第9話
事件が起きた翌日、私はウルベール様に突然呼び出されて彼の部屋へと向かうことになっていました。
「……何の話なんでしょうか」
そしてそのことを聞いた瞬間、思わずそう漏らしてしまったのを私は覚えています。
それはけしてウルベール様が嫌いだとか、生理的に受け付けないとかの理由ではありません。
それどころか、正直ウルベール様に対してはお父様がずっと話していてくれたお陰か、一方的な感情ではありますが、初対面だとは思えないほどの親しみを感じています。
会えることがあれば喜ぶ気持ちになれる程度には。
ですが、それでも今回の呼び出しについては素直に喜ぶことはできませんでした。
ウルベール様と私は昨日の事件以外では殆ど面識がありませんでした。
それはウルベール様の忙しさを考えれば当然のことです。
別にそのことに対して何ら不満を抱いてる訳でありません。
けれども、だとすれば今日呼び出された内容がただ親睦を深めようなどという話には思えないのです。
私は今日、正直言ってかなり暇を持て余しています。
それは王子が騒ぎを起こしたせいで、婚約者を発表する場が延期になり、本来詰め詰めだったスケージュールに空きが出来たからです。
ですのでウルベール様と会うことは何の問題も無いのですが、ウルベール様は本来何時もよりも今日の方が多忙でるはずなのです。
何せあの王子の暴走のせいで余計な仕事が増えてその解決のために今奔走されているはずなのですから。
そしてだからこそ、今回の呼び出しが私には何かあるように感じたのです。
「シリア様、どうしまたか?」
「……いえ、何でもありません」
しかし、私は態度が挙動不審になっていたのか、心配そうに声をかけて来てくれたロミルにはそう返すことしかできませんでした。
何故なら、その考えはただの私の推測でしかなかったのですから。
何かあるのではないか、その私の推測、それはもしかしたら考えすぎなのかもしれません。
ただ、ウルベール様が仕事の間に隙間が偶然出来て私との親睦を深めようと考えてくれているだけの可能性も皆無では無いのですから。
「……ですが、何か嫌な予感が拭えないんですよね」
そう、誰にも聞こえないようにぽつりと漏らした私の頭には、王子に私との婚約を結べれば王太子にすると国王がいったという話がぐるぐると渦巻いていました………
◇◆◇
「お待ちしておりました」
それから数分後、私は全く表情を変えることなくそう告げたウルベール様の前にいました。
そして待っていたと言いながら待ち人が来ても一切表情を変えることないウルベール様の態度に、私は親睦を深めたいなんてそっちの方があり得ない考えだったかもしれないと思いかけました……
まぁ、でもお父様からも表情が殆ど動かない人だと聞いていたし、もしかしたら歓迎してくれている……
「正直、この場に私は貴女を呼びたくはありませんでした」
………万に一つもその可能性はなかったということですね。
いや、そうだとしてもそんなことを今言う必要はないですよね!
と、私はウルベール様に抗議の視線を送ろうとして、それから思わず絶句しました。
「っ!」
何故なら、その時見たウルベール様の目に拭いがたい違和感を感じたのです。
ウルベール様の表情は一切変わっていません。
けれども、私ははっきりと視線と纏う雰囲気からは苛立ちや微かな怒気を感じました。
「ど、どうしましたか?」
今まで私がウルベール様の表情の変化を見たのは王子に対して呆れたように微かなに表情を変えた時だけです。
だからこそ、私は今回のウルベール様の明らかな意思表示に驚きを隠せず、思わずそう声をかけました。
「……国王様が、シリア様に対して王子のことで謝罪をしたいそうです」
「えっ?」
そして次の瞬間、私はウルベール様の苦虫を潰したような声で告げられたその内容に言葉を失いました……
……えっ?何でそんなに不機嫌そうなんですか?
◇◆◇
マートラスの国王、スレルート
彼はウルベール様と同じく、お父様がこのマートラスの中で最も優秀と考えている3人の内1人でした。
内政に関してはスレルート様が優秀だと言う話は聞きません。
ですが、彼は国王でありながら戦争の指揮官としての能力は最高峰だとお父様は告げていました。
一度リオールとマートラスが戦争になった時、圧倒的な兵力の中、リオール軍を追い詰めたのだとか。
………何故か、苦虫を噛み潰したような顔での言葉でしたが。
お父様も指揮官として戦場に赴くことがあったので、嫉妬でしょうか?
ともかく、そんな方が息子の不始末を謝りたいと言ってくださっているのを、どうしてウルベール様がそんなに不本意そうに告げるのかわからず私は首を捻りました。
それにウルベール様はお父様曰く、忠義に厚いと聞いていたのですが……
ウルベール様がスレルート様と仲がいいと言うのはリオールの共通の認識で、2人がベッドの上で積極的に睦み合うそんな小説がリオールの腐女……婦女子の間で流行……げふんげふん。
「……何を考えられましたか?シリア様」
「いえ?何も」
「………そうですか」
何かを感じたように私を見てくるウルベール様に私は何のことか分からないと明後日の方向を向きます。
と、とにかく今疑問なのは、何故ウルベール様がスレルート様の言葉を伝えにくることをこんなに不本意そうにしているのかということです。
私は改めてそのことを聞こうとして、ですがその前にウルベール様が口を開きました。
「では、本題に戻らせて頂きます。謝罪をしたいとシリア様を呼び出した国王様ですが、恐らくそれは建前でしょう」
「えっ?」
そしていきなりの話の展開に私は思わず目を見開きました。
何故、そんなことを?
いや、そもそも何でウルベール様がその話を私に?
動揺が混乱につながり、様々な疑問が私の頭にはとりとめなく浮かんできます。
「恐らく、国王様の本来の目的は、シリア様と王子との婚約を強引に結ぶことでしょう」
「なっ!」
そして次にウルベール様に告げられた言葉に、私の頭は真っ白になりました……