねえな。ガラテア、モード“火神(ヘスティア)”!」


 貯蔵していたオリハルコンを使い、姿を変えるガラテア。

 それは人間サイズで纏っていた姿と同じように、背部バーニア聖火の翼(セイクリッドウィング)、両腕の亡縛砲(アルジェイ)、そして手には巨大な炎の剣(フランベルグ)を握った形態。

 だが、全てが同じというわけではない。

 ドールの場合、オリハルコン不足で人間サイズでは再現不可能だったスペルキャスターが右腕に搭載されているし、弓や強力な魔術も行使可能だ。

 つまりモード“賢者(ガラテア)”の全機能を継承した状態で、ヘスティアの力を加えたのが、現在の形態なのである。


『プリムラ選手のドールも姿が変わったぁっ!? え……えーと、とにかく両者戦闘態勢についたいうことで、今まさに、戦いのゴングが鳴り響こうとしています!』


 試合開始時刻まで、あと十秒。

 空中に浮遊するランプの色が変わり、ブザーが鳴ったら試合開始の合図だ。

 表面上は“試合”だの“ショー”だのと言っているが、実際のところこれは殺し合いである。

 敗者は死ぬ。

 おそらく、公衆の面前で無様に、凄惨に。

 もっとも、カズキは勝とうが負けようが、教団の手により殺されるのだろう。

 だからと言って彼の殺意が失せることはない。

 この戦いはあくまで、彼にとっては個人的な復讐なのだから。

 むしろこの一戦に、命を含めた全てをつぎ込める分、普通に戦うよりも厄介かもしれない。

 プリムラだってそれはわかっている。

 だから、『どうせ死ぬのなら殺したって構うものか』と、彼女もまた殺意むき出しで、彼の憎悪に立ち向かう。

 そして――ビー! と、少し高めのブザーが鳴る。


『受けてみなさいプリムラ! これが、あなたが目を背けてきた呪いの力よ!』

「知るかよそんなものぉッ!」


 重たい金属音を響かせながら、二機のドールは真正面から刃を交えた。




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