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013 人殺し ~あなたに会いたくて~

 



『いくらなんでも感情に任せすぎよ、プリムラ!』


 ヘスティアの苦言はプリムラの耳には届かない。

 彼女は記者の首を掴んで持ち上げると、そのまま尋問を始めようとしたのだが――すんすん、すんすん、と鼻を鳴らす。


「この人……匂いがする」

『匂いって?』


 黙り込むプリムラ。

 一応正体は隠しているのだから、ここで“血と母親の匂いがする”ともいうわけにはいかなかった。

 こんな中年男性から死んだはずの母の匂いがするというのも変な話だが、してしまうのだからしょうがない。

 新聞社の名札は見えている。

 つまり彼は紛れもなく記者なのだろう。

 ひょっとすると、ここに来る前にアヤメに関連するなにかに触れてきたのか。


「繰り返すけど、乱暴はしたくないから大人しく答えてくださいね」

「誰……だ……」

「教団の関係者です」


 適当に嘘を言った。

 もちろん声は変えてあるが、さすがに思いつきで言い過ぎたか――と思いきや、記者は面白い反応を見せる。


「教団……やっぱり……残って……! じゃあ、あいつも本当に……」

「やっぱりって、あなたここに来る前にどこにいたんです?」

「……それは」

「隠す必要はありませんよ、わたしと彼ら(・・)とは仲間同士ですから。あなたの情報源を裏切り者として処断することも無いと約束しましょう」

「本当……だな?」

「ええ、本当です」


 全て嘘だが。


「私が会ったのは、操者だ。教団幹部を名乗る操者が、面白い情報があると言ってコンタクトを……取って、来たんだ」

「自ら連絡を、ですか」

「ああ……私も驚いたし、信じがたいことだったが……一応、会ってみたんだ」

「成果はありましたか?」

「ああ……予想以上だった。これで裏さえ取れれば、出世間違いなし……だ! あんたが、教団の……人間だって言うんなら、信憑性を……ぐっ……あの……ところで、そろそろ降ろして……くれないか?」

「嫌です」


 まだ聞き足りない。

 結局、その特ダネとやらがなんなのか、この男は焦らして話そうとしないのだから。


「もったいぶらずに、とっとと肝心な部分を離してください。あなたはなにを、誰から聞いたんですか?」

「処断は……」

「しません、わたしの心の隅に置いておくだけです」

「そうか……わかった。その、私が聞いたのは」

「聞いたのは?」

「呪われた子が、あのサクラ・シふ……ぉ……っ」

「……?」


 突然記者の言葉が途切れ、うめき声をあげたかと思うと、ぎょろりと目が見開かれる。


『この人、様子がおかしいわよ』


 首を絞めたせいか――いや、そういった反応でもなさそうだ。

 彼はもっと別の要因で、“内側”から苦しめられている。

 その証拠に――頭の内側で、なにかが、ボコッ、ボコッとうごめき、額を変形させていた。


『まずいんじゃないこれっ!? プリムラ、離したほうがいいわ!』


 プリムラはすぐに記者の体を投げ捨てた。

 なおも異変は続く。

 すでに変形は、額だけでなく顔全体に及んでいた。

 さらに頭そのものが膨張し、倍ほどのサイズになっている。

 連想したものは風船――このまま行けば男が破裂するのは時間の問題だろう。

 そうなると考えなければならないのは、“どこまで離れるか”だ。

 この異変の謎を探るためにも、破裂は見届けたい。

 だがそれが破裂ではなく、“爆発”なのだとしたら――この距離では巻き込まれる可能性がある。

 なにより騒ぎになれば、すぐさま周辺は野次馬であふれかえるだろう。

 そうなったとき、たとえ変装していても他人に姿を見られることは避けたい。


(まあ、そのときは変装じゃなくて姿を消せばいいんだけど――センサーやカメラの目をどこまで欺けるかわからないからね)

『プリムラ、どうするの?』

「……逃げよう。なにより自分の身が大事だから」


 現在、男の頭はもはや冗談のように膨れ上がっていた。

 まるでデフォルメされたアニメキャラか、ボブルヘッド人形でも見ているかのようだ。

 それがリアルな人間の体で再現されているのだから、言うまでもなくそれは気味が悪い。

 プリムラにはガラテアが人体をバラした記憶が残されているが、それでも嫌悪感はあった。

 入ってきたのとは逆方向へ路地を出て、周囲に人が居ないことを確認すると跳躍し、また別の建物の屋上へ。

 目立たないように身を隠しながら、膨らむ記者の姿を観察する。

 皮膚は伸び切り、血管がくっきりと浮き出て、もはや限界と言った様子だ。

 そして――視界が、光に包まれた。

 凄まじい爆轟が聴覚の全てを埋め尽くし、激しく風が吹き付ける。


『な、なによこれっ、どうなってるの!?』


 プリムラは辛うじて薄く目を開き、不自由な視界の中で現状を確認する。

 ほぼ煙で覆われていたためぼんやりとしか見えないが、記者が爆発した地点の周囲――つまりザッシュを慕っていた操者が暮らしていた家は、跡形もなく消え去っていた。

 もちろんそれだけでなく、数件の民家も巻き込まれ、粉々に砕け散っている。

 半径数十メートル以内の建物ではもれなく窓が割れ、怒号や悲鳴が飛び交っていた。


「とりあえずここから離れよう」

『わかったわ、関わってると思われたくないものね。それにしても今のって……』

「あの記者は爆弾に変えられていた」

『人の形をした爆弾っていう可能性はないの?』

「わからないけど、少なくとも付けてた名札は偽物には見えなかったかな」

『名札?』

「小さかったけど、胸に付けてたから。ニューコロニータイムズって新聞社の人間だって」

『そこを当たれば正体がわかるってわけね』


 もちろん、直接尋ねれば疑われる。

 どこかで情報を得られないか、爆心地から離れながらプリムラは考える。

 そんなとき、一通のメッセージが彼女に届いた。

 網膜投写でタイトルと差出人を確認。


「お母さんからメッセージ……」

『このタイミングで!? ということは――』


 タイトルは前回と同じ、『大好きなプリムラへ』。

 中身は見ないでもわかるが、一応、開いておく。

 案の定、文章は一言だけ『あなたを愛しているわ』。

 添付された画像は――先ほど記者が爆発した地点を、間近から撮影したものだった。


『彼女がやった、ということかしら』

「でもそれなら、教団関係者と接触したって話はおかしいんじゃない?」

『それもそうね……ならアヤメさんを教団が操ってる、とかかしら』

「それか、教団を名乗った何者かが暴れてるか」


 そもそも、プリムラ自身も教団を適当に名乗ったぐらいなのだ、記者の会った操者が教団関係者という情報も眉唾ものである。

 ひとまず現場からはかなり離れて落ち着いたので、周囲に人が居ないことを確認して変装を解除する。


「教団となると、ルプスさんに話を聞いてみてもいいかな……」

『あの人、信用できるの? プリムラに対して敵意が見えたけれど』

「わたしも嫌い。でもあの人がわたしを嫌っているのには、ちゃんとした理由があるから」

『教団とあなたの父親の関連を疑ってるから……ということね』

「うん。事件の直後に彼の先輩が自殺した事件も、わたしの父親が関わってるんじゃないかって……いやなに言ってんのって話だけどね、そのときはもう死んでるのに。まあでも、少なくともあの人は、他の連中と違って理由も無しに、殺人犯の娘だからって理由でわたしを嫌ってるわけじゃない」

『だから、嫌いだけど信頼はできる、と』


 プリムラは頷いた。

 正直に言えば、彼女としても顔を合わせることすら避けたい相手なのだが――そうも言っていられないだろう。

 アポイントメントを取るため、まずは彼にメッセージを送っておく。

 ちょうどその送信が終わった頃、セイカから通信がかかってきた。

 ヘスティアにも伝わるよう、スピーカーモードで通話を開始する。

 空中に映像を投写するのと同じように、シナプスネットワークを構築するナノマシンにより、簡素なスピーカーが空中に浮かび上がった。


『プリムラさん、大丈夫なんですかっ!?』


 開始早々、セイカは焦った様子で大きな声をあげた。


「こっちは平気。共有ストレージにいれておいた動画は見てもらった?」

『動画って?』


 ヘスティアは聞き返す。

 いつ撮影したのか、てんで検討がつかないからだ。


「爆発直前の記者とのやりとり。念の為、データとして残しておいたの」

『いつの間にそんなことを……』


 カメラは必要ない。

 現代の技術ならば、目で見たものを、そのまま動画として保存可能だ。

 だが本来、動画撮影時にはそれがわかるよう、本人の近くに赤い丸の“マーカー”が浮かび上がるようになっていた。

 コロニー法により、盗撮を防ぐために規定されたものだ。

 そんなものを浮かべて記者に近づけば、彼はすぐさま逃げたはずである。

 しかしプリムラの周辺にそんなものは無かった。

 魔術でマーカーが周囲の景色に溶け込むよう、細工をしていたのだ。


『もちろん見ましたよ。ちょうど現場に向かってる途中だったので驚きました』

「じゃあもう大騒ぎになってるんだ」

『当然です、完全に爆発テロですからね。しかも被害者がザッシュの関係者とあっては……』

「わたしが疑われてる?」

『アリバイ、作っておいたほうがいいかもしれませんよ』

「じゃあセイカ先輩にお願いしようかな。なにかあったら証言してね」

『……ギブアンドテイクですからね』

「送った動画で十分じゃない?」

『ううぅ、でもこんなもの記事には使えませんからね。私としては、もうちょっと新聞のネタになりそうな話が欲しいものですが』

「じゃあさ、あの爆発した本人の身元とかどう?」

『身元? わかってるんですか?』

「胸元に名札がついてたからね。ニューコロニータイムズってところの記者らしいんだけど、セイカ先輩知らない?」

『もちろん知ってますよ! いわゆるゴシップ誌ですね。大手誌のコロニータイムズと寄せてるあたりがB級感強いってもっぱらの評判です』

「ふうん……ゴシップ誌かあ……」


 プリムラが知らないのも当然である。

 大抵、そういった雑誌には彼女に対する誹謗中傷が、無責任に撒き散らされているものだから。


「ねえセイカ先輩、もしかしてそこって、教団に関するゴシップ記事も扱ってたりしない?」

『確かに扱ってましたよ。プリムラさんはどうしてそれを? 読者だったとかですか? いやあ、実は私もあそこが出してる新聞が好きで――』

「いや違うから」

『そうですか……』


 セイカはやたらしょんぼりしている。

 そんなに読者仲間がほしかったのだろうか。


「その記者がさ、現場に来る前に、教団の関係者を名乗る“操者”と会ってきたって言ってたんだよね」

『教団の関係者で、操者? 誰なんですかそれ!』

「言う前に死んじゃったからわからない。でも最後に、サクラ・シフォなんとかって言ってたんだよね」

『それ、人の名前ですか?』

「じゃないかな」

『シフォで人の名前って言ったら、シフォーディしか浮かばないんですが』


 プリムラもそれは思っていた。

 イントネーションも、シフォーディというときとまったく同じだったのだから。


「うん……でもサクラなんて知らないけどな」

『ご先祖様にいないんですか?』

「聞いたことはない。でも……」

『なにか引っかかることが?』


 それはちょっとした思いつきだ。

 だが一度考えてしまうと、可能性が頭から離れない。


「プリムラってね、わたしの親が花の名前から付けたんだけど」

『ああ、ありますねそんな花』

「それが……別名、サクラソウって言うんだよね」


 呼び方の異なる、同じ花。

 遠回しにプリムラのことを指している可能性もあるが、だったらわざわざ本人の前でそんなことを言う必要はないはずだ。


『……なんか、すごく関係ありそうですね』

「一回、家系図とか引っ張り出したほうがいいのかも」

『プリムラさんが役所に問い合わせれば見られると思いますよ』

「なんでその名前がでてきたのかって疑問はあるし、胡散臭いことこの上ないけど」

『あはは……確かに、爆弾に変えられた男性が遺した言葉、ですからね。罠っぽい感じはします』

「でも飛び込まないとわからないこともあるから」


 そこで立ち止まったり、迷ったりするのはやめた。

 そのためにガラテアを受け入れたのだから。


「ところで、送った動画なんだけど、あんな感じの現象に心当たりはない?」

『ありませんよ、そんなのあったらとっくに記事にしてます』

「だよねぇ……」

『もし彼が本当にニューコロニータイムズの記者だったとしたら、あの場所に行く直前に会った何者かに仕掛けられたんでしょうね……ううぅ、あのボコボコッてなるの思い出したら気分悪くなってきました』

「まさかお母さんがあんな悪趣味なこと……」

『お母さん? アヤメ・シフォーディですよね。あ、また犯行声明文みたいなの届いたんですか?』


 昨晩メッセージが届いた件も、セイカには伝えてある。

 もちろんウイルスの都合上、画像は見せられないが。


「ついさっきね。現場の写真付きで」

『そうですか……今ちょうど現場に到着しました。かなりざわついてますね』

「アヤメ・シフォーディがどうとか聞こえてこない? もしあの写真がさっき撮ったものなら、そこに姿を現したりしてそうなんだけど。少なくともまだネットには情報が流れてないみたいだけど」


 プリムラはサイトを確認しながらそう言った。


『近くの人に聞いてみます』


 会話が一旦途切れる。

 セイカは現場の野次馬のうち、話が聞きやすそうな数人に声をかけているようだ。


『……お待たせしました』

「どうだった?」

『予感的中です、少し前に彼女が現場に現れたかと思えば、すぐに姿を消したそうです。そのせいで騒ぎはさらに大きくなっています』

「姿を隠すつもりはないってことか……でもそんな大騒ぎなら、とっくに情報拡散されてそうなものだけど」

『それが、アヤメ・シフォーディ出現時、ネットワーク障害が起きてたらしいんですよ』

「障害? そんなのありえるの?」


 意図的に遮断したならともかく、空中に散布された無数のナノマシンが中継機となってネットワークを構築している現在、ネットに繋がらなくなるレベルの障害など起きるわけもない。

 極度の高温や低温にさらされるとナノマシンは動きを止めるが、それは到底人間が生存できない環境下の話だ。

 さらに、よしんば大量のナノマシンが破壊されたとしても、ユーラシア大陸の北部では現在でもナノマシンプラントが可動しており、周辺の地形を食い荒らしながら半永久的にナノマシンを生成し続けているのだ。

 少なくとも向こう数万年の間、枯渇することはないはずである。


『ありえるかありえないかで言えば、理論上はありえないと言う他ないですね。軍にそんな兵器があるという話も聞いたことが無いですし』


 テロ組織等を制圧するため、ごく小さな範囲のナノマシンを停止させるデコイの開発計画自体はあった。

 だが高いコストがかかる上に、ナノマシン自体がネットワーク経由でプラントまでデコイの情報を送信し、以降生産されるものに“耐性”を付与する性質が見つかったため、頓挫したと言われている。


「軍が持っていない兵器を、教団が持ってたってこと……?」

『それか、アヤメ・シフォーディの存在そのものがネットワーク障害を引き起こすようなものだったか……』

「そういう力を持ったフォークロアだった……でも、お母さんに関する都市伝説はいくつも見たことがあるけど、そんな力があるパターンは見たことないけど」

『人間の精神ならまだしも、ナノマシンに干渉するフォークロアなんて聞いたことありませんけどね。忽然と消えるあたりも、オリハルコンをベースにしたフォークロアとは少し違いますね』

「今までの目撃情報の中で、手がかりらしいものはなかったの?」

『ありませんでした。ですが今までは直接相手に危害を加えるなんてこと無かったわけですし、案外、これまで出現したものと、今回出現したものは別なのかもしれませんね』

「あるいは、テスト期間が終わって本気を出したから、特殊な力を手に入れたとか――」


 確かめるには、会うのが一番手っ取り早い。

 相手がプリムラに何らかの興味を示しているのは間違いないことで、ひょっとすると探している可能性すらあるのだから。

 でなければ、わざわざ画像を送ってきたり、死体を学園に放置する理由がない。

 とはいえ、普通に学園で待っていれば会える相手に、なぜあそこまでしなければならないのか、という謎は残るが。


「まあ、どっちにしても、順調にわたしに対する風当たりは強くなりそうだけど」

『アヤメ・シフォーディ絡みですからね、嫌でも関連性は疑われるでしょう。もっとも、それが目的だとしても、いかんせん大胆すぎますよ、やり方が』

「それは同感。でも二人死んでくれたおかげで、次の行動は読みやすくなったかな」

『ザッシュ・エディアン関連ということですね』

「しかも、ついこの間、わたしに絡んできたやつばっかり」


 優先度から言って、どうやら強い順に命を狙っているようだが、今の所フォルミィが被害にあったという話は聞いていない。

 彼女はザッシュの一味ではないため、区別されているのだろうか。

 となると、次に狙われるのは、クラスEの四人のうちの誰かということになる。

 プリムラは彼らの名前をセイカに告げた。


『あぁ、あの四人ですか。寮生は一人もいないみたいですね、住所ならわかりますよ』

「ストレージにいれておいて、あとで確認するから」

『すぐに向かわないんですか?』

「その前に会っておきたい人がいるから。というか、わたしは別にあいつらのところに行かなくていいのかなと思ってる」

『死んじゃいますよ?』

「死んでほしいの。もしお母さんの姿をしたなにかがわたしに会いたがってるんなら、たぶんまた学園に現れると思うから」

『容赦ないですね……いや、気持ちはわかるんで私はなにも言いませんが』


 どうやらセイカは、先日のプリムラの地雷に触ってしまった一件でそれを学んだらしい。


『それじゃあ私はここからどう動きましょうか。どうも爆発現場には立ち入れそうにないですし、残ってても特になにも見つかりそうにありません』

「わたしの指示に従うってこと?」

『アヤメ・シフォーディの一件が終わるまでは、連携して動いたほうがいいかと思いまして。特に調べてほしいことがなければ、自由に動かせてもらいますが』

「じゃあ――お願いがあるんだけど」


 せっかく動いてもらえるのなら、今のうちに追って欲しいことがある。

 出来るだけ早く。

 “彼ら”が、アヤメによって引き起こされる事件を隠れ蓑にして消える前に。


「ニューコロニータイムズの記者が、いったい誰と接触していたのか――そっちを追ってもらってもいい?」

『なるほど、そちらを優先しますか』

「ザッシュ絡みは、別にあいつらは死んだっていいし、わたし狙いならそのうち必ずお母さんの姿をしたやつと遭遇する。ひょっとしたら教団は、その騒ぎに紛れて証拠隠滅とか、逃げたりするつもりかもしれないから」

『その考えは一理あると思います。逆に言えば、騒動に紛れたことで、教団の関係者とやらが慢心している可能性もありますからね』

「ただ気をつけてね、相手は人間を爆弾に変えるような外道だから」

『そこはご安心を。これでも逃げ足には自信があるんです。何たってアニマのご加護があるんですから』


 とはいえ適性指数160程度の彼女は、生身ではアニマの特性を利用することはできないのだが。

 他の操者と同じく、生身への影響は身体能力の向上だけである。


『では、ご武運を祈ります』

「そっちもね」


 通信が切れる。


 ――プリムラは間髪を入れず、続けて別の人物に連絡を取った。

 ヘスティアは緊張した様子で、黙ってそれを見つめる。


『珍しいやつから電話が来たな。自首するってんなら付き添ってやってもいいぞ』


 空中に暑苦しい面が表示されると同時に、ルプスは厭味ったらしくそう言った。

 プリムラは軽くため息をついてこう答える。


「いきなりご挨拶ですね、ルプスさん。でも残念ながら、わたしに自首するような罪はありません」

『お母ちゃんの罪を代わりに背負いますとか、そんぐらいの気概は見せられないのかよ』

「お母さんかもわからないやつ相手にそこまでできるほどお人好しじゃないですから。ところでルプスさん、今回の爆発事件が教団絡みって言ったら、どれぐらいの勢いで食いついてくれます?」

『なんだとっ!?』


 すごい勢いだった。

 プリムラが満足気に微笑むと、ルプスは「チッ」と舌を鳴らす。


『引っ掛けやがったな』

「違いますよ、思ったよりいいリアクションだったんで満足しただけです。まだ確定したわけじゃないんですけど、そういう証言は取れましたから」

『誰からだよ』

「爆発した男から」

『……は?』

「ですから爆発した男から、です。あれ爆弾じゃなくて、ニューコロニータイムズの記者が爆発して起きた事件だったんですよ」

『マジで言ってんのかお前』

「言ってます。動画も撮影しました。でも送るの面倒なんで、とりあえず信じてもらうこと前提で話を進めます」

『わーったよ、こっちも嘘じゃないこと前提で話を進める。んで、教団絡みってのは?』

「その爆発した記者に、向こうからコンタクトを取ってきたそうです。名前は聞けませんでしたけど、操者らしいですよ」


 ルプスはそれを聞いた途端、息を呑む。

 よほど驚くべき事実だったのか。

 あるいは――歓喜しているのか。


『そうか、やっぱりか』

「やっぱりっていうのは?」

『教団は一度壊滅した。知っての通り操者たちの活躍のおかげでな。でも俺はこういう情報も得ていたんだ。教団の上層部は、そのほとんどが操者で構成されているってな』

「……じゃあ、お父さんを疑ってたのって」

『どう考えてもおかしいだろうよ、軍警察を出し抜きクリティカルな証拠をいきなり持ってきて、あっという間に教団本部を壊滅しましたー、なんてよ。俺にはどうもあの一連の出来事が、教団は滅びたってアリバイを作るための茶番に思えてならねえんだ。それで全部納得しやがった、軍警察の人間も含めてな』


 彼が単独行動を好むのは、軍警察という組織そのものを信用していないからだ。

 だが一方で、軍警察内部に教団とつながりを持つ人間がいるのだとしたら、ここにいなければ暴くことのできない真実が存在する。

 そう考えてもいた。


「……」


 だが黙り込むプリムラにとっては、反応しにくい話題だった。

 それを認めるということは、母親だけでなく、父親もまた罪人であった可能性を認めることになるのだから。


『ま、そりゃあお前は喜べないだろうな。だがそういうもんだろ、真実ってのは。暴けば全ての疑いが晴れてハッピー、なんてそう簡単には行かねえよ』

「……それでも、お母さんの罪が晴らせるのなら」


 母は操者ではない。

 父の仕事にもあまり詳しくない、ごくごく普通の女性だった。

 そんな母が、教団だの政治家だのそのような陰謀に自ら加担するはずがない――プリムラはそう考えている。


『別人みたいに変わっちまったと思ってたが、そういうとこは同じなんだな』

「ここまで変わったら意味がないですから」


 その信念のために、プリムラは“甘さ”を捨てたのだから。


『俺な、基本的に操者、あるいはそれに関連する人間は信用すべきじゃないって考えてるんだ。教団の関係者である可能性が高いわけだからな』

「それはそうでしょうね」

『でもよ、お前は信用できる――そんな気がしてる』

「……ごめんなさい、そういうのはちょっと」

『俺が口説いてるみたいな空気にするのはやめろ! 気に食わないとか生意気とかそういうのは置いとくとして、お前が動いてるのはごく個人的な感情だ。目的がはっきりしてる。そういう相手とは手を組みやすいんだよ』


 プリムラは不満そうに眉をひそめた。

 自分が考えていたこととほぼ同じ話を、ルプスがしだしたからだ。


『んだよその顔は』

「似たようなこと考えてたんで、こんなむさくて単細胞っぽい男と同じ思考するなんてなんか嫌だなと思ったんです」

『俺だって嬉しくねえ』


 お互いにお互いを嫌い合っているのは紛れもない事実だ。

 だが今は、だからこそ信用できるという、皮肉めいた状況である。

 喜べはしないが、数少ない同士なのだから、存分に利用しなければ損だろう。


「それでルプスさん、今回の件に関わってそうな操者に心当たりはないんですか?」

『無い』

「役立たず」

『うるせえ、お前の情報でようやく“操者”が絡んでるかもしれないってわかったぐらいなんだぞ? まあ、怪しい人間の目星は付いてるが』

「その候補を教えてください」

『お前の父親と、アリウム・ルビーローズの父親がケミカルベイビーだってことは知ってるよな?』

「……そうだったんですか?」


 初めて聞く事実に、プリムラは目を見開き驚く。

 思えば、父方の祖父の話は聞いたことがない。

 いや――というより、“死んだ”と聞かされていたはずだ。


『知らないのかよ』

「ええ、まあ。二人が幼馴染ということぐらいしか」

『話さなかったのは、ケミカルベイビーだってことを引け目に感じてたからかもしれねえな。でもよ、十年前に捕まった教団の教祖とやらも元ケミカルベイビーだったらしい』

「まあ、珍しい存在じゃありませんからね」


 増えすぎた人口を調整するために安楽死の制度が存在するように、出生率が目標を達成しなければその分だけケミカルベイビーは増える。

 コロニー内を軽く歩くだけでも、すぐに複数人の試験管生まれと会えるはずだ。


『あいつらは生まれてから里親が見つかるまでの間、同じ施設で暮らす』

「“天使の家”ですね」

『そこに一緒に居たんだよ。当時、教団潰しに大活躍したクラスSの操者もな』

「もしかしてそれって……ルドガーさんのことですか?」


 ルドガー・オファーゴー、四十六歳。

 プリムラの父ラートゥスと、アリウムの父ティプロゥの師匠とも呼べる人物だ。

 そして元クラスSの序列一位操者であり、現在は――


『ああ、今の大統領様だ』


 ――このコロニーの、最高権力者でもある。


「あの、ルプスさん」

『ん?』

「さっきから思ってたんですが、操者と教団が関連している明確な証拠はなんかあるんですか? ルプスさんは確信を持って動いてるようですけど」

『刑事の勘だ』

「役立たずぅ……」

『うるせえ証拠は無いが明らかに怪しいんだよ! ティプロウ・ルビーローズだって理由もなしにアトカー・ルビーローズの娘に近づいたとは思えねえ。教団は政治の中枢に潜り込んで、なんかしようと企んでるに違いないんだ!』

「それ、ルプスさんの先輩が自殺したからって、余計なバイアスかかってません? そもそも自殺の件だって――」

『あれは間違いなく自殺なんかじゃねえ! 夫婦揃って、生まれたばっかのガキを残して首を吊るわけねえだろうが!』


 それは確かに――プリムラが彼の立場なら疑ってしまう状況だろう。


『しかもあの二人は、教団壊滅作戦のあともずっと調べ続けてたんだ……どう考えても、狙われてたと考えるのが自然だろ』

「そうですね、さすがにそれはおかしいかもしれません」

『だろ? あの一件のせいで、フォルミィちゃんたちはどんだけ苦労したと思ってんだ……』

「フォルミィって、二年生の?」

『ああ、知ってたのか』

「え、ええ、まあ」


 プリムラの頬が引きつる。

 どうもルプスは、先輩の娘であるフォルミィを気にかけているようだ。

 そんな彼の前で、ランクを上げるために決闘する予定だ――など言えるわけがない。


「あー……えっと、ところでなんですけど」


 まずい話題だ、と思ったプリムラはとっさに違う話を切り出す。


「今回の事件を収めるために、わたしから一つ、提案があるんです」

『一応、聞いてやる』

「あいつはわざわざ連絡を取ったりして、なぜかわたしの気を引こうとしている。でもその割に、目の前に姿は表さない。これって単純に、わたしの居場所がわからないから、って可能性は無いでしょうか」

『まさか。お前の居場所なんざいくらでもわかるだろ、ネットで調べたら一発だ』


 プリムラは悪い意味で有名人だ。

 見かけた、というだけでその居場所を書き込む人間が何人もいる。


「まあ、可能性の一つです。あるいは、居場所を教えられていないとか――仮にそういう可能性があったとして、わたし自身を餌に隙を作ることができるんじゃないかって思うんです」

『囮になるってことか。だが、具体的にどうすんだ?』

「昨晩は学園に死体を放置。その次は大規模な爆発。それでもわたしは見つかりませんでした。ですが今までの雑なやり口からして、効率的な方法をいくつも思いつけるほど犯人が賢いとは思えない。だから――あと一回ぐらい、同じことを繰り返すんじゃないでしょうか」

『爆発ってことか?』

「ですが記者の話を聞く限り、爆発は個人の力ではなく、“教団に関係する操者”がいたから」

『じゃあ、また死体を学園に置きに来ると? あの警官に囲まれた場所にか?』

「さっきだって野次馬の目の前に現れたそうですよ」


 過去にも、人混みの中に現れたことがあったのだ。

 おそらくアヤメは、別に姿を隠そうとは思っていない。

 むしろ堂々と姿を見せつけて、多くの注目を浴びようとしているようにも感じられる。

 その目的は定かではないが――現状、“プリムラと会うため”というのがもっとも可能性の高い動機だろう。


「なんで、わたしが学園に待機してれば、会えるんじゃないかと」


 会ってどうするのか。

 会話が成立する相手なのか。

 はたまた戦うことになるのか。

 それは会ってみないとわからないが――現状、とうてい話が通じる相手だとは思えなかった。


 プリムラの提案を聞いて、ルプスは『けっ』と露骨に嫌そうな顔をする。


『そのために俺が上司を説得しろってことか』

「ルプスさんはとても優秀な巡査部長なのでさぞ人徳があるでしょうから」

『心にもないこと言ってんじゃねえよ、見ての通り上司からは最っ高に嫌われてるっての。だがそうだな、説得はできないことはない』

「できるんですか?」

『なんだその意外そうな顔は、できると思って聞いたんじゃねえのかよ』

「いや、てっきり軍警察じゃわたしが犯人だと疑われてるんじゃないかと思ってたんで」

『そりゃ当然だろ、アヤメ・シフォーディを操ってる最有力候補がお前だ。なんたって、魔術とかいう胡散臭い力が使えるらしいからな』

「魔術はそこまで万能じゃ……ああ、いや、人を操るぐらいできるかもしれませんけど」

『……マジかよそれ』


 準備は必要だし、嫌がる相手を強引に操るほどの強制力は無いだろう。

 しかし脳みそにちょちょいっと細工を加えてやれば、人一人を踊らせることぐらいはできそうだ。

 もっとも、魔力の効率が悪いので、そんなことをするぐらいなら気絶させて、無理やり体を動かした方が有益だと思われるが。


『ま、まあとにかく、説得はできる。お前が疑われてるからこそな。十五分ぐらいしたら学園に来い。当然、裏門からだからな』

「それじゃあお願いしますね」

『そのかわり、作戦が失敗したら承知しねえからな』

「わかってますよ」


 プリムラも、絶対にアヤメがそう動くという確信があるわけではない。

 刑事の勘を馬鹿にできない程度には勘頼みだが、しかしなぜか不安はなかった。


「じゃあ切りますね」


 話が長引いてしまった。

 こちらより先にアヤメが動く前に、プリムラも行動を開始しなければならない。

 そして彼女が通話を終了させようとしたそのとき、


『……いや待て』


 ルプスの声が静止する。


「はい?」

『よく考えてみりゃ、この作戦ってよ』

「はい」

『誰かしら死ぬだろ』

「そうですよ」


 アヤメは死体を持って(・・・・・・)学園に現れる、という話をしているのだ。

 つまり犠牲者は必ず出る。

 おそらく残り三人のうちの一人が、頭と体を切り離されて。

 もっとも、プリムラからしてみればむしろそれは望んだ展開である。


「というか、死んでほしいからそういう提案したんです。生かすつもりなら、次の犠牲者候補を守って、そこでお母さんと会えばいいだけですからね」

『お前なぁ……』

「責められる謂われはありませんよ、別にわたしが悪いことしてるわけじゃないんですから」

『いいのかよ、それで』

「いいんですよ、これで。こう(・・)できなかったから、今までああ(・・)なってたんじゃないですか」


 プリムラは笑う。

 胸を張って、これが“わたしのわがままだ”と誇示するように。

 彼らのうちの誰かが命を落とす罪悪感など、微塵も存在しなかった。

 自分のために誰かが傷ついても、苦しんだり、悩んだりしない――そういう強さ(・・)を、プリムラは得たのだ。


「それともルプスさんは、刑事としてわたしを悪者扱いしますか? 今まで、わたしを傷つけた人たちは誰ひとりとして悪者にならなかったのに」

『……はぁ、めんどくせえ』


 ルプスは冷たく言い放つ。

 プリムラは満足げな表情をした。


『好きにしろ、俺は他人のガキの命を気にしてるほど余裕がある人間じゃねえ』

「なら好きにします。場所のセッティング、お願いしますね」


 今度こそ通信を切る。

 そしてプリムラは空を仰いで、軽く息を吐き出した。


『大丈夫なの?』


 ヘスティアは優しくプリムラに問うた。


「なにが?」

『学園で待つって話。本当にその人を前にして、プリムラが冷静でいられるか不安なのよ』

「それは……」


 それが本当に母親の姿をしていたのなら、きっとそれはプリムラの心の“弱い部分”を突いてくる。

 間違いなく、ハートが微動だにしないなんてことはありえないだろう。


「……わかんないってのが正直なところだけど、でもわたしの気持ちも含めて色々と、やっぱ会って、話してみないとはっきりはしないと思う。あれがフォークロアだったにしろ、他のなにかだったにしろ」

『いざってときは、逃げてもいいと思うわよ。そういう状況になれば、少なくとも“プリムラが悪い”って疑いは晴れてるでしょうから』

「そう都合よく、逃してくれればいいんだけどね……っと!」


 跳躍し、建物の上に乗ったプリムラ。

 遠くに見える学園まで、今の脚力ならば五分とかからず到着するだろう。

 ルプスは上司の説得を終えるまで、十五分ほどかかると言っていた。

 早く着けば、逆に話がこじれてしまうだろう。

 プリムラはしばし屋上でドーム状の空を見上げながら、かつて見た母親の優しい顔を思い出していた。





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