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019 その壁を打ち破れ

 



「お待ちしておりました、プリムラ様」


 店の入り口でプリムラを迎えたのは、スーツを着た屈強な男だった。

 ヒメとは異なり、化粧もしていなければドレスも着ていないが、彼もそういう(・・・・)人間なのだろうか。

 プリムラがじろじろ観察しても、サングラスをかけたその顔はぴくりとも動かない。


「こちらへ」


 感情のこもっていない声で言うと、男はプリムラを店の奥へと案内する。

 まだ開店前なのか、客はいない。

 基本的に、こういった店は夜に営業するものなので、どちらかと言えばヒメの店のほうが例外なのだが。

 内装は、派手は派手だが、今は貴重な天然革の椅子や華美なシャンデリアなど、高級ホテルのラウンジを思わせるような作りだ。

 おそらく金持ちをターゲットにしており、ガラス棚に並ぶワインやシャンパンの瓶は、どれも下手な操者では手が出ないほど高価なものなのだろう。


『政治家なんかも利用しそうな店よね』


 ヘスティアの言葉に、返事はしないが同意するプリムラ。

 だがそうなると、妙と言えば妙ではある。

 政治家がいるのなら、それだけカズキの正体に気づかれる可能性が高まるはずなのだから。

 店主が彼の身の上を知った上で協力したのなら、政治家の客に指名されるのを避けることはできるかもしれないが。


『ねえプリムラ、やっぱりわざわざ店の奥まで案内されてるのは……』

「わかってる、警戒は怠らない」


 プリムラは小さな声で返事をする。

 それに気づいたのか、男はちらりとこちらを振り向いた。

 殺気は無いが、必要以上にプリムラの動きを気にしているようにも思える。

 警戒しているのは、お互いに(・・・・)、なのかもしれない。


 カーテンを抜けて、本来、客は踏み入れない場所に足を踏み入れる。

 その先には、いくつもの扉が並ぶ廊下が伸びていた。

 一番奥、突き当りに他とは異なる装飾を施された扉がある。

 そこに、この城の主がいるのは間違いないようだ。

 プリムラの予想通り、男はその扉の前まで彼女を案内し、立ち止まると「中でママがお待ちです」と中に入るよう促す。

 仏頂面と“ママ”という言葉のギャップにこみ上げる笑いをどうにか堪えたプリムラは、ノックして返事を待った。


「入っていいぞ」


 返ってきたのは、予想外にも男らしい声。

 てっきりヒメのような派手な女装を想像していたのだが――扉を開いた先に居たのは、いかにもしぶいダンディな男性だった。

 髪は耳が完全に隠れる程度には長く、顎には短く揃えられたヒゲが生えていたが、黒のスーツのおかげか、彼の放つ雰囲気が為せる業か、なぜか清潔感があった。


「どうも、はじめまして」

「君がプリムラ・シフォーディか、噂に聞くより外見は普通の少女なのだな」

「もっとグロテスクな化物みたいな姿を想像しましたか?」

「まさか。人外の雰囲気ぐらいは纏っているのではないかと想像していただけだ。まあいい、そこに座りたまえ」


 プリムラは素直に従い、革のソファに腰掛けた。

 部屋の扉が閉まる。

 彼女を案内してきた男性は鍵まで閉めると、先に部屋で待機していた大柄の男と共に、“ママ”の背後に立った。


「自己紹介がまだだったな。この店、シトラスの店主、ママード・シトラーシュだ。うちの店で働くファミリーからは親しみを込めて“ママ”と呼ばれている」

『ママって……略称だったのね』


 これにはプリムラも驚いた。

 確かにママといった風貌ではないが、まさかそれが本名だとは。

 しかし格好から見るに、ママード本人はヒメとは異なり自ら接客を行ったりはしないのだろう。


「今日は、ステラについて聞きに来たそうだな」

「ステラ?」

「君がヒメに見せたという画像の子だよ。ああ確かにうちのファミリーだ、だが残念だが彼女について話すことはできない。プライバシー保護というやつだよ。だからすまない、今日は話せることなどなにもない」

「だったらわざわざなんでわたしをここまで連れてきたんです?」

「私のような立場の人間が言わなければ、諦めそうにないと思ったからだよ」


 高い地位の人間が言えば納得する――それは“誠意”のようにも聞こえるが、ある意味で“脅迫”でもある。

 ママードの場合、後者であるとプリムラは捉えた。

 かなりの修羅場を乗り越えてきているのか、表情からその真意は読み取れないが、背後に待機する男二人の殺気から容易に判別できる。


「ママードさん、わたしはですね――」


 プリムラはあえて偉そうに足と腕を組み、言った。


確認(・・)に来ただけなんです。とっくにそのステラさんとやらが誰なのかは知っている、あとはあなたが首を縦に振れば要件は済むんです」

「わからないか、プリムラ君」

「わかってますよ、ママードさん」

「いいやわかっていないな君は。頭の弱い少女のために、優しい私がわかりやすい言葉で言い直してやろう」


 ママードも負けじと、プリムラを見下し、威圧感のある目をしながら告げる。


「諦めろと言っているんだ。貴様が選ぶべき選択肢は、それ以外に無い」


 言ってしまえば、この時点で確認は完了だ。

 彼は自白したようなものなのである。

 だがこのままカズキ本人を問い詰めたところで、しらばっくれて終わりだろう。

 あれはそういう類の人種だ。

 そして何食わぬ顔で姿を消し、教団の施設にでも雲隠れするはずだ。

 そうなれば捕まえるのは難しい。

 アヤメを操った報いを受けさせることもできない。

 ここで退くわけにはいかないし、退くつもりも最初からさらさら無かった。


「あれはカズキ・オーガス先輩だ。そうですよね?」

「答える必要は無い」

「教えてくださいよママードさん。どうしてあの人が、こんな店で体を売るような真似をしているのか」


 ママードはさらに強くギロリと睨む。

 プリムラの物言いが気に触ったのだろう。

 ここは風俗店では無いのだから。

 もっとも、わざとなのだが。


「なんですかその顔、店ではおさわりを禁じているとかそういう話ですか? でもわたし思うんですよ、女装したカズキ先輩は、それはもう綺麗です。同じ女であるわたしから見ても嫉妬してしまうほどに。あんな見た目をしていたら、このお店に足繁く通っているでっぷり太った金持ちのおじさま方は放っておかないんじゃないですか?」

「ステラにそのような事実は無い」

「もういいですって、あれカズキ先輩なんでしょう? 大丈夫ですって、別に女装していることを周囲にバラして脅そうってわけじゃないんですから」

「諦めろと言った私の言葉がわからんのか」

「諦められるわけがありませんよ、あの人のせいで罪のない人間が何人も死んでるんですからぁ」

「……なに?」


 眉をひそめるママード。

 プリムラは目を細め、「ふむ」と小さくつぶやいた。


『反応したわね』


 しかも予想外の方向に。

 てっきりママードと教団は繋がっていると思ったのだが――いやしかし、今の反応が演技な可能性もあるのだが。

 確かに彼は修羅場を乗り越えてきた面構えをしている。

 だが、そこまで分厚い仮面を被っているようにも見えない。

 プリムラの『店で体を売るような真似』という言葉に憤慨したのがその証拠だ。


「ママードさん、おそらくあなたは純粋な“善意”でカズキ先輩を雇ったんでしょう。あるいは他の従業員もそうなのかもしれない。自らの性に悩む人間のための駆け込み寺になりたい――そんな感じですかね。でもあっちはそのつもりじゃないかもしれませんよ」

「与太話だな。そもそも、ステラとその人殺しの間にどんな関係がある?」

「関係もなにも、殺した張本人ですよ。こんな店をやってるなら知ってるんじゃないですか、“イマジン教団”って集団のこと」


 反応はない。

 だがそれが余計に不自然だ。

 プリムラには今のママードが、意図的にポーカーフェイスを演じているように見えた。


「知らんな」

「このイマジン教団に、カズキ先輩は所属していると思われます。あとはあなたが、彼がここに入ってきた経緯を話してくれれば、直接問いただしてみてもいいんですが――」


 ママードがテーブルを指でカツンと叩くと、背後に待機していた男二人が、一斉に銃口をプリムラに向ける。


「……それでも庇い続けますか」

「ステラはうちのファミリーだ、家族なんだよ。家長は、無条件で家族を守るものだ。もう一度言うぞ、諦めろ。私はお前が死んだことを誰にも悟らずに消すことだってできる」

「無理ですね、わたしこれでも操者ですから」

「この距離で銃を避けられると?」

「こめかみに突きつけられても無傷で切り抜ける自信がありますよ。まあ、仮にそこの二人を始末してあなたを拷問にかけたところで、口を割ってくれるとは思えませんが」




『残念だけど、私も同感ね。彼には強い意志があるわ。力ずくで突破するのは難しそう』

「人を見る目はそれなりにあるようだ。だがまず、私を拷問にかけられるという奢りを捨てるんだな」

「ふふ……わかりました。あなたが教団員でないことがわかっただけでも収穫です。別のルートで証拠を集めてみることにしますよ、幸い頼もしい味方もいるので」


 先ほど『気になることができた』と言っていたルプスからのメッセージがすでに届いている。

 おそらく彼はプリムラがカズキを疑っていることを理解した上で、それに関連する情報を集めていたのだろう。

 にしても、動きが早い。

 すでに彼を教団員候補としてピックアップしておいたからこそ、迅速に行動を起こせたのかもしれない。


「……ひとつ、聞いてもいいか」

「わざととは言え、失礼なことを言ってしまったお詫びです。なんでもどうぞ」

「君の探している人間が人を殺したというのは、事実なのか? 私に揺さぶりをかけるための虚偽ではなく」

「事実ですよ、間違いなく。こればっかりは確定したことです」


 行き場のない人間は守る。

 だが、ここは犯罪者を匿うための場所ではない――ママードも葛藤しているのだろう。

 ひょっとすると、プリムラに情報は渡さないにしても、カズキに話を聞くぐらいはしてくれるかもしれない。

 もっともその場合、彼の命が無事だとは思えないが。


(ルプスさんあたりに見張っておいてもらったほうがいいかな)


 それでカズキが動いたのなら、今度こそ決定的な証拠が手に入る。

 どうせ軍警察は動かない。

 政治家と繋がる彼を殺せば、いかなる理由があろうともプリムラは身動きがとれなくなる。

 今は証拠を集めて、突きつけて、追い詰めるしかないのだ。


「それじゃあ、お邪魔しました」


 椅子から立ち上がるプリムラ。

 そのまま部屋を出ていこうとしたが――


「……ん?」


 直前で立ち止まり、スンスンと鼻を鳴らした。


『プリムラ、なにか匂うの?』


 ヘスティアもママードも、突然の奇行に首をかしげる。


「なにをしている?」

「あのママードさん、一つ確認しておきたいんですが」


 プリムラは振り返らずに、ドアのほうをみながら真剣な声のトーンで彼に問う。


「カズキ先輩……いや、ここはステラさんと呼んでおきましょう。あの人が前に出勤したとき、あなたは顔を合わせましたか?」

「いや、ちょうど店を出ていた」

「そう、ですか。なら最悪のパターンは避けられる、か」


 以前、プリムラが記者と対峙したとき、彼女は“お母さんの匂い”を感じた。

 だがあの言い回しは厳密に言えば少し違う。

 実際のアヤメの匂いは、もっと優しくて心地のよいものだった。

 だがあの事件を境に上書きされて、別の匂いで塗りつぶされてしまったのである。

 血でもない。

 流れ出た臓物でもない。

 匂ってくるのは独特の――少しだけ鼻の奥がツンとするような、ケミカルな刺激臭。

 操者として目覚めた今は、余計に強く感じられる。


 プリムラは「すぅ」と息を吐く。

 研ぎ澄まされた感覚は、この部屋で発生したあらゆる“音”を逃さない。

 布がこすれる。

 銃を握った男の、微かな動き――それを合図として、素早く振り返る。

 そして、手のひらを前にかざし、魔法陣をネットワークから呼び出した。


 ママードとて素人ではない。

 プリムラが魔術なる奇妙な力を使うことは把握していたし、自らの命を守るために『エレガントなやり方ではないが』とポリシーに反してまで、銃口を向けさせた。

 だからすぐに反応する。

 その魔法陣から、自分に危害を加えるであろう“なにか”が射出されると予測し、回避を試みる。


 そしてプリムラに銃を向けた二人の男が、引き金を引いた。

 放たれた銃弾。

 一方はまっすぐにプリムラに向かう。

 そしてもう一方は――無防備な、ママードの後頭部を狙っていた。


 正気の(・・・)男は、自らの主に凶弾が迫っていること、そして相方の目が虚ろになっていることにすぐに気づいた。

 だがこの距離では、もうかばうことすらできない。

 愛しき主が脳漿をぶちまけて絶命する様を、見ているしかないのだ。

 そしてママードは、なにも理解できぬまま脳を破壊される――はずだった。


 プリムラの魔術が発動する。

 彼女が動いたのは、決して彼らに攻撃するめではない。

 床からせり上がった“岩の壁”が、銃弾の迫るママードの頭を守る。

 ガゴォンッ! と強烈な威力で壁を砕いた弾丸は、しかし貫通には至らなかった。


 ――一連の行動が終わる。

 終わったら、次が始まる。

 誰よりも先に動いたのはプリムラだった。

 今度は魔術ではなく、自らの体で、雇い主を銃撃した男に突っ込む。

 プリムラが近づいてくる中、奇襲に失敗したその男は冷静に、銃を握る手を別の標的に向けた。

 ついさっきまで相方だった、もうひとりの男だ。

 目的達成より前に、()を減らすことを選んだのである。

 ためらいなくトリガーは引かれ、放たれた銃弾は眉間を貫いた。


(判断が迅速すぎる。誰かに操られているわけじゃない……?)


 だとしても、その判断が正しいとはプリムラには思えなかった。

 なぜなら、相手は屈強な男性とはいえただの人間。

 対する彼女は、普通の人間を圧倒する身体能力を誇る操者だからだ。

 取っ組み合いになれば、力で押し返すことは不可能。


「マーク!?」


 倒れゆく男を見て、ママードの悲痛な叫びが響き渡った。

 その渋い外見からは想像できない、女々しい声。

 どうしても見た目で判断しがちだが、こういった店を経営している彼もまた、そっち側の人間なのだろう。

 そしてこの二人の男はボディーガード兼、お気に入り(・・・・・)だったに違いない。

 まあプリムラには興味のない話なのだが。


「もらったぁ!」


 彼女は口に手を突っ込み、そのまま上顎を頭部から引き剥がし、即死させるつもりだった。

 しかし手が届くよりも先に、男が異常な力でプリムラの手首を掴む。


「ぐぅっ!? こんのォッ!」


 握りつぶされる前に、空いている方の手で彼の髪を鷲掴みにすると、引き寄せ勢いを付けて膝を叩き込む。

 メリィッ、と頭蓋骨が砕け、ぐにゃりと脳がえぐれる感触があった。

 普通の人間なら間違いなく即死だ。

 だがこれは間違いなく、普通の人間じゃない。

 爆発した記者や、ナノマシンの集合体だったアヤメとも違うなにかだ。

 掴んでいた手の力が緩む。

 その一瞬で腕を引き抜いたプリムラは、よろめく男の腹を蹴飛ばし壁に叩きつける。


「ヘスティア、あれをっ!」

『わ、わかったわ!』


 まだこれで終わる相手ではない。

 大げさかもしれないが――と自分でも思いながら、プリムラは圧縮したオリハルコンを展開。

 それを全身に纏い、己の力を引き上げる。


「ガラテア、モード“火神(ヘスティア)”!」


 人間サイズに凝縮されたドール・ガラテア。

 その状態ですぐさま放心状態のママードを抱え上げた。


「な、なにをするっ! 離せ! マークとジョナサンがあんなことになっているのだぞ!?」


 先ほどまでの冷静さからは想像できないほど取り乱すママード。

 目の端には涙すら浮かんでいる。


「関係ねえな、お前に死なれたらちょっとだけ困るんだよッ!」


 脳を破壊されたはずの男は、すでに起き上がっていた。

 体には赤い筋が浮かび、充血しきった目でぎょろりとこちらを睨んでいる。


「チィッ、結局五年前の事件はそういうことかよ!」


 人を操り、身体能力を引き上げる技術――アヤメの状況から考えるに、あれも空気中のナノマシンを集めることで起きている現象なのだろう。

 口から獣のように涎を垂らしながら、飛びかかってくる男。


「ふッ!」


 伸ばされた腕を躱し、ハイキックで蹴り落とす。

 ゴッ、と鈍い感触。

 横腹にクリーンヒットしたため、内臓の一つや二つぐらいは破裂してそうなものだ。

 実際、男は口から血を吐き出していた。

 それでも動きは止まらない。

 バランスを崩して地面に落ちたかと思えば、飛び跳ねるように起き上がる。

 その際、彼の腕からゴキャッという音がして、ありえない方向に曲がっていたが、もはや体がどうなろうと、動きさえすれば関係ないらしい。

 今度は獣というより、蜘蛛のような姿で這い寄ってくる。


「相手するだけ無駄だな」

「ジョナサンッ! あぁどうしてジョナサンがこんなことにぃっ!」

「うるせえちょっと黙ってろ、舌噛むぞ!」


 背部バーニアを噴射しながら、プリムラは壁に突っ込んだ。

 そのまま勢いを利用した蹴りで壁を破壊し、外に脱出する。

 出た先は店の裏。

 幸いにも人通りが少ない場所だ。

 ママードを抱えたまま跳躍し、屋根の上に乗る。

 直後、穴から外にでた男も四つん這いの姿勢のまま垂直に跳んで、すぐさま追いかけてきた。


「動きが気持ち悪すぎんだよッ!」


 そう吐き捨てながら走るプリムラ。


『逃げるのはいいけど、どこに行くの!? その男を捨てて、とっとと焼いちゃったほうが早いんじゃないの?』

「その間にママードを殺されたんじゃたまったもんじゃないからな!」

『かと言って、この状況のまま、話を聞けそうにもないわよ?』

「うわあぁぁぁあっ! ジョナサンっ、ジョナサァァァンッ!」

「悲劇のヒロインかっての……」


 呆れるほどぼろぼろに泣きながら、追跡するジョナサンに向かって手を伸ばすママード。

 本来、走れば走るほど両者の距離は遠くなるはずなのだが、彼はぴたりとくっついて四つん這いで追跡してきた。

 いや、それどころか少しずつ間が縮まっている。

 さらに、加速するにつれて体に浮き上がる赤い筋の数は増えていった。


『馬鹿げてるわ、あんなことして人体が保つはずがないのに!』

「使い捨てでいいって思ってるだろ。教団は、真の世界はここじゃなくネットにあるって言ってんだからな」

『全ての人を楽園に導くんでしょう? だったら、この世界の命だって大事にしなさいって話よ!』

「それはわたしも同感っ、と!」

「ジョナサァナナンぶぇっ!?」


 屋根から屋根に飛び移るタイミングで舌を噛んだらしく、ようやくママードが静かになる。

 しかしそれでもジョナサンのスピードはゆるまず。


亡縛砲(アルジェイ)!」


 火球を射出。

 だが機敏な動きで飛び跳ね、かすめもしない。

 さらに連射して逃げ場を塞いでみると、右腕を焼くことに成功したものの――


「ウギャァウ! ギャアァッァァァァアアァッ!」


 映画に出てくる地球外生命体のような声をあげながら、もう一方の腕で焼けたほうの腕を引きちぎる(・・・・・)

 そしてなにを思ったか、それをプリムラに向けて投擲してきた。


「飛び道具のつもり――いや、違ぇ、これはっ!?」


 ただまっすぐ跳んでくるだけの物体ではない。

 その腕は空中でボコッ、ボコッと内側でなにかが蠢くように変形している。

 プリムラはその現象に見覚えがあった。


『プリムラ、爆発するわっ!』

「わかってるよ! 聖火の翼(セイクリッドウィング)、フルバーストォッ!」


 爆ぜる腕。

 迫る爆風。

 バーニアにより体は加速し、意識を削りにGがやってくる。


「ぐぬおぉおおおおおおおッ!」


 吠えて踏ん張る。

 どうにか意識をつなぎとめる。


「づ――はあぁっ、はぁっ……!」


 爆ぜた腕は、プリムラが屋根に立っていた建物を完全に消滅させていた。

 周囲の建物を巻き込んで居ない分、あの記者の爆発よりは規模は小さいが、腕を投げただけであれだけの威力。

 今のジョナサンは、いわば超高速で自律走行する強力な爆弾なのだ。

 しかもいくら攻撃しても止まらないと来ている。

 腕を失い、体もボロボロで、一体どのようなロジックで前進し、飛び跳ねているのか、ガラテアの頭脳をもってしても理解できない。

 だが動いている以上は、逃げるしかない。

 子泣きじじいのようにしがみつかれでもしたのなら、その時点で死が決定するのだから。


『ねえプリムラ、どこに向かってるの? こっちって確か、裕福な人たちが暮らしてるっていう……』

「そう、もうママードから話を聞くのも面倒だから突っ込むことにしたんだよ!」

『突っ込むって、どこに?』

「決まってんだろ? カズキ先輩の家だ」

『そう、あの人の……家に……って、ええぇぇぇぇえええええッ!?』


 驚くヘスティアをよそに、カズキの家はすでに近づきつつあった。

 プリムラはひときわ高く跳び、右足を突き出した状態で、バーニアを噴射する。


「洗いざらい全部吐いてもらうぞ、カズキ先輩ぃッ!」

『ああもうわかったわよぉ、なるようになっちゃえぇぇーっ!』


 そのまま窓ガラスを破壊したプリムラは、カズキの暮らすオーガス邸に突入するのであった。






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