第8話
私がロミルに恋をしたのはいつだったでしょうか。
最初に彼と一緒になるようになった理由、それは名門の子供でありながら、孤立していた彼の存在を無視できなかったそれだけでした。
そんな関係から淡い恋心を抱くようになった理由を私は覚えていません。
ただ、恋心を意識するようになった出来事は数年経った今でもはっきりと覚えています。
それは私の不注意で義賊を名乗るテロ組織に捕まえられた時でした。
義賊、そんな名前を名乗りながら対した大きさでは無いそんな組織であるのに、私が捕らえられたことによって事件は一気に重大なものとなりました。
「私は貴女を守る騎士になります」
そしてその時、傷だらけになりながら私を救ってくれたのは、当時もう騎士としての道を歩んでいたロミルでした。
その時私はようやく気づいたのです。
今までロミルに感じているのは家族のに抱くような親愛の情だと思っていたのですが、そうでなかったことに。
そしてそう気づいた時に私は衝動的にロミルの騎士の誓いを受け、彼を自分の護衛騎士としました。
護衛騎士とその主人の婚約、それがリオールではありふれたもので、浮かれていた私は迷わず護衛騎士とすることを選択したのです。
ですがその決断を後々自分が後悔することにその時の私は気づいていませんでした。
幾らロミルが自身の護衛騎士になろうがそんなもの意味のない行為でしかなかったのです。
ーーー 王女である私が彼と結ばれることはあり得るはずのない未来だったのですから。
◇◆◇
ロミル・セオドリック、それがロミルの本名でそして彼の本家であるセオドリック家はリオールでも有数の高位貴族でした。
そう、それも王族との婚姻関係があったとしてもなんらおかしくないほどの。
けれども、私とロミルが婚姻を結べる可能性は皆無でした。
その理由はロミルの父親にありました。
彼はセオドリックの性を名乗っているものの、けれども決してセオドリックの人間ではありませんでした。
ーーー つまり、ロミルはセオドリック家の奥方様が襲われて産んだ子供なのです。
それは卑劣な1人の男が起こした許せない悲劇でした。
真夜中、突然美しいと評判であった奥方様を襲い、護衛を強引に引き剥がして襲ったのです。
何とか奥方様は翌日には助かったものの、その数ヶ月後にお腹に子供がいることが明らかになって……
それは私の生まれたすぐのことで、私の記憶にはありませんが、酷い騒ぎになったそうです。
その際、ロミルはセオドリック現当主でありロミルの養父であるライマース様と実の母であるエリス様の子供には罪は無いという言葉によってセオドリック家の人間となりました。
ですが、その時のことを気に病んでいるのかロミルは今でもセオドリックの性をあまり名乗ろうとはしませんし、そしてセオドリック家の人間でありながら複雑な事情を抱えたロミルに近づこうとするものはリオールの貴族の中にはいませんでした。
もちろんそれはライマース様とエリス様がロミルを愛さなかったというわけではません。
それどころか2人は自身の子供達と変わらない愛情をロミルに注いでいました。
ですが、その愛が逆にロミルの負担になっていたようで、彼は段々と人から距離を取るようになっていました。
そして、そんな幼き頃の彼が孤立しているのを見て、私は関わるようになった、それが私とロミルの最初の馴れ初めです。
お父様もそんな私とロミルの関係を微笑ましそうに見守っていました。
それどころか、お父様はロミルのことを個人的に気に入ったみたいでロミルと2人きりでいる姿も見たことがあります。
けれども、私とロミルとの婚姻をお父様が許すことはないでしょう。
それは決してお父様の頭が硬い、などのそんな理由ではありません。
お父様は私を愛してくれていますし、恐らく平民と結婚がしたいと言っても何とか取り計らおうとしてくれるでしょう。
いえそれどころか、ロミルとの婚姻さえもなんとかしようとしてくれるかもしれません。
ですが、誰が父親なのか分からないロミルと、王族である私が婚姻などは決して許すことが出来ないことであるくらい私は分かっていました。
だから私はお父様に他国との政略結婚の話を持ちかけられた時、嫌がるどころか妹や姉に持ちかけるくらいなら私がやりますと、そうお父様に伝えました。
どうせリオールにいても私は思い人であるロミルと結ばれることはあり得ない。
だとしたら、もう後戻りのできない所まで進んでしまおうと。
そして婚約し、ロミルがリオールに帰れば今身体を支配しているこの熱い感情も一時のもので静まってくれるはずだろうと………
「本当に、馬鹿ですわね」
そしてその時の考えを思い出して、私は自室の中そう呟きました。
もう夜遅く、ロミルは部屋から去っており、私の声が虚しく1人部屋に響いて消えました。
もうマートラスでの政略結婚の相手、それはいくら伸びたとしても一週間程度で決定するでしょう。
つまり、もう引き返すことのできないそんな所まで行っているのに……
「なのに何故、未だ私は……」
ここまでしても全く消えるどころか、さらに燃え盛る炎を胸に感じて、私はそう哀切の篭った声を漏らしました。
胸に強く抱えたせいで誕生日にロミルから貰った人形の造形が珍妙なものへと変わり、そしてその声は誰の耳に入ることもなく空中へと霧散していきました……
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